第百四十話
三階層に降りてすぐにあった安全地帯で休憩を取ってリフレッシュしたところで探索を再開する。
扉を出るとまっすぐな通路が一本あるだけだった。向こうのほうに扉が見える。
「一本道みたいだね」
「罠があるかもしれないから、ちょっと離れてついてきて」
「わかりました」
タニアは床や壁を探りながらじりじりと進んでいく。僕たちは邪魔になるといけないから言われた通り離れておく。
「あった。けど…発動した後、かな?」
「どうした?」
通路を半分ほど進んだところでタニアが止まった。
「罠があったんだけど、どうやら発動したあとっぽいんだよね。ここ、わかる?」
タニアが示したところを見ると、床の一部が少し窪んでいた。これがスイッチかな?
「で、あそこ見て」
更に壁を見ると、三個ずつ横二列に小さな穴が空いているのが分かった。薄暗いからよく見ないとわからないなぁ。
「さらに、こっち」
反対側の壁にすごく細くて小さい針が刺さっていた。
「あれ?五本しかないよ」
「ああ、一本は落ちてたよ。触ったら駄目だよ、毒が塗ってあるから」
「え!?」
危ない、探して拾うところだった。
「やっぱり先に入った三人の冒険者さんが踏んだんでしょうか」
「間違いなくそうだね、足跡がある。大きさ的に男二人に女一人ね」
「罠にかかったのかな?」
一本だけ落ちてるってことは、刺さって抜いたのかもしれないな。向こうは神官がいるから解毒の魔法もあるはずだからそんなに心配はいらないか。
「それはわかんないけど、足跡しかないから大丈夫だったんじゃない?」
「そっか。それじゃ、僕たちも進もうか」
迷宮の罠は、時間が経つと元通りになるようになっているらしい。どのくらいで元通りになるかは迷宮によって違うのではっきりした時間はわからない。
タニアがまた色々調べながら進んでいき、僕たちも少し離れてついていく。
「あとはこの扉だね。ちょっと待っててね」
ドアノブや鍵穴を覗き込んだりしている。かっこいいな、タニア。
「タニアさん、格好良いですね」
小さな声で話しかけてくる。ニーナも同じことを思ったんだな。
「そうだね、普段とは違ってね」
「そこの二人、うるさいよ。集中してんだから静かにして」
「あ、すみません」
「ごめん」
こっちを振り返ったタニアの横顔がちょっと赤くなってた。照れ隠しか。
「ん。大丈夫。罠はないし向こうにも何もいないね。どうやら部屋になってるみたいだね」
タニアが扉を開けて中を覗いてするりと入っていく。待っていると、すぐに扉を大きく開けて手招きしている。
「入ってきていいよ。んで、どれに行く?」
部屋に入ると、三方に扉がある。さて、どうするか。
「足跡を追ってみますか?」
「んー、別に追いかけてるわけじゃないからね。でも、何も指標にするものがないしなぁ」
「それじゃ、足跡を追いかけてみれば?追いつけば話も聞けるし、リュウジがご執心の獣人の神官にも会えるよ?」
「別に執心してるわけじゃないけど…そうだなぁ……やっぱり足跡を追いかけてみよう」
そう決めて、タニアが足跡が向かっている扉の前に行ったら、その扉が勢いよく開けられる。
「きゃあ!」
「タニア!」
扉が向こうに開くタイプだったからぶつかることはなかったけど、ドアノブに手を掛けたところだったから吃驚したみたいだ。
扉から出てきたのは、男が二人。鎧を装備してるから戦士か剣士だろう。というか、先に入っていた三人のうちの二人だろう。二人とも顔色が物凄く悪く土気色になっている。
「ひ、ひぃぃぃ!」
「たすっ、助け、ってくれ!」
「どうしたっ!」
扉から転がるように出てきた二人はどうやら錯乱してるようだ。
ガルトがいち早く駆け寄り、助け起こしている。
「死霊だ!」
「あいつ、置いてきちまったぁ、頼む!助けてくれ!」
「あいつって…獣人の神官か!」
「リュウジ!」
僕が思い当たったとき、タニアから鋭い声が飛ぶ。
「向こうから声が聞こえた!」
「タニア!見てきてくれ!」
「わかった!すぐ帰ってくる」
言うが早いか駆け出すタニア。
「ニーナ、死霊だと魔法でしか倒せない?」
「はい、物理攻撃では無理だと思います。でもそれなら…」
ニーナの視線は僕の左の腰あたりを見ている。
「これの出番だね」
迷宮に入る時に魔石は入れたはずだけどもう一回確認をしておこう。鞘から抜いて鍔の真ん中にある球形部分を開くと赤く染まったビー玉大の魔石が入っている。この状態でほんの少しの魔力を流せば剣身に炎の魔力を纏わせることができる。
「よし、大丈夫だ」
「気を付けてくれ、死霊に触られると体が怠くなるんだ」
戦士の一人が助言をくれる。
「ほかの攻撃方法は何かあった?」
「いや、そのまま襲ってくるぐらいだ。ただ少しでも触れられると立っていられなくなるぐらい怠くなるから気を付けてくれ。しかも触られたことが分からないんだ」
「そうか、ありがとう。気を付けるよ」
休んで少し回復したのか顔色はさっきよりもよくなっている。
そうか、触られただけで怠くなるのか。ドレインタッチみたいなもんかな?
「みんな!急いで!」
斥候に行っていたタニアが帰ってきた。凄く慌ててるな。
「死霊は一体!神官の女の人は魔法で何とか攻撃を防げているけど凄く辛そう!もう余裕がないかも!」
「ありがとう!ニーナ、行くよ!」
「はい!」
「あたしも!」
タニアとガルトも一緒に来てくれる。心強いな。
扉の向こうは通路だ。その少し先にはここと同じような部屋が見える。そこから僕でも感じられるような怖気に似た敵意が漏れ出してきて肌が粟立ってくる。
「リュウジ!攻撃を受けると終わりだよ。生命力を吸い取られて動けなくなっちゃう!」
「わかった!避ければ問題ないんだな!」
「俺も援護する」
部屋に入ると真ん中あたりにフードを被った外見の死霊がいる。レイスって言えば大鎌だろう。しかし、こいつは武器を持っていない。
向かって右側の壁際に獣人の神官の女の子が座り込みながらも杖を掲げて障壁みたいなもので接近を防いでいた。
その顔は蒼白で前髪は額に張り付いている。絶えず呪文を唱えているのか口元はずっと何かを呟いているようだ。
「…彼の敵を撃て、炎矢!」
入口あたりに陣取ったニーナが炎矢を撃つが、死霊はこちらをチラッとみて回避してしまう。
「私が牽制します。リュウジさん、任せました!」
「出来る限りやってみるよ。タニアとガルトは神官さんを避難させて!」
「わかった!」
ニーナの魔法を避けた死霊は、目標をこっちにしたみたいだ。殺気が凄くてうなじがピリピリする。
死霊は空中を滑るように向かってくる。
剣に魔力を流すと蒼かった剣身が赤く染まって熱を発する。
盾は役に立たないから外した。あると使っちゃいそうで怖いから。
剣を体の前で構えて牽制とする。剣に触ってくれればダメージを受けてくれるだろう。
「くっ」
目の前に死霊がいる、それだけで体が縮こまりそうだ。それに必死に抗う。フードの中は暗闇になっていて何も見えないが目の部分だけが青白く光っているのも恐怖を誘う。
音も無くこっちに寄ってきて、手を振り上げたと思ったら目の前に手が出てきた。
「うわっ!」
反射みたいに剣をそっちに動かすと死霊の手が斬れた。
手が斬られたのが痛かったのか、何とも言えない叫び声が部屋に響く。頭が痛くなりそうだ。
フードの中の目に睨まれた気がする。斬り飛ばした手がもとに戻ってる!?霊体だからか?
死霊が両手を振り回して攻撃してくる。早いは早いけど単調だから避けるのは難しくない。
「ぐっ」
膝が落ちそうになる。なんだ?今体の力が抜けた気がする。手は見えてるから当たってないはず。
「リュウジ、死霊のローブが掠ったんだ!服にも当たらないようにしないと!」
タニアが見ていてくれたらしい。ローブが当たってもこれか。中々難しいな。
「火球!……炸裂!」
いつの間にかタニアたちのほうへ移動していたニーナが魔法で攻撃する。しかも威力は落ちるけど、広範囲に散らばる炸裂弾だ。僕のほうにも飛んでくる。
怒り狂っていたのか僕しか見ていなかった死霊は、避けることもせずもろに食らった。僕は何とか後ろに飛ぶことができたけど右腿に当たってしまった。
「あちっ、いてっ」
威力が低いとはいえ、ニーナがそれなりに魔力を込めてるはず。当たったところはズボンが燃えて火傷してしまった。
「すみません!大丈夫ですかっ?」
「ああ、大丈夫だ!」
死霊は、ダメージが大きかったのか悶え苦しんでいる。今なら当てられる。
動くと右足に痛みが走るが我慢できる程度だ。ここで倒しておかないとどうなるかわからない。
「止めだ!」
魔石の魔力で赤く光る剣を真上から振り下ろすと、死霊は真っ二つになって消えていった。
一息ついて、剣を鞘に収納しようと剣身を見るといつもの色に戻っていた。二回攻撃しただけなのにもう魔力が尽きたのか。
「魔石も無くなってるし、あんまり攻撃できないなぁ」
独り言て振り返ろうとしたら、足の力が抜けて尻餅をついてしまった。
「あいてて…」
「大丈夫ですか?リュウジさん」
「ああ、大丈夫。ちょっと力が入らなかっただけだよ」
「死霊の攻撃のせいですか?今はどうですか?力は入りますか?」
ニーナに手を引っ張られながら立ち上がってみる。
「大丈夫そうだよ。うん、大丈夫」
その場で軽く足踏みしてみる、うん、感覚もあるし大丈夫そうだ。今度はちゃんと力が入る。ふらつきもない。
「よかったです。あ、魔石がありました」
ニーナが、死霊が倒れたところにあった魔石を拾って渡してくれた。結構大きい真っ黒な魔石だ。ゴルフボールくらいか。リュックにしまっておこう。
「リュウジー、ちょっとこっちに来れるー?」
「なにー?今行くよ」
タニアが呼んでる。なんだろう?何かあったのかな?




