第百六十六話
遅くなって申し訳ありません。
仕事が、仕事が…後から後から増えていくんです。もう、だれか何とかしてください…
「これが、あいつらが言ってた、嫌な感じの正体か!」
「ライル!喋ってないで走れ!追いつかれるぞ!」
「くそっ!」
「ルー!頑張れっ!」
俺たちは、リュウジたちが嫌な感じがするから帰ると言って別れてから暫く休憩して活動を再開した。
再開して暫くは順調に大口貝を見つけられて真珠も何個か手に入った。まだまだ行けると思って奥まで行ったのが間違いだったんだ。
それは、四階層に降りる階段を見つけて、もう帰るかと相談していた時に起こったんだよ。
「四階層には下りないほうがいいんだったな」
「うん、この下には不定形生物がいるからな。俺たちじゃまだ太刀打ちできんだろ」
「んー、わたしがー火魔法を使えたらー良かったんですけどねー」
「ルーが火魔法使えたって、天井から襲われたんじゃやりようがねぇよ」
「そうですね。ま、今回はここまでにして帰りましょうか」
「そうだな、リュウジたちも、ああ言ってたしなぁ。俺もここにきて嫌な感じがするぜ」
「ライルもか。実は俺もなんだ。さっさと帰ったほうがいい気がする」
「きゃあ!」
「どうした!?」
シアの吃驚した声に振り返って光を向けたら、天井から黒緑色の何かがぶら下がっていた。シアの足元からはじゅうぅという音と煙が立ち上っていた。
不定形生物の酸だ!シアに当たんなくて良かったぜ。
「いかんっ!奴だ!なんでこの階にいんだよっ!」
「ライル!逃げるぞっ!皆走れっ!」
スレインの声に皆が一斉に走り出す。明かりを持っているスレインが先頭を走り、シア、ガウラス、ルー、俺の順番だ。俺もカンテラを持ってるが、邪魔だ。が、捨てるわけにはいかねぇなっ!
ちくしょう!こんなことになるんだったら、俺らも素直に帰ってりゃ良かったなっ!くそっ!
力の限り走ってるんだが、俺とガウラスは装備が重いから、速度が出ねぇ!しかもルーの足がおせぇ!
「確り走れっ!追いつかれるぞ!」
「わーってるよ!目一杯だ!」
「ルー!頑張って!」
「シアー、はあ、はあ、もー、だめぇ、かもぉ」
やべぇ、ルーが走れねぇみてぇだな。しょうがねぇ、抱えてやるか!
「ルー!ちっと我慢しろよ!」
「きやぁぁぁ、ライルーにーさわられるー」
「ばっか!変なこと言ってねぇでじっとしてろ!走りにくいだろうが!」
走ってっから、カンテラの明かりがぐるぐるでよくわからねぇが、前を走る人影を目印に走るしかねぇ。ルーの前は、あー、あ。ガウラスだったか。
鎧をガチャガチャ言わせながら必死に走る。不定形生物はどうなった?巻けたか?
じゅっ。
そんなことを考えてたのが悪かったのか、俺のすぐ後ろから地面が溶けた音がした。やべぇじゃねか!
このままじゃ俺とルーがやられちまう!
「…の敵を撃て!水球!」
「おわっ」
ルーが何かぶつぶつ言ってたと思ったら、魔法唱えてやがった。
「吃驚するじゃねぇか!」
「攻撃しないとーやられちゃうでしょー」
「そうだけどよっ」
後ろは見れんから思いっきり首を回して見えるとこまで見た。
ルーの魔法が効いたのか、天井からぼたぼた落ちるもんが見えた。かぁー、不定形生物ってな気味がわりぃな!
「やりましたよー。ちょっと小さくなったような気がしますー」
「よっしゃ!よくやった!ルー、もっとやれっ!」
「んー、でもー、あと二回くらいしかー無理かもー」
「それでもいいっ!やってくれ!」
「はーい」
返事をするなり呪文の詠唱を始めるルー。いつも使ってる魔法だからかすぐに水の球が不定形生物に向けて飛んでいく。
「どうだ!?」
「んー、あんまり効いてないー?はずれたー?」
「だめじゃねぇかっ!」
「だってぇ、真っ暗だしーライルがー揺するからー、狙いがズレるのー」
「俺のせいかよっ」
カンテラは俺が持ってるが、後ろを照らしてる場合じゃねぇ。前を照らしてねぇと転んじまう。
「あ!灯りの魔法使え!」
「あ、そーかぁ。えーとぉ…彼ものに光よ宿れ。明り…いやあぁぁぁ」
「どうしたっ!」
ルーが灯りの魔法を唱えた途端悲鳴をあげやがった。耳のすぐ傍ででけぇ声出すんじゃねぇと言いたいとこだが、どうなってんのか知るほうが先だ。
「すぐうえっ、うえにいるー!ライルっ!早く走って!」
「うおっ!?なんだかわからんがわかったぜっ!」
すぐ上?不定形生物が?そんなに早いのか?俺の足が遅いってか?ルーを抱えてっからな!このままじゃやばいぜ!
あのルーが間延びした口調じゃねぇってこたぁ、本気であぶねぇってことか。
「ライルっ!反対側に向かって走れ!」
「んなっ?」
「いいから急げぇ!」
「くっ」
「ぐえっ」
なんだかわからんが急いで止まる。反対側に向かって走れって言うんならなっ、やってやるよっ!
「火球!」
火球だとっ?それってリュウジの女か!あいつら、帰ったんじゃなかったか!?
「うわぁーでっかい火球だねー」
「のんきだなっ、お前はっ」
ルーの野郎、俺が一生懸命走ってんのに気楽なもんだなっ!
火球は、天井に向かってゆっくり動いてる。ルーの言う通り通路の半分はある。あいつ、そんなにすげぇ魔法使いだったのか。気弱な嬢ちゃんかと思ってたぜ。
「おおっ、じゅうじゅう言ってっぞ」
「不定形生物はー、火が弱点ですからねー。あんな大きな火球なら一発だねー。でもーニーナちゃん、魔力量すっごいなー」
「つーか、俺はどこまで走ればいいんだよっ」
あのでっかい火球はまだこっちに向かってくるぞ、おい!
「あ、小さくなってくよー」
「やっとかよ」
ルーの声で走る速度を落として止まる。ルーを下して振り返ると火球はもう拳くらいの大きさになっていた。
不定形生物は、跡形もなく蒸発したみてぇだ。落し物は…無しか。
「おーい、ライルー、大丈夫かー」
あの声はリュウジだな。返事くらいしておくか。また助けられちまったか。この恩、どうやって返そうか悩むじゃねぇか。
僕たちは何事もなく二階層を通り過ぎ、一階層への階段付近まで戻ってきた。
ライルたちは大丈夫だろうか。何事もなければいいけどな。
「リュウジさん、戻ったほうが良くないですか?もしも、暁の風の皆さんが大変なことになってたら手伝えることがあるんじゃないでしょうか?」
袖を引っ張られたのでそっちを見ると、ニーナが心配そうな顔をしていた。タニアも歩く速度を落として隣にやってくる。
「あたしは、どっちでもいいよ。リュウジが戻るっていうなら戻るし」
「そうだなぁ……ニーナの言う通り手伝えることがあるかもな。よし、戻るか」
「はい!」
「戻るなら急いだほうがいい」
「そうだな」
ガルトの意見を採用し、迷宮内を出来るだけ早く移動する。ニーナの灯りの魔法は必至だ。床は平らなところが多いが、所々起伏がある。所々ってとこがネックで、油断すると足を引っ掛けて転んでしまう。
タニアの先導なんだが、その起伏をちゃんと教えてくれるから思ったよりも早く三階層まで降りてくることができた。あとは、ライルたちがどこにいるかだな。
「なんか騒がしいね。なんだろ…走ってる?」
「タニア?どうした?」
三階層に降りてすぐ、タニアが耳の後ろに手を当てて耳を澄ます。僕も習ってみるが、何も聞こえないなぁ。タニアの耳どうなってんだろう?
「リュウジ、もっと急いだほうがいいかもしんない。暁の風が何かに襲われてるみたい」
「そうなのか!?皆!急ぐぞ!タニア!先導よろしく!」
タニアは僕たちがついていけるギリギリの速さで駆ける。僕やガルトは何とかついていけるけど、ニーナの体力が心配だ。
「ニーナ、大丈夫か?」
「はぁ、はぁ…はい、大丈夫です、はぁ、はぁ」
「リュウジ、駄目だったら俺が抱えていく」
「頼むガルト。きっとニーナの力がいる」
「はい!はぁ、頑張り、ますっ!」
ニーナもかなり体力がついてきたけど、こんな足場が悪いところで全力疾走は厳しいだろう。
「見えた!スレインだ!」
前を走るタニアがさらに速度を上げる。僕らはペースを落とさず走っていく。すぐに追いついた。
「不定形生物だって!ニーナの魔法がいるって!」
「不定形生物ってことは、丸くない奴か!」
タニアがスレインと情報交換を済ませてきた。やっぱりニーナの力がいるな。ちょうどガルトとニーナがついた。抱えられてないってことは、自分で走り切ったのか。すごいじゃないか。後で沢山褒めよう。
「ニーナ、火球の魔法を準備してくれ。通路の半分くらいの大きさでいい」
「はぁ、はぁ、はぁ、わ、かりました。もうちょっと、待ってくださいね」
「いいよ。大きく息を吸って、一度止めて、はい、吐いてねー」
ニーナは、僕の言葉通りに呼吸を繰り返す。二、三回繰り返すとだんだん落ち着いてきた。
「はあぁぁぁ、ありがとうございます。やっと落ち着きました」
呼吸が落ち着いたニーナは早速呪文を唱え始める。その間にスレインたちが合流した。
「ライルっ!反対側に向かって走れ!」
「んなっ?」
「いいから急げぇ!」
スレインが大声でライルに退避を促すとライルが驚いた顔で逆向きに走り出した。ライルがいたすぐ後ろの天井にニーナの火球に照らされて光るジェル状の何かがあるのが分かった。あれがスライムか。グネグネ動いてて気持ち悪っ。
「火球!」
ニーナが放った火球は、指示した通り通路の半分くらいにコントロールされていた。魔力の扱いが上手になってるな。
火球に焙られた不定形生物は、必死に逃げようとするが、逃げる速度よりもニーナのコントロールする火球のほうが若干早い。端っこのほうから蒸発しているのか緑色の煙が出ている。
不定形生物は、じゅうじゅうと煙を出しながら、うにょうにょと動いている。
「気持ち悪いですぅ!」
杖を翳して魔法を維持しながら僕の背中に抱き着いてくるニーナ。わかる、あれは気持ち悪い。
「おーい、ライルー大丈夫かー」
もう大丈夫だと思うが、一応声だけかけておく。
向こうで何か言う声が聞こえたあと、こつんと何かが落ちた音がした。
「何か落ちたよ?」
「きっと不定形生物の核だよ。見つけて止めを刺さないと!」
タニアが目を凝らして探し出す。
「止めを刺さないとどうなるの?」
「時間がたつと、また元に戻っちゃうって聞いたよ」
それは大変。皆で探そう。
「スレインたちも手伝って!核を壊そう」
「わかった!」
天井の不定形生物は、もう跡形も無くなっている。もう大丈夫だろう。僕も捜索に加わる。
「あった!あっ」
ガウラスが見つけたらしく声を上げたが、カンッと音がして丸い物体がライルのほうへ飛んでいくのが見えた。
「なんだよ、もう終わったんだろ?何やって…いてっ」
ガウラスが蹴飛ばした核は、ライルに当たったんだろう。
「なんだよこれ!」
ライルが右足を上げて勢い良く踏みつぶす。パキンッと音がして核が割れた。
「よくやったライル。お手柄だよ」
「なんだったんだよ、あれ?」
「不定形生物の核だよ。壊しとかないとまた復活するんだって」
「おお、そりゃよかった。…にしても、また助けられちまったなぁ」
「あはは、まあ、いいってことさ。そのうちこっちが助けられるときが来るさ」
「そうか?そうだといいんだけどよ。……ま、そん時が来たら、死んでも力になるぜ」
散々走った暁の風は、皆座り込んで息を整えていた。特にライルは,汚れるのも構わずに大の字になっている。その横ではルータニアさんが女の子座りで荒い息を整えていた。
「じゃあ僕たちは帰るよ。一緒に帰るか?」
「ふう、そうだな。そうすっか。いいな、スレイン」
「はい、そうしたほうがいいと思う。皆もいいな」
暁の風全員が頷く。まだ落ち着いてない人がいるから、もう少し休憩することになった。
「ったく、ルーはもうちっと体力つけとけよ」
「わたしはー、魔法使いだからーいいんですー」
「でもね、ルー。もう少し早く走れるようになっておかないと逃げ遅れるわよ」
「うー、わかりましたー。帰ってからー走る練習ーしまーす」
ルータニアさんは、ライルには強気なのにシアさんの言うことは聞くらしい。力関係が見えるやり取りだな。
まあ、なんにせよ暁の風の皆が無事でよかった。あのまま帰ってたら後悔するところだったなぁ。ニーナに感謝だな。
「よし、じゃあ帰って真珠を真珠を売りにいこう。幾らになるか楽しみだね」
「おう!俺らも結構手に入れたからな。暫く酒代には苦労しないぜ」
「駄目ですよ!ライルには少ししか渡しませんからね」
「そりゃないぜ、ガウラスよぉ」
ガウラスは、イケメンで細マッチョだ。しかもパーティの財布も管理してるらしい。出来る男だな。
僕はてっきりスレインが管理してるのかと思ってたんだけど、そういうのにきっちりしてるのは、ガウラスの方なんだそうだ。
今回の冒険も何とか生きて帰れたな。ライルたちも無事だったし、言うこと無しだな。さて、次はどこに行こうかね。




