第三十五話
またタニアに先頭を任せてニーナと二人でついていく。そういえば、さっきのゴブリンたちは何に警戒していたんだろう。あのオークを警戒していたならいいんだが。
「なあニーナ。あのゴブリンたちは何を警戒してたんだろうね。あのオークかな?」
「そうだと思います。断言はできないんですけど。それにオークとゴブリンは時々戦っているのが目撃されているみたいです。」
「縄張り争いか?オークはゴブリン食べるの?」
「なんだ?オークの話か?」
タニアが戻ってきていた。全然足音がしないから気が付かなかった。
「うわぁ、吃驚した。驚かすなよ。何かあったのか?」
「ごめんごめん、ついね。もうすぐ街道が見えてくるころだから戻ってきたんだ。で何の話してたの?」
「あのゴブリンたちが警戒してたのは何だったんだろうって話をしてました。」
「まあ、間違いなくあのオークだろうね。オークは集落を作るだろ?ゴブリンたちを襲って連れ帰って戦闘要員とか労働力として使うみたいだよ。」
「じゃあ、この辺りのどっかにオークの集落があるのか?危険じゃないのか。」
オークも女性を攫うんだろ?危険じゃないか。帰ったらこれも報告した方が良いのかな。
「うーん、一匹でいたからまだ集落を作るほどじゃないかと思うんだけど、組合に報告した方が良いな。」
オークはゴブリンと違って爆発的に増えるわけじゃないけど、規模が大きくなるとゴブリンたちを従えて村なんかを襲って女性を連れ去ったり、食べ物を奪っていくんだそうだ。なんて厄介な奴らだ。吃驚したのはあの大きな身体なのに肉は食べないらしい。基本木の実なんかを食べる菜食なんだそうだ。だから肉に臭みがなく、あんなに美味いんだな。
しかし、ゴブリンだって襲ってきたら大変なのに、あんなのがいっぱい襲ってきたら村が全滅するんじゃないか?
「じゃあ、早く帰って報告した方が良いな。ちょっと急ぐか。」
「はい、そうしましょう。」
「街道はこっちだよ。もう偵察もいらないから一緒に行こう。」
何事もなく組合まで着いた僕たちは、受付で依頼完了の手続きをしてもらう。朝はジェシーナさんだったが今はケイトさんだ。
「ニーナさんたちおかえりなさい。依頼の報告ですか?」
「ただいまです。ケイトさん。それともう一つ、報告があります。」
「それでは、まず依頼からですね。討伐証明は……はいゴブリンの耳十四匹分確かに。報酬は大銅貨十枚と銅貨二枚ですね。それで、報告とは?」
報酬の引き換え木札を貰いながら報告していく。
「最後に倒した四匹のゴブリンたちが何かを警戒していたように見えたんですが、そいつらを倒した時にニーナがオークに襲われて戦って倒しました。持って帰ってきたんですが、買い取ってもらえますか?」
「え?オークですか?どのあたりで?」
「ゴブリンが良くいる森の南から西の方に行くと小川があったんですが……」
僕たちはオークと戦った状況とゴブリンたちが警戒していたこと、倒して持ち帰ったことを報告した。
報告したらケイトさんの目が半眼になって頭を抱えてしまった。
「はぁぁ…いいですか、ニーナさん、リュウジさん。オークは銅級でも経験が豊富な冒険者が相手にするものです。ニーナさんは冒険者になってどれだけですか?」
「は、半年です。」
「リュウジさんは?」
「い、一か月くらい?」
「二人とも今私が言ったことを覚えてますか?」
ケ、ケイトさんが怖い。
「銅級でも経験が豊富な人が相手にするって…」
「そうです。前回の魔物化した角ウサギの時はひどい怪我だったので言いませんでしたが、リュウジさん、あの時は下手したら死んでたんですよ?わかってますか?今回はニーナさんが襲われていたみたいですから仕方なかったかもしれませんが、逃げることも勇気の一つです。もっと命を大事にしてください!」
「…はい、すいませんでした。これから気を付けます。」
この年になって本気で怒られるとは思わなかったなぁ。ケイトさんが本当に心配してくれているのが分かるし、こんなに真剣に怒ってくれるとは思わなかった。有り難いことだなぁ。
ケイトさんの注意は僕とニーナからタニアに移っていた。
「タニアさんも気を付けてください。あなたは経験があるんですから二人をもっと……」
これにはタニアも結構堪えただったみたいだ。
「まあ、状況的には戦う以外にどうしようもなかったかもしれませんが、無理だけはしないでください。頼れる仲間がいて良かったですね、ニーナさん。」
ケイトさんのお説教はそんな言葉で締めくくられた。ニーナは笑顔で「はいっ!」と返事をしていた。
「では、オークの処理ですが、一旦そちらから出てすぐのところに倉庫があるのでそこに出しておいてください。すぐに係りの者が行きますから。」
指示された方を見ると扉がある。そこから出ればいいんだな。
「わかりました。まだ血抜きもしてないんですがいいですか?」
「そのままでいいですよ。」
ゴブリンの魔石や薬草はニーナとタニアに任せて僕は裏の倉庫に向かう。
組合の裏口の扉から出たらすぐに分かった。目の前にあったからね。倉庫の扉を開けて中に入ると、そこには結構広い空間があった。小学校の体育館くらいかな?
壁際に机が並んでいて、さらに中央にも大きな机が四つ置いてある。床は排水溝があって水が建物の外へ流れて行くようになっている。
「やあ、いらっしゃい。リュウジ君だね。僕は解体担当のルーダスと言います。よろしくね。」
建物の中に入ってきょろきょろしてたら、後ろから声をかけられて吃驚した。
「うおっ、あ、こんにちは。よろしくお願いします。」
「じゃあ、早速出してもらえるかな?この机の上でいいよ。」
挨拶を返すと最後まで言わないうちに被せて喋ってくる。
中央にある机の一つを指さしてにっこりと笑っている。年は見た感じ四十代後半くらいかな。転生?する前の僕と同じくらいの年だと思う。普通のおじさんだが、なんだか独特の間を持ってる人だなぁ。とりあえず言われた通りにオークを机の上に取り出す。
「はい、ありがとう。なかなか見ないとてもいいマジックバッグだね。オークが丸々入るから容量も大きく、時間の流れが遅いか止まってるやつかな?大事に使いなよ。」
取り出したオークを一目見ただけでそこまでわかるのか!この人凄いな!
「よくわかりますね。でも、分かりました。これは僕の生命線ですからね、大事にします。」
また、最後まで喋らせてくれなかった。せっかちなのかな?
「そうした方が良いよ。じゃあさっさと仕事を終わらせましょう。」
そう言いながら腰からナイフを抜きクルクルっと回して手に取り、解体を始めた。その速さは凄いとしか言いようがなく、見る見るうちにオークが肉に変わっていく。心臓の辺りからゴブリンのものより一回り大きい魔石を取り出し、手のひらから魔法で水を出して洗って渡してくれた。
「はい、魔石と牙。売るんでしょう?持ってきな。」
詠唱なし?切り分けて枝肉になったオークの肉もいつの間にか氷漬けになっている。いつやったんだろう?この人凄いな!
感心して見ていたら、あっという間に終わった。机の上には綺麗に氷漬けになった肉と骨と皮が分別されて置かれていた。それを見ながらルーダスさんは羊皮紙に何かを書き込んで僕に渡してくれた。
「はい、買い取り証明書。爺さんの所に持っていけば換金してくれるよ。毎度あり~」
机の上の肉などを腰にあるウェストポーチ型の魔法鞄に収納するとさっさと出て行ってしまった。
「なんか腕も癖もすごい人だったな。あんな魔法が使えるなんて昔は冒険者だったのかな?あとでケイトさんにでも聞いてみるか。」
凄いもの見たっていう興奮と何だあの手際はと感心しながら組合に戻ってアッシュさんの所へ行き、証明書を出す
「こんにちは。アッシュさん。これお願いします。」
「おう、リュウジか。ルーダスの所に行ってたのか。凄かったろあいつの解体は。」
「凄かったですね!いつの間にか魔法まで使ってて見惚れました。」
「あいつはちょっと前まで銀級の魔法使いでな。依頼で魔物に足やられて続けることができなくなったから故郷に帰るってとこを引き留めたんだ。」
「ええ?凄い人じゃないですか!そんな凄い人だったらあの手際には納得ですね。」
銀級って全く想像できないけど、ルーダスさんの魔法はすごかったなぁ。
「ほれ、用意できたぞ。また頑張れよ。」
「ありがとうございます。もっと強くなりますからね。見ててください。」
「おう、期待してるよ。でも無茶はするなよ。死なない程度にだ。」
引き換えを済ませてニーナたちの所へ行く。組合の酒場だ。彼女たちは楽しそうにお喋りしながら待っていたみたいだ。
「ごめん、遅くなった。」
「いいえ、そんなに待ってませんよ。私たちもちょっと前に終わった所です。」
「意外と早かったじゃないか。」
「ああ、解体の速度が凄くてね。吃驚して見てたよ。無詠唱の魔法も使ってたし。」
「あ、それって、ルーダス先生じゃないですか?私の魔法の先生です。確か解体もやってるって言ってました。」
「そうそう、そのルーダスさんだったよ。何か独特の間の人だったけど…いつもそんな感じの人なの?」
「そうですよ。当たりは非常にいいんですが、せっかちなのか頭の回転が速いのかいつも被せ気味で話す人です。」
いつもそうなんだ。あれはせっかちじゃなくて頭の回転が速すぎて、僕たちの方が付いていけてないってことか。ルーダスさんにしてみればイライラするんだろうな。まあ、一般的には変人の部類になるんだろうなぁ。本人の意見は別にしてね。それはいいとして。
「そろそろ、宿に戻って報酬の配分をやろうか。」
「そうしましょう。お腹もすきましたし。」
「お、待ってました!。今回は結構な稼ぎになっただろ?」
三人で組合を出て、何を食べるか話しながら帰路に就いた。今日はよく戦ったなぁ。明日は休みにするかどうか相談しよう。




