第八十一話
昨日受付で聞いた依頼の内容は、一週間前からカルート村で森狼が十匹くらいの群れで家畜を襲うようになったと。村では牛と羊を育てているみたいだ。被害にあったのは牛一頭と羊が三頭で放牧している間にやられたらしい。全部倒さなくてもいいが五匹くらいに減らしてほしいそう。全滅させちゃうとゴブリンとか違う魔物やなんかが来ちゃうからちょっと残しておくんだって。
カルート村はセトルの町から徒歩で二日半の所にある住人は五十人ちょっとで、産業は牧畜を主とした長閑な村らしい。
「道はつながってるんだよね?」
「はい、西門から出て街道を半日くらい行ったところで北に行く枝道があるのでそちらに進めばいいはずです。」
「で、そこから二日かかるんだっけ?結構遠いね」
「そう?近いと思うんだけど」
タニアがそんなに遠いか?って顔で言ってくる。歩いて二日半は遠いと思うんだが…歩きの速度が時速四キロくらいで、一日八時間歩くとして…えーっと一日三十二キロいける。三十二キロ!それがもう一日と半分だから、六十四と十六で八十キロ!?遠いわ!車いや、せめて自転車が欲しい…
「え?いつ出発するの?」
「お昼からですね。今から買い出しに行ってそのまま出発しましょう」
今は朝食を食べ終えて僕の部屋でミーティングをしてるところ。これから準備して出発らしい。
「じゃあ、あたしたちは準備してくるよ。行こ、ニーナ」
「はい、リュウジさんも準備して、入り口で待っててくださいね」
「わかった。後でね」
食材ってあったかな?リュックに手を突っ込んでみると三日分くらいはあった。
「行きと帰りで五日かかるんだよな。向こうでの滞在がどれくらいになるかわかんないから、最低でも二週間分くらい用意しないと駄目か」
リュックの中では時間が経過しないからいつまでも保管しておける。前に結構仕入れたのにもうないんだなぁ。あって良かったなぁ無限収納リュックサック。神様がくれたのか分からないけど感謝だな。
「あ!神様で思い出した!神殿に行かなきゃ!忘れてた!」
フィルメアさんにお礼言ってない!出発するときに寄っていこう。そうだ、着替えなきゃ。
急いで着替えて下に降りる。鎧は出来る所までしかやってない。後で手伝ってもらおう。
「剣は装備した、盾も持った兜もオッケーで、籠手もつけた。ブーツも履いたし、着替えも持った。よし完璧だ。」
前世地球みたいに行った先で買えばいいやなんてことができないから確り準備しないと大変悲惨なことになる。僕達は無限収納リュックサックがあるから荷物は気にしなくてもいいけど、無いと大荷物で大変だろうなぁ。ライル達にも滅茶苦茶羨ましがられたっけ。各自最低限の荷物にしても三十キロくらいは持って歩かなきゃいけなくなるから、遠出するのは嫌だって言ってたな。
鎧やら剣やら全部装備してさらに三十キロ超の荷物背負って一日三十キロ歩くって……自衛隊の訓練みたいだな。やったことないけど。冒険者皆が屈強な体つきな人が多いのも納得だ。そりゃあ日常的にそんなことしてれば厳つくもなるわな。
宿の女将さんに二週間くらい依頼で開けますと伝えておく。気を付けて行っといで。部屋はそのままにしておくよと言われ、お願いしますと答える。
「リュウジ、お待たせ」
「お待たせしました」
タニアとニーナが下りてきた。二人ともばっちり準備してるな、当たり前だけどね。僕が一番気を付けないといけない。
「よし、行こうか」
「はい」
「分かれて買い出しする?」
「そうしようか。僕は食材を買ってくるよ。二週間分でいいかな」
「そんなもんでいいと思うよ。じゃああたしとニーナでポーションとか買ってくるよ。五本くらいでいいよね」
「わかった。お昼はどうする?」
タニアにちょっと余分にお金を渡す。
「リュウジさんに任せます。いいですか?」
「あたしもそれでいいよ。なんか美味いもん買ってきて」
それじゃあ後で、と二手に分かれる。僕は食材の買い出しだ。まずは、野菜と肉、パンと小麦粉くらいかな。ああ、大麦の粒のままの奴も買ってこよう。ご飯みたいに炊いてみよう。パンだけじゃなんか味気ないんだよな。あ、油も買ってこなくちゃ。燃料にも揚げ物にも使えるからね。燃料にすると凄い煤が出るんだけど明りが無いと夜は大変だからなぁ。焚火でもいいけど料理に使おうと思うと熾火にしないといけないから明りには使えないんだよね。
肉屋で角ウサギの肉とジャイアントボアのもも肉、干し肉も買う、八百屋(っていうかどうかは分からない)では、適当にイモ類と葉物野菜、香味野菜なんかも買ってみた。パン屋に行って焼きたての柔らかめのパンを沢山買う。油屋では植物原料の油が売ってたからそれを防水処理してある皮袋二つ分、二十リットルほど購入した。動物性の油も売ってたけど肉屋で油の塊を貰えたのでそっちは買わなかった。
「こんなもんかな。あとは…昼ご飯か。何にしよう」
店を出たところで背嚢に入れる振りをしながらリュックサックに入れていく。背嚢を背負いなおして美味しそうな屋台を探す。
「いつもと同じサンドイッチでもいいけどたまには違うのも食べてみたいよな」
屋台の並ぶ通りをきょろきょろと見ながらゆっくり歩いていく。あ、果物売ってる。買っていこう。
「すいません。これとこれ…あとはこれ五個ずつ下さい」
「ありがとう。ちょっとお待ちくださいね」
熟れた果物のいいにおいがする。バナナに似たものとリンゴみたいなもの、柿みたいなやつとパイナップルみたいなのを五個ずつ買った。皆どれも新鮮で食べごろに見える。
「お姉さんいつからここで売ってるんですか?」
前に来た時には無かったと思う。
「はい、一週間前からです。どれも食べごろで美味しいですよ」
やっぱりか。帰ってきたときもあるといいなぁ。大銅貨二枚を払う。結構するな。
「この時期だけですか?いつまで売ってますか?」
「この果物はこれから一月ぐらいは食べごろなのでそれぐらいまではやってますよ」
「じゃあ、帰ってきたらまた寄りますね」
「はい、よろしくお願いします。お待ちしてますね」
にっこりと営業スマイルするお姉さんに手を振って離れる。すぐに食べないと腐りそうだけど、無限収納なら大丈夫だからな。また買いにこよう。
「いいもん買えたな。あとはご飯になるものか…あ、あれにしよう!」
ちょっと向こうにクレープかお好み焼きみたいなのを持っている人がいる。そのあたりを見てみると屋台の看板にお好み焼きと書いてあった。
「すいません。一個ください」
「あいよ、銅貨二枚だよ。ちょっと待ってて」
頭に手拭いみたいなぼろ布を巻いたおじさんは手つきよく生地から焼いていく。熱く熱された鉄板に小麦粉を水で溶いたものを丸く広げて焼いていく。その横でキャベツみたいな野菜の千切りを山盛り炒めて、その中に油かすと細かく刻んで湯通ししてある肉を一掴み入れる。塩を振って味付けしたその具を焼きあがった小麦粉の生地に乗せてその上にもう一度生地を掛けてひっくり返し、ボウルみたいなのに取っ手が付いた蓋をする。ほんとにお好み焼きだな。
「もうちょっとだ」
「これって、お好み焼き?」
「おう、良く知ってるな。これは俺の生まれたとこで作られた料理だ。この辺じゃ珍しいだろ」
中身といい作り方といい使ってる材料がちょっと違うがお好み焼きそのままだな。ソースがないのが悔やまれる。あとはマヨネーズだな。
「味付けは塩だけ?ソースは無いの?」
「おお!?兄ちゃんソース知ってんのか?もともとの作り方には最後にソースをかけるって書いてあったんだが、ソースの作り方が分からなくてな。仕方なく塩だけになったんだ。知ってたら教えてほしいぜ」
僕のほかにもこの世界に来た人がいるのかな?聞いてみるか。
「この料理作った人はまだいるの?」
「作った人?ああ、もう百年も前に亡くなってるよ。確か迷い人って言ったかな。変わった人だったらしいぞ。俺も人伝に聞いただけだから詳しいことは知らんけどな」
おじさんは、がっはっはと笑いながら出来たぞと言って厚手の葉っぱに包んで渡してくれる。アツアツの内に食べよう。
「美味い!」
「おお、ありがとよ」
「おっちゃん、これ十個くれ」
「じゅ…あいよ!待ってな」
作り始めるおじさんをぼうっと見ながらさっき聞いた迷い人のことを考える。僕のほかにもいたんだな。タニアたちからも聞いてたけど、こうやって向こうのものの実物を前にするとどんな人だったんだろうなんて考えてしまう。僕ももっと料理とかやっておけば良かったなぁ。キャンプでは何となくやってたけどめんどくさがりだったもんで焼肉ばっかりだったからなぁ。まあ、美味かったけど。あ、焼きそばくらいなら作れるぞ。
「おまちどう!大銅貨二枚だ。ありがとよ。またよろしくな」
出来上がったお好み焼きを受け取ってリュックに仕舞う。さて、まだ時間は大丈夫だな。次は神殿に行くか。




