第七十四話
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
「がはぁっ!」
「ライル!くそっ!」
あれから三十分くらい戦ってると思うんだけどもうそろそろ限界が近いな。シアさんはホブゴブリンの蹴りで飛ばされてダウンしてしまった。幸い息はしているみたいだから生きてはいるだろう。僕も盾が上側の三分の一ほどを破壊されて使い物にならなくなってきている。鎧も肩当はもう無くなって、胴体部分もボロボロだ。今はライルが、攻撃を食らって吹き飛ばされたところだ。
「炎矢!」
「当たれ!」
「水球ウォーターボール!」
ニーナとタニアは僕が置いて行ったリュックサックからポーションを取り出して回復してくれたり援護してくれたりしている。ルータニアさんの援護も的確で何度ピンチを救われたか数えきれない。三人がいなかったらもう全滅していただろう。ガウラスは十分くらい前に気が付き戦線に加わってくれた。さっきの攻撃を受けて肋骨が折れているのか動きに精彩がないが頑張ってくれている。
「リュウジ!もう矢が無くなるから、あたしもそっちに行く!」
「だめだ!タニアはそのままニーナの護衛を頼む!」
「なんでっ!」
双方に攻撃に間隙の時間ができたため間合いを取り直す。
タニアに来てもらえれば多少の余裕ができるだろうが、シアさんと同じ結果になるような気がする。
しかし、向こうの攻撃は当たるのにこっちの攻撃は掠らせるのがやっとだ。ホブゴブリンの表情は余裕がある、というか僕達を嬲っているようだ。くそっ舐められてるな。
「今でギリギリなんだ!タニアまでやられたら回復してくれる人がいなくなるだろ!それに僕がやられたらニーナを連れて逃げるんだ!」
「っ!」
タニアにニーナを任せて攻撃に出る。これが最後の攻撃になるかもしれないな。
「リュウジ!ニーナにアレをやってもらう。合図したら飛び退いて!」
あれって…火球か!まだ撃てるのか?ちらりと後ろを見るともう詠唱に入っているニーナと目が合った。頷くニーナを見て気合を入れ直す。
「ライル!聞こえたか?今からニーナがやってくれるからタニアの合図でこいつホブゴブリンから離れるんだ!」
「わかった!ガウラスもいいな?」
「はい、…わかりました…」
ガウラスさんは脇腹を抑えて苦悶の表情だ。まずいな、ガウラスさんはもう戦えないかもしれない。かなり辛そうだ。
「ライル、ガウラスさんを下げて、二人だけでやろう。もう限界っぽいぞ。」
「やっぱそう思うか?わかった。ガウラス!下がっていいぞ!俺とリュウジで何とかする!」
ガウラスさんは一瞬迷ったみたいだけどすぐにルータニアさんのほうへ下がってくれた。やはり限界だったんだろう、その場で座り込んでしまっていた。
「さあ、リュウジ。ああは言ったが俺もかなりやばいぞ。お前ひとりでも逃げるか?」
ライルのほうを見ると確かに鎧はボロボロで武器も刃こぼれが酷い。ポーションで傷はあまりないが体力は限界に近いだろう。そういう僕も疲労で動きが鈍くなってきた感じがする。
ホブゴブリンは、僕たちが話し終わるまで待ってたみたいだ。くそっ!ほんとに余裕だな!ライルと目配せして攻撃に移る。
「いくぞ!ライル!」
「ああ!リュウジ!やるぞ!」
二人で同時に攻撃する。ニーナの魔法が発動するまで何とか時間を稼ぐ。ニーナの火球が当たればホブゴブリンだってただじゃあ済まないだろう。
「おりゃあ!」
ライルが真正面から切り込む。が、半身をずらして躱されてしまう。だがそこまでは織り込み済みだ。
「はっ!」
僕はライルの右から右横薙ぎを放つ。だが、ホブゴブリンは右手に持った剣を下から掬い上げて僕の剣を弾く。くそっ、ことごとく防いでくれるな!
ホブゴブリンは、振り上げた剣を頂点で止めて踏み込みながら振り下ろしてきた。こっちは態勢が崩れて身動きが取れない!無理やり盾を剣の軌道に割り込ませる!間に合えっ!
ぱきっ
がつんっと衝撃がありその瞬間左腕に激痛が走る。盾は間に合った。が、左の上腕から嫌な音が聞こえてきて力が入らなくなってしまった。
「痛ぇぇぇぇぇ!」
あの音は骨に罅でも入ったか!左手の肘から先に力が入らない!だが痛みを我慢すれば動かすことはできそうだ。まだやれる!
「くっっっそぉぉぉ!負けるかぁぁぁぁ!」
右足で踏ん張り力の限り剣を突き出す。ホブゴブリンは剣を振り切ったため体勢が崩れている。当たれ!
ドスッと手ごたえがあり、右肩に命中した。そのまま引き抜くんじゃなくて下方向に力を入れて引き裂くように引き抜いた。
「ギィィヤァァァ!」
初めて聞くホブゴブリンの悲鳴に、やったぞ!という達成感とまだ油断するなよという気持ちがまじりあった感情が湧き出てきた。
「リュウジ!皆!退避!」
その時タニアの声がニーナの魔法が来ることを教えてくれる。ライルも後ろに飛んで盾を構えている。僕も後ろに飛ぼうとしたが左腕に激痛が走り膝に力が入らず、その場で尻餅をつくように転んでしまった。
「リュウジ!!」
タニアの叫びが聞こえる。いかん!このままではあの火球ファイヤボールの巻き添えになってしまう!僕なんて蒸発するぞ!?
そう思ったとき、胸にすごい衝撃を受けて後ろ斜め上の方向に飛ばされる。
「がはぁぁっ!」
肺の中の空気が一気に押し出され、口の中に血の味が充満する。何が起こった!?飛ばされる僕の横をすごく熱いものが通り過ぎていく。その方向を辛うじて見てみると蹴った後の格好のホブゴブリンが火球の直撃を受けるところだった。ドムッッ!と音がして火球が弾け火の粉が辺りに飛び散り、ホブゴブリンが向こうに吹っ飛んで木に激突した。
僕は背中から地面に激突してニーナたちの方へ転がっていったみたいだ。
「リュウジさん!」
「リュウジ!大丈夫っ!?」
左腕と胸の痛みのおかげで気を失うことはなかったけど、もう限界かな?体が動かないや。口の中が血でいっぱいで息ができない。目も霞んできたのか良く見えないなぁ。
「いやぁぁ!リュウジさん!リュウジさん!!」
「ニーナ!ポーションをぶっかけろ!早くっ!!」
体に液体を掛けられる感触があり、胸の痛みは大分軽くなった。
私はリュウジさんを抱き上げながら必死に呼びかけますが、返事がありません。リュウジさんの顔が涙で滲んでしっかりと見えなくなってきました。どうしよう、どうしよう。どうしたらいいの?私の涙がリュウジさんの顔に落ちるだけで何をしたらいいか全然わかりません。
「ニーナさん!彼を横にして口の中の血を掻き出して!早く!タニアさんでもいいわ!窒息するわよ!」
ルータニアさんが駆け寄ってきてリュウジさんを横向きにします。ホブゴブリンに蹴られた胸は革鎧に穴が開き、そこから見える肌が赤黒くなっていましたがポーションでほとんど治りました。けど目が虚ろで焦点が合っていないように見えます。私は言われた通りにリュウジさんの口の中に指を入れて口の中にある血の塊を掻き出しました。するとリュウジさんが息を吸う、ひゅーっという音が聞こえました。
「がほっ、げほっ」
「リュウジさん!大丈夫ですか?私が分かりますか?」
声をかけると、虚ろだった目に光が戻ったように見え、咳き込みながら口から血を吐いています。暫く咳き込んでいましたが、血が出なくなって落ち着いたら私を見てくれました。
「リュウジさん!私です、わかりますか?」
「ああ、ごほっ…ニーナ、怪我…無いか?…泣いてる…じゃないか。」
こんな時まで私の心配するなんて…
「私は大丈夫です。リュウジさんは、休んでいてください。私がついていますから。」
ああ、と返事をして目を瞑ったらすぐに寝息が聞こえてきました。相当疲れていたんでしょう。
リュウジさんの傷は見た目は癒えていますが、私たちが持っているのは初級のポーションしかありません。骨折までは治せないんです。ホブゴブリンが私の火球で倒せてればいいんですが、私の魔力もほとんどなかったのでそんなに魔力を込めることができませんでした。きっとまだ生きています。私がリュウジさんを守らないといけません!
「ニーナさん!タニアさん!リュウジはどうだ!?大丈夫か!」
「ライルさん。リュウジさんは暫く戦えません。ホブゴブリンはどうですか?」
ライルさんが心配して駆けつけてくれました。リュウジさんはもう戦えません。戦ったら駄目です。今の治療でポーションが無くなってしまいました。もう回復手段がなくなりました。
「あいつは今んとこ動いてねぇ。でも息はしてるみてぇだからそのうち起きるぞ。スレインはまだ来ないのか!?」
やっぱり倒せてませんでしたか…リュウジさんは戦えないので、ここは私とタニアさんが頑張らないといけませんね。
「タニアさん、リュウジさんはもう戦えません。私たちで何とかしましょう。」
「そうだな。あたしも前に出るしかないか。」
タニアさんの顔にも悲壮感が漂います。タニアさんももう弓矢がありません。剣で戦うしか手段がありません。スレインさんが応援を呼びに行っていますがいつ来るかもわかりません。私の魔力もあと炎矢を一回か二回しか撃てません。
暁の風の皆さんもライルさんはまだもう少しやれそうですが、シアさんもルータニアさんも限界っぽいです。ガウラスさんは、木にもたれかかったまま動けないでいます。
「ニーナさん、タニアさん、俺があいつを引き付けるから攻撃してくれ。奴は両手が動かないみたいだし、あとちょっとだ!もうちょっと踏ん張ってくれ!シア!ルー!いけるか!」
「ああ、最後に一発やってやるよ!」
「私も頑張るわ!」




