第二十九話
「ああ、ありがと。正直もう駄目だと思ってたところだったんだ。あたしは、タニアっていうんだ。」
そこまで言ってからタニアは、膝から崩れ落ちて座り込んでしまう。改めて見ると腕から足まで傷だらけで血まみれだ。これでよく戦えてたなぁ。
容姿は、金髪のショートヘアで蒼い瞳が綺麗な、ちょっと釣り目がちな美人さんだ。スタイルはスレンダーで身軽そう。盗賊の格好がとても似合っている。今は、血まみれなのが見ていて可哀そうだ。血を拭くための布を水に濡らして渡す。
「はは、もう限界。ちょっと休ませて。」
「タニアさん、ポーションは持ってますか?良かったら使いますか?」
ポーションを差し出すニーナ。タニアはそれを受け取って蓋を開けて一気に飲み干した。
「ありがと。……ふう、大分良くなったよ。ちゃんとあとで返すからね。」
タニアの傷が見る見るうちに治っていく。ポーション凄い。
「タニアはそのまま休んでてよ。僕はゴブリンの後始末をしてくる。ニーナは付いててあげて。」
「はい、わかりました。」
「ごめん、頼む。あたしももうちょっと休んだら手伝えるからさ。」
僕は、手際よく耳を切り取り、魔石も取り出していく。
あの男の人は……一応頸動脈に指を当て脈を確認する。触ったらもう冷たかった。助けられなかったか。
「ニーナ、冒険者の遺体ってどうすればいいの?」
タニアについていてくれているニーナを振り返って聞いてみる。ただ埋めるだけなら簡単だけど何か注意することがあるといけないからな。
「穴を掘って埋めます。その際、聖水を振りかけておくといいんですが、今は持ち合わせがないのでそのまま埋葬しましょう。あと、その人の持ち物は発見した人のものになりますから、持っていけるものはなるべく持ち帰ってください。組合に預ければ処理してくれます。あ、冒険者証も持ち帰って組合に渡します。そうすると大銅貨一枚と交換してもらえます。」
「そいつの剣や鎧とかはあんたたちが持ち帰ってくれていいよ。助けてもらったけど、今は持ち合わせが少ないんで、渡せるもんがないんだ。剣はあんたが倒したゴブリンが使ってたやつだよ。」
「いいの?仲間だったんだろう?」
「ああ、いいのいいの。そいつらはこの町に来てから組んだ奴らだから、あんまり思い入れはないんだよね。ちょっとやな奴だったし。もう一人弓使いがいたんだけど、そいつがやられたら悲鳴を上げて逃げちまったよ。」
動けるようになったのか、近くまで来たタニアが呆れた顔で教えてくれた。セトルの町の冒険者はいい人たちばっかりだと思ってたけど、そんなのもいるんだな。今まで目立たなかっただけか?
「この人ゲルタスっていうのか、僕たちと同じ銅級だ。」
鎧を脱がし他の装備品を外した後、冒険者証を見たら銅級冒険者だった。武器は僕と同じショートソードで鎧はブレストプレート。タニアが言った通り、ショートソードは僕が三匹目に倒したやつが使っていたものだ。
「こんな行為は追剥みたいで、なんか…ちょっとな。」
「確かにちょっとあれですが……さっきもちょっと言いましたけど、装備を外さずに埋葬してしまうと不死者になったときに厄介です。だから装備品は外して持ち帰ってもいいことになっています。それに組合に預ければ亡くなった方に遺族がいた場合、装備品を返却して貰えます。」
「そうだな。で、遺族が要らなかったらそのまま組合に返却されて見つけたやつに渡される。遺族が受け取ったらそれに見合った金額が払われるんだ。」
そういうことか。それならなんの憂いもなく持ち帰ろう。
「そうなんだ。じゃあ、持って帰ってろうか。」
ゲルタスの装備品を外し出来るだけ綺麗に整えてから、手を合わせて冥福を祈る。
「何してるんですか?リュウジさん。」
「ああ、これ?僕の故郷では亡くなった人には手を合わせるのが一般的だったんだ。まあいろんな形式があるんだけどね。亡くなった人に手を合わせて迷わず成仏してくださいって祈るんだよ。ニーナたちにもあるだろ?」
「ええ、私たちは胸の前で手を組んで聖句を唱えます。」
ニーナとタニアは、目を瞑って胸の前で手を組み聖句だろう言葉をつぶやいていた。
「よし、穴を掘って埋葬するか。」
「はい、手伝います。」
「あたしもやるよ。」
それから三人で二メートルくらいの深さの穴を掘り、ゲルタスの亡骸を埋葬した。ちょっと大きめの石を墓標代わりにして、もう一度三人で冥福を祈る。
「これだけ祈れば、不死者にはならないかな。短い付き合いだったけどありがと。」
タニアは冥福を祈った後そう呟いた。
「よし、ありがとね、あんたたち。で、これからどうするの?」
「僕たちは、これから町に戻るつもりだよ。さっきの戦闘で依頼も達成できたし。」
「タニアさん、一緒に行きませんか?」
「ああ、そう言ってくれると嬉しいよ。こっちからお願いしようと思ってたんだ。」
そうして僕たちはタニアと一緒に町に帰ることにした。
「タニアはどこから来たんだ?もともとセトルの町?」
「あたしは、港町フルテームの出身さ。セトルの町には護衛依頼をしながらきたんだ。」
「一人で?仲間はいないの?」
「向こうではいたんだけど、メンバーの仲違いで解散しちゃってね。ちょっと環境を変えようかと思って依頼を受けてこの町に来たんだ。」
「そんなこともあるんですね。タニアさんの職業は盗賊なんですか?」
「そうだよ。ニーナちゃんは魔法使いだね。リュウジは、戦士か剣士だろ。二人ともさっきはなかなかだったじゃないか。」
おお、初めて会った人に褒められた。嬉しいね。
「タニアは銅級?鉄級?」
「あたしはまだ銅級だよ。成人して冒険者になったから二年くらいかな。そろそろ鉄級の試験を受けようかと思ってたんだけどね。あんたたちもそれくらいだろ?」
成人してからだと十七か十八くらいか。若いなぁ、しかもそれで冒険者歴二年か…先輩だな。それくらい経たないと鉄級にはなれないんだ。
「私は、冒険者になって半年ちょっとです。リュウジさんは二週間くらいでしたっけ。」
「うん、確かそれくらいだと思う。」
「ええっ!?冒険者になってまだ二週間!?噓だろ?何であんなにやれるんだよ!?」
「なんでって言っても……あ、組合で訓練を受けてるからそれでだと思う。」
異世界に来てから一生懸命訓練したからなぁ。やらないと生きてけないと思ったからだ。他の人から見ても、吃驚するくらい戦えてたんだ。訓練してよかった。
「……それだけで強くなれたらみんな苦労しないと思うぞ。あたしだって、ゴブリンと戦えるようになったのは半年くらい経ってからだよ。」
そんなこと言われてもね…何かが変なんだろうか、僕……。ま、出来るもんは出来るということで納得しとこう。
「リュウジさんは凄いんですよ!冒険者になって三日目で魔物化した角ウサギを倒しちゃったんですから!」
「うそぉ!?三日で!?…はあぁぁ、凄いなあんた。」
なんか、タニアがすごく呆れてるのは気のせいだろうか。でもそのあとがちょっと格好悪かったんだけどね。
「でも、その時角ウサギにやられた腹の傷で意識をなくしちゃったんだ。町まで帰って来るのが精一杯だったよ。」
その時、左にある藪から角ウサギが飛び出してきた。
「おっと!危ない!」
「まかせな!」
僕が間一髪で避けたら、タニアが腰からダガーを引き抜くと角ウサギを両断した。
「おお、タニア凄い!一撃だったな。」
「本当ですね。私にはいつダガーを抜いたのか分かりませんでした!」
タニアの一撃はとても速かったが僕にはしっかり見えていた。まあ、避けた時ちょうどタニアの方に向いたからっていうのもあるんだけどね。でも、その速度は驚嘆だった。見えるけど真似は出来ない。そう思わせる挙動だった。やっぱり冒険者を二年続けているだけのことはあるんだなぁ。訓練次第ではいつかはあんな風に出来るときが来るんだろうか。
「……さっきの戦闘、タニアたちだったら余裕だったんじゃないの?」
タニアが倒した角ウサギの血抜きをしながら聞いてみる。
タニアはもうすぐ鉄級になれそうで、あのゲルタスって人も銅級だったけど僕よりはずっと戦えるはずだし、ゴブリンなんて苦戦する相手じゃないと思うんだけどな。




