第四十三話
「二人とも驚かないで聞いてね。…実は僕、違う世界で一回死んで気が付いたらこの世界にいたんだ。」
ごまかすのが面倒くさくて、ほんとのことを言っても何とかなるかな?どういう反応があるかな?
ちょっと雰囲気を変えるために一応真剣な顔をして話し出してみた。
「は?」
「突然どうしたんですか?リュウジさん。夕飯何かおかしなもの入ってましたか?そんなはずはないんですけど…」
タニアは、吃驚して固まっていて、ニーナは僕が気が違ったんじゃないかって心配してくれているみたいだ。
「信じられないよね。ああ、大丈夫だよニーナ。僕は何ともない。まあ、そんな面白い話でもないけどさ、ちょっと聞いてね。」
僕は四十五歳だったってことと、結婚してて子供が二人いたこと。職業のことや趣味のこと。魔法が無い世界だったこと。気が付いたら森の中にいて、中身が無限収納になっていたこのリュックサックとウェストポーチだけがあったこと、それからニーナに出会うまでのことと、タニアに出会うまでのことをはなした。
「え?その話が本当だとすると、リュウジさんがずっと言っていた年齢はほんとだったってことになりますが…」
「ほんとだよ。見た目が若くなったから信じられないと思うんだけど、それはほんと。この間教会に行ったでしょ?あれも教会で祈ってみれば何かあるかなーって思ってたんだけど…何にもなかったんだよね。」
あそこで何かあれば僕もすっきりしたんだけどね。なんにもわかんないままだからなぁ。
「じゃあ、リュウジはこっちに来てから剣術を始めたことになるのか?」
「そうだね。ニーナと出会って初めてゴブリンと戦った時は吃驚したよ。あれが今までの人生で最初の命懸けの戦いだったんだ。でも自分の体が自分が思ってた以上に動くし、職業柄慣れてるってこともあったんだけど生き物殺すのに忌避感はほとんどなかったし、…あの時はニーナも無事でゴブリンも倒せてほっとしたなぁ。」
「あ、あの時魔石を見て綺麗だって言ってましたね。あれも魔石を初めて見た感想だったんですか?」
「そうそう。魔石って綺麗だよね。あの時が初見だよ。何もかもが初めて見るものばっかりだから、今、毎日が凄く楽しいんだ。」
ほんと、珍しい物ばっかりだから何見ても楽しいし、ワクワクする。
「あの時ニーナが魔法を使ったでしょ?あれ、凄く見たかったけど戦ってる最中だったからちゃんと見れなくて悔しかったんだ。今は生活魔法だけだけど、自分でも魔法が使えるようになったからもう悔しくはないんだけど、攻撃魔法も使ってみたかったなぁ。」
僕とニーナが思い出話をしていると、タニアが目をキラキラさせながら両肩を掴んできた。
「リュウジ……その話は全部本当なのか?」
「ん?どうしたタニア?全部本当だぞ。タニアたちからすると嘘みたいけど、ホントの話だね。」
「じゃあ、リュウジは……勇者なのか!?良く物語にあるだろ!違う世界から来た勇者が活躍する話が!あたし、ああいう物語が大好きなんだ!それならリュウジが強いのも納得する!」
「ええ?僕は勇者じゃないと思うよ?っていうか間違いなく勇者じゃないよ。」
こっちの世界にもそういう物語があるんだなぁ。もしかして空想フィクションじゃなくて実際にあったことノンフィクションだったりするのかな?でもタニアがそういうものが好きだったとはちょっと意外だ。
「だって、普通の冒険者は登録して一か月でオークを倒すことなんてできないよ?はぁーーリュウジがねぇ。勇者かぁ。」
「だから、勇者じゃないって!タニア、僕は勇者じゃないよ?」
「ふふふ、わかったわかった。リュウジがいうならそう言うことにしておこうか。ふふふ。」
タニアはほんとにわかってくれたんだろうか?いや、あの顔はこれをネタにして揶揄ってくるつもりだな?
「とにかく僕は勇者じゃないよ。誰からも使命を受けていないし、召喚されたわけでもないからね。」
「はい!リュウジさんが勇者であっても、私の大事なパーティメンバーですからね!これからもよろしくお願いします!」
「ニーナまで…まあいいか。好きなようにしてくれていいけど、勇者って呼ぶのはやめてくれよ。今まで通りで頼むからね。ね?でも、二人が仲間で良かったよ。普通こんな話は信じてくれないからね。」
「私はリュウジさんがどんな人でも一緒に付いていきますよ?命を助けていただいた恩人ですから。」
「そういうことならあたしもだな。リュウジとニーナは恩人だからな。よっぽどのことがない限りは一緒だぞ。」
二人とも……有難いな。仲間っていいもんだ。大事にしよう。
「さあ、もう寝ようか。最初の見張りはニーナだったっけ。」
「はい、私が最初です。二人ともおやすみなさい。」
「薪と炭はこの木箱に入ってるからね。お休みニーナ。頑張ってね。」
「何か異変があったら遠慮なく起こしていいから。無理はしちゃだめだからね。」
「はい、わかりましたタニアさん。おやすみなさい。」
「リュウジは先に寝ててくれ。あたしはちょっとニーナと話があるから。」
「わかった。んじゃお休み。」
何を話すのか知らないが、今日はたくさん歩いて疲れたから早く寝てしまおう。途中で起こされるしね。
「よし、リュウジは天幕テントにいったな。ニーナ、野営は初めてだろ?一人になるけど大丈夫?」
リュウジがテントに入っていったことを確認してから、二人は椅子に座り湯を沸かして飲みながら話していた。机の上にはカンテラが煌々と輝いている。
「大丈夫だと思います。まだ眠くないですし、ドキドキして眠たくならないと思います。」
ニーナの返事を聞いたタニアは、ニヤッと笑い、ニーナに近づき耳元で囁く。
「交代するときリュウジを起こしたら、そのままリュウジが寝てたところで寝ちゃいなよ。リュウジの体温が残ってるから抱きしめられたみたいになって良く寝むれるぞ?」
タニアの言ったことが分かると、ニーナの顔が耳まで真っ赤になる。
「ええええ?そ、そんなことできませんよう。私用の寝床があるんですから!」
「だってニーナはリュウジのこと好きなんだろう?だったらそういうのもありだと思うぞ。」
カップを口につけたまま沈黙したニーナは、首まで真っ赤になっていく。
「で、でも、そ、そんなことしたらリュウジさんが交代するときに変な娘だって思われないですか?」
「リュウジならきっと大丈夫だ。さっきの話を聞いて納得したことがあるんだけど、リュウジがあたしたちを見る目は、どうも今のところ自分の娘を見る目で見てるみたいに感じるんだ。そんなリュウジだからそれくらいの行動ぐらいではびくともしないな。あれにニーナを意識させるには相当頑張らないと駄目だと思うぞ。」
「やっぱりそうですか…。私もそんな風に感じていました。リュウジさん、凄く優しくて温かいんですよね。一緒にいるだけでほっとするっていうか、安心するんですよね、私。」
「だから、意識しちゃったんだろ?あたしだってニーナより先に出会ってたら、きっと好きになってただろうなあ。」
タニアは、椅子の背もたれに体重を預けて夜空を見上げながら呟いた。
「え?タニアさん…ライバルですか?」
「違う違う。何とも思ってないことはないけど、ニーナが好きなんだろうなって気が付いたからね。あたしが横入りするのもねぇ。」
「今はそうかもしれないですけど、そのうちに…なんてことにはならないですか?」
タニアは、綺麗に輝く星空を見上げたまま沈黙する。
「未来のことは分からないなぁ。あたしだってまた窮地を助けられたら…ねぇ。その時になってみないとわかんないよ。」
今度はニーナがカップを見つめたまま沈黙する。
「わかりました。私、頑張ります。どう頑張ったらいいか分かりませんが…」
「よし、じゃあこの話はおしまい。あたしも寝るからね。見張りも頑張ってニーナ。」
ひらひらと手を振りながら天幕へ入っていくタニア。
「もう。タニアさんったら。あんなこと言われたらよけいに意識しちゃうじゃないですか…」
「……さん、…ウジさん、……てください。リュウジさん、起きてください。」
体が揺すられ、ニーナの声がする。なんだ?朝か?
「ん……おはよう、ニーナ。どうした?」
「おはようございます。じゃなくて、交代の時間です。」
そうだった。野営の途中だった。支度しなくちゃ。掛布を捲ってニーナと外に出て、革鎧を身に着けながら寝ぼけている頭を起こす。剣は机に立て掛けておけばいいか。
「そうだった。お疲れ様、ニーナ。何事もなかった?」
「はい、特になかったです。ではリュウジさん頑張ってくださいね。次の交代の時間は鐘三つ分です。」
鐘三つ分って、体内時計頼りか。大体三時間くらい、まあ、適当な感じでいいかな?
「わかった、じゃあお休み、ニーナ。」
「はい、おやすみなさいリュウジさん。」
ニーナは、なぜか僕から顔をそらしてそそくさとテントの中に入っていってしまった。何かあったんだろうか。
よし、見張りだな。まずは確認をっと。
「薪はまだあるし、炭もあるな。これなら朝まで持ちそうだ。そうだ、薬缶で湯を沸かしておこう。湯があればお茶が飲めるし、何となく安心するしな。」
椅子に座って火を見つめながらボーっとする。途中で起こされたから眠いなぁ。………いかん、見張りをせねば。
「とはいってもなぁ。聞こえるのは風に揺られる葉擦れの音、虫の声くらいだしなぁ。ニーナは何してたんだろ?」
喋る人がいないから独り言が多くなる。元々喋りながら考えを整理する癖があったし、年齢と共に独り言が増えてきたんだよなぁ。よくスーパーで買い物しながら独り言言ってたみたいで周りにいた人に変な目で見られたこともあったしな。あれは周りの目に気が付いたときが滅茶苦茶恥ずかしかった。
そんなことを考えていた時、
ガサッ
森との境で何かが動いた音がした。




