第四十四話
音のしたほうに視線を向けても、森は真っ暗で何も見えない。でも確かに音がした。机に立て掛けておいた剣を腰に吊って、カンテラを左手に持ちながらいつでも剣を抜けるように構えながら音のしたほうへゆっくり近づいていく。
何かいるんだろうか?魔物じゃなきゃいいけどな。さらにゆっくり近づいてくとまたガサッと音がして森の中に何かが移動していったのが分かった。
「ふー。動物か何だったんだろうか?まあ何もなければそれでよしだな。」
それから暫く警戒してたけど何もなかった。相変わらず聞こえてくるのは虫の声と風に揺れる木の葉の擦れる音だけ。やることがないと眠くなるんだけど、さっきの出来事があってから目が冴えちゃって眠くないんだよな。見張りにはいいことなんだけどね。
「あ、薪を入れないといかんな。」
気が付いたら焚火の火が小さくなってた。太めの薪を二本、×の字になるように置いて火吹き棒を使って空気を送る。ハンディ扇風機があればそれを使えばいいんだけどないからね。熾火になっていた部分に空気を送ってやると勢いよく火柱が上がり、新たに置いた薪に火が付いた。火掻き棒を使って薪の位置を調整しながら椅子に深く腰掛け、空を見上げたら森の木々の間から凄い数の星が見える。もっとよく見ようと道まで出てみると本当に星が降ってくるような錯覚を覚えるくらいの夜空が広がっていた。
「うわー。凄い星空だなぁ。しかも月がでっかいし、青い?」
見上げた空の東の空から日本で見たことのある月の四倍くらいあるものが出ていた。あれは月なんだろうか。もう一個の惑星があるみたいだ。色も金色じゃなくて淡い青い色をしている。青い色って水があるってことか?何にしろ綺麗なことには変わりがなく、何といっていいかわからない幻想的な夜空だった。
そう言えば、この世界も太陽が東から登って西に沈んでいく。太陽の大きさも一緒くらいだった、というか違和感がなかった。夜空をまじまじと見たのはこれが初めてか。これからも機会があったらこうやって夜空を見上げよう。どこかに望遠鏡みたいなのは売ってないかな。あったら買おう。あの青い月は望遠鏡で見てみたいな。そのためにはいろんな町や場所に行ってみないといけないな。
一所にとどまるのもいいけど旅をしてこの世界を見てみようか。折角若返ったんだし、冒険者になったんだから冒険をしてみよう。
そんなことを考えながら焚火の世話をしながら空を見上げていると、青い月が大分動いてほぼ真上に来ていた。そろそろ交代の時間かな?もう三時間くらいは経っただろう。テントで寝ているタニアを起こすか。
「タニア、タニア、起きて。交代の時間だよ。」
テントの中をカンテラで確認したら、ニーナが僕が寝ていたところで寝てるのに気が付いた。寝床を間違えたのかな?まあ空いてるところで寝ればいいからいいんだけど。僕は左側で寝ていたんだけどタニアは一か所あけて右側で寝ていた。真ん中にニーナが寝てるはずだったんだけどね。僕が寝るところは真ん中になるな。
「んー。もう交代の時間か。」
「僕は外で待ってるから、準備したら交代してね。」
「はいよ。ちょっと待っててね。」
テントの入り口を閉じて外で待つ。その間で革鎧を脱いで入り口近くにまとめて置く。しばらくしたらタニアが出てきた。
「お待たせ、リュウジ。何もなかった?」
「うん、とくには。じゃあ僕は寝るよ、お休み。」
「お疲れさん。しっかり寝るんだよ。」
タニアに手を振って、テントの中に入って空いてる真ん中で横になる。隣ではニーナが小さい寝息を立てて寝ている。当たり前だが、可愛い子は寝てても可愛いんだなぁ。
皮のエアマットは三枚あったので一人一枚使っている。固さはちょっと硬めでいい感じになっているな。寝袋はちくわみたいなった布団だったから使わずに外套を上にかけて掛布代わりにしている。寒いかと思ったが季節柄もあってか丁度いい。この外套って野営も出来るように結構生地が厚いから包まって寝るのにちょうどいいんだな。よくできてる。
よし寝ようか。明日もたくさん歩かないといけないからな。
「リュウジさん、起きてください。朝ご飯作らないといけないので、マジックバッグから食材をだしてください。」
「うーん、おはようニーナ。もう朝か。ちょっと待ってね。」
やっぱり途中で起こされると疲れが取れないなぁ。それが分かっただけでもいい経験だったと思うことにしよう。伸びをして体をほぐす。朝ご飯は何を作るんだろう?
「何が欲しいの?」
「とりあえず、パンと干し肉を下さい。あとは、塩胡椒って持ってるって言ってましたよね?それを少しいただければいいです。」
「えーと、パンと干し肉と塩胡椒ね。それと野菜も出そうか?サンドイッチでしょ?」
「よくわかりましたね。待っててくださいね、美味しいの作りますから。」
そういえばタニアの姿が見えないな。どうしたんだろ。
「タニアはどこ行ったの?」
「タニアさんは、薪を探しに行きました。朝ご飯の分が足りなくなってしまったみたいです。」
「そうなんだ。じゃあ僕も探してこようかな。ついでに用も足してくるよ。」
キャンプ場と違ってトイレなんてものはないからな。森の中に入って穴を掘ってするんだって。お尻は葉っぱで拭くみたい。幅広で丈夫くてかぶれなくていい葉っぱを教えて貰ったよ。なんていったかな、えーと、ラテア草だったかな?冒険者だけじゃなくて一般家庭でも使われているみたいだ。森の浅い場所に生えてることが多く、いっぱい生えてて繁殖力が強いから無くならないんだって。そういえば宿のトイレにもあったな。はじめのころは葉っぱで拭くことに違和感がすごかったけど使ってるうちに慣れてきて、最近は使わなくなっていたんだ。
何で最近は使わなくなったかと言えば、リュックの中でいいものを発見して、さらに魔法が使えるようになったことに関係している。
あるときリュックの中を整理していたら、変な道具があるなと思って取り出してみたらそれがあった。最初はなんだこれ?ってね、すっかり忘れていたんだ。
日本あっちで買ったバッテリー内蔵の携帯用のウォシュレット、それが魔道具になってたみたいでこっちに来ても使えたんだ。自分の魔力で動くみたい。魔法が使えるようになったら扱えるようになったみたいだ。これは凄い有り難かった。
用を足した後にウォシュレットのタンク部分に水を入れて、シャワーヘッド部分をお尻に向けて魔力を込めると温水シャワーが出るんだよ!災害の時にも便利だしね。
元々はキャンプ場によっては洗浄便座がないところもあるから買ったんだけど、最近のキャンプ場は設備が良くなってついてるところが多く、持って行っても使わないことが多くてその存在を忘れてたんだけど、ここにきて無くてはならないものになったなぁ。
それを持って森の中に入っていって穴を掘って、用を足す。お尻を洗ってぼろ布で拭いて、布を穴に入れて埋める。日本あっちって便利だったんだなぁ。
すっきりしてから腕一杯薪を拾い集め、帰って来るとタニアも薪を沢山集めてきたみたいで焚火の周りに積んで乾かしてあった。僕が持ってきたものも加えてちょっとしたキャンプファイヤーができるくらいある。
「タニア、おはよう。こりゃあいっぱい集めてきたなぁ。僕の分が余分だったかな。」
「おはようリュウジ。薪はいくらあってもいいからさ。出発まで焚火の周りで乾かして、そのリュックに入れといてね。」
「そうしようか。乾いたらいくつかに分けて束ねとこう。」
「リュウジさん、タニアさん朝ごはん出来てますよ。食べてください。」
「ありがとうニーナ。いただきます。」
タニアと二人で水の生活魔法で手を洗ってから朝ご飯を食べて、まったりしながら今日の予定を確認する。
「あとどのくらいで目的地に着くの?」
「そうですね。順調にいってあと半日くらいでしょうか。お昼過ぎには着くと思いますよ。」
「まだ半日歩くのかぁ。」
「半日ならもうすぐだって。頑張れリュウジ。」
半日がもうすぐって…タニアたちとは距離感が違うなぁ。これに慣れてかないといけないんだな。よし頑張るか。
「じゃあ、テントなんかを片付けて出発しようか。」
「はいそうしましょう。私洗い物しますね。」
ニーナは、揚げ焼き鍋フライパンに使った皿や、コップなんかを入れてちょっと離れたところで水魔法で洗っている。僕は、テントからエアマットを取り出し三枚重ねてリュックに入れていく。テントもそのままリュックへ入ってしまうので片付けは驚くほど簡単だった。タニアは紐で薪を縛ってくれていた。
「このくらいの束にしておけばいいか?結構集めたなぁ。これなら次の野営の時は集めなくてもいけるか?」
タニアがまとめてくれた薪は一つ五キロぐらいで、それが四束あった。そんなに集めたかな?まあ使うからいくつあってもいいんだけどね。
机と椅子、焚火台を片付けて、野営地を綺麗に整えたら出発だ。今日も頑張って歩こう。
 




