第百七十一話
夕食時に村で聞いた話をライル達と共有する。
「俺らも聞いてきたぜ、あっこの森だろ?」
「そうそう。でも期待はできないかな。少し前に襲われたって聞いたけど、その時は冒険者が解決したらしいね」
「そうらしいですね。でもまあ、行くだけ行ってみましょう」
「そうね。そんなに大きな森ではないみたいだけど、巣があるかもしれないわ」
「シアの言う通り、定期的に襲われてるらしいからどこかにゴブリンの巣があるんだろうな」
「あたしとスレインの腕の見せ所だね」
「じゃあ、明日の早朝に出るってことでいいかな?」
皆からの反対はなかったので食事が終わってそのまま解散になった。部屋に帰って浄化を掛けて綺麗にしてからベッドに入る。体は拭いたけど、まだ綺麗になってる感じがしなくてね。浄化もいいんだけど、お風呂に入りたいなぁ。あ!フルテームの勇者温泉のこと忘れてた!王都から帰ったら入れるように掃除から頑張ろう。
「おやすみなさい、リュウジさん」
「お休み、ニーナ」
翌日、森の入り口まで来た。ミレナさんも行きたそうだったけど、宿で待っているように説得した。ミレナさんも以前は、銀級の冒険者だったそうで戦闘はできるそうだけど、今回は装備を持ってきていない。組合の制服は下手な革鎧も丈夫にできているそうだけど、武器のない人が戦闘をするのは危ないので僕とガルトとニーナで何とか説得したんだ。まあ、僕とニーナはおまけで、主にガルトに任せたのが正解だったね。
「ミレナさん、ほんとにガルトに惚れてるんだね。どうすんの?ガルトは」
「俺か…俺はまだ皆と冒険したい」
「それでは、無事に戻らないといけませんね。ね?使徒様」
「そうだな。今回は長い間一緒にいるから、心配させないようにしようか。あとは、少しでも進展するようにね」
「うふふ、いいですね。私も応援します」
「勘弁してくれ…」
「お前ら、余裕だな。こっからは、別行動するぞ」
「わかった。じゃあ、僕たちは右方向に行こう」
「おう。俺らはこっちだな。真ん中あたりで合流しようぜ。じゃあな」
「気をつけろよ」
「お前らもな」
ライル達はスレインを先頭にして森の中に入っていく。
「タニア、行こう」
「あいよ」
「タニアさん頑張ってください」
「余裕余裕」
僕たちもいつもと同じくタニアを先頭にして森の中に入る。
さて、何かいるかな?
森を探索すること半刻ほど。低木の陰に身を潜めて見つめる先には、三匹のゴブリン。
こちらに背を向けて食事中のようだ。何を食べている知らないけど、くちゃくちゃと音を立てて食べる様は本当に醜く見える。
「あたしとニーナで先制するから、あとはよろしく」
「わかった」
「やるよ、ニーナ」
「はい」
ニーナの詠唱が終わると、タニアが矢を射る。炎矢がゴブリンに向かって飛んでいくのと同時だ。
二人が狙ったのは左右のゴブリンだ。僕は、それを見て低木の横から走り出す。残りは一匹なので、ガルトは二人の護衛に残ってもらっている。
二匹の後頭部に炎矢と普通の矢が刺さりそのまま前に倒れた。それを見て敵襲を感じたんだろう、こっちを振り向くゴブリン。
だけどもう遅い。あと一歩のところまで近づいていた僕は、そのまま首を切り飛ばす。
まあ、ゴブリンなら複数匹が相手でも苦戦はしない。いやー、慣れたもんだ。こっちの世界に来た当初から生き物を殺すことにあまり忌避感を持ったことはないけど、きっと女神様から貰った恩恵のおかげなんだろう。
でも、油断だけはしないように気を付けないといけないな。この稼業命あっての物種だ。
「よーし、次行こう、次。あ、リュウジ魔石と耳よろしく」
「わかったよ」
「手伝います」
「ありがとう、エリシャ」
二人で魔石と討伐証明部位の耳を剝ぎ取っていく。魔石は三匹分取れたが、耳は二匹分しか取れなかった。ニーナが倒したゴブリンが、炎矢が命中した頭が無くなっていたからだ。
「ニーナさんの魔法は威力が凄いですね」
「ね。ゴブリンとはいえ、頭が無くなるなんてなぁ」
襤褸布で魔石についている血を拭ってから麻袋に入れておく。そのままリュックでもいいんだけど、取り出したときに手が汚れるからね。エリシャと自分の手を生活魔法で出した水で洗う。
耳は血が出てこなくなったら別の麻袋に入れてから皮の袋に入れる。魔石と一緒にすると血塗れになっちゃうからね。本当はビニール袋が欲しいところだけど無いからな。
「終わったぁ?じゃあ、あっち行こうか」
タニアが向かったのは森の中心のほうだ。端のほうに行くよりも出会う確率は高くなる。しかし、ゴブリンていうのはどこにでもいるもんだなぁ。
「あ、リュウジさん、薬草が生えてます。採取していきましょう」
「いいね。タニアー、ちょっと待ってー」
「なによー。大きな声出したらあたしの意味ないじゃん」
「ごめんごめん。薬草採取してもいいかな?」
渋々了承してくれたのでニーナ、エリシャと一緒に薬草を採取する。リュックに入れておけば萎れたりしないから組合のある町で納品すればいいだろう。最初のころは薬草採取で生計が成り立っていたから感慨深いものがあるなぁ。
「よし、こんなもんかな」
「結構ありましたね」
「三十五束ありました。使徒様の背嚢があるお陰で、何時売ってもいいのが有難いですね」
「よーし、続きと行くよー」
探索を再開したが、それからゴブリンとは出会わず森の中心付近に着いてしまった。
「ライルたちはまだ来てないんだ」
「そろそろお昼ですし、一度休憩しませんか」
「さんせーい。リュウジ、椅子と机出して」
「ついでに軽く摘まめる物も出すか」
ニーナが手伝ってくれるというので、リュックから出して貰う。出した物を僕とガルトとエリシャで配置していくとすぐに準備が終わった。
こういう時のタニアは、働かなくても良いということにした。初めのころは手伝ってくれていたが、探索の時は常に集中して気を張っているし、戦闘の時も頑張ってくれているから休憩するときくらいはゆっくりして貰うことにしたんだ。パーティの人数も増えたから人の手も足りるしね。
「このままライルたちを待つ?それとも、休憩したらまた動く?」
「あたしはどっちでもいいよ」
「私は待ちたいですね。少し足が痛いです」
「わたしも待ちたいです。動くと出会えなくなりそうですから」
「待つほうがいいな」
「んじゃ、待とうか」
交代で休憩しながらサンドイッチを摘まんでいたら、ライルたち暁の風が姿を現した。
「よう、なんだ、余裕だな」
「お。どうだった?たくさんいたか?」
「ふー、全くだ。ゴブリンが五匹ってとこだな。俺らも休憩すっか」
「あー、ニーナちゃんたちいいなー」
「ほらルー、こっちに座りなさい。私たちも食事にしましょう」
ライルたちは各々座りやすいところを探して腰を下ろし、干し肉を齧る。あれが普通の冒険者だな。こうして見ると僕たちは普通じゃないなぁ。
「リュウジさん、皆さんにあげてもいいですか?」
「ん、いいよ」
ニーナがリュックからパンと串肉、葉野菜を取り出し、軽く塩を振ってサンドイッチを作る。冒険者は肉体労働だから塩加減は濃い目だ。
「はいどうぞ、シアさん、ルータニアさん」
「わー!ありがとー!」
「ありがとうございます。新鮮な野菜が食べれるのは、嬉しいですね」
「俺にもくれ」
「はいどうぞ」
「うーん、俺たちも魔法鞄を手に入れたいな。おいライル、王都から帰ったら迷宮の深いとこまで潜ろう」
「わーったよスレイン。でもよ、無理はしねぇぞ」
「確かに、出先で生野菜が食べれるのは魅力ですね」
ガウラスも美味しそうに頬張っている。ニーナも嬉しそうだ。ニーナの笑顔を見てるとこっちまで笑顔になるなぁ。
「リュウジ、お前ら飯食ってからどうすんだ?」
「明日には出発だろ?夕方前には宿に着きたいな」
「んー、そうだな…俺らもそうすっか。この森にゃあ、あんまいそうにないからな」
「まあ、ゴブリンの他には猪かそこらしかいないだろ?そのゴブリンもいないし」
「そうですね。魔物はいなさそうですし、肉を補充する意味で猪を狩ってもいいですね」
「んじゃ、夕方前まで猪狩りして、森の入口に集合だな」
「わかった」
「ま、一頭でも狩れりゃ御の字だな」
食後の一杯を堪能してから動き出す。ライルたちはさっさと森に消えて行ってしまった。僕たちも移動しよう。
「よーし、タニア頑張ってね」
「はいよ」
そのあと暫く森を彷徨ったが、猪は見当たらず見かけるのは狸とか栗鼠、蛇もいたな。そうそう、驚いたのは、角のない兎を見たこと。今まで見かけてたのは、角ウサギばっかりだったから普通の兎はいないと思ってたんだけど、ちゃんといるんだなぁ。
「普通の兎もいるんだ…角が生えてないとやっぱり可愛いな」
「ほんとですね!可愛い!」
いや、ニーナのほうが可愛いね。そりゃもう、比べ物にならないくらいだ。
「使徒様、そろそろ帰りましょう。薄暗くなってきましたし」
「ほんとだな。ありがとうエリシャ」
「このようなことでも感謝してもらえるんですね…」
使徒様は優しいですとか言いながら感動しているエリシャ。いやいや、感謝を伝えるのは大事だよ?たとえどんな些細なことでもね。
そんなに大きい森じゃないから、ライルが指定した場所にはすぐについた。
「おう、遅かったな。で、戦果は?」
「無かったよ」
「俺らもだ。珍しいよな、普通こんくらいの森なら猪なんざ、しょっちゅう見かけるはずなんだが…」
「ま、あの村にも狩人がいるはずだし、狩られてるんじゃないの?」
「それもそうか。よーし帰るかぁ」
結局、この森で狩れたのはゴブリンが八匹だけだったな。一匹は証明部位が無くなっちゃったけど魔石は無事だったから良しとしよう。
村まで帰ってきた僕たちは、部屋に戻って明日の出発に備えて準備をしていると扉をノックする音が聞こえた。
「はい、今開けますね」
ニーナが出るとそこにはミレナさんが立っていた。
「忙しいところすいません。明日からのことなんですが、少し急いだほうがいいかもしれません」
「?何かあったんですか?」
「これを見てください」
部屋に入ってきたミレナさんが、懐から一枚の羊皮紙を取り出して見せてくれた。
「なに?どうしたの?」
「これは、組合からの鳥便なんですが、どうやら競売の開催が前倒しされそうなんだそうです。王都にいる金級冒険者組が珍しい魔物を倒して、その素材を競売に出すことになったそうです」
「鳥便?」
「鳥便は、組合が持っている通信手段の一つで、小型の鳥の魔物を調教して使っています。魔物とはいえ人に慣れるのでとても可愛いんですよ」
「もう、リュウジ、そんなことはいいから。ミレナ、その金級は何持ってきたの?」
「それは書かれていないのでちょっとわかりませんが、競売に掛けるほどですから石化鶏や鷲獅子などではないでしょう。おそらく竜種だと思います」
「竜!やっぱりいるんだ…」
「使徒様、使徒様なら竜種なんて一捻りにできるようになります」
「そんなことないでしょ…え?ほんと?」
「ええ、大神殿には使徒様が竜種を従えたという記述のある書物がありますから」
真面目な顔で頷くエリシャ。そんなこと出来たら楽しいだろうけど、生き残る確率が低すぎる命懸けなのはちょっと遠慮したい。
「もう、また脱線してる。リュウジはちょっと黙ってて。それでミレナ、どれくらい早まりそうなの?」
「正確にはわかりませんが、恐らく早くなって一週間だと思います」
一週間か。ここまで二週間程度かかったから、結構急がないと間に合わない。のか?
ここからあと一月半かかるところを一月と一週間で?無理じゃない?
「むー……ちょっと無理しないと駄目だね。何回か夜通し走ってギリギリ、かな?」
「次の開催でもいいんじゃない?」
「組合主催のものだと次の開催は、半年後になってしまいます。それでも良かったらですが」
「半年後かぁ。せっかくここまで来たしなぁ」
「ま、暁の風にも相談しなきゃいけないけど、やってやれないことはないよ。あたしは賛成かな」
「私たちも冒険者です。ちょっと無理すれば行けるなら行きましょう」
タニアとニーナは行く気だなぁ。ガルトは何も言わないけど反対はしないだろう。となると、反対しても無駄か。
「ライル達がどう言うか分かんないけど、ま、ちょっと無理するか」
「いいんですか?」
「ん?うん、皆行く気だろ?」
それから隣の部屋に皆で押しかけて行った結果、満場一致で賛成だった。無謀は駄目だけど、無理無茶は何とかなるから大丈夫とかなんとか言ってたな。本当は、無理も無茶も駄目だからな。体壊すよ。兎にも角にも明日からちょっと強行軍になる。確り寝て英気を養っておくか。おやすみなさい。




