第百六十二話
二階層を探索し始めてかなり時間がたった。
「いないね」
「いないな」
「蟹さんもいないですね」
今のところ二階層で大口貝には出会えていない。それどころか、蟹も田螺もいない。うーん、何か異変が起こってる?わからんなぁ。
「あ、いた」
「どこ?」
「ほら、あそこ」
タニアが指さした先は、通路からちょっと広くなっている部屋っぽい場所だ。その入り口付近に三体ほどホタテのような形の大口貝がくっついている。
「初の獲物だから慎重に行こう」
「まずは俺が行く」
盾を構えたガルトが進んでいく。ある程度まで近づいたら貝の前に魔法陣が浮かび上がる。魔物は無詠唱なんだ。どうやって発動してるんだろう。
「ガルト!魔法が来るぞ」
「!」
僕の警告にガルトの盾を持つ手に力が入ったのが分かった。態勢も半身になり腰を少し落としている。
浮かび上がった三つの魔法陣の前にソフトボール大の水の玉が出来上がり同時に打ち出された。
「ぐっ!」
ガルトの盾に三つの水球が当たるとガガガンッと水の玉が当たった音ではない音が聞こえてきて、半身で踏ん張ったにもかかわらず押し戻されている。幸い吹き飛ぶことはなかったが、ガルトじゃなければかなりのダメージを受けそうだ。
「水球の速度は、避けれないほどじゃないな」
「私には無理そうですね」
「わたしもです」
「あたしは余裕だね」
ニーナとエリシャは近接戦闘をしないから難しいかな。今後の課題か。
「タニア、ガルトが防いでくれいる間に倒してしまおう」
「わかった!」
タニアは弓を背負ってショートソードを抜いて駆け出す。僕も遅れないようについていく。
「ガルト!二人で攻撃する!出来たら続いてくれ!」
「わかった」
タニアがショートソードを貝の口の隙間に差し込み一往復させると貝柱が切れたのか開いたままになった。
僕も隣にいる貝に同じように攻撃すると中身がテロンと出て動かなくなる。
三個目の貝はまた魔方陣を展開して魔法を放とうとしたが、それよりも早くタニアが倒してしまった。
「思ったより簡単に倒せたな」
「そうね。真珠、出なかったなぁ」
「魔法は食らわないようにしたほうがいい。俺以外は食らうと吹き飛ぶぞ」
「うん、ガルトが受けたのを見てよくわかったよ。あれは僕でも飛ばされそうだ」
「なんか落ちてたよ」
タニアが持ってきたのは、ホタテ貝の上に乗った、白に近いクリーム色の平べったい円筒形の物体だった。これはあれだな。
「貝柱か。んー、生で食べるのは勇気がいるなぁ。後で焼いて食べてみようか」
おいしそうな貝柱とはいえ、魔物が落としたものだから生で食べるのはちょっとね。リュックサックに入れておけばいつでもとれたて新鮮だからね。
「え?これ食べれるの?」
「僕が知ってるものと同じなら美味しく食べれるよ」
焼いて醤油を垂らしたら……あ、想像したら唾が出てきた。
「そうなんだ…それじゃあ探索再開しよう」
「エリシャ、ニーナ、地図描けてる?」
「はい」
「大丈夫です、使徒様」
描いた地図を見せてもらったら、紙の真ん中あたりから小さく書いていた。小さくてもちゃんと読めるし、細かいことまできっちり書いてあるからこのまま続けてもらおう。
「ん、ばっちりだね」
「ありがとうございます」
それから大口貝を探して二階層を彷徨ったけど、見つけたのは最初の三匹?三個?以外に五匹見つけただけだった。しかも真珠は出なくて、貝柱ばっかりだ。蟹も田螺もいなかった。蟹、楽しみにしてたのになぁ。
「三階層への階段も見つけたし、降りる?」
「この階層の地図もほぼ完成です」
「もういけるところは行きましたね」
二階層はそこまで広くなくてここまで体感というか腹時計で三時間くらいか?結構お腹空いてきた。
「そうだなぁ……降りたところで休憩しようか」
「賛成!」
タニアは諸手を挙げて賛同してくれた。ずっと先頭で頑張ってくれてたからな。疲れただろう。ニーナとエリシャも地図を描きながらだったから疲れた顔してるな。
さすがにこの迷宮内で煮炊きはしないほうがいいか?洞窟タイプだからなぁ。一応空気の流れはあるが、一酸化炭素中毒が怖いな。やめておくか。
「軽く食べてから探索しよう」
「はい!」
「さすがは使徒様。英断です」
「エリシャ…こんなことでそんなに持ち上げないでよ」
ニーナが、リュックサックから屋台で買ったサンドイッチを人数分取り出して渡してくれる。
「いただきまーす」
ちょうどいい岩場に腰を下ろして皆で食べる。都度、休憩を取りながら探索してたけど結構疲労が溜まってたみたいだなぁ。座ったらほっとしたよ。
「なんでこんなにいないんだろうね」
「何か起こる前兆じゃなければいいんだけどなぁ」
「やめてよリュウジ、そういうのは口に出すと本当になるっていうよ?」
「使徒様なら何が起きても大丈夫ですよ」
「そんなことはありません!リュウジさんは今までに何回か死にそうな目に合ってるんです!」
入り口で会った冒険者が言っていた通り一階層、二階層には大口貝はほとんどいなかった。何にも起きないといいんだけど、楽観視するより最悪な方向で考えてたほうがいい気がするんだよな。
しかし、エリシャの信頼が大きすぎてちょっと困るなぁ。涙目で訴えるニーナの言う通り、二回くらいは死にそうになってるから、これからも慎重にいかないとね。
「そうだね。あたしもホブゴブリンの時はもうだめかと思ったからなぁ」
「そんなこともあったなぁ。あの時ほど回復魔法が有難いと思ったことはなかったな」
「魔物化した角うさぎの時は、私…私…」
あー、あれも痛かったなぁ。思い出してぽろぽろ涙を零すニーナ。隣にいたニーナを抱き寄せると、鎧の上から抱き着いてきたので頭を撫でて落ち着かせよう。
「大丈夫ですよ。わたしもいますし、使徒様も回復魔法を使えますから。しかも使徒様の魔法は、わたしよりも回復力が高いのです。わたしが命を賭して使徒様を守ります」
エリシャの決意が重いぞ。僕だってみんなを死なせたくないから頑張るよ?
「エリシャもニーナもありがとうね。二人にこれほど想われて幸せだよ。でもね、僕だって死ぬつもりはないし、みんなを失いたくないから全力を尽くす。それに、僕の目標は老衰で死ぬことだからね」
「私もずっと一緒にいますから!」
「わたしもです」
なんだか突然重い話になっちゃったなぁ。気分を変えよう。
「さあ!重い話はここまで!この階層にどれだけいるかわからないけど、いっぱい倒して真珠を手に入れようか」
「おー」
ライルたちもこの階層のどこかにいるはず。一度合流出来たら情報共有しておきたい。まずは探索か。
「じゃ、タニア任せた」
「ん、任された!」
ニーナが点けてくれた明かりは、消える気配がない。どれだけ保つんだろう?……ま、消えたらまた点けて貰えばいいのか。
三階層を進む。ここも今までと同じだ。岩肌も変わらない。出てくる魔物も同じらしい。蟹、出てこないかなぁ。
「止まって。あの角の向こうに何かいる」
タニアが何かを見つけたみたいだ。なんだろう。蟹かな?
「喜べリュウジ、蟹だよ。三匹」
「よし!倒すよ」
タニアは弓を構えながら下がって、代わりに僕とガルトが前に出る。
「タニアとニーナで一匹頼む。僕とガルトで残りだね」
「あいよ」
「わかりました」
ガルトは頷いて前に出る。僕も剣を構えながら前へ。
「うおっ、でかっ」
前に出ると曲がり角の向こうからキチキチと音が聞こえ、細いが棘のついた足が見えてきた。
足の腹側は白っぽく、背側は赤黒い。あれはタラバガニだ!厳密にいうと蟹ではなくヤドカリらしいが、美味いことには変わりがない。きっとこいつも美味いはずだ。
しかし、でかい。移動している状態で目玉が僕の胸くらいの位置にある。鋏を持ち上げれば僕よりも大きいだろう。足だって一本が腕くらいある。鋏なんて僕の胴体と同じくらいの太さだ。あれに挟まれたら人間なんて簡単に千切れそうだな。
「ニーナ!あたしが牽制するから、止めをお願い!」
「わかりました!」
タニアの弓では、きっと威力が足りないからな。ニーナの魔法なら、いくら蟹が硬くても貫通するだろう。
「ガルト…ってもう終わったの?」
「ああ」
「早いな」
ガルトは戦斧で叩き潰したようだ。地面に蟹の殻が飛び散っている。
「僕も頑張りますか」
「手伝おう」
「サンキュー」
ガルトは盾で蟹の鋏を抑えてくれる。じゃあ僕はちまちま足の関節を狙っていくか。
ガルトを回り込むようにして蟹の関節に向かって剣を振る。今は魔石は使っていないから普通の攻撃だ。
「はっ」
ガルトのおかげで攻撃が来ないから余裕をもって攻撃できるのは有難い。右側四本の足のうち上から二本目まで落とすことができた。
蟹も痛いのかこっちに向きを変えようとするが、ガルトが盾で小突いたらまたガルトへ向き直った。
今度は反対側の足を斬り上げで斬ってみよう。
「ほいっと」
胴体から生えている関節をしたから三本目まで斬ることができた。そうしたら体を支えることが出来なくなって甲羅を上にして倒れた。鋏で体を起こそうとするけど足が左右合わせて三本しかないから立ち上がれず、じたばた藻掻いていたので眉間に剣を突き立てて止めを刺す。
「お、蟹足が出たな」
倒して少し経つと蟹本体が消えて、胴体の半分と蟹足四本がその場に残る。
「あたしのほうも出たよ」
「やったね」
タニアは蟹足の先を摘まんで僕に差し出してきた。そんなに汚くはないと思うんだけどなぁ。確かにちょっと生臭いけどさ。
ガルトが倒したのは何も出なかったみたいだ。ここの魔物は魔石を落とさないのかな。大口貝も魔石を落とさなかったもんな。
「ほんとに食べるの?これ」
「うん。美味しいよ。ここ出たら料理するから、騙されたと思って食べてみてよ」
「ええ~」
「わかりました。美味しいんですよね?」
「うん。きっとね」
食べれるよな?ちょっと心配になってきた。一つ焼いてみようかな。
いや、やっぱりここを出てからにしよう。焼いた臭いで魔物が寄ってきたら大変だもんな。
「まあ、蟹はあたし以外で食べて。さあ、次行くよ」
「はい、お願いします」
タニアが先行して進み、僕たちは少し離れてついていく。
「あ、いた。大口貝だ」
「お、何匹いる?」
「ちょっと待って…五匹はいると思う」
「よし、みんなで倒そう」
「はい」
「わかりました」
「ニーナ、これを使って」
「わあ、ありがとうございます!」
さすがにニーナの杖では倒しにくいだろうから、最近出番の少なくなった剣鉈を渡すと、二階層で戦った時と同じように、ガルトが盾を構えて前に出てくれる。
「ニーナとエリシャは、ガルトの後ろにいて隙を見て倒してね」
「「はい!」」
二人ともいい返事を返してくれる。僕も油断しないように気を付けよう。
二人はガルトに任せて大口貝をみる。五匹固まっているわけではなく、三匹と二匹で分かれて岩にくっついている。タニアと僕で二匹のほうだな。
「タニア、奴らの魔法避けれる?」
「うん。余裕」
「そか。じゃあやるか」
「リュウジこそ食らうなよ」
「おう。食らったらよろしく」
「食らうなっ」
タニアに小突かれながら走り出す。すると大口貝の前に魔法陣が浮かび上がる。
「来るよ!」
魔法陣の前にソフトボール大の水の玉が出来上がるとすぐに射出される。げ、二つとも僕のほうに飛んできたよ。
「ほいっと」
大口貝までの距離は十メートルくらいかな?飛んでくるのは見えるから、右にステップして避ける。そしたら、タニアはもう大口貝の目の前にいてショートソードを口の中に突き立てて一薙ぎ。僕もすぐに続いて同じように剣を突き立てて終了だ。
「あ!出たよ!」
「お、ほんとだ。やったねタニア!」
「うわー、綺麗」
タニアが倒した大口貝から真珠が出た。結構でかい。直径一センチのビー玉くらいの大きさだ。真珠だから白地に淡い虹色の輝きを想像してたんだけど、白地は一緒だけど虹色の輝きが強いな。
「これで幾らになるんだろう?」
「さあ?」
「でも、やっと一個出たね。もっと探すよ!」
ガルトたちのほうは何も出なかったみたい。タニアの言う通りやっと一個だな。もう少しペースを上げて探すか。




