第百七十話
「うう…」
「あ!リュウジさん!気が付きましたか?」
「使徒様!良かった!」
目を開けたら目の前には、大きな膨らみと綺麗な顔を心配そうな表情でいっぱいにしたニーナだった。
「あー、そうか。気を失ってたんだな」
「はい。ルータニアさんは叱っておきました」
「もう近づけさせません。使徒様はわたしが守ります!」
しかし、情けない。ルータニアさんの力で落ちるとは。
「リュウジ、すまんかったな」
「ごめんなさいー」
体を起こすとライルとルータニアさんが近づいてきて非常に申し訳なさそうに謝ってくれた。
「ああ、気にしないでいいよ。事故みたいなもんだしな」
「そう言ってくれると助かる。ルーにはよく言っとくからよ」
「ごめんなさいー」
殊勝な態度のルータニアさんだったが、僕が許したらすぐにさっきの魔法の話に戻った。
「リュウジさんー、さっきの浄化の魔法なんですけどー想像力ってどういうことですかー」
ルータニアさんが言っているのは、先ほどライルと模擬戦を終えた後の僕が使った浄化の魔法のことだろう。
あの時は呪文も唱えずにしかも『浄化』ではなく、『きれいになれ』の一言で魔法を発動したんだよな。何気なくやってしまったからなぁ。
「魔法って誰が発動してもほぼ同じようになるでしょ?でも、魔力の籠め方を変えると威力とかが変わる。それはわかるよね?」
「はいー」
「僕は、エリシャから使徒って呼ばれてるでしょ?」
「?…そうですねー」
いきなり話が変わって首を傾げるルータニアさん。この人も可愛んだよなぁ。
「僕は使徒って言われてるだけあって、神様から色々な知識をもらってるんだ」
「! そうなんですねー!」
実際は違うけど、そういうことにしておかないと説明が面倒になるからな。ニーナたちは知ってるけどライルたちに教えると、何か影響が出ることがあるかもしれないし、今後何か起こった時に巻き込んじゃうかもしれないからな。まあ、もう遅いかもしれないが…
「それでね、知識の中に、魔法は想像力次第でいろいろなことが出来るっていうのがあるんだよ」
「ほー」
「でね、自分の中にある魔力を思うように動かすことが出来るようになって、発動する想像ができれば魔法は発動出来るみたいなんだよ」
ルータニアさんは目をキラキラさせながら僕の話を聞いている。その横では、僕に抱き着いていたニーナとエリシャまでルータニアさんと一緒になって聞き入っている。
「ニーナ、出来る?」
「え?……んー、そうですね、出来ると思います」
「じゃあ、点火の魔法で出来るかな?」
「はい、やってみます」
ニーナは、少しの間集中して点火と一言つぶやく。立てた指先に蠟燭の火くらいの大きさに火が灯る。
「できました!」
「すごいですー」
「ね?練習すればルータニアさんも出来るようになると思うよ」
「本当ですかー?……わかりましたー、練習してみますー」
「うん、何か聞きたいことがあったら遠慮なく聞いてね。僕でもニーナでもいいからさ」
「はーい!ではー遠慮なくー」
「えっ?」
ルータニアさんは、ニーナの腕をつかんで暁の風の野営場所まで引っ張って行ってしまった。
僕とエリシャは、顔を見合わせながら苦笑する。ルータニアさんて面白い人だなぁ。
「よし、夕食の準備でもするか」
「やっといたよ。簡単なのでよかったよね?」
僕が気を失ってる間にタニアとガルト、さらにはミレナさんまで手伝ってくれて夕食の準備をしてくれたらしい。有難いな。
「手伝ってもらってありがとうございます、ミレナさん。タニアとガルトもね。美味そうだな」
「夕食に誘われたので、せめてものお手伝いです。皆さん手慣れているんですね」
三人が作ってくれたのは、具沢山のスープだ。干し肉を刻んだものや人参や大根に似た根菜類、里芋みたいな芋も入っている。
皆に配膳し終わったころにニーナが帰ってきた。なんだか疲れてる?
「お帰り、ニーナ」
「ただいまです。ルータニアさんは凄く元気ですね。私にも丁寧に接してくれますし」
「その割には、疲れてないか?」
「元気すぎて大変でした」
「あはは、お疲れ様」
夕食後は、見張りを暁の風に任せて確り休ませてもらった。
ルータニアさんの訓練は、あまり上手くいかなかったみたい。まあ、そりゃそうだよね。今まで全く考えもしなかったことをやるんだから、すぐに出来たらおかしいから。うん、僕の仲間のことは別としてね。
やっと湖の南端にある村に到着した。毎日野営する前に暁の風と模擬戦をしている。そのお陰かライルに十回に三回くらいは勝てるようになってきた。
今も宿屋の裏庭を借りてライルと模擬戦を一回終えたところだ。
「お前ってよ、物凄く目がいいな。なんであれが防御できんだよ。ぜってぇ決まったと思ったのによ」
「おお、ライルに褒めらたぞ!目の良さは最初からだな。よく見えるんだよね。なんて言うか、視野が広くて動体視力がいいんだ」
「動体、なんだって?」
「動体視力。動くものを捉えることが出来る目の能力のことだよ」
「ほぉー」
こっちの世界に来た当初から物がよく見えるんだよね。近くも遠くもね。元の世界では年齢もあって老眼だったから、近くがぼやけずに見えて嬉しかったなぁ。まあ、アユーミル様に貰った恩恵のおかげだろうけどね。
「この村であと二日休むんだったか?」
「そうだね。馬を休めるためだっけ」
「じゃあよ、明日ゴブリン狩りに行かねぇか?こういう村の近くにはよ、ゴブリンが住み着くんだよ」
「この村って組合あったっけ?」
「ないな」
「組合がなくてもあるとこまで持って行きゃあいいこった。でどうだ?」
うーんどうしようか。タニアに相談してみるかな。ここまでの道中、ほとんど魔物には襲われなかったからな。のんびり旅するのもいいけど、ちょっと刺激も欲しいかな。
「わかった。今から相談してくるよ。また夕食のときに返事する」
「おう。楽しみだな」
「まだ、行くって決まってないぞ」
「わはは、行く気だろうが」
そんな顔してたかな?背中をバシバシ叩く嬉しそうなライルと自分に浄化を掛けて部屋に戻る。
この宿屋は、この村唯一の宿屋だ。個室もあるが一部屋しかなく、そこには女性だしミレナさんが、あとは六人部屋が二部屋だ。男性と女性で分ける話も出たが、ニーナとエリシャが強硬に反対して皆で話し合った結果、パーティ毎になった。なんで反対したか聞いてみたら、ルータニアさんが夜這いに行くことを警戒したらしい。
「それだったら、同じ部屋になって監視したらよかったのに」
「それだと、リュウジさんと離れちゃうじゃないですか」
「そうです。あの方を監視するより使徒様の近くで見張っていた方がいいと思いました」
「そうかぁ…」
ということで部屋にやってきたんだが、部屋自体は広めなんだけど、片側に三台ずつベッドがぎっしり置かれているためか非常に狭く感じる。ベッドの間が足一本分くらいの幅しかなく横から乗るのは狭くて大変だ。真ん中は広めにとってあるからそこまで圧迫感はない。
「リュウジさんはここです」
「わたしとニーナさんはその両側ですね」
「じゃあ、あたしはここにしよっと」
ニーナが陣取ったのは、部屋に入って左側の三つだ。タニアとガルトは反対側で間を一つ開けている。そのベッドは物置だな。リュック置いておこう。
宿の食堂の夕食まではまだ時間がある。僕はさっき浄化の魔法で綺麗になってるけど、体は拭きたいなぁ。
「まだ時間あるけど、体拭きたいよね?」
「そうですね」
「あたしたちが先にやるから、あんたたち下に行ってな」
「わかったよ。ガルト行こう」
「ああ」
「あ、そうだ。ライルが明日ゴブリンでも狩りに行かないかって言ってたよ。行く?」
「行くー」
タニアとニーナがいい笑顔で返事してくれたよ。みんな冒険者だねぇ。
そうだ、そう時間はかからないと思うが、この時間を利用して村を見て回っておくか。何かに襲われた痕跡とか見つけられるかもしれないからな。
「ガルト、僕、村を見てくるよ」
「俺も行こう」
「そか。じゃ行こう」
僕とガルトが宿から出たころ。
「ね、ニーナ。なんでルータニアさんをあんなに近づけさせないの?」
「あの人は…何て言うんですかね、リュウジさんに本気で好意を寄せているわけではなくて、自分のことしか考えてないような気がするんです」
「そう?じゃ、エリシャはいいの?」
「はい。エリシャさんは本気ですから」
「そうですよ、タニアさん。わたしは使徒様を大切に思っています。最初は責務でしたが、今は違います。ずっと傍でお仕えして、使徒様の力になりたいと思っています。それで…最終的には寵愛を頂ければ…」
「はー、二人とも重いねー」
「お、重くはないですよっ……重くないと思います。リュウジさんは恩人ですから!」
「そうかそうか。ま、頑張んな。でもさ、ルータニアにももちっと優しくしてやりなよ。あの人もきっとそんなに自分のことばっか考えてないからさ」
「そうですかね…」
「使徒様はそんなに気にしてないですしね」
「そうそう、ニーナは考えすぎ!リュウジはあんたにぞっこんなんだから、そんなことしなくても大丈夫だよ。あー!ニーナまた胸おっきくなったでしょ!」
「きゃっ、タニアさんくすぐったいですっ!…あんっ」
「わたしもあれぐらいあれば、使徒様に振り向いてもらえるんでしょうか…」
ガルトと村の中を歩いていくと、洗濯物を取り込んでいる村人を見かけたので声をかけてみる。
「あの、すいません」
「はい?何でしょう?」
「この村は、最近魔物に襲われたことはありますか?」
僕とガルトを見た三十代くらいの女性は、怪訝そうな顔をして僕達を見る。
「僕たちは今日この村に着いた冒険者なんですが、明日この村の辺りを探索しようと思ってまして、まあ、情報収集をしようかなと」
「ああ、そう言うことですか…そうですね…最近は無いですが、三月ほど前に一度ありましたよ。その時は、ちょうどあなた達のような冒険者の方がいらして事なきを得ました」
「そうなんですね。どちらの方から来たか分かりますか?」
「確か、あっちだったと思います。あの時の冒険者様は格好良かったわぁ…」
女性は、村の東の方を指して、頬を桜色に染める。
「ありがとうございました。行ってみます」
「はい、あなたも気を付けてくださいね、って冒険者様には余計なお世話ですね」
「いえいえ、お気遣い有難うございます。それでは」
会釈して別れる。女性に教えて貰った方角へ歩いていくと、木で出来たお粗末な柵がある。その向こうには野原があって、さらに向こうはそんなに大きくはないが森になっている。左手の方向は湖だ。
「行くならあそこかな」
「そうだな。でもいるか?」
「期待薄かなぁ」
ま、でも暇つぶしにはちょうどいいかも。
「そろそろ帰ろうか」
「ああ」
もうそろそろ女子組も終わった頃だろう。いい情報か分からないけど、一応情報もあったからライル達とも共有しよう。僕も体拭きたいし、お腹も空いた。
明日かぁ、何もいないと思うけどなぁ。




