第百七十三話
お待たせしました。
「わあ、近くで見ても綺麗な街ですね」
「ほんとだなぁ」
ルーベックの町は、遠目から見た通り真っ白な街だった。家々の壁は白く塗られて何かが混じっているのか、ラメが入っているみたいにキラキラしている。
「ここからは湖がよく見えますね。キラキラして綺麗です」
「ここは、ちょっと高台になってるのか」
「この湖、ラン湖というんですが、湖畔から白い砂が取れるんです。その砂は防腐効果があるそうで、皆家の壁に塗るそうです」
「ミレナさん物知りですね」
「ふふ、組合の受付嬢ならだれでも知っています」
ガルトの横で微笑むミレナさん。こうしてみるとお似合いの二人だ。ガルトは身長が高く二メートルほどある、ミレナさんも僕と同じくらいの身長がありそうだ。二人並ぶと身長差がちょうど良い。
「まずは組合に行きましょう。素材の買取をお願いしましょう」
「そうですね」
「んじゃ、俺たちは宿を探してくるぜ。素材は全部リュウジが持ってるしな。買取は任せた」
「わかった。宿は頼むよ」
「宿を決めたら組合に行くからよ、そこで待ってろよ」
暁の風と別れて組合に入る。中はフルテームと変わらないが、少し狭い感じだ。今は夕方なので、この時間は帰ってきた冒険者の報告で受け付けは混んでいる。
「すみません、ちょっと待っていてください」
「はい?」
どこの受付が空いてるかと考えていたら、ミレナさんが受付の横を抜けて奥へ入って行ってしまう。
「誰かに呼ばれてたみたいよ、何かあるんでしょ?大人しく待ってよ?」
「そうですね。ミレナさんが変なことするわけがないですからね」
「そうだな」
邪魔になるといけないので、壁側に寄って暫く待っていると、受付の奥からミレナさんが手招きする姿が見えた。招き猫かな?
招かれるまま扉を潜ると事務机が置いてあり、そこには獣人の男の人が仕事をしている部屋だった。
「失礼します」
「おう、よく来たな。俺はルーベック冒険者組合の組合長のダッドンだ。よろしくな」
「僕は、鉄級冒険者のリュウジです。一応この組のまとめ役をやってます」
「ミレナから聞いてるぞ。有望な冒険者なんだってな」
「へ?あ、ありがとうございます」
なんで僕たちいきなり組合長に会ってるんだろう?え?何かやらかした?
わからなかったら聞いてみよう、だな。
「あの…なんで僕たち組合長と会ってるんですか?」
「ん?わはは、いやなに、俺があってみたかったのとちょっとしたお願いがな。お前、使徒なんだろ?」
「なんで、って、エリシャがあれだけ言ってればしょうがないか。んー、どうやらそうみたいですね」
「なんだ、自覚なしか。治癒魔法使えんだろ?」
「はい、使えますけど」
「そうなんです!使徒様は、物凄い量の神聖力をお持ちです!」
「うわぁ、吃驚したぁ」
「そっちの犬耳の嬢ちゃんは大神殿の司祭様か。こりゃあちょうどいい」
組合長のダッドンが僕とエリシャを見て目を細めて笑顔になる。
頭の上にある耳は丸っこくくりくり動いている。体がずんぐり大きくすぐに熊の獣人だってわかる。あ、顔は人間だよ。髭が凄くてぱっと見で熊だな。
「この組合からお前らに依頼だ。最近、湖からでかい魔物が現れるようになってな、何度か討伐しようと鉄級と銀級に討伐依頼を出してたんだが、鉄級に重症者や負傷者が多くてよ。この町の教会にいる奴らじゃあ回復が追い付いてねぇんだよ」
「それで僕たちに治癒魔法を?」
「そうだ。そのでかい魔物は討伐できたんで良かったんだが、この町唯一の銀級冒険者組の一人がそん時に大怪我を負っちまってな。そっちの治療を頼めねぇかと思った次第だ」
「お待ちください。いくら使徒様でも手足を生やすのは治すのは無理ですよ。もちろんわたしにも無理ですが」
「ああ、そこまでじゃねぇよ。ちょっと腸が見えたくらいだな」
「ええっ、なんでそんなに悠長なんですか!早く行きましょう!」
「そうです!死んじゃいますよ!」
黙って聞いていたニーナも立ち上がって心配そうな顔をしている。
この人、なんでこんなに落ち着いてるんだろう?腸が見えるってお腹が裂けてるってことだよ!?
「落ち着け。とりあえず傷は塞がってんだ。あんたらに頼みたいのは、そいつの腹の傷跡をどうにか綺麗にしてほしいんだよ」
「でもさ、冒険者なら傷跡くらいあっても不思議じゃないじゃん」
僕だってこっちに来たばかりの頃に角ウサギの魔物化したやつにやられてたやつとホブゴブリンにやられた傷跡が残ったままだ。冒険者で前衛やってると傷跡が残るのは仕方がないことかもしれない。きっとタニアだって傷跡の一つや二つあるはずだ。
「それはそうなんだが……まあ、いいか。そいつはこの辺りの領主の娘でな。今までは傷を負ってもここの教会で何とかなったが、今回は負傷者が多すぎてよ。教会の連中もそこまで手が回らず、傷を塞ぐのがやっとだったんだ。しかも運が悪ぃことに高位治癒術を使える司祭が王都に行ってていねぇんだ」
「領主の娘ぇ!?なんで冒険者なんてやってんの?」
「知らん、それは本人に聞いてくれ。んで、何とかならねぇか?」
傷跡を消す、かぁ。無理じゃないかなぁ?ちらっとエリシャを見る。あ、エリシャと目が合った。頷いてる?
「出来ると思います。使徒様なら」
「ふぇっ?」
変な声出たよ。言い切っちゃうの?エリシャ。出来るの?自信ないよ、僕。
「おお!そうか!よしっ、今から行くぞ」
「ええ?」
膝をパシンと叩いて扉に向かう組合長のダッドン。今からかぁ…………大丈夫かな?、んー、まあ、頑張るしかないか。駄目だったら謝ろう。
「エリシャ、大丈夫かな?」
「え?大丈夫ですよ、神聖力を沢山使えば綺麗に治ります。使徒様なら古傷の痕でも綺麗になります」
「えー…そんなのことで出来るの?」
「はい。わたしでは神聖力がそこまでありませんから難しいですが、使徒様なら大丈夫です。ほら、そんな顔しないでください。大丈夫ですから!」
「わかった。いっぱい使えばいいんだね?」
「そうですねぇ、普通に使う量の五倍から十倍くらいでいいと思います」
「え、それだけでいいの?」
「ええ。それで行けると思います」
普通の五倍から十倍、か。僕にとっては大した量じゃないな。やってみるか。
ダッドンに案内されたのは、教会の隣にある治療院だった。隣の教会からは、結構な喧騒が聞こえてくる。
「組合長さん、教会も手伝った方がいいんじゃないか?」
タニアが、教会の方を指して聞く。教会から聞こえてくるあんな声を聞いちゃうと無視していいとは思えないよなぁ。
「ん?そりゃ、手伝ってくれんなら有り難いが、今はこっちを優先してくれ。あっちは、余裕があったらでいい」
「じゃあ、後でわたしが行きます。これでも司祭なので」
「………そうしてくれると有難い。よろしく頼むわ」
組合長もあんな声を聴いたらそう思うよな。だって呻き声じゃなくて悲鳴みたいな声なんだよ?心配にもなるよ。
「こっちだ。ちと錯乱気味らしいが大丈夫だろ」
なんだか物騒なことが聞こえてきたけど…錯乱気味って、本当に大丈夫なのかな?
組合長に案内されて入った治療院の中に入ると、奥の方から女の人の甲高い叫び声が聞こえてくる。
「なんで今日に限って司祭がいないのよっ!この傷は治るんでしょうねっ!治しなさいよっ!嫌よっ!こんな傷が残るのはっ!何とかしなさいっ!」
「お、落ち着いてください!マルレーネ様!いま組合長が心当たりを当たってくださっているそうですから!どうか落ち着いてください!」
「そんなの当てにできないわよ!あなたも司祭なんでしょっ!何とかできないのっ!」
「私では神聖力が全く足りません。申し訳ないのですが、傷を塞ぐので精一杯でした」
「なんでよっ!やりなさいよっ!婚約者に捨てられたらあなたの所為だからねっ!」
「そ、そんな…」
凄い剣幕の女の人と困ってる男の人の声。うわー荒れてるなぁ。
「おう!待たせたな。出来る奴連れてきたぞ」
「あ!ダッドン様!よかった!何とかしてください!私ではどうにもなりません」
「お嬢、どうか落ち着いて貰えませんかね?すぐに治してくれますから。使徒様、お願いします」
「あっ!ダッドン!何とかして頂戴!」
組合長が部屋に入り、マルレーネ様という女の人に声をかけると、司祭と呼ばれていた男性が凄い勢いで振り返る。その表情は物凄い安堵のそれだった。気持ちはよくわかる。自分ではどうにもできないことを責められるのは辛いもんね。
「あなたがこの傷跡を消せるのねっ!早くやって頂戴!」
「だから落ち着いてください、お嬢。この冒険者は、善意の協力者ですから」
「なんでもいいわっ!早くしてっ!」
そういって服を捲ってお腹の傷を出すマルレーネ様。右の脇腹から左の下腹部辺りまで皮膚の盛り上がりがわかる。
うーん、なんだか治したくなくなってきた。冒険者やってるんだし、自業自得かなぁ?
「まあ、使徒様、貴族ならこの程度のものならばまだ可愛い方ですから。さっさと治して教会に行きましょう」
「え?う、うん」
まあ、このくらいの人なら前世でも幾らでもいたから見慣れてるけど。そういや、もっと酷い人もいたなぁ。エリシャの言うことが正解か。あんまり関わり合いになりたくない人っぽいし、さっさと治してしまおう。
「それでは、えーと、マルレーネ様、そのまま寝台に横になっていただけますか?」
「わかったわ。本当に治るんでしょうね?」
「出来るだけやってみます」
「出来るだけじゃ困るのよ!治してちょうだい!」
渋々ながら横になるマルレーネ様。偉そうな態度だなぁ。実際偉いのか。貴族のお嬢さんだし。こんな性格で銀級の冒険者なのか。同じパーティの人は苦労してそうだなぁ。まいっか、僕には関係なさそうだし。
「我が信仰する女神アユーミルよ、その名において彼ものを癒したまえ、治癒」
寝台に寝そべったままキャンキャン吠えるマルレーネ様。よく喋るなぁ、元気だなぁ。
そんなことを考えながら神聖力をいつもの十倍ほど使って呪文を唱える。あ、呪文じゃなくて聖句だ聖句。僕は聖句なしでも発動できるけど、人の目があるからね。
治癒が発動すると、マルレーネ様のお腹の傷跡が見ていられないくらいに光り、光の粒子が舞う。その粒子は、右の脇腹の傷跡の端からゆっくりと進んで行き、左の下腹部まで達すると消えた。
「眩しかったですね。あ!傷跡が分からなくなってますよ!凄いですね」
「さすがは使徒様です。本当にできるとは…」
エリシャ、使徒様です、のあとの言葉、小さい声で言ったつもりだろうが確り聞こえたからな。あんなに自信満々だったのに、出来ないと思ってたのかい!ま、ニーナの賞賛と笑顔があったからいいか。
「凄い光だったわね……わ、触ってもわからない…!傷跡が消えているわ!よくやったわ!」
「さすがは使徒様だな。お嬢、これに懲りて冒険者ごっこはもう終わりにしてくださいよ」
「なんでよ。今回も助かったでしょう?まだやるわよ」
「今回は、ギリギリ助かったからよかったですがね、一歩間違えば命が無かったんですよ。そこんところよく考えてもらえませんかね。それに、今回は使徒様のおかげで何とかなりましたが、普通なら傷跡は治らんのですよ」
「そんなことは私のお父様が何とかしてくれます。あなたはこの町の組合の長でしょう!教会の人員配置を何とかしなさい!」
「お嬢!後悔するのはご自分ですからなっ!今も言っておられたでしょう?婚約者に愛想つかされますよ!」
「ぐっ」
「領主様には俺から報告しておきます。ご自愛なさい。さあ、使徒様、教会に行ってくれますか」
「え?ええ」
「大丈夫ですよ。この町のことはこの町の人達に任せましょう。はー、使徒様はやっぱり凄いですねぇ!」
その後は、教会に行ってエリシャが患者を治して回ったり、そこでニーナがお手伝いしたんだけど、患者さんたちに大人気になって可愛がられたり、そこでエリシャが僕を使徒様使徒様って言うもんだから、皆まで僕のこと使徒様って呼び出したり、色々あったなぁ。まあ、感謝されたからいいか。
タニアは途中から喋らないなぁと思ってたら、治療院から抜け出してガルトとミレナさんに合流して宿でまったりしてたみたいだ。ああいう人を前にすると手が出そうになるから、そうなる前に離れたんだって言ってた。
今回は組合からの依頼だったし、成功したから報酬はなんと金貨五十枚だったよ!それに加えて領主様から白金貨一枚があとから頂けるそうで、急ぐことを伝えたら王都の帰りに寄ってほしいとのことだった。
ライル達からは、「白金貨貰えんだったら、もう競売に行くことないじゃねぇか」って言われたよ。ここまで来て引き返すなんてことするわけないじゃないか。どうせなら王都観光もしたいしね。




