第六十四話
それから暫く森を探索していたらタニアから合図があった。
何々、この先にゴブリン六匹。ゆっくりこっちに来て、か。
「ニーナ、行こうか。」
ニーナと音を立てないように気を付けてタニアに近づくと藪に隠れて手招きしている。
「ニーナ、ちょうどいい標的だよ。普通の火球見せてね?」
ニーナは、頷くと小さな声で呪文の詠唱を始める。
「万物の根源たる魔素マナよ 我の意に沿い顕現せしめ炎をまとう球となり かの敵を撃て 火球ファイヤボール」
炎矢とほとんど同じ呪文だな。ほぼ定型文かな。呪文の詠唱が終わると杖の先に魔力が集まり中心に渦を巻くように収束してソフトボールくらいの大きさの火の玉ができた。不思議だなぁ、なんで燃えてるんだろ?
さっきよりも小さい火球は、ニーナの杖の先から飛び出した。炎矢よりも遅く、半分くらいの速度かな?バッティングセンターだと百から百十キロくらいの速さだろうか。遠くから撃つと避けられそうだな。あ、だから炸裂するのか!密集してれば避けようがないし炸裂したら被害は甚大だな。よくできてる。
「ほらリュウジ行かなきゃ。あたしとニーナでやっちゃうよ?」
「はっ!?、行ってくる!」
火球に見惚れて突撃するの忘れてた!走りながら火球が向かった所を見ていたら、一匹のゴブリンに当たって炸裂した火球は周りにいた三匹にもあたり、倒せはしなかったけど戦闘不能に近い損害を与えているようだ。
そこにタニアからの矢が襲い掛かる。残った三匹の内右端の一匹に当たり昏倒させている。即死かな?僕はあとは任せろの意を込めて剣を頭の上でクルクルと回し残った二匹に襲い掛かった。
まずは目の前にいる一匹の首を目掛けて、走ってきた勢いを殺すように右足を踏ん張りながら右上から思い切り袈裟切りにする。足元が落ち葉で滑り間合いが狂って剣の根元近くで切ることになってしまった。手にジーンとした感触を残したが無事振り切れた。その右側にいたゴブリンが棍棒で攻撃してくる。剣を振り切った体勢だったから防御できない!右足を踏ん張り首に力を入れ、衝撃に備えると右肩のあたりに命中した。
「ぐっ」
結構体重の乗った一撃だ。踏ん張ったはずの右膝が沈む。倒れると不味い!そう思った瞬間に左足で地面を蹴り、背を丸めて前方に飛び込む。柔道の前回り受け身の見様見真似だったが上手くいった。すぐに立ち上がると盾を構える。高校の時の授業で散々やらされた何とかの一つ覚えだ。あれはたしか手を使って衝撃を逃がすんだったかな、今回は前転の要領で素早く立ち上がった。
前を見るとゴブリンがもう次のモーションに入っていた。横からの攻撃か!よし、いつもの奴だ。盾を棍棒の軌道に合わせ、前に出す。両足を踏ん張りぶつかる瞬間に盾を少し上方向にかちあげてやる。ガッツンと衝撃が来た!
「グギイィィ」
「やっ、はあ!」
左足で踏み切り、右足を地面に叩きつけると同時に剣を上段から振り下ろす。棍棒を持った右手を挙げたままの格好でいたゴブリンの左肩から剣が入るのが見えた。骨に当たるコツっとした手ごたえを残して剣が振りきられるとゴブリンが真っ二つになっていた。ほんとによく切れる剣だ。
「ふう、終わったか。」
剣を引き戻し構えたまま周りを見る。動いているものはないな。火球が炸裂して当たった三匹は事切れていた。剣を一振りして血等を飛ばしてから襤褸布を取り出して良く拭いてから鞘に納めた。次は剣鉈の出番だな。後ろ腰に括り付けてある剣鉈を引き抜き倒したゴブリンたちの討伐証明部位である耳を切り取り、右胸にある魔石を取り出す。
「リュウジお疲れさま。ちょっとヒヤッとしたけど無事でよかった。」
「リュウジさん、大丈夫ですか?痛いとこありませんか?」
タニアとニーナがやってきた。すぐに来なかったのは、周りを警戒していたんだろう。
「大丈夫だよ、ニーナ。心配してくれてありがとうな。」
「良かったです。」
ニーナがにこっと微笑む。いやーこの笑顔を見ると疲れも痛みも吹っ飛ぶな!ニーナの頭を撫でようとして手が血塗れなのに気が付いた。
「ニーナを撫でるのは後にして、これを片付けてしまおうか。」
それに気が付いたタニアが揶揄いに走る。
「良かったなニーナ、あとで撫でて貰えるってよ。」
「もう!タニアさんったら!」
揶揄われて顔を真っ赤にしたニーナを見て、僕たちは笑いながら後始末をしてからその場を離れた。
「そういえば、腹減ったな。そろそろ昼にしようか。」
時間的には昼をすぎたくらいかな?太陽の傾きを見ると…結構過ぎてそうだな。
「やったぁ、今日は何買ってきたの?リュウジ。」
「今日は、というか今日もサンドイッチだよ。具は角ウサギの串焼きを買ってあるから葉野菜と一緒にパンに挟んで塩胡椒で食べようか。」
「いつものサンドイッチですね。楽しみです。」
「早く食べられるところを探そう。行こう、ニーナ。」
「はい!」
二人ともそんなにお腹減ってたんだ。タニアが駆け足で森の中を進んでいくけど、ニーナがついていけてないよ。僕は早足でニーナにすぐに追いついた。
「あれまー、タニアが見えなくなっちゃった。」
「ほんとに早いですよね、タニアさん。」
「ニーナ、二人でのんびり行こうか。」
「はい、そうですね。一緒に行きましょう。」
ニーナと一緒にタニアが通ったと思われる方向に進んで行くと、前方に明るい空間が見えてきた。タニアはその場所の真ん中で腕を組んで仁王立ちしていた。
「おっそーい!ニーナ!何でついてこないの!?」
「ごめんなさい。タニアさんが早すぎて付いていけませんでした。」
ニーナが謝ると、タニアは僕の方を向いて手招きしている。何かあったんだろうか。
「どうした?タニア、何かあったか?」
「早く机と椅子出してご飯にしようよ。お腹すいた!」
「はいはい、ちょっと待ってな。」
リュックサックから机と椅子を人数分取り出し並べていく。机にお皿を出してパンと角ウサギの串焼き、葉野菜と塩胡椒を置く。本当はマヨネーズが欲しいところだけどこの町にはなかった。自分で作るしかないのかなぁ。確か材料は酢と油と卵の黄身と塩だったかな。これを全部入れて混ぜるだけ、だったような気がする。分量はよくわからん。でもきっと酢と油は同じ分量でいいはずだ。よし町に帰ったら作ってみよう。
「ごちそうさまでした。」
自分で具を挟みサンドイッチを作って食べるのが気に入ったのか、タニアがとても嬉しそうだ。ニーナは食後のティータイム用に焚火に掛けてあったポットを使って紅茶を淹れている。
「はい、できましたよ。リュウジさん、タニアさん、どうぞ。」
「ありがとうニーナ。これからどうしようか。」
「あたしはもう少し探索してもいいと思う。今回は稼ぎが少なそうだからね。」
「うう…、それを言われると。でも私ももう少しならいいと思います。」
「あはは、まあ、そう気にしないでいいよ。次から気を付ければいいし、今後の作戦の役に立ったでしょ。」
「そうだね。そう考えると失敗じゃないのか。さっすがリュウジ、優しいねー。」
「そうですよ?リュウジさんは優しいのです。」
僕の隣に座っていたニーナが胸を張って得意そうだ。
「なんでニーナが威張るんだよー。」
「まあまあ、二人ともそれくらいにして片付けて続きと行こうか。」
はあーいと返事をしながら、タニアとニーナが机の上の皿などを布で拭いて積み上げていく。普通は水が貴重だから食器類は水で濡らした布で拭いておく。僕達にはリュックに樽でたくさんあるから節約しなくてもいいんだけど、タニアがこれで慣れておかないと他のパーティと一緒になった時に困るからということで普通の冒険者らしくしている。でも結局水筒の水が無くならないとばれるんじゃないかなぁ。深く考えるのはやめよう。そういうもんだと思っておけばいいか。
僕は拭き終わった物を纏めてリュックに入れていく。机と椅子の足に付いた土を拭って仕舞ったら終了だ。
リュックを背負いなおし、タニアを促すと任せてとウィンクして先導を始めた。
「ニーナ、次はどこに行くんだ?」
「次の目的地は決めていませんよ?ここの辺りの採取場所は全部回りましたから。」
「あ、そうなの?じゃあ今からはタニア任せか。」
「そうなりますね。」
僕とニーナはそれ以上の会話をやめて、ひたすらタニアの後をついていった。
 




