第百五十二話
一晩何事もなく過ごして後片付けを終え、迷宮町へ出発する。
「前に来たときは迷宮町に行く手前で違う道に行ったんだよね」
「そうそう。迷宮町までの道は変わらないから迷うことはないよ」
この深森迷宮は獣道みたいな道が行く筋も見つかるんだけど、時々なくなったり行く先が変わったりする。森の中に入るときは何か目印をつけながら探索することになる。僕たちはタニアがいるから大丈夫なんだけど、タニアと逸れたら元の場所に帰ってこれる自信はないなぁ。
「じゃあ出発しよう。先頭はタニア、僕、ニーナ、エリシャ、ガルトの順番でいこうか」
もうここは迷宮の中なので、油断は禁物。道があるといってもいつ魔物が出てくるかわからないからね。
この辺りで出てくるのはゴブリンやでっかい蟻、もう少し町のほうまで行くとそれに加えてオークや大きな蟷螂なんかの昆虫型の魔物が増えてくる。怖いのはでかい蜂だな。道沿いに現れるのはゴブリン、オーク、蟻くらいかな?
「右の森に何かいるよ。戦闘態勢!」
「おう!」
一時間半ほど歩いたとき、タニアの鋭い声が。
確かに右側の森の少し奥から葉ずれの音が複数聞こえる。
「おそらくゴブリン!数は三!」
「ガルト!ニーナとエリシャは僕たちの後ろへ!」
「はい」
僕とガルトが剣を抜いて盾を構える。タニアは僕たちの左後方で弓を構えている。
「来るよ!」
タニアの声とほぼ同時に藪の中からゴブリンが飛び出してきた。手には錆びたショートソードが握られている。体にはボロボロだけど革鎧を着ていてゴブリンにしちゃあいい装備だ。
ゴブリンはタニアの予測通り三匹。そのうちの二匹が僕に向かってくる。ガルトのでかい盾を見て僕の方が与しやすいと思ったんだろうか。
「ふっ!」
タニアからの先制攻撃は、僕に向かってきた一匹の右肩に突き刺さりその場で転がる。それを視認して盾をゴブリンの方に少し出すとガツンと言う手ごたえがあった。
視界の端にゴブリンの体勢が崩れたのが見えた。
さらに盾を前方に押し出し右足を踏み込んで下から左上へ剣を走らせるとゴブリンの胴体を両断していた。
その流れで倒れたまま肩に刺さった矢を引き抜こうとしているゴブリンを足で押さえつけてとどめを刺す。
ガルトを見るとすでにゴブリンを倒した後で、剣に着いた血を拭っているところだった。
「使徒様もガルトさんも凄いですね。骸骨の時も思いましたが、なんかこう、型に沿った動きではないんですが淀みがなくて奇麗ですね」
「そう?僕のは自己流だから無駄な動きが多いと思うよ」
「俺もだな」
あたりまえだけど、剣の型なんて何一つ知らないし誰かに師事したこともないから完全な自己流だ。あ、強いて言うなら冒険者組合で教えてもらったのが唯一の経験かな?
「そうなんですか?わたしが知っているのは神殿騎士の動きしかないんですがその人たちにも劣らないと思いますよ」
「いくら何でも煽て過ぎだよ。なあタニア?」
「そうね。でも出会ったときに比べると動きは格段に良くなってる思うよ」
「そうですよ!リュウジさんもガルトさんも凄いです」
「あはは、お世辞でも嬉しいもんだね」
「そうだな」
ゴブリンの魔石を回収し先を急ぐ。
「迷宮町までどれくらいかかるんだっけ?」
「んー、夕方には着くんじゃない?」
ほぼ丸一日かかるってことか。結構遠いなぁ。
「あ、あそこにあるのが迷宮町?」
「そうそう。あとちょっとだから頑張って、リュウジ」
「おう…ってなんて僕だけに言うの?」
「んー、なんとなく?」
「あー、それ…わかります」
「え?わかるの?ニーナ」
「えへへ」
笑ってごまかしたな。まあ、細かいことは気にしなくてもいいか。早く行ってスレインと合流しよう。
「おお、ここが迷宮町か…なんだか寂れてないか?」
「そう?こんなもんじゃない?」
「そうなの?」
町が見えてから歩くこと暫し。道と町の境には木で作った簡素な門があった。
見張りの人はおらず、町もどことなく活気がなさそうに見える。まあ、町と言っても道沿いに家が立ち並んでいるどこかで見た村のような感じだ。ただし町を囲む柵は確りしたものが作られており、所々補修跡が見られるのは魔物の襲撃などがあったのだろうか。
町に入り道を進んでいくと武器屋、道具屋、素材買取屋、宿屋などの看板が見える。店の中には客はおらず店員の姿も見えない。
「店にも誰もいないし、なんかおかしいぞ?何か起きてるんじゃないか?」
「確かに誰もいないのはおかしいな。ちょっとあたし向こうの方を見てくるよ」
「じゃあ僕たちは宿屋に行くから」
「はーい」
タニアは返事をしながら走っていく。そう大きくない町だからすぐに帰ってくるだろう。
「こんばんはー」
宿屋に入って声を掛けてみたけど、誰も出てこない。この町、人いるのかな。
受付カウンターはあるけど人の気配はないし、奥を覗いても誰もいなさそうだ。
受付の壁にかかってる鍵は全室分あるから今はだれも借りていないんだろう。
ん?誰も借りてない?あれ?スレインは?
「おーい!スレイーン!どこにいるんだー!」
「スレインさーん!」
ニーナも大きな声を出してスレインを呼ぶが、返事はない。
「仕方ない、タニアが戻ってきたら一部屋ずつ確認してみようか」
「そうですね」
「使徒様、この宿屋の奥から邪悪な気配がするんですが…」
「邪悪な気配?」
「きっと使徒様にも感じることができると思います。集中してみてください。二階の奥からです」
真剣な顔をしたエリシャに言われたとおりに二階の奥に意識を向けてみる。
「んん?何か黒く感じるものがある…?」
「そうそれです」
確かに二階の奥の方に黒っぽく感じる嫌な気配を感じる。しかもその気配に集中するとなんだか胸がむかむかしてくる。
「この気配は、魔人に関連するものだと思います」
「魔人って?」
「魔人とは、魔神から派生した悪魔が生み出した人類とされています。魔神は三百年前に勇者によって倒され、封印されましたが…」
「えええ?アユーミル様そんなこと一言も言ってなかったよ?」
「でも王都の大神殿には確りと記録がありますので…三百年前に魔神が封印されたのは事実です」
「そうなのね…」
「そんなことがあったんですね…」
今度また神殿でお祈りしてアユーミル様に会えたら確認してみよう。今はまずこの黒い気配の元を見に行ってみようか。
「ただいまー。いやー誰もいなかったわー。あれ?どうしたの真剣な顔して」
「あ、お帰りタニア。今ね、二階の奥から邪悪な気配のするものがあるってエリシャが」
「邪悪ぅ?なにそれ?」
タニアはなんだそれ?っていう感じで信じていない。まあそうだろうなぁ。僕もこれを感じられなかったら同じこと思っただろうし。
「なんだか、魔人に由来するものなんだって」
「魔人?なにそれ?」
「魔人っていうのはですね…」
エリシャがさっきの話をもう一度してくれて、タニアもまあそんなことがあったんだねっていう感じだ。
「で、タニアが戻ってきたら見に行こうかってことになったんだ。それでタニアの方はどうだったの?」
「うん、町の向こう側まで行ったけど誰もいなかったよ。こんなことある?」
町の住人が誰も見当たらないって、どこに行ったんだろう?
「スレインも見当たらないし、とりあえずこの町で何が起こっているのか調べてみるか?」
「うーん、とにかくまずはその、邪悪な気配の元?を確認しに行こうよ。誰もいないんじゃ話聞くこともできないしね」
「そうだな。よし、エリシャ、奥の部屋だよね」
「はいそうです。わたしが先頭で行きましょう」
「僕も先頭でいくよ。エリシャだけだと何かあったら心配だもんね」
「使徒様…」
エリシャには障壁の魔法があるけどすぐに発動できるわけじゃないから、何かあったら僕が守ればいい。
エリシャと並んで階段を上り一番奥の角部屋の前につくと集中しなくても気配がわかるくらいに濃くなった。
「この部屋ですね。入ってみましょう」
「気を付けてください」
内側に開く扉を少し開けると中から何とも言えない嫌な空気?雰囲気?が漂ってくる。
「うっ」
「なにこれ…」
「気持ち悪いです…」
「これは…」
ニーナたちにも感じ取れたのか、皆口元に手を当て顔色が悪くなっている。僕とエリシャは神聖力のおかげか、あまり影響はない。
「わたしと使徒様以外の人は入らないほうがいいですね。ニーナさんたちは下で待っててください」
「わ、わかりました…よろしくお願いします」
「うー、これは駄目だぁ。頑張れリュウジ」
ニーナたちが階段を下りていったのを確認してから部屋に入るために扉を開ける。
「う、っくう…」
「大丈夫?エリシャ?」
「ちょっときついですが、何とか。ちょっと障壁を展開しますね」
エリシャが聖句を唱えると前方に光の膜が現れる。
「ふう、大分楽になりました。行きましょう使徒様」
「よし、慎重にね」
「はい」
部屋の中にはベッドと窓際には小さな机と椅子が一脚あり、その机の上に蓋の空いた箱が置いてある。嫌な感じはその箱からだ。
「あの箱の中身が原因かな」
「おそらくそうですね。確かめてみましょうか」
エリシャと一緒に部屋に入り、机のほうに近づくとベッドの向こう側に人が倒れていた。見えている足元は冒険者がよく履いているようなブーツに見える。
「使徒様、誰か倒れてます」
「あれは…スレインか?」
近寄ってみるとやっぱりスレインだった。俯せに倒れていたが顔は横を向いていたから確認できた。その顔色は青白く生気が感じられなかったが、エリシャの障壁の範囲に入ったら幾分か顔色がよくなった気がする。
「スレイン、大丈夫か?スレイン」
外傷はなさそうで呼吸は安定している。脈も正常だ。意識が無いだけだといいんだけど。
「ぐったりしていて意識が無いようですね。一度部屋の外に連れ出しましょうか」
「そうだね。じゃあ僕が背負うから手伝ってくれる?」
「はい」
倒れた時に頭を打っていたら担架で運ぶのがベストなんだけど、ここにはないからなぁ。長い棒と毛布やシーツ、服があれば担架を作れるんだけど棒がここにはないので担架はできない。
頭や顔に傷がないか確認してみたが大丈夫そうだった。
二人でスレインをベッドに寝かせてから背負って部屋を出る。
「スレインがいたよ」
一階に降りて机を二つ並べてその上にスレインを寝かせる。意識は戻らないが顔色は赤味が戻って呼吸もさっきよりも落ち着いている。
「あの部屋にいたんですか」
「うん。寝台の横に倒れてたんだ。そのときは顔色が真っ青だったけど、エリシャの障壁の中に入ったら良くなったんだ」
「じゃああたしたちもエリシャと一緒だったらはいれるってこと?」
「んー、連れていけても一人かなぁ」
宿の部屋はそんなに広くない。広くないといっても前世のビジネスホテルよりも一回りか二回りくらいの大きさかな。こっちの人たちは荷物が多いから部屋の大きさもそれなりだ。
「あたし行きたい!」
「私も!」
「俺はここに残ろう」
ガルトは残ってスレインをみていてくれるらしい。あとは連れていくかいかないか、か。
どうしようと思ってエリシャを見ると、首を横に振っている。
「連れてはいけますが、何かあったときに守り切れないと思います」
「そうか…そうだな、悪いけどまた二人で行ってくるよ」
「ちぇー」
「わかりました。気を付けてくださいね」
「ありがとう。スレインを頼むね。行こうかエリシャ」
「はい」
また二人でスレインがいた部屋に戻る。あの箱に何が入っているのかわからないけど、まあ、碌なもんじゃないだろうなぁ。気を引き締めておかないと。




