第二十六話
武器屋を出た僕たちは職人街へ向かって歩いていた。腹が減ってきたんでそろそろお昼になる頃かな。職人街には屋台が出てるんだったな。よし何か食べよう。
「ニーナ、お腹が空いたから何か食べようか。食べてから工房に行こう。」
「はい、今日は私もなんだかお腹すいちゃいました。職人街の屋台で食べましょう。」
二人で歩きながら町行く人や街並みをを見てみる。もうこちらに来て何日だ?結構経ったけど、こうやって町を歩いていると本当に異世界に来ちゃったんだなあと思う。すれ違う人たちの格好は麻の服でボタンなんかなくて、首元は紐で絞るようになっている。今僕が着ている服もそうだけど着心地は悪くないんだよね。でも結構ゴワゴワしてるんだよな。アイロンでもあれば変わってくるんだろうか。ズボンも麻なんで見た感じヨレヨレだ。まあ、ちょっと大きめのサイズを買ったから気にならないんだけど、日本の、というかあっちの繊維は凄かったんだなぁというのをしみじみと感じたよ。
そんなどうでもいいことを考えながらニーナとお昼ご飯に肉串やサンドイッチみたいなものを買い食いしてから目的の工房にやってきた。
「ここだよね?」
「ここですよね?」
目の前にある建物は二階建てなんだけど……なんていうか、寂れてる?人がいる気配がしない?まあ、ようはボロボロだったんだ。一応扉はちゃんとしていて、きっちり閉まってるしノッカーもあるから大丈夫だと思うけど。心配になる外観だった。僕は目でニーナと会話する。行こうか。いいですよって。頷きあってノッカーを鳴らしてみる。
「うぉーい。誰だー?空いてるから入ってきていいぞー。」
中から返事があった。よかった人がいた。恐る恐る扉を開けてみると、外観と違って中は結構綺麗だった。
「こんにちは。武器屋のロアンさんから紹介されてきたんですけど……ローダンさんですか?」
出てきた人は結構若くて三十代から四十代の男性だった。髪はぼさぼさで顔は無精ひげで覆われていて何というか不潔っぽい。何か隣から不穏な気配を感じたのでそっと見るとニーナが顔をしかめていた。僕も身なりには気を付けよう。
「おお!ロアンからの紹介か。久しぶりの客だな。ローダンは工房の名前だぞ。儂はガイダークだ。で、どういった用件だ?」
「あ、そうなんですか。それであの、金属の買い取りをお願いしたいんですけど。」
「買い取りか。ものはなんだ?」
「あ、はい。これです。」
リュックから元スマホを取り出す。するとガイダークさんが凄い勢いでそれを奪い取る。
「お前!これはミスリルじゃないか!しかも純度が半端ないぞ!何処で見つけた!」
突然すごい剣幕でしゃべるから吃驚してしまう。しかも近い!目の前に無精ひげのおっさんの顔がある。反射的に殴るとこだった。危ない。殴ってしまわないようにガイダークさんを押し返す。
「うーん、出所は内緒です。……で、どうですか?買い取ってもらえますか?」
ちょっと怪しすぎるかな。まあいいか。買い取ってもらえなかったらほとぼりが冷めるまで死蔵しておこう。
「………いいぞ、買い取ろう。金貨十枚でどうだ?」
うえっ!?金貨?十枚?あまりの金額に固まってしまう。
「どうした?まだ足りないか?じゃあ金貨十五枚でどうだ?」
ええ!まだ上がるの?たかがスマホの大きさだよ?それが金貨十五枚?えーと日本円にすると1500万円!?いやいやいやいや、そんな大金になるの!?ミスリルすげー!
「それでいいです!お願いします!」
「そうか、それは良かった。じゃあ金の準備してくるから待っててくれ。」
すぐに支払えるんだ。凄いな、外観からは想像できないぞ。出てきたガイダークさんからお金を受け取ってリュックにしまう。
「おい。ちゃんと確認してから仕舞った方が良いぞ。そんなんじゃお前、騙されちまうぞ。」
「あ、そうですね、じゃあ失礼して………はい、金貨十五枚確かに。でも何でこんなに高く買い取ってくれたんですか?」
ミスリルとはいえこんな小さな塊にこんな値段が付くなんてどうしてだろうと聞いてみたら、ガイダークさんはものすごく呆れた顔になってしまった。
「そんなことも知らんのか。はあああ。ミスリルってのはな普通はこんな純度の延べ棒では出回らんのだ。見たところこれにはほとんど不純物が混ざってないだろう。この純度でこの重さのミスリルを普通に仕入れようと思ったらミスリル鉱石をこの部屋一杯になってもまだ足りんぐらい買わないといかんだろうな。それで金貨三枚くらいだな。」
ミスリル鉱石がこの部屋一杯以上って……どんだけ含有量が少ないんだろう。地球の希少金属の鉱石でもそんなものなんだろうか。
「そっちの方が安くないですか?」
「そっちのが確かに安いが、精錬するのにどれだけの手間がかかるか分かってるか?しかもこれほどの純度には絶対にできん。」
ガイダークさんは元スマホのミスリルをコンコン叩きながら断言する。そんなにすごいものだったんだな。まあ、僕が持ってても宝の持ち腐れだからいいんだけど。
「そうなんですか……まあ僕が持ってても使えないから売ったんですけどね。それではそろそろ行きます。ありがとうございました。」
「こちらこそいい取引だったよ。まだあったら売ってくれよ。あ、あとな、武器や防具が欲しかったら一度相談に来いよ。店売りよりもいいやつ安く作ってやるからな。」
「ほんとですか!その時はぜひお願いします。」
僕は大金を手にしてホクホクだったんだけど、ガイダークさんの工房を出たところでニーナが、
「リュウジさん、金貨十五枚は大金なので持って歩くのは危険だと思います。組合に預けましょう。組合ならこの大陸にある支部でならどこでも下せるはずですから。」と真剣な顔で教えてくれた。
「そうなんだね。そんなこともやってるんだ、組合って便利だね。わかった。じゃあ今から行こう。こんな大金持ってたら挙動不審になっちゃうよ。」
組合は銀行もやってるのか。どういう仕組みになってるんだろう。きっと魔道具だな。そうに違いない。
…というわけで組合に戻ってきました。あ、受付にケイトさんがいる。
「こんにちは。ケイトさん。あのー、お金を預かってほしいんですがいいですか。」
「はいこんにちは。あ、剣を買ったんですね。討伐依頼を受けてもよくなったんでしょう。でも、あとは防具をしっかり揃えないと駄目ね。」
ケイトさんはにっこり微笑みながら足りないところを指摘してくれた。そうなんだよな、あとは防具だな。手甲とか脚甲とか頭の防具を買わないと。
「それで、預金ね。いくらするの?」
「金貨を十三枚です。」
「はい?なんて言いました?」
ケイトさんの笑顔が引きつっている。そりゃあそうだよな、昨日まで銀貨二枚を貯めるのにヒイヒイ言ってた人が突然金貨十三枚預けたいって聞かされたそうなるか。
「手持ちのものを売ったら思いのほか高く売れたんですけど、大金を持ってると怖いんですよね。で、ニーナに聞いたら組合で預ければ、よその町の組合でも引き出せるって。」
僕は、ここまでの会話は当然小さい声で話しているんだけど、ケイトさんは普通の声の大きさだったのが金額を聞いたら途端に小声になった。
「何を売ったらそんな大金になるんですか!預かりますが。」
「え?このリュックに入ってた金属です。」
リュックをポンポンと叩きながら中から金貨の入った袋を取り出し、二枚抜く。金額的には一枚でもよかったんだが、防具を買うとなると生活費が心許なくなると嫌だから二枚手元に残しておくことにした。
「……わかりました。深くは聞きません。処理するので少々お待ちくださいね。」
すぐにお仕事モードに入ったみたいだ。袋を受け取ったケイトさんは、奥の方に行って何個かある扉の一つに入っていった。暫くして受付に戻ってきたときには金属の板を持っていた。
「これは預金の証明書です。絶対に無くさないで下さいね。無くすと引き出せなくなりますからね。他の組合で引き出すときにはこの証明書を冒険者証と一緒に提出してくださいね。」
金属の板には、セトルの町の冒険者組合の名前とマーク、それに僕の名前が刻まれていた。通帳みたいなものか?預金証明書ね。これは大事にしまっておこう。無くすと大変だしな。
「わかりました。ありがとうございます。よし、行こうかニーナ。」
預金証明書をリュックサックにしまいながらニーナを振り返るとほっとした表情をしていた。
「どうしたのニーナ?なんかあった?」
「あんな大金見たこともなかったから私までドキドキしましたよ。良かったですねリュウジさん。」
なんてことをキラキラした笑顔で言うなんて…優しいいい子だなぁ。いやあ、これは守ってあげないといけないな。このままだと誰かに騙されちゃいそうだ。
「どうしたんですか?リュウジさん。」
僕が眩しいものを見るように目を細めてみていると不思議そうに小首をかしげるニーナ。
「いや、何でもないよ。ニーナが良い子でおじさん嬉しくてね。」
「もう、おじさんじゃなくて、リュウジさんは私と同じくらいの年ですよね?なんか変ですよリュウジさん。」
外に出ると夕暮れだった。今日はこれで終わりだな。どこかでご飯を食べて宿に帰ろう。




