第百五十話
表現の仕方を迷ってしまう。日本語って難しいですね…
「頼む!助けてくれ!」
入口のほうから大きな声が聞こえてきた。
「今行きます!」
クラウディアさんが凄い勢いで部屋から出ていく。エリシャもすぐに後を追って走り出した。
「僕たちも行こう!」
「はい!」
前世は機械系とはいえ医療従事者の端くれだったからな。多少は戦力になるだろう。
ニーナと一緒に声のしたほうへ行ってみる。
診察室というか処置室か?扉のない出入り口から顔を出すと床に敷かれた布の上に血まみれの冒険者が寝かされていた。
その冒険者は、上半身には幾筋もの裂傷があるが血は出ていない。酷いのは右足だ。千切れかけている。何に襲われたのか見当もつかないが、まず間違いなく魔物だろう。
「何にやられたんですかっ!?」
「魔熊だ!深森迷宮の深部でやられたんだ!迷宮町でポーションはぶっかけてきたが右足が治らねぇんだ!」
「酷い…」
熊の魔物か。僕たちじゃまだ戦えないな。ニーナは口元を抑えながら震えている。
クラウディアさんとエリシャは二人で必死に治癒魔法で治療しているが、右足は出血は止まっているが千切れかけたままだ
「リュウジさん!リュウジさんならなんとか出来ませんか?」
「出来るかどうかわからないが……」
右足の欠損部分は少なそうに見える。クラウディアさんが千切れかけた足を持ってくっつけながらエリシャが治癒魔法を唱えているが、くっつきそうでくっつかない。
「何がいけないんでしょうか。神聖力が足りてないの?」
「頑張ってください!エリシャ様」
本当になんで成功しないんだろう?骨折は治せるんだよな?
「ちょっと僕にも手伝わせてくれないか?」
「使徒様!」
「お願いします!」
エリシャとクラウディアさんの間に入ると二人から期待した瞳が向けられる。
「だめかもしれないよ?」
情けないが逃げ道を作っておく。失敗するつもりはないけど、まだどうなるかわからないからね。
「ニーナ、彼に浄化の魔法をかけてくれる?」
「はい。わかりました」
傷口を消毒しておかないと感染症で命を落とすからな。よし、ニーナが浄化できれいにしてくれたからここからは僕の出番だ。
「『我が信仰する女神アユーミルよ、その名において傷を癒したまえ、治癒』」
ニーナは、想像力を働かせて火球をアレンジした。神聖魔法だって同じようなものだろう。
さっきも言ったけど僕は医療系の仕事だった。医療機器の保守を仕事にしていたが、学校では医療について様々なことを学ぶ。解剖学もその一つだ。骨や筋肉、血管についても学んだ。もう二十年以上前のことだけど基本的なことは変わらない。体の仕組みなんて変わりようがない。
「きれい…」
「すごい…」
僕は、骨から外側に向かって順に治っていくイメージを強く思い浮かべながら神聖力を手から放出する。
僕の手から溢れる光の中で足の断端が騒めきながら癒合していく。欠損した部分も増殖して補われてるみたいだ。これなら足の長さも問題ないだろう。
骨、血管、神経、筋繊維の一本一本、皮膚に至るまで綺麗に治った。
「ふう。よかった、何とか治ったね」
しんと静まり返った部屋の中で僕の声が響く。エリシャのほうを見ると物凄い笑顔だった。
しかし、治癒魔法半端ないな。前の世界じゃ手術室で何時間もかかる手術のはずなのに一瞬だったなぁ。しかも細かいところは確り補正がされていたし。
「使徒様っ!」
「使徒様っ!」
「リュウジさんっ!」
「うわっ」
左右と後ろからやわらかい衝撃が来た。
「さすが使徒様ですっ!綺麗な治癒魔法でした!」
「どうやったらあのようにできるのですか?」
左右から同時に話しかけられたら…聞き取れるな。俺凄くないか?
「ありがとうエリシャ。クラウディアさん、後でお話ししましょう」
「あ、そうですね」
運ばれてきた冒険者の男は、足もつながり傷も治ったけど、まだ意識が戻らないので入院することになり、エリシャとクラウディアさんが病室に連れて行った。仲間の二人は、こっちが申し訳ないくらいお礼を言って帰っていった。
「リュウジさんの魔法凄いですね!あんな怪我が痕も残らず綺麗に治るなんて、私信じられません」
「僕も自分でやったけど、まだ信じられないよ。歩いて帰れるといいね、彼」
「きっと大丈夫ですよ」
「間違いなく大丈夫です!」
ニーナと話してたら、病室からエリシャが戻ってきた。
「ちゃんと足も動いてましたし、さっき気が付きましたよ。でも出血が多かったのと治癒魔法で体力が落ちているので暫く冒険者はお休みになりますね。でも必ず復帰できるでしょう」
「そりゃあよかった」
「よかったですね」
「で、使徒様、あれはどうやったんですか?わたしもあそこまでの大怪我を痕も残さず治すなんて初めて見ました」
「あれはね……」
僕が知っている体の構造とかをできる限り正確に、なるべく細かく伝えていく。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに覚えられません!使徒様、その知識を書物に纏めていただけるとありがたいのですが…」
「それはちょっと…いや、かなり面倒臭いなぁ」
この世界で人体を解剖した人はいないんだろうか。教会の書庫とかにないのかなぁ?
「そこを何とか!何とかなりませんか?」
「なりません」
「そんなぁ」
がっかりさせて申し訳ないけど、そんな時間のかかることやってられないし、うろ覚えのところもあるからね。
「人を観察してみるとかってやったことはないのかな?」
「獲物などは解体しますからありますけど、人は…ないですね」
「そうか。まあ動物でも似たようなもんだからな。あ、だから骨折は治せるのか」
「?」
骨の形状、組成は人も動物もそう変わりはない。魔物は知らないけど、動物がもとになっているんだったら同じようなものだろう。筋肉とかも似たようなものだからいいとして、血管の走行はまるで違うからわからないのか。ん?ポーションはどうなんだろう?
「ね、エリシャ、ポーションで治すのと治癒魔法で治すのって違うの?」
「あまり気にしたことがなかったのでわかりませんが、ほとんど同じだと思いますよ。でも骨折などの酷い怪我の場合は、ポーションで治すと変な形のままくっついてしまうことがありますね。そういう時は整復してから使用しています」
この世界に来たころのホブゴブリン戦の時に、肋骨やら鎖骨が折れたのがポーションで治ったのは運がよかったのか。もしかして知らないうちにやってくれてたのかな?
「剣で斬られた傷の時は?」
「? 普通に発動すれば治りますよ?」
「そうか。じゃあさっきのはなんで治せなかったんだろう?」
「あれはきっとわたしの神聖力が足りなかったんだと思います。大きなけがのときはままあるんです」
「そうなのか…」
そうなると大きな怪我の場合は、使用する神聖力の量を増やすことで力尽くで治してるってことかな。クラウディアさんに解剖学を教えてみて治癒魔法の使用回数が増えたら、知識をつけることで省エネになるってことになるか。
今回魔法を使って治したけど、何かが減ったとかそういう感じは全くなかった。魔力の時は使っていくと体がだるくなったりしたんだけど、やはり保有する神聖力量が多いんだろう。
「うーん、本にするのはやらないけど、教えるのだったらいいよ。ここに来た時に一緒に治療しながらなら出来ると思う」
「それでいいです!お願いします」
「いや、教えるのはクラウディアさんね。エリシャは一緒の組だからいつでも教えてあげるよ」
「本当ですか!?やった!」
一瞬尻尾も下がって暗い顔になったけど、いつでもと聞いたら一気に笑顔になって、尻尾も凄い勢いで振られている。嬉しそうだなぁ。
「皆さんお待たせしました。あ、掃除もしてくれたのですね、ありがとうございます」
エリシャと喋りながら三人で掃除もしてたんだ。ニーナが一番頑張ってくれました。
「クラウディアさん、使徒様が知識を与えてくれるそうです。よく聞いて覚えてください」
「はい!ありがとうございます!使徒様!」
それから重症の人は来ることがなく、仕方がないので覚えている限りの知識を披露していった。
イメージができるようになるべく簡単に絵をかいて説明していたんだけど、クラウディアさんが突然自分の腕をナイフで切ったのには驚いた。この世界の人は自傷行為のハードルが低すぎる。もしかして僕の周りだけ?
「うわあ、何やってるんですか!?」
「え?自分で試せば患者さんが来るのを待たなくてもいいじゃないですか。それに痛いのは一瞬ですし自分で治せますから」
「なるほど……」
なるほどとは言ったが、その考えは僕にはよくわからないなぁ。ポーションとか治癒魔法があるから多少痛くても平気なのか?
「確かに消費する神聖力が少ない気がします。しかも今までよりきれいに治ってますね」
自分で治癒した後、床に落ちた血を掃除しながら切った部分を見てクラウディアさんが呟いている。
「凄いですね。知識一つでこうも変わるんですね。もっと教えてください、使徒様」
「いいけど、もう自分で試さないでよ?」
そのうち、自分の足の骨くらい折りそうだ。治癒魔法を使える人はみんなこんななのか?
「ええ?いいじゃないですか。自分のなんですから」
「いやいや、そんなことしたら教えないからね」
「もう…わかりました。やめておきます」
そんなこんなで暫く続けた結果、教える前は八回ほどだったクラウディアさんの治癒魔法はなんと、十二回まで増えた。やはりこの世界の魔法は想像力で補強できることを確信した。
「ありがとうございます。使徒様のおかげでできることが増えました。同僚にも教えます」
「うん、僕もまた手が空いてるときは手伝いに来るよ。その時に教えようかな」
「よろしくお願いします!」
それから暫く通ってみたけど、僕の神聖力はどれだけあるかわからないほどだった。
この治癒院には、一日平均で五人くらいの患者が運ばれてくる。皆骨折以上の重症患者ばかりだ。中には森狼の魔物に腹を裂かれて瀕死の冒険者もいた。
クラウディアさんももう一人のエナさんも頑張っているが、複数個所を治療するとすぐに神聖力が尽きてしまう。残りの患者を僕が診るしかないのだが、僕は何人治療しても神聖力が減った感じがしない。
クラウディアさんとエナさんからずっとここにいてくださいと言われたが、僕は冒険者なのでそう言う訳にもいかないと断った。
「使徒様、今までありがとうございました。教えていただいたことを確りと伝えていきます。また時間がありましたら是非来てください」
「こちらこそありがとう。手が空いたときは手伝いに来るよ。頑張ってね」
「はい、ありがとうございました」
冒険者に回復要員がほとんどいない理由がよく分かった。この大きさの街で二人しかいないほど使える人が少ないし、使えても回数が少ない。そりゃあ危険が大きい冒険者にはなれないわ。というか教会が離さないね。エリシャと出会えたのは本当に奇跡だったね。
「ねえエリシャ、王都の大神殿には治癒魔法が使える人は何人くらいいるの?」
「えーと、わたしを含めて八人ほどです」
「じゃあ、エリシャを仲間にしたら一人減っちゃうことになるね」
「そうですね…あっ!でもわたしは教会から使徒様を探す使命を受けていたので気にしないでください!それに、使徒様を補佐する役目も受けていますから!」
治癒院からの帰り道、エリシャとニーナの三人で歩きながら話していたんだけど、治癒魔法使いのことを話していたら、僕が考えたことを推測したのか、エリシャが焦りだした。
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。リュウジさんも意地悪しないでください。エリシャさんが可哀そうですよ?」
「あはは、ごめんねエリシャ。もう仲間になったんだから返せって言われても離さないよ」
「はあぁぁ、よかったです。もう使徒様も人が悪いですね、ふふ」
治癒魔法のことも大体わかったし、また冒険者に戻ろう。どこに行くかは宿に戻って皆で相談だな。




