第三十四話
「きゃあぁぁぁぁぁ」
「ニーナ!」
タニアに労いの声をかけようとしたらニーナの悲鳴が聞こえた。僕はニーナがいた方向に向けて走り出す。
「リュウジ!」
タニアも並んで走っている。ニーナがヤバい!急いで駆けつけるとニーナが何か大きなものに襲われていた。ニーナは杖を構えて敵の攻撃を何とか防いでいるが相手の力が強いのか振り回されている。それを見て速度をさらに上げ懸命に走る。
「ニーナに何をする!」
敵の攻撃を懸命に防いでいるニーナの横を通り抜けざまに敵の腹に向かって剣を振る。
「オークか!リュウジ、そいつはオークだ!力が強いから気をつけろ!」
タニアが叫びながら敵の正体を教えてくれた。
「わかった!こいつは僕が引き付けるからニーナを頼む!」
腹を切り裂かれたオークは、標的を僕に変えたようだ。驚くことに結構深く切った感じがあったのに致命傷ではなかったらしい。オークは脇を通り過ぎた僕を睨みつけてきた。
「ブフゥゥゥゥ!」
オークは棍棒を振り下ろしてきた。僕よりも背が高くて二メートルくらいありそうだ。そんな高さから振り下ろされる棍棒はかなりの威力があるな。でも、幸いなことにしっかりと見えているから避けるのには苦労しなさそうだ。
その振り下ろしを左にステップして躱す。ズドンと地面を叩く音がする。舞い上がった石がパラパラと飛んで来る。なんていう力だ。しかも折れないなんて丈夫な棍棒だ。こんなのに当たったら吹っ飛ばされるぞ。躱しながら当てていくしかないか。集中しよう。
「今度はこっちの番だ!」
振り下ろした腕に向かって剣を振る。しかし、オークは力任せに棍棒を僕の頭を狙って振ってきた。
やべっ!当たる!?
咄嗟に振り切る勢いに任せて頭を下げて躱す。棍棒が通り過ぎる風を後頭部に感じながら左方向に転がり受け身を取ってすぐに起き上がる。
「っはぁ!あっぶなかったぁ!」
訂正だ、あんなのが当たったら一撃であの世行きだ。こりゃあ厳しそうだ。一度後ろに下がり仕切り直すか。盾を構えながらバックステップして間合いを取る。オークの向こう側には弓を構えたタニアと呪文を詠唱するニーナが見えた。よし、こっからだ!
意識して息を整え構える。タニアが矢を放つのが見えた!今だ!盾を前に構えたままオークに攻撃する。狙うのは足、膝関節だ。
「ブフォォ!」
オークが呻く。タニアが放った矢がオークの右肩に刺さっているからか。チャンスだ。オークは矢が刺さっているのにもかまわず棍棒を振り下ろしてきたが、痛みの為かさっきほどの怖さがない。僕は左斜め前に避け棍棒を搔い潜りながらオークの右膝に剣を突き刺す。そのまま剣を捻りながら抉るように振り抜き、横を通り過ぎてから盾を構えて防御態勢を取る。が、攻撃は来ない。盾の向こうのオークを見たその時、膝をやられて崩れ落ちるオークの背中にニーナの放った炎矢が突き刺さった。
「ブォボホォォォォ」
悲鳴を上げながら俯せに倒れるかと思ったら左手で体を支えて堪えていた。
僕の目の前にオークの首がある!ここだ!と思い、今出せる全力で剣を振り下ろす。ゴツッとした感触がありオークの首が落ちる。
「っはあ!勝ったぁ!」
両手を挙げて吠える。ニーナが走ってきて飛びついてきた。
「リュウジさん!怖かった!怖かったよ~!」
「ニーナ、怪我はなかったか?」
よほど怖かったのか僕に抱き着いたまま頷き涙を流すニーナ。無事でよかった。ニーナの頭を撫でて慰めていたらタニアもやってきた。
「また無傷か。ほんと凄いなリュウジ。でもニーナちゃんも無事でよかったな。」
タニアも笑顔だ。タニアがパーティにいてくれて良かった。本当に良かった。
「ありがとうなタニア。あの援護がなかったらやられてたと思うよ。タニアがいてくれてよかったよ。ニーナの炎矢も助かったよ。よく頑張ったな。」
僕の服を掴んで顔をお腹に擦り付けて泣いているニーナがオークに襲われた恐怖のあまり幼児化しているみたいだがすぐに元に戻るかな?
「ニーナはどうしちゃったんだ?」
「オークに襲われて怖かったのと、リュウジがやられそうで心配して幼児化してるんだと思う。ほんと愛されてるなぁ、リュウジ。」
「あはは、有り難いねぇ。ほら、ニーナ。そろそろ復活しないと。」
まだ僕に抱き着いて泣いているニーナの背中をポンポンと撫でながら声をかけると、そっと離れてくれた。ハンカチに使っている綺麗な布を取り出し涙をぬぐってあげる。
「ごめんなさいリュウジさん。私本当に怖かったんです。オークは私を連れ去るつもりだったのか全然本気じゃなかったと思います。遊ばれている感じでした。そのおかげでリュウジさんが間に合ったので良かったです。」
「こっちこそごめんな。ニーナを一人にしたからな。本当に何もなくて良かった。」
ニーナは離れてくれたがまだ震えていた。本当に怖かったんだな。間に合って良かった。もっと強くならなくちゃだめだな。またラルバさんに頼んで稽古をつけてもらおう。
「僕、もっと強くなるよ。ニーナもタニアも守れるように強くなるよ。」
「私も!私ももっと強くなります!自分で自分を守れるように、リュウジさんが危なくなっても助けられるように!」
ニーナの涙で滲んでいた瞳は決意で強い光を放っていた。僕も負けないように努力しよう。
「おーい、二人で仲良く世界を作ってないで後始末を手伝ってくんない?」
僕がニーナと決意を語り合っていたら、タニアが呆れて話しかけてきた。
「あ、ごめん。後始末忘れてた。」
「ごめんなさい、タニアさん。やります。」
「こらっ、忘れんな!ゴブリンの方もあるんだからさっさとやろうよ。」
オークの方は肉になるから血抜きをしないといけないみたいだ。こんな重い奴どうやって血抜きするんだ?木に吊り下げるのも大変だぞ?
「オークの血抜きってどうやればいいんだ?」
「大きい岩みたいなものに足を上にして立てかけておけばいいですよ。あとは水に沈めて温度を下げないといけません。」
あれ?角ウサギの時は水に沈めてないよな。オークの時は何でやるんだろう。
「角ウサギの時は水に沈めなくていいの?」
「ああ、本当は水に沈めた方が良いんだけど、角ウサギは小さいだろ?血抜きもしっかりできるし持って帰るのにも時間がかからないからね。でも、オークはしっかり血抜きができないし肉の温度を下げないと不味くなるんだ。あたしが師匠から聞いた話では、肉の温度をしっかり下げれば血抜きはそこそこでいいみたいなこと言ってたな。」
ああ、そうか。血は腐るのが早いからな。剣であれだけ傷つけてるし、雑菌入りまくりだ。よし早速昼を食べた小川まで運んでいこう。
オークみたいな大きいものでもリュックサックに入れてしまえば何も問題ない。リュックの取り出し口に触れさせて入れって思うとシュルっていう感じで入るんだ。
ゴブリンの後始末をした後、そうやってオークを収納して小川の方に向かう。が、向かう途中で思い出した。リュックの中は時間がほぼ止まっているんだった。ということはこのまま持って行っても問題ないんじゃないかと。
「ねえ、ニーナ、タニア。リュックの中は時間が止まってるからこのまま持って行ってもいいんでは?」
「あ、そういえばそうでしたね。でも街中ではオークを冷やせないですよ?」
「組合で聞いてみればいいんじゃないか?冷気の魔法を使える人がいるんじゃない?フルテームにはいたよ。ついでに組合でそのまま買い取ってもらえばいいと思う。」
肉なら肉屋に直接持ち込むのがいいのかと思ってたんだけど、組合でもいいのか。じゃあもう疲れたし、さっさと帰りますか。
「じゃあ、もう帰ろうか。時間的にもちょうどいいし。」
「そうですね。ゴブリンも目標ぐらい倒しましたし、オークもありますし。」
「うん分かった。今度は油断しないようにしよう。」
タニアは、出会った時のことを言ってるんだろう。確かに依頼が終わった後は気が緩むな。引き締めていこう。




