第百五十四話
「こっちだ」
迷宮町を出発して半日ほどたった。今は、スレインの先導でライルたちが隠れている場所に向かっている途中だ。
幸いにもまだ魔物とは出会っていない。巨大な蟷螂とか倒せる気がしないんだけどなぁ。でっかい蜂ともまだ戦闘したことないから心配だ。
「リュウジたちなら大丈夫だ。俺達でも勝てたんだから間違いないだろう。何なら見つけてくるぞ?」
「いやいや、何もないに越したことはないからね」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くよ」
タニアに怒られてしまった。スレインは体調が良くなったのか先頭でとても元気だ。さっきまで辛そうだったのにね。
「大丈夫か?スレイン」
「ん?ああ、大丈夫だ。何だか体が軽くてな。倒れる前より調子がいいんだ」
「そうなの?それはよかったけど、なんでだろう?」
「使徒様、推測ですが、スレインさんが曝された魔素を取り込んだ為だと思います。魔素中毒から回復した人に見られる経過ですね」
「どういうこと?」
大量の魔素を浴びて魔物化しなかった場合に起こる現象だそうだ。魔素は魔力の素になっている。でこの世界の生物には魔力回路があるし心臓が魔力を作り出していると言われているらしい。
今回、スレインは大量の魔素の中に長時間倒れていたため魔素中毒になった。
魔素中毒って回復魔法で治るんだなぁ。
「ねえ、エリシャ、魔素中毒ってなんで回復魔法で治るんだ?」
「え?…うーん…そう言えば何故良くなるのかはわかりません。基本的には時間経過で良くなることが多いはずです。今回は怪我の回復をと思って使ったんですが…結果的に回復しましたね。これは研究対象になりますね」
「そうなのね。まあ、回復魔法で治ることがあるって思っておけばいいのか」
「ライルさんが同じ症状ならば回復魔法を使ってみましょう。それで効果があれば新しい治療法として研究してみます」
エリシャの言動にちょっと違和感を感じた。
前の世界なら人体実験だとか倫理の問題が、とかあったけど、この世界ではそんなことなんか気にしてないし、回復魔法もそうだが普通に人で試してるからなぁ。まあ、動物だから良し、とかいうのも賛否両論な話なんだけどね。
うーん、まあここでは僕の違和感のほうがおかしいんだろう。
「まあ、やり過ぎないでね」
「はい。使徒様が言われるのであれば。気を付けて研究します」
「よし、難しい話は終わりにしようか。スレイン、あとどれくらい?」
前を進むスレインとタニアに聞いてみる。
「もうすぐだと思う。ああ、いたぞ」
「そうか!急ごう」
「はい!」
僕にはどこにいるかわからないが、スレインとタニアは見つけたみたいだ。急いで二人の後を追う。
「ガウラス!」
「スレイン!おお!リュウジたちも!」
「ライルはどうなった?」
「まだ目覚めていないです」
ガウラスが大きな声を出したからか、ルータニアさんも気が付いてこっちに来た。
「シアー、スレインとリュウジさんたちが来てくれましたよー」
「よかったぁ。これで動けるね」
ルータニアさんもシアさんも疲れきった感じで、僕たちを見て心底ほっとした表情になった。そりゃあいつ襲われるかわからない迷宮の森の中で隠れてたんだからなぁ。
ルータニアさんはいつもと変わらないのんびり口調だったが、クールなシアさんが物凄く安堵していたのが印象的だった。
「皆よく頑張ったな、無事で何より。早速で悪いが、ライルのところへ案内してもらえるか?」
「は~い。こちらですよぉ」
ライルは、ちょっと開けた場所に寝かされていた。鎧も脱がされてシャツ姿だ。ぐったりと脱力していて動く様子がない。大丈夫なんだろうか。
「ライル、ライル、わかるか?」
「まったく反応がないですね」
「そうだな」
体を揺すってみたが反応がない。昏睡状態ってやつだ。でも呼吸はしっかりしているし、体温も問題なさそうだ。
「早く回復魔法をかけてやってくれ。俺と同じならすぐに起きるだろう?」
「わかった。エリシャやってみよう」
「はい、使徒様」
後ろで使徒様って何?とかどういうこと?とか聞こえてきたけど、今は聞こえなかったことにしておこう。それよりもライルだ。
「……彼のものを癒したまえ、治癒」
エリシャが治癒の魔法を発動するとライルの瞼がピクリと動いた。
「ライル!おい!目を覚ませ!」
ガウラスがライルを揺さぶっているが、起きる様子がない。失敗か?
「エリシャ、どう?」
「魔法はちゃんと発動しました。けど、起きないですね」
「瞼は動いてたからな。僕もやってみてもいい?」
「お願いします。使徒様なら大丈夫でしょう」
魔法は想像力。ライルが元気になるのを想像するんだ。魔素が浄化されるのを想像する。
ん?魔素って何で出来てるんだろう?体の中でどこに溜まってるんだろう?あ、心臓って言ってたな。じゃあ、心臓を元気にできればいいのか。それなら簡単だ。前の世界の薬を想像すればいい。
「我が信仰する女神アユーミルよ、その名において彼ものを癒したまえ、治癒」
僕が聖句を唱えるとライルの左胸が輝く。え?大丈夫?今までの治癒魔法じゃこんなこと起こらなかったぞ?
「すごい…」
「ライルさんの左胸に光が集まっていきます…」
エリシャとニーナのお口が開きっぱなしになっている。
「う…俺…」
「ライル!」
治癒魔法の光?がライルの左胸、心臓の辺りで集まって消えた後、ライルが目を覚ました。
「よかった。ちゃんと効いたね」
「流石は使徒様です」
「流石はリュウジさんです」
なぜかエリシャとニーナは自慢気に頷いている。
「ありがとうリュウジ!この恩は忘れない!」
「そうだ。何かあったら俺たちを頼ってくれ。必ず力になる!」
「そうですね~。私、お嫁さんになってもいいですよ~」
「へっ?」
「駄目ですっ!」
ルータニアさんの発言に吃驚していると、必死の形相でニーナが僕に抱き着いてきた。
「なんて~冗談です~。リュウジさんにはニーナさんがいますからね~。でも二番目でもいいですよ~」
「んなっ!ウウー!」
今度はエリシャが唸りながら反対側に抱き着いてきた。
「あら~二番目も駄目でしたか~。しょうがないですね~今日のところは~あきらめましょうか。結構本気なんですけどねぇ」
「ルータニアさん、あんまり揶揄わないでください。ほら二人とも落ち着いて」
「え~、揶揄ってるわけじゃないんですけどね~」
暁の風のメンバーが、ルーにも春が…とか、あの誰にも興味を示さなかったルーが…とか言っている。え?本気?マジなの?
「と、とにかく!ライルを町まで連れて行こう。ほら、スレイン、担架を作るよ」
「あ、ああ。わかった」
リュックサックから棒を二本取り出して毛布を巻き付けて担架を作る。ライルを乗せて男四人で運ぶ。
「これは便利だな。俺たちでも作れるか?」
「ああ、作り方なら教えてもらった。棒が二本あれば大丈夫だ」
担架の前を持っているスレインとガウラスの話が聞こえてくる。今まで担架って無かったのかな?ガルトに聞いてみよう。
「ガルト、担架って見たことある?」
「ん?いや、初めてだな」
「今まで人を運ぶときはどうしてたんだ?」
「背負うか肩に担ぐ」
「そうなんだ」
これ、マーレさんに教えたら商売になるかな?今度会ったときに話してみよう。
「町が見えてきたぞ」
休憩を挟みながら暫く歩いてやっと町が見えるところまできた。ライルも喋れるようになって意識が無かった間のことを聞いていた。
「ん?誰かいる?」
「こっちに走ってきたぞ!戦闘準備!」
僕にはまだ見えないがスレインとタニアには見えているみたいだ。町に人はいなかったんだけどな。
とりあえず敵かもしれない。スレインの号令で担架を下に降ろし、武器を構える。
「んん?あれは…ノルエラか?」
「じゃあ、赤の牙か。有難い、来てくれたのか」
一人こっちに向かって走って来たのは赤の牙のノルエラさん。パーティのリーダーで魔法使いの女性だ。炎と風属性を操る才女だ。確かライルと幼馴染だったかな?気に入らないことがあると暴れるって聞いた覚えがあるけど、前に一緒に依頼を受けた時にはそんなことはなく、普通の女性だったような気がする。
「ライルー!」
全力ダッシュで走って来たノルエラさんは、全く息も切らさずライルのもとへ。
「ん?おお、ノルエラ。どうした?」
「どうしたじゃないわよ!あんたたちから救援要請がきたから飛んできたんじゃない!…って元気じゃない」
ノルエラさんは言葉はきついが、表情はとても心配そうだった。器用だね。
「リュウジたちが先に来てくれてな。しかも回復魔法を使えるのが二人もいるんだ」
「なにそれ。一人欲しいわね」
「一人はリュウジだぞ。もう一人は新顔だ」
「じゃあ新顔を貰うわ」
話が勝手に進んでいくなぁ。でもエリシャは大事な回復要員だからあげないよ?
「わたしの意思を無視して話を進めないでください。わたしは、使徒様からは離れませんよ?」
エリシャが僕の空いている手に腕を絡ませてくる。
「む。そういう関係か。じゃあしょうがないな」
「いや、違うぞ」
「その使徒様ってなんだよ」
ライルが担架で運ばれながら聞いてきた。耳聡いな。聞かれて困ることじゃないけど説明が面倒くさい。
「経緯を話すとちょっと長くなるんだけど、端的に言えば僕が回復魔法を使えるようになったからかな?」
「それ!なんでリュウジが回復魔法を使えるんだ?」
結局話さないと駄目かぁ。
「使徒様は、聖書を読むことができるのです。その聖書は歴代の使徒様も読むことができました。読むことによって神聖力が解放されたのです」
エリシャが僕にくっついたまま得意気に言う。歩きにくいんだけどなぁ。
しかも、そんな大層なことではない気がする。
「その聖書を読むことができるのはアユーミル様に認められた人だけなのです。使徒様はアユーミル様に会うことができるので間違いないですね!」
「女神様に会える!?リュウジ、お前、勇者だったのか!」
「いや、勇者じゃないぞ。確かにアユーミル様には時々会えるけどそんな使命は受けてないからな。僕は勇者じゃないぞ。僕は冒険者だ」
大事なことだから二回言ってみた。ここでアユーミル様のくしゃみのことを喋ると、きっと後で会った時に僕が怒られるような気がするし、そんなこと信じてもらえないと思う。
「ま、そう言う事にしといてやるよ。なんだ、リュウジはリュウジってことでいいんだろ?」
「そうそう」
ライルは適当と言ったら語弊があるが、細かいことは気にしないタイプだから助かる。
ライルを担架に乗せたまま町の入り口まで帰ってきた。ライルは筋肉質だから背負って運んでいたら重くて大変だったろうな。
「ん?ノルエラ!仲間が戦ってるぞ!」
「え?」
町の真ん中を通る道の向こう側で赤の牙の三人が戦っていた。相手は?一人か?
「黒い男?」
まだ少し遠くてよく見えないが、頭にはくるんと巻いた山羊の角が生えている。聞いていた通りの容貌だ。
「やつだ!ライルをやったやつだ!」
「なんだと!」
スレインが叫ぶと、ノルエラさんから凄い圧力を感じる。これは殺気の籠った魔力か?なんにせよ物凄い魔力量だ。ニーナに匹敵するくらいだろうか?
「お前は許さん!私のライルを苦しめたな!後悔するがいい!」
「ノルエラ!」
ノルエラさんはそう言い放つといつの間にか杖を握りしめて駆け出している。走りながら呪文の詠唱をしている。
対する黒い男は、ノルエラの魔力を察知したのかこちらを見てにやりと嗤う。
「ああ、いい感じの人が沢山いるじゃないですか。あなた達でも良いのですが、あちらの方にしましょうか」
「させるか!ラッチャ、ヘールク頼むぞ!」
「任せろ!」
「バックス!無理しないで!」
「おう!」
ラッチャはショートヘアの魔法使いの女性で、ヘールクは男の魔法使いだ。バックスは、でかい盾を持った重戦士。ガルトと同じだな。ノルエラさんがリーダーで魔法使い。魔法に偏った編成のパーティだ。
その三人が黒い男と対峙している。そこにノルエラさんが魔法をぶっ放して戦闘が始まる。
僕たちもノルエラさんの後を追う。




