第四十二話
焚火台に置いた着火剤に細い枝を被せて置く。よし、火を点けよう。
「指先にともれよ炎、点火トーチ」
呪文を唱えると一指し指の先に炎が出る。不思議なことに指先は熱くないんだよね。どうなってるんだろ……?今はいいか。さあ、火を点けよう。着火剤に近づければ杉の枯れ枝に火が付いた。枯れ枝だけあって良く燃えるな。小枝にも火が付き始めたぞ。ここでもう少し太い枝を入れたくなるんだけど、ちょっと我慢して残った小枝を入れるとさらに火が大きくなる。
ここで一、二本太めの枝を入れると、その枝もしっかり燃えてくれんだ。そうなったら太い薪を一本づつ火の大きさを見ながら入れていくんだ。
「よしよし、しっかり火がついたな。あとは熾火になるまで燃やし続ける。っと」
火掻き棒で燃え尽きた灰を下に落としながら、太い薪を燃やして熾火になるようにしていく。
「あ、リュウジもう火を点けたのか。いい感じになってるじゃないか。すぐにでも料理出来るな。」
「おう、タニア戻ってきたか。ニーナもおかえり、薪拾いありがとうな。この辺においといて。」
「はい、わかりました。これが焚火台ですか?変わった形ですね。」
「寝床ができてる……凄いな!何だこれ!何だこれ!机と椅子は前に見たけど、こんな天幕は初めてみた!」
ニーナが焚火台を不思議そうに見ていると思ったら、テントを一目見て興味で目をキラキラさせたタニアがいた。タニアは、テントの周りをぐるぐる回って、入り口を開けて中を覗き込んでいる。
「なあなあ、この敷物柔らかいぞ。この上で寝れるのか?もう寝てみてもいいか?」
「うわあ、凄いですね。ふかふかです。これは寝心地がよさそうですね。」
「それは空気で膨らませたマットレスだよ。いい硬さでしょ?」
僕が寝てみてちょうどいい硬さだったから、ニーナたちにはちょっと硬いかなと思ったけど良かったみたいだ。タニアなんかもう寝転がっている。
「これは…寝るときが楽しみだ!野営でこんな寝床があるなんて考えられないよ!」
「ははは、寝心地を確かめるのもいいけど、そろそろ晩御飯の支度をしないとね。二人ともよろしく頼むよ。」
「ふふ、そうですね。タニアさん急ぎましょう、日が暮れてしまいます。」
「まかせといてよ。美味しいの作るからね。」
ニーナとタニアが作ったご飯は具だくさんのスープと固く焼いたパンだ。干し肉と野菜の旨味がしっかりと効いたスープだった。野営の定番料理だそうだ。二人ともまな板を使わないで鍋に直接入れていくスタイルだった。親指をまな板代わりにするあれ、憧れてたんだよな。味付けは塩だけ。でも塩だけとは思えない旨味に驚いたよ。固く焼いてあるパンもスープに浸して食べたら美味しかった。
「夜の間は交代で見張り?」
「そうですね。順番はどうしますか?」
見張りの順番は大事だな。真ん中の順番の人は途中で起こされるからどうしても疲れが残るそうだ。
「僕が真ん中をやるよ。二人ともしっかり寝たいでしょ?」
「いいの?結構疲れが残るよ。あたしたちはその方が良いけど…」
「そうですよ、ここは公平にくじ引きで決めた方が良いと思います。」
「まあまあ。男は僕だけだからかっこつけさせてよ。」
僕がにやりとしながらそう言ったらタニアも同じ顔をしながら頷いた。
「リュウジがそういうなら任せるか。いいかニーナ?」
「…わかりました。今回はそういうことにしましょう。でも次からは公平に決めましょうね。」
見張りの順番は、ニーナ、僕、タニアの順番になった。僕が外で寝るからテントは二人で使ってねって言ったら、それは駄目だって二人から言われてしまった。野営では男女雑魚寝は気にしないし当たり前のことなんだって。
日が暮れて薄暗くなってきたから、ランタンに油を入れて火を点けておこう。ランタンは三個あったから二つ使えばいいかな。燃料用の油がなかったから、煤の出にくいのを教えて貰って買ってきたんだ。漏斗を使ってランタンのタンクに八分目になるまで入れて十分くらい待って芯が油を吸うのを待つ。
芯が油を吸ったら一センチくらい出して、レバーを使ってホヤを上にあげて火を点けるここでも魔法を使う。
「指先にともれよ炎、点火トーチ」
指先を芯に近づけて火を点ける、なんて便利なんだ、魔法って。
「使ってますね、リュウジさん。詠唱も発動も上手です。」
「あ、ニーナ、便利だよね魔法って。使えるようになって良かったよ。」
「リュウジ、カンテラ二つも使うのか?一個でいいと思うよ。」
「ん?そう?二つくらいあった方が良いと思ったんだけど。」
「焚火があるからそんなに要らないよ。明るすぎると色々寄って来るよ?」
「そうなの?明るい方が寄ってこないかと思ってた。」
確かに明るすぎると興味を持った獣が寄ってくるかもしれないな。火を怖がるのと明るいのは別か。
「じゃあ、一個にしとくよ。」
ん?カンテラ?今タニアはカンテラって言ったか?カンテラとランタンの違いって何だったかな?
「タニア今、カンテラって言った?」
「うん。だってこれ手に持っていけるからカンテラだろ?リュウジが言ってたランタンっていうのは分からないけどランプの種類なんだろうなっていうのは分かったよ。」
「へー、手の持てるのはカンテラっていうのか。そうするとこれはカンテラか。」
ああそうだ。ランタンとカンテラってもとになった言語が違うだけじゃなかったかな。英語とオランダ語だったかな?
まあこっちに合わせてカンテラって言うことにするか。手に持っていけるのがカンテラね。よし、覚えたぞ。
「このカンテラは明るいな。あたしの知ってるのよりも大分明るいぞ。」
「ここのつまみで明るさが調節できるんだ。明るくすると早く燃料が無くなるからもう少し火を小さくしてやれば朝まで持つと思うよ。」
「朝まで持つのか、それは凄いな。普通は鐘六つ分持てばいい方だからな。」
鐘六つ分って大体六時間くらいか。結構持つじゃないか。こっちの道具も折を見て買うってのもいいな。何があるのか楽しみだしね。
「薪はこれくらいで足りるかな?」
「うーん、もう少しあった方が良いけどもう取りに行くことは無理だしなぁ。」
「確かに、もう少しあった方が良かったですね。どうしましょうか。」
「薪じゃなくてもいいなら炭があるけど、それでもいい?」
「炭があるならそれでもいいよ。炎は出ないけど、その分薪が少なくていいからね。」
炭ならリュックの中に一杯あるんだ。十キロ以上あるんじゃないかな。こっちでも炭は売ってたから一般的なものなんだろう。五キロで大銅貨五枚だったから大分高かったけどね。薪は乾燥に時間がかかるけど木を切って乾燥させておけば売り物になるから安くて十キロで銅貨五枚。炭は手間がかかるぶんだけ高いけど、火持ちが良いし火力が強い。
「じゃあ出しておくよ。これぐらいあればいいかな。」
「結構あるね。二ガオンスくらいかな。これだけあれば薪と足しても朝まで持つと思うよ。」
「タニア、今のガオンスって重さのこと?」
「ああ、そうだよ。知らなかったのか?」
今出した炭は二キロくらいだった。キログラムはガオンスっていうんだ。覚えとこ。グラムはなんていうんだろう。
「タニア、これの重さっていくつなの?」
大銅貨をタニアに見せる。持った感じは十グラム無い感じだけど。
「大銅貨は一枚六オンスだよ。知らないのか。変な奴だな。」
「そうなんですよ。リュウジさんてば、お金のことも町の鐘のことも知らなかったですし、変わった道具も色々持ってますし不思議な人ですよね。」
グラムはオンスっていうんだ。でも、なんだかヤバい雰囲気だな。タニアが訝しがってる。この流れだと僕の来歴を話さないといけなさそうだ。信じてもらえるかどうかわからないけど……ニーナとタニアだったら話してもいいかな。
ニーナは信じてくれそうだけど、タニアはどうか分からないなぁ。ここはごまかしておこうかな。でもどうやってごまかそう?うーん、うーん……いい案が浮かばないなぁ…。めんどくさいからほんとのこと話すか。二人ならいいだろう。うん、そうしよう。
「二人とも驚かないで聞いてね。…実は僕、違う世界で一回死んで気が付いたらこの世界にいたんだ。」




