第百四十六話
大変遅くなって申し訳ありませんでした。
朝、テント越しの光で目を覚ますと隣にいるはずのガルトがいない。あれ?寝過ごした?今何時だ?明るいってことはもう日が昇ってるのか。
寝袋から這い出して外に出ると、僕を除く皆が椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「おはよう。ごめん、寝過ごした」
「おはようございます、リュウジさん。大丈夫ですよ」
「おはようございます、使徒様。今日も凛々しいお姿ですね」
ニーナの笑顔が眩しい。エリシャは尻尾が凄い勢いで振られている。
「早く顔洗ってきてご飯食べよ?リュウジの魔法鞄、リュウジしか取り出せないんだから皆待ちぼうけだし」
「火は起こしてある」
タニアはお腹に手を当ててご飯を所望か。
「ありがとう、食材出したら顔洗ってくるよ」
確かにパーティメンバーも使うことができれば色々と融通が利くな。今度アユーミル様に会えたときにでも、できるか聞いてみよう。
両方の手を水を掬う形にして、掌から水が湧いてくるイメージで呪文を唱えるとその通りに水が溢れてくる。
僕は魔力が少ないから急いで顔を洗い、ついでに寝癖も直す。清浄の魔法だとすっきりするが、寝癖はそのままで髪だけ綺麗になるんだよね。
「よし、こんなもんかな」
タオル代わりの布で顔と髪を乾かして櫛で整える。
「お待たせ。お、美味しそうだね」
皆が作ってくれたのは、焚火でパンを軽く焼いて、チーズをのせてもう一回温めてちょっと溶けたチーズと厚めのハムを挟んだサンドイッチだ。
「いただきます」
手を合わせて一口頂く。
「美味いな」
「ありがとうございます」
これはニーナが作ってくれたのか。いい感じに溶けたチーズの香りが鼻に抜ける。厚めのハムの歯応えも肉を食べてるって感じで嬉しい。
「久しぶりにホットサンド食べた気がする。やっぱ、美味いなぁ」
ホットサンドとはちょっと違うけど、まあ些細なことだな。
「自分が作ったものが喜ばれるとやっぱり嬉しいですね」
ニーナは、皆からも美味しいと言われて照れ笑いを浮かべている。
「そうだよね。嬉しいよね。僕もいつも皆が美味しいって食べてくれるからね」
「うふふ、リュウジさんが作ってくれた時はもっと美味しいって言いますね」
…可愛いこと言ってくれるじゃないか。頭撫でておこう。
「今日これからどうする?もう一回迷宮に潜って五階層のあの扉の向こうに行ってみる?」
ちょうど皆いることだし、食事後に話し合う。
「わたしはもう少し修行したいですね。元々それが目的だったので」
「あたしはもういいかな?あの地図のお宝も手に入ったみたいだし。お金にはならなかったけどエリシャが仲間になったし、リュウジも神聖魔法が使えるようになったしね」
確かにもこれ以上この迷宮でできることもあまり無いかな?
「私も一度帰ってもいいと思います。エリシャさんが仲間に入ったことを組合に申請しないといけないですし」
あー、そろそろパーティ名を決めないと。
「俺は皆の意見が纏まったらそれに従う」
ガルトはどっちでもいいんだな。じゃあ…エリシャはもう一度潜る、か。で、タニアとニーナは一度帰る。あとは、僕の意見か。
「僕は、エリシャには悪いけど一度帰ろうかと思う。申請した期間はまだ残りがあるけど、受けた依頼もまあこれくらい書き込んであればいいと思うし、ここら辺で一区切りでいいかな」
僕がそう言うと、タニアがパンっと手を一つ叩き立ち上がる。
「よしっ!そうと決まれば早いほうがいいよね?今から撤収して村まで行こうよ。リュウジならすぐでしょ?」
「まあ、そうだね。皆もそれでいい?」
反対意見はないな。皆頷いていた。
「それじゃあ、片付けて出発するか」
「はーい」
テントからリュックサックを持ってきて、机や椅子等を放り込んでいく。
ニーナとタニアは、洗い物をしてくれている。
「凄いですね。そのまま入っていくんですね。はぁー、初めて見ました」
「見たことなかったんだね。僕も最初は驚いたよ。この口より大きい物も吸い込まれていくからね。不思議な光景だよね」
エリシャは魔法鞄に物を入れるところを始めて見たらしい。
「これ、取り出すときはどうなるんですか?」
「ん?収納したときの状態で出てくるよ」
「へー、そうなるんですか。面白いですね」
それからエリシャとお喋りしながら収納作業を手伝ってもらい、村に向けて出発した。
あれから何事もなく村に到着した。
「やっと着いたぁ」
「今日はゆっくり眠れそうですね、タニアさん」
「そうだよ、やっと何の気兼ねもなく寝れる!マットのおかげで野営とは思えないほど体は楽なんだけど、時間だけはどうしようもないからね」
「あれは良い物ですね!わたし、こんな快適な野営は初めてでした!」
エアマットがないと硬い地面の上でマントや毛布を敷いて寝ることになる。僕もキャンプを始めたばかりの頃は寝袋だけで寝ていたから朝起きると体が痛くて大変だった。
他愛もないことを話しながら村長さんの家に到着して、帰ってきた旨を伝えると無事を喜ばれた。良い人だ。
「よう帰ってきたのう。おお、神官のお嬢さんも無事でよかったのう。あの二人の冒険者はちっと前に街に帰っていきおったぞ」
あの二人も無事に帰って行ったのか。良かった。あの時はエリシャを見捨たけど僕たちに会って、頼んでからいなくなったからな。そこまで悪い人たちじゃなかったと思いたい。
「そうでしたか。次に会ったら文句の一つも言ってやりましょう。まあ、それでこの人たちの仲間になれたので良かったんですけどね」
エリシャがちょっと悪い顔をしてからこっちを向いて笑顔を見せている。
「休める家を用意してあるでな。ゆっくり休んでいっておくれ。出発はどうするね?」
それは気を使わなくていいから有難いな。
「ありがとうございます。出発は…どうしようか?」
皆を見ると、タニアは明後日のほうを見てるし、ニーナはお任せしますというように微笑んでいる。まあ任せるってことだろう。
「じゃあ三日後に出ることにします。それまでよろしくお願いします」
「はいよ。そしたら案内するでの、付いてきてくれ」
案内された家は、この村のほかの家と同じ大きさだ。そう言えば、前に行った村の家もこれくらいの大きさだったなぁ。これが標準なのかな?
「寝台が四つしか準備できんかったんで、申し訳ないが何とかしてくれんかね」
「わかりました。大丈夫ですよ、何とかなりますから」
床で寝てもマットがあるから何とでもなる。寝具もあるしね。
「そうか、じゃあ儂は帰るとするか」
「ありがとうございました」
村長さんが帰った後、家の間取りを確認する。
玄関の内開きの扉を開けると板間ですぐに竈と四人掛けの食卓がある。
「椅子も準備してくれたんだな。まあ、ここはいいとして寝室を確認しよう」
奥に続く出入り口から進むと廊下があり扉が二つ並んでいる。これが寝室だろう。
「結構広い部屋じゃないか」
「寝台も大きめですね」
「この大きさならくっつければ三人で寝れますよ」
「じゃあ、ここはあたしたちが使うからね。早速くっつけよう。手伝って」
部屋に入ると十畳くらいの大きさにセミダブルのベッドが二つあった。確かにニーナとエリシャなら狭そうだけど二人で寝れそうだ。タニアと一緒にベッドを移動させる。
ベッドには藁が詰まった敷布団が敷いてある。それを一旦どけてエアマットを横に二枚置いてから敷布団を戻す。
「わあ、ふかふかですね!」
早速エリシャがベッドに寝転んで感触を確かめている。藁の敷布団だとクッション性が皆無に等しいからな。
「次はリュウジ達の方ね」
もう一つの部屋も同じ大きさだ。
「僕たちはくっつけなくてもいいからなぁ。あとはマットだけど…どうする?」
僕が聞くとガルトは、
「俺はあまり柔らかいと腰が痛くなるから、リュウジが使ってくれ」
「いいのか?」
「ああ」
腰が痛くなるのかぁ。話を聞くと、野営の時も使ったり使わなかったりしてたそうだ。
「そういうことなら遠慮なく使わせてもらおう。ありがとうガルト」
でも、敷布団一枚じゃあ硬すぎるので僕の使うベッドに乗っているものをガルトに使ってもらうことになった。
「ああ、これくらいが丁度良さそうだ」
これで部屋割りは終わりだな。あとはトイレか。
この世界のトイレは、汲み取り式ではない。トイレとして使うところにかなり深い穴を掘ってその中にスライムを二、三匹放り込んでおくだけだ。スライムは丸い姿をしたものと不定形なものがいるらしい。
組合にあった危険生物の図鑑によると、丸いスライムは拳より一回りくらい大きく、川や沼なんかの水辺に生息していて動物の糞や死骸なんかを主食としている。人に危害は加えないことが分かっているそうだ。
不定形のスライムは、大きさは一定ではなくアメーバ状。主に洞窟や遺跡の中、稀に迷宮で遭遇することがある。主食はなんでも食べる。なんでもというのは、生きている動物だろうが死骸であろうが、さらには人間であろうが魔物であろうが金属類であろうが取り込めるものなら何でもだ。
岩の隙間とかに入り込んで獲物を待って音もなく捕食する超危険な生物だ。今回の迷宮探索では運良く出会わなかった。
「よし、一通り見れたかな。しかし、トイレか…」
「はい、あとはゆっくりしましょう。飲み物準備しますね」
「ニーナ、よろしくー」
タニアが椅子に座ってニーナに手を振る。
因みに僕はトイレ後にお尻を洗うのが好きなのだが、この世界にはそんなものは無い。しかし、僕が持っているキャンプ道具の中にはあるんだ。お尻を洗う専用ではないけど充電式で持ち運びができて水も温めることが出来る道具が。
この家でトイレを確認してたらそれを思い出した。リュックサックを持ってきて探してみたらあった。
「あったあった…なんで今まで忘れてたんだろう」
「ん?それは何ですか?」
飲み物を持ってきてくれたニーナが机の上に置かれた道具に気が付いた。
「ああ、これはね、足とか汚れたときなんかに洗える道具だよ。持ち運びできて、水を温めることもできるし、水を入れるところが光るんだ」
「へえー」
タニアも身を乗り出して興味深々だ。
この道具も魔道具になってる。充電口があったところに魔石を入れる穴がある。
「ちょっと使ってみようか」
水瓶から柄杓でタンク部分に水を半分入れる。それからゴブリンの魔石を一つ穴に入れてみる。
「ここが光るはずなんだけどな…これか」
この簡易シャワーの道具は、上にタンク、その下に幾つかのスイッチとホース、シャワーヘッドとあとは持ち運べるように持ち手で構成されている。魔石を入れるところはスイッチ部分とは逆側にある。本来の製品だとタンク部分はシリコンで出来ていて折り畳むことができたが、今は摺りガラスみたいだけどプラスチックやガラスじゃない材質で出来ていた。
魔石を入れたらスイッチの横にある緑色の石が淡く光る。
「これで準備完了なのかな?」
スイッチは昔の扇風機のものみたいな出っ張ったやつだ。それが四つ並んでいて、それぞれに記号が彫り込まれている。
「これは電源か。こっちがライトでその隣が加温、で、これがシャワーか」
電源を入れて加温のスイッチを入れる。温まるまでに時間がかかるからね。
「温まるまでちょっと待ってね」
本体に巻き付けてあるホースを伸ばすと二メートルくらいある。ヘッドにはスライドできるボタンが付いていて手元で水を止めることもできる。
「何やってるんですか?」
部屋に荷物を置いてきたエリシャが入ってきた。
「あ、エリシャさん、リュウジさんの魔道具を見せてもらってます。今から動かすみたいですよ」
「魔道具!わたしも見ていていいですか?」
「もちろん」
エリシャが椅子に腰掛け覗き込むように魔道具を見ている。
「水が入っているんですね。その細かい穴の開いた棒みたいなのは何ですか?」
「この先から水が出てくるんだよ。見てて」
桶を持ってきてその中に向けて水を出す。
「わあ!細い水が沢山出てます。結構勢いがいいですね」
「温かい!え?なんで?」
袖を捲って水に触れたエリシャが吃驚している。
ライトのスイッチを押してみるとタンク部分が光る。
「光った!明るいじゃない。それで何に使うのこれ?」
「ん?これはね、野営の時に用を足した後にお尻を洗う用に買ったんだ。だけど専用ってわけじゃないから何に使ってもいいよ」
キャンプ場によっては洗浄便座が無いところも多々あるからね。ライト付きだから夜でも安心だし。
「ええっ!?お尻を洗うの?」
「うん。使ってみる?」
シャワーヘッドのボタンを押して水を止めてスイッチを切る。
「うーん…どうしようかなぁ…」
タニアは悩んでるな。
「最初は吃驚するけど慣れると無しじゃいられなくなるよ」
「私、使ってみます!」
ニーナが意を決した表情で手を挙げる。
「よし、使い方を教えるから、厠でやってみよう」
「お願いします」
以前にも書きましたが、手の調子がさらに悪くなり、手術をすることになってしまいました。
再開できるのがいつ頃になるのかわかりませんが、必ず戻ってきますので見捨てずに待っていてください。
よろしくお願いします。




