第百四十一話
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いつも読んでくださってありがとうございます。
タニアに呼ばれていくと、通路に獣人の神官の女性が床にマントを敷いて寝かされていた。
獣人の神官さんは、丸くなって寝ている。神官服の腰の部分から丸いふさふさの尻尾が生えている。背は小さめで肩までの髪の色は茶褐色、頭の天辺の左右から生えている耳は同じ色の短い毛で覆われている。顔立ちは寝ているからよくわからないけど、美人の部類だろうか。
ま、豆柴…!可愛い!モフモフは耳と尻尾だけだ。触らせてくれないかな?
「わぁ、かわいい犬の獣人さんですね!私と同じぐらいの背丈でしょうか」
「リュウジたちが戦ってくれてる間にこっちに連れてきたんだけど、すぐに気を失っちゃったんだ」
「相当無理してたんだろうな。良く無事でいてくれたよ」
「この子どうしよう?」
「どうしようって、あの二人に連れてってもらえばいいんじゃないの?」
助けてくれって言ってたし、まだ向こうにいるんじゃないかな?
「それがね、あの二人、いなくなってたんだ」
「ええっ?」
「仲間を置いていっちゃったんですか?」
いくら錯乱してたって仲間を置いていくか?……村長さんの見立ては間違いなかったなぁ。
「そういうことなら、んー、そうだなぁ…三階層の安全地帯で、彼女の意識が戻るのを待とうか」
ガルトが獣人の神官を安全地帯まで運んでくれて、見張ってくれていた。
「ありがとう、ガルト。様子はどう?」
「まだ、意識は戻ってないが、呼吸は規則正しい」
確かに呼吸は確りしている。顔色も頬に赤みがあり幾分かよくなっている。
「ニーナ、これって、あたしには魔力欠乏症状に見えるんだけど、どう思う?」
「そうだと思います。休んで顔色が良くなってきてますからね。もう少しすれば目が覚めるんじゃないでしょうか」
魔力欠乏症状は、自分の中にある魔力の七割を使うと眩暈や頭痛などがあり、八割から九割を使うと嘔吐や意識障害がおこる症状のことを言うらしい。魔力を使い切ってさらに使おうとすると死亡することもあるそうだ。恐ろしい。
この神官さんの場合は、あの顔色だったし七、八割くらい使ったんだろうなぁ。死ななくてよかったね。
「しかし、あの二人は何でいなくなっちゃったんだろうね」
「あの死霊にやられて怖くなって逃げたんだと思うよ。あたしだって仲間が皆じゃなかったら逃げの一択だもん」
「鉄級なら逃げたほうがいい」
「そうなの?」
深く頷くガルト。
「リュウジとニーナがおかしい」
おかしいって…この場合は誉め言葉と受け取っておこう。
「そう!それだよね!普通、あれは倒せないよ」
僕はただ剣を振ってただけだ。凄いのはこの剣だろう。
「そうなのか…この剣ってすごいんだなぁ。あと、やっぱり凄いのはニーナの魔法だね」
「頑張りました!」
ムフーと鼻息荒く胸を張るニーナ。出会った頃と比べたら自信も付いたようだし魔法の威力も上がっている。
「あ、気が付きそうですよ」
獣人の神官を見るとさっきまで身動き一つしていなかったが、耳や尻尾がピコピコ動いていて瞼もぴくぴくしている。
「お、ほんとだ」
タニアが彼女の顔のすぐ前に膝をついて覗き込んだらぱちっと目が開いた。
「……ひゃっ」
起きてすぐ目の前に知らない人の顔があったら吃驚するよな。しかも迷宮の中で。
神官の彼女は、目を見開いて顔を仰け反らせている。あ、尻尾が足の間に挟まって、耳もペタンとなってヒコーキ耳だ。
「だ、誰です…か?……はっ、死霊は!…あれ?」
起き上がった彼女は、タニアを見て吃驚し、後ろに飛んで辺警戒しながらりを見回して首を傾げている。
「あはは、吃驚させちゃってごめん、あたしはタニアっていうんだ。死霊はあたしたちが倒したよ。だからもう大丈夫」
タニアが話し掛けるも彼女の警戒は解けない。尻尾はまだ挟まったままだ。
「私をどうする気ですかっ!」
メイスを取り出して構えている。
「いや、どうするって…何かする?リュウジ?」
ここで僕に振るのか。
「何もしないよ。気が付いてよかったね。えーと、僕はリュウジっていうんだ。彼女はニーナで彼はガルト。みんな鉄級だよ」
「警戒しなくても大丈夫ですよ。私たちは何もしないですからね」
僕とニーナが話し掛けると怪訝そうな顔をしながら構えを解いてくれる。
「わたしは、鉄級冒険者のエリシャです。あの…私といた二人は?」
エリシャは、緊張を解いてくれたみたいでメイスを腰のホルダーに戻している。
「あの戦士の二人なら僕たちに助けを求めて来たんだけど、ここに戻ってきたらいなかったんだ」
「なっ!」
エリシャは、「これだから人族の男は」とか「ほんとにもう!」とかぶつぶつ言っている。
「それで、エリシャさんはこれからどうしたい?」
「どうしたい、とは…」
キョトンとするエリシャさんをよく見てみる。年の頃は二十歳くらい?いや僕たちと同じくらいか?顔は動物寄りじゃなくて僕らと同じだ。髪の色は耳と同じ茶色で癖はなく肩のあたりで切り揃えられている。垂れ気味の目で瞳の色は黒っぽい茶色、黒目が大きくて白目が少なく見える。背の高さはニーナと同じくらいだから百五十くらいか。スタイルは服のせいではっきりわからない。胸元にペンダントがあるな。雰囲気的にはほんわかしたお嬢さんだ。
装備は、神官らしく膝下まである神官服でいいのかな?頭を出すところが開いているやつだ。腰から下の部分はスリットが入っていて動きを邪魔しないようになっている。中に鎧とか着けているのかもしれない。足元はブーツと脚甲が見える。
神官服は白地で襟や裾、袖口に青いラインが入っている。シンプルだ。
「迷宮から出て、あの村まで戻るのか、僕たちについてくるか、だね」
「え?ついて行ってもいいの?」
「うん、戻るにしても一緒に行くよ?」
「ちょっと考える時間もらえます?」
僕が頷くと腕を組んで俯き、動きが止まる。でも耳はピコピコしてるし、丸くなってた尻尾は伸びて左右にゆっくり動いてる。
「一緒に行ってもいいですか?」
考えが纏まったらしく顔を上げると尻尾もくるんと丸くなった。
「わかった。ここに来たのは何か目的があって?」
「はい、格好を見ればわかると思いますけど、わたしは神官なので神聖魔法の修練に来たんです」
おお、神聖魔法!回復とか解毒とか出来るのかな?
「それで、死霊系が出るこの迷宮のことを聞いたのでちょうどいいと思ったんです。けど、一人では心もとないので組合で仲間を募りました」
そう言うとエリシャは悔しそうに拳を握りしめる。
「それがあの二人です。死霊系なら任せとけとか言ってました。確かに骸骨や腐肉人なら問題なかったんですが、あれが出てきたら途端に逃げ腰になって、ちょっと触れられただけで二人ともわたしを置いて逃げたんです!」
うーん、どこかで聞いたことあるなぁ。しかもなんだか懐かしい感じだ。
「それ、タニアさんの時と似てますね」
「ああ!」
「ほんとだ!あたしの時と一緒だ!…思い出したら腹立ってきた!」
怒り出したタニアはニーナに任せて話を進めよう。
怪我を治せる人がいてくれれば、戦闘中も危険になる確率が下がるだろう。これを機にパーティに入ってくれないかなぁ?
「じゃあ、暫く一緒に潜る?」
「いいんですか?迷惑じゃないですか?」
「大丈夫ですよ。回復職の人がいてくれれば私たちもありがたいですし。ね、リュウジさん」
「そうだね。タニアもガルトも問題あるかい?」
「ないよ」
「ああ」
そりゃあ二人も賛成だよな。
「ということで、暫くよろしくね」
「はい!よろしくお願いします!」
嬉しそうな笑顔のエリシャ。尻尾がブンブン振られて神官服が波打ってるよ。感情がよくわかるな。
エリシャを仲間に加えて探索を再開する。さっきの場所へは行くのをやめて別の扉へ行くことにした。
「まあ、あそこは後回しにして、違うところから探索しよう。偵察行ってくる」
タニアが早速仕事してる。さすがタニアだ。扉を開けて部屋を出ていく。
エリシャを見ると柴犬らしい小振りだが綺麗な三角形の耳をまっすぐ前に向け尻尾もくるんと丸まって緊張感を漂わせている。メイスは構えていないが、胸元にあるペンダントトップをぎゅっと握りしめている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。まだ本調子じゃないでしょ?まずは僕たちの戦い方を見てもらおうかな」
話しかけると黒目の大きなくりっとした目が僕を捉える。表情も硬くなってるな。
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
「その握りしめてるのってなに?」
エリシャはさっきからずっとペンダントトップを握りしめている。
「あ、これはわたしの信仰している神様の象徴です。これを握ってると少し緊張が解れる気がするんです」
見せてもらうと縦長の楕円を枠に大きな樹と祈る美しい女の人の横顔が彫刻されている。
「へぇ、なんていう神様なの?」
「え?ああ、皆さんも知っていると思いますが、アユーミル様です」
アユーミル様かぁ。あの人何の神様だったかなぁ。そういえば最近神殿に行ってないなぁ。この仕事が終わったら一度行ってみよう。
「ああ、アユーミル様ね。あの女神様は小さくて可愛いよねぇ、こんなこと言ったら失礼かもしれないけど」
「会ったことあるんですかっ!?神殿にある女神像は立派なお姿ですよね?小さくはないはずです!え?小さいんですか?わたしも会いたいですっ!」
しまった、つい喋ってしまった。しかもめっちゃ食いついてきた。どうしよう?
「いや、まあ、あとで、あとでね」
「わかりました!休憩の時に聞かせてくださいねっ!」
しまったなぁ。
「もう、リュウジさん、どうするんですか?」
ニーナが心配そうに傍に寄ってきた。
「どうしよう?何かいい方法ない?」
「んー、もう仲間になってもらえばいいんじゃないですか?探してましたもんね、回復できる人。入ってくれたら教えてあげますって言えば入ってくれますよ、きっと」
「そうだなぁ、駄目元で誘ってみるか。ありがとう、ニーナ」
どういたしましてと微笑むニーナ。眩しいくらいに可愛いなぁ。頭撫でておこう。
これで今年最後の投稿になります。また来年もこのくらいのペースで更新していきます。見捨てずに読んでやってください。
一年間ありがとうございました!




