第百三十八話
「ここが迷宮の入り口か」
昨日一日かけて森を抜け、抜けたところで野営して山に向かって歩く。登山道を発見し、少し上ったところで迷宮の入り口だろう場所を見つけた。山肌にぽっかりと空いた洞窟の入り口だ。
「誰かが野営した跡があるし、ここで間違いないかな」
入り口の前にある平らな場所に焚火の跡がある。村長さんの言っていた三人だろう。
「そうだね。足跡も三人分あるし、間違いないと思うよ。
「まだ朝だから、時間は大丈夫。よし、入るか」
「わかりました。でも少し準備をしてからにしませんか?」
「ワクワクするのもいいけど、確り準備しようね、リュウジ」
タニアに痛いところを突かれてしまったな。初めて入る迷宮に心が躍っていたのは確かだ。
「んぐ、わかったよ。って言っても…」
そんなに準備することあるかなぁ?
「あ、魔石を入れとくか」
剣に魔石を入れておけば魔力を流すだけで使えるようになるからな。間違って魔力を流さないように注意しておかないといけないな。
ニーナが炎の魔力を込めてくれた魔石を一つ入れておく。入れる場所は、鍔の真ん中にある丸い意匠のところだ。
「あとは…ポーション類と…そうか筆記用具だ」
魔力回復ポーションは高くて買えなかったから普通の傷を治すポーションを布で包んで鎧の背中裏側にあるポケットに二本入れておく。筆記用具は迷宮内のマップを描くためだ。
「こんなもんかな。皆はどう?」
「できました」
「大丈夫だよ」
「俺もだ」
「よし、行こうか」
洞窟の中に入ると入口から暫くは自然の洞窟っていう感じだったけど、少し開けた場所に出たら突然明らかに人工物の壁があった。
ランタンで照らしてみてもレンガで出来た塀のように見える。
「こんなところに煉瓦の塀があるなんて…ちょっと調べてみる、リュウジ、明かり貸して」
隊列は先頭から、タニア、僕、ニーナ、ガルトだ。僕とニーナが明かりを持っている。
タニアが明かりを持って壁に近づていくと行く先の地面が動き出した。
「タニア!」
「わかってる!」
動き出した地面から出てきたのは骸骨だった。それが三体。
「骸骨か!ガルト!行くぞ」
「おう!」
三体の骸骨はふらふらしながらこっちに向かってくる。タニアはもう戻ってきたから心配はいらない。
「リュウジ!骸骨は、どこかに魔石がある!それを壊せばいい!」
おお、ガルトが沢山喋ったぞ。どこかにある魔石ね。
「了解っ!」
向かってくる骸骨は、三体とも手に長い骨を持っている。見た感じは大腿骨かな。人か動物の物かはわからいけど、軽いから棍棒としては弱いんじゃないかなぁ。叩かれれば痛いけど。
動きが遅いからなんてことはなさそうだ。少し離れたところで立ち止まって盾を構える。
「油断するな!動きは遅いがしぶといぞ」
隣で同じように盾を構えたガルトから注意が飛ぶ。顔に出てたかな?
「わかった。気を付けるよ」
それにしても暗いな。空間が広くなったから暗く感じる。灯りの魔法を使ったほうがいいかな?
「リュウジさん、灯り飛ばします」
ニーナが僕の考えを読んだように魔法を使ってくれた。僕たちの頭上に灯りが出来る。さっきまでは見えなかったところまではっきり見えるようになった。
「ありがとうよく見えるよ、っと!」
骸骨の一体が持っていた骨を投げてきたのを、盾で弾く。続けてもう一体が骨を叩きつけてきた。
それも盾で弾いてとりあえず袈裟切りにしてみる。ほとんど抵抗なく骨を斬っていく。斬るというか壊すの方が近いかもしれない。ボロボロと崩れていく骸骨だが、すぐに元通りに戻っていく。
「おお、戻ってくな。逆回し再生みたいだ」
「こら、リュウジ、感心してないでちゃんとやって!」
タニアに怒られてしまった。ガルトの方は戦斧で叩き潰してる。あっちの方が早いな。
「ごめん、面白くてね。はっ」
再生しきる前に唐竹割で頭蓋骨から真っ二つにしてみる。
「あ」
胸骨のあたりでキンと音がして骸骨が崩れて粉になっていく。胸骨の裏に魔石があったのか。
「骸骨は討伐証明部位がないのか?」
「魔石が証明部位なんです。それを取り出せば動かなくなるんですけど、なかなか難しいですよね」
「あるところが分かればそう難しくはなさそうだけど、わからないと面倒だなぁ」
ニーナと話しているうちにもう一体はガルトが倒してくれていた。
「よーし、タニア続きをやるか」
「あいよ」
今度は全員で塀に向かう。まだ灯りの魔法が効いてるからよく見えるな。
「あ、あっちに入れそうなところがあるよ」
右手の方に崩れたところがある。そこからなら向こうへ行けそうだ。
「んじゃ、ちょっと偵察してくるよ」
「僕はここの地図を描いてるね」
「私も行きます」
「ありがとう。ガルトはどうする?」
「タニアのほうに行く」
タニアとガルトは崩れたところへ歩いていく。
「じゃあ、ここから右手周りに調べていこう」
「私がランタン持ちますね」
今いる所がほぼ部屋の左端に近いところだ。そこから壁に沿って右回りに進むとこの部屋は半円形だと分かった。分岐する道もなくあの塀で仕切られている部屋になる。
「意外と大きい部屋だったね」
「そうですね。でも自然にできたようには見えませんね」
そうなんだ。入ってきた方は、自然の洞窟らしかったけどこの部屋は所々崩れているが、壁もきれいで人の手が入っているようにも見える。
「まあ、あの塀は完全に人工物だよね。だとするとここもその一部だったのかもしれないね」
「あの塀の向こうはどうなってるんでしょうね。ほかに行けるところはなかったですし」
「あ、二人とも、書き終わったの?」
タニアとガルトは崩れたところの前で座り込んで話していたが、こっちに気が付いた。
「うん。この部屋は半円形で、入り口のほかにはここしか進める所がなさそうだよ」
「へー、そうなんだ。この先は建物の中みたいだったよ。でもね、塀の向こうは臭いんだ。だからあれがいると思うよ」
「あれって?」
「腐肉人だ」
ゾンビかぁ。実際に見るとグロいんだろうなぁ。
「口元を布で覆うと多少は臭いもマシになるんじゃない?」
「大丈夫です!全部私が燃やしますよ!」
ニーナが珍しく張り切っている。
「燃やすともっと臭くなるよ」
「そうですか?ゴブリンの処理と同じですよね?」
あ、そうだった。ゴブリンも燃やしてたな。
「でも屋内だから臭いが籠らないかな」
「もう!愚痴愚痴言わないのリュウジ。燃やすのが一番簡単なんだからね。ニーナにお任せだよ」
「むぅ、そうか。それならニーナに任せるか」
「はい!任せてください!」
「よし、あたしが先頭ね。罠があるといけないからちょっと離れてついてきてね」
タニアがするすると先行する。そうか、罠の可能性のことは抜けてたなぁ。仲間っていいなぁ。
通路は左右に続いていて、人が二人くらい並んで歩ける広さだ。壁には絵が飾ってあったのか額縁だけがあったりしている。
「リュウジさん、行きますよ」
「あ、ごめん」
タニアはランタン片手に通路を左のほうへとゆっくりと進んでいく。
「ここ、踏んじゃだめだよ。矢が出てくる」
タニアが指さすところを見ると床に十センチ四方くらいの四角い囲みが見える。こんなのよく見つけるな。
感心してないで地図書かなきゃ。
「この辺りに罠ありっと」
なんだかゲームやってるような感じがしてきた。方眼紙にマップを描きながらやったっけ。
「方眼紙があったらもっと楽に描けたなぁ」
「ほうがんしって何ですか?」
僕の独り言が聞こえたニーナが不思議そうに首を傾げて聞いてくる。かわいい。
「ああ、方眼紙っていうのは、例えば一メルチ四方のマスが等間隔に並んでる紙のことだよ」
「目がチカチカしそうですね」
想像したのか目をぱちぱちするニーナ。
「そこ、お喋りしてないでしっかりやって」
タニアに怒られてしまった。
「あそこに分岐があるんだ。どっちに行く?」
「僕はどっちでもいいけど…曲がってみようか」
「わかった」
通路は奇麗なわけはなく赤黒い汚れがそこかしこに付けられている。手形があったり、何かをぶちまけたみたいな跡もあったりする。まあ、なんだ、不気味ってことだな。
「みんな、向こうから何か来るよ」
タニアから警告があった。耳を澄ますと、べちゃ、べちゃっと何かが歩いているような音が複数聞こえてくる。ゾンビかな?ゲームとか映像の中でしか見たことがないからな、本物はどんな感じなんだろう。
ガルトと二人で前に出る。タニアは弓で、ニーナは魔法だ。
「ガルト、何か注意することってある?」
「そうだな…噛みつかれると毒状態になったりするから気をつけろ。あとは…倒すときは首を飛ばせ」
「首ね、わかった。噛みつかれても腐肉人にはならない?」
「?ならんぞ」
良かった。毒ならポーションで治せる。
「来るよ」
タニアが言ったすぐ後で曲がり角からゾンビの姿が見えた。ゾンビは壁に半分腐った手を付きながらこっちを見る。四体も。うわぁ、顔も体も腐りかけじゃないか。しかも臭い。すごい臭い。
「これは、堪らんな」
今回はこのままやるしかない。
ゾンビも骸骨と同様に動きは遅い。倒すだけなら簡単だ。
「臭いし、さっさと倒してしまおう」
「頑張ってください、リュウジさん」
ニーナの応援があれば頑張れるぞ。ヴーとかガーとか言いながらこっちに歩いてくるゾンビの首を狙って剣を振る。肉を断つ感触と骨を断つ感触があって首がコロンと落ちる。
「うわぁ、まだ動いてるよ…」
首が落ちて倒れた後も手を動かして前に進もうとしている。頭の方も口をパクパクしていて、虫みたいだ。
「リュウジ、止まってないで手ぇ動かして!ニーナに焼いてもらうから一纏めにして」
「了解!」
止めた手をまた動かして首を落とす。触るのも嫌だけど足先で蹴とばして纏める。ガルトも済んだみたいだ。
「ガルト、リュウジ、離れて」
「…火球」
タニアからの号令で急いでその場から離れると、ニーナが放ったちょっと大きめの火球が飛んできて、まだもぞもぞと動いているゾンビを焼く。
「やっぱ、臭っさ!」
たんぱく質が焼ける臭いだ。あ、そうだ。
「送風の魔法を使ってみよう」
右手を前に出して呪文を唱える。想像するのは、業務用の扇風機だ。
右掌から凄い勢いで風が吹く。
「ああ!火の勢いが凄いことになってますよ!」
「あれ?」
失敗した?
ゾンビを燃やしてる火はもともとは魔力でできた炎だけど、可燃物についた火は普通の火だ。普通の火って言い方はおかしい気もするが、ほかに言い表せないなぁ。
「あ、消えちゃいました」
「こらぁ!リュウジ!なにしたの!」
風に煽られた火は、一旦は大きくなったが風の勢いが強すぎて消えてしまった。
「ごめーん、臭いが来ないようにと思って送風の魔法を使ったんだけど、想像したのが強すぎたみたいだ」
「もう!またニーナに魔法使ってもらわないと駄目じゃん!」
「タニアさん、もうほとんど燃えちゃってますから大丈夫だと思いますよ」
確かにほとんどが燃えてるな。あとは、端っこに寄せとけば大丈夫か。まだ煙が出ているものを足で踏みつぶして消火して通路の端に寄せておく。
「これでいいかな」
ニーナの火球はかなりの火力だったみたいで焼け残ったものも炭化していた。
「はい、大丈夫だと思います」
ニーナにお墨付きを貰ったので先に進もう。
「よし、先に進もうか」
この先は何があるんだろうね?




