第八十二話
「えーっと、神殿は…こっちだったか?」
確か町の北にあるんだよな。分かんなくなったら誰かに聞こう。
体感で十分くらい歩いたところで二階建ての家が立ち並ぶ向こうに一際高い建物が見えてきた。屋根の上には十字に円が組み合わさった物が立っている。あそこだ。
「フィルメアさんにすぐに会えるといいけどな。とりあえず行ってみよう」
会えなかったらまた次の機会だな。教会に着いて入り口を見ると解放されている。誰でも入っていいんだ。人の出入りは結構ある。信仰が生活の中に普通にあるんだな。
「こんにちは~」
一応挨拶をしながら入っていく。外もそうだけど中も写真で見た欧州の教会と似ている。太い柱にステンドグラス一番奥には神々しくて慈愛に満ちた表情で両手を広げている女神像がある。はー、綺麗な女神さまだなぁ。僕はたくさん並んでいるベンチの一番前に座って手を合わせる。
「あ、これじゃないか」
周りを見ると皆胸の前で手を組んで頭を垂れている。いかん、つい癖で合掌してしまった。柏手を打たなかっただけ良しとしよう。
一人苦笑しながら手を組んで首を垂れると、目を瞑っているにもかかわらず目の前が真っ白になった。
「え?」
教会の中を歩いている足音や祈りをささげている人たちの息遣いなどの喧騒が聞こえなくなり雰囲気が変わったことに気が付いた。目を開けると真っ白なクロスの掛かったテーブルと白磁のティーセットが目に入った。
「え?」
弾かれるように顔を上げると僕の正面に綺麗な笑顔の少女がいた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは。え?何ここ?」
周りを見ると綺麗に整えられた庭の中に僕と少女がテーブルを挟んで座っている状況だった。ナニコレ?
もしかして…女神様?
「そうですよ?五島龍次郎さん」
状況から考えられることは…目の前にいるのは女神様。アユーミル様で、ここは彼女がいる世界?ってことか?
「はいそうですよ。始めまして、ではないんですがちゃんと覚えてないですね。良かった」
何故かほっとした表情で微笑むアユーミル様を見ていたら記憶が蘇ってきた。
「……思い出した……!あの…すいません、変なことをお願いしてしまって…」
そうだ、あの時僕はトラックと事故って即死だったんだ。で、気が付いたらここにいた。そこでこの女神様、アユーミル様に謝られてあの世界に転生したんだ…
だってその原因が彼女が地球のある世界に研修に来ていた時に滅多にしないというか初めてしたくしゃみだったそうだ。その影響をなぜか僕だけが受けて本来は寿命を全うできる筈だったのに死んじゃったらしくて、慌ててその時の担当だった地球側の神様にお願いして僕の魂を救い上げてアユーミル様の世界に転生させてくれた。
「その時に僕がお願いしたのが、あなたに会ったことを忘れさせることと、生きていけるだけの能力を下さいってことだった、ですよね?」
なんでアユーミル様と会ったことを忘れさせてもらったかというと、その方が異世界を満喫できるかと思ったんだよね。ちょっと後悔してるのは内緒だ。
「はいそうです。それだけだと不安だったのでちょっと手助けしましたけどね?」
そう言ってウィンクするアユーミル様。さすが女神様、そんな仕草一つもとても神々しい。
「でも、なんでここに来れたんですか?もうこれないんじゃなかったんですか?」
転生するときもう会うことはないでしょうって言ってた気がするんだが…
「それはですね、あなたが私が管轄している回復魔法を受けたからです。あの時内緒でそうなるようにしておいたんです。アフターフォローは大切なんですよ?」
そう言ってにっこりと笑うアユーミル様。うわ!笑顔が光り輝いてる!平伏してしまいそうだ。
「そ、そうなんですか。ありがとうございます」
「この世界はどうですか?楽しんでいますか?」
「はい。ちょっと辛いこともありますが、それも含めて楽しいです。神界ここにきて僕が貰った異能も思い出しましたし、これからはそれを踏まえて鍛錬していきます」
僕が貰った異能は、『大器晩成』と『剣王の道標』の二つだ。
『大器晩成』はその名の通り鍛錬した際の身体能力が上昇する速度がだんだんと加速していって最終的には普通の冒険者の五倍程になるというものだ。最後の方にはこの世界の人の成長限界を超えることができるらしい。
『剣王の道標』は、剣に関するすべてのことがとても覚えやすくなる。剣技なんかが覚えやすくなる効果がある。短剣、片手剣、両手剣など剣と名がつくものなら効果が出る。
「それだけだと最初が大変そうだったので、基礎身体能力を底上げしておきました。それとあなたの周りにいる人たちにもいい影響が出るようにしてあります。と言っても今までの努力が報われる、程度のものですけどね」
ああ、それでニーナの魔法が良くなっていったんだ。これは感謝しかない。
「それはとても有難いです。本当に」
それのおかげで今まで生きてこれたんだなぁ。
「いえ、そんなに感謝される程のことでは…元々は私のくしゃみのせいですし…今までの神生じんせいの中で初めてのことくしゃみだったんですよ?あの時なんでくしゃみしたのか今でも分からないんです…」
「そうなんですか…まあ、あっちに残してきた家族のことが気がかりですけど、もう僕にはどうもしようがないですからね。こっちを満喫します」
「あなたの家族のことは向こうの神様たちにくれぐれもとお願いしてきましたから大丈夫ですよ」
「…それが聞けて安心しました。幸せに暮らしていれば満足です」
神様からの太鼓判があれば何も気にすることはないな。…ないよな?
「大丈夫ですよ。安心して私の世界を楽しんでくださいね。それよりももう時間が来てしまいました。いつも見てますよ。また会えることを楽しみにしていますね、リュウジさん」
「え?」
最後にアユーミル様に呼ばれた自分の名前がニーナの声に聞こえた。また目の前が白くなり堪らず目を瞑る。恐る恐る目を開けるとそこは教会だった。
「突然だったなぁ。でも、全部思い出した…」
祭壇にある女神像を見る。顔は似てるけど、身長は全然違うなぁ。あの女神さま、身長は百五十あるかないかくらいで、その割にというか女神さまだけに?スタイルがいいもんだからなんだか不思議な感じに見えるんだよな。
あー、最初の場所は森の中なんて変な拘りをしないで、人のいる所にしてもらえばよかったかなぁ……でもそうするとニーナに会えなかっただろうから、あれでよかったのか…良かったと思うことにしよう。
「あ、リュウジ君。良かった元気そうね」
女神像をぼうっと見ながら考えてたらフィルメアさんに声を掛けられた。良かった、探す手間が省けた。
「あ、フィルメアさん。その節はありがとうございました。」
「いえいえ、それが私の仕事よ?当たり前のことをしただけよ」
「それでもです。フィルメアさんの回復魔法が無かったら死んでましたからね」
それにアユーミル様にも会えなかったからね。ほんとによかった。
「これから依頼で出かけるんです。その前にお礼を言いたくてここに来ました」
「それはそれは。わざわざありがとう。気を付けていってらっしゃい」
「はい、いってきます」
頭をポンポンとされて、それから肩をパンっと叩かれる。フィルメアさんは手をひらひら振りながら仕事に戻っていった。それを見送ってから教会を出る。さあ、鉄級になるために依頼を完遂しよう。