第百三十一話
ニーナと一緒に進んでいくと広い空間に出た。
「あ、遅いよー、あたし一人で大体見てきたよ」
「何かあった?」
「何にも。はずれだったね」
あったのは錆びた剣とか短剣、食い散らかされた食料の残りだったそうだ。捕まってる人は居なかったみたいで一安心だね。
「村を襲うわけじゃないからお宝はないか…」
タニアが露骨にがっかりしている。目的は魔石だからね。
「残念でしたね、タニアさん。でも魔石はあったから良かったじゃないですか」
「まぁね。じゃ、次に行こうか」
三人揃って戻るとガルトが両手に魔石を持って待っていてくれた。耳は麻袋に入れてくれている。
「ありがとうガルト。いくつあったの?」
「十二個だ」
「あと三十八個か。先は長そうだな」
目標は五十個。あと四か所くらいあれば足りるかな?
「さあ、サクサク行くよー」
タニアの先導で次の標的に向かう。
あれからゴブリンの巣を二か所襲って二十四個の魔石が手に入った。全部で三十六個。あと十四個だけど今日はもう夕方前なんで帰ることになった。遅くなると乗合馬車がなくなるからね。
「今日は順調だったねー」
揺れる馬車の中でタニアが嬉しそうにニーナとおしゃべりしている。馬車は貸し切りだ。
「そうですね、タニアさんのおかげですね!」
「明日には揃いそうだな。明日も頼むよ、タニア」
「まっかせなさい!」
タニアは褒められてどんどん胸を張って、ブリッジするんじゃないかってくらいになっている。器用だなぁ。
「ニーナ、宿に帰ってご飯食べたら今日採れた魔石に魔力付与しよう。いい?」
「はい!リュウジさんの部屋に行きますね」
「じゃあ、あたしは出かけてくるよ。情報収集に行ってくるね」
いつも有難いなぁ。ニーナがタニアに小突かれている。なんだろ?
「俺は…どうしよう?」
「ガルトは疲れただろう?早めに寝たらどうだ?」
ずっと引付役をやってくれたから疲れてるだろう。
「そう…だな」
僕がそう提案するとガルトも了承した。そしたらタニアがさらにニーナの背中をバンバン叩いていた。なぜかニーナの顔は真っ赤になっている。
「タニア、ニーナが痛そうだぞ?」
「だってさ~」
タニアはにやにやして真っ赤な顔のニーナを覗き込んでいる。なんだろう?……あ!
「ばっ、バカタニア!そんなことするか!」
「え~?やんないの~?残念、ニーナ」
昨日の続きを期待してるんだろう。ニーナも耳まで真っ赤になって僕を見つめてくる……ニーナが一番期待してる!?
そんなことをしているうちに街に到着した。
「兄ちゃん、がんばれよ~」
御者のおっさんに応援されてしまった。恥ずかし!
「よーし、組合に行くか。魔石は売れないけど、討伐証明分の報酬は貰わないとね」
途中で大蟻も五匹倒してるからそれなりな稼ぎにはなる。
「しかし、深森迷宮って魔物の種類が少ないのか?」
今まで出会ったのは、ゴブリン、オーク、大蟻、蟷螂ぐらいか?
「ああ、迷宮町の向こうまで行けばもっと違うのもいるよ。あたしたちが探索してるのが浅いところだからね、そんなもんさ。もっと奥には大蜘蛛や狼や擬態樹トレントに邪妖魔トロールってやつもいるって話だね」
タニアも迷宮町の奥まで行ったことはなくて、以前迷宮町に行ったときに聞いた話だそうだ。
「でっかい蜘蛛にお化けな樹木かぁ。見るだけ見てみたいなぁ」
「今のあたしたちじゃあ、見つかったらすぐに全滅だと思うよ。ね?」
タニアがガルトに同意を求める。
「そうだな」
神妙な面持ちで肯定するガルト。ガルトは行ったことあるのかな?
「今のところは蟻とゴブリン、オークでいいのか。もっと強くなったら挑戦してみたいなぁ」
「そうですね」
「それよりも当面の目標は新しい迷宮でしょ?早いとこ死霊系の対策終わらせないと、いつまでたってもいけないよ」
そうだった。明日も頑張らないとだな。
「おかえりなさい、皆さん」
今日も受付にはミレナさんがいる。表情はあまり変わらないけど、声の感じからは嬉しそうなことが伺える。
「今日もゴブリンと大蟻です。よろしくお願いします」
カウンターの上に麻袋を置いて大蟻の頭を一つ出す。
「大蟻は何匹ですか?」
「全部で五匹です」
「それでは、あちらの解体倉庫へお願いします」
札を受け取り、ミレナさんに言われた通りに解体倉庫へ行き、大蟻の素材を出していく。
「いつもありがとよ。お前らが来てからよ、よく大蟻の素材を持ってきてくれっから、皆感謝してんだぜ」
解体倉庫担当のおっさん(おっさんといっても前世の僕より若い三十八歳らしい)になぜか感謝された。
「あ、そうなんですか。それはよかったです」
「ほかの冒険者さんはあまり持ってこないんですか?」
ニーナが僕も聞きたかったことを聞いてくれた。
「そうだな、大蟻は結構でかいだろ?あんたみたいにマジックバッグ持ちじゃないと持ってこれても一匹分くらいだからな。沢山持ってきてくれるのはあんたらくらいのもんじゃないか?これからもよろしくな」
引き換え札を渡されて解体倉庫を出る。あとは報酬をもらって帰るだけだ。
「よーし、今日の仕事は終わりっと。さぁ、帰ろうか」
札を出して報酬を貰い、みんなで分ける。
「じゃあ、帰ってやりましょうか、リュウジさん」
「おう。まずはご飯食べよう、ご飯。おなかすいたよ」
今日の晩御飯は醤油と味噌を買ったあの店にした。美味しいから定期的に食べたくなる。
「いやー、美味かった。オーク肉の野菜炒め、最高だったなぁ」
「美味しかったですね」
「また来たいね」
「…」
ガルトは何も言ってないが満足そうだ。
「じゃあ、あたしはこのまま情報収集してくるよ。リュウジ、荷物まかせていい?」
「いいよ。宿に帰ったら部屋に置いとくからな」
「それでいいよ。よろしく~」
タニアは短剣だけ持って町に消えていく。置いていった荷物をリュックに入れて三人で宿へ帰る。
「私たちは魔力付与ですね。全部付与しましょう」
「ニーナはやる気満々だなぁ」
宿に帰ってニーナと一緒にタニアの部屋に入って荷物を置いてから僕の部屋で魔力付与を行う。リュックサックから魔道具を取り出し蓋を開けて魔石を十個づつ入れていく。
「全部火属性でいいんですよね?」
「うん、それでお願い」
魔石は三十六個あるから四回だ。一回五分もかからないからすぐに終わるな。
「はい、これで終わりですね」
三十分かからないで終わった。ニーナの魔力はほとんど減っていないらしい。
「ありがとうニーナ。これからどうしようか」
僕がそう問いかけた瞬間、ニーナの目が僕を捉えて離れない。
「ど、どうした?ニーナ。じっと見つめられると照れるよ?」
「リュウジさん、タニアさんはいません。ガルトさんも大丈夫です。前の続きをしたいんですけど…」
そう言いながら腕を絡めてくる。おおぅ、ニーナがぐいぐいくるなぁ。
「お願いです」
なんでこんなに必死なんだろう?しかしこの上目遣いは反則だ、可愛すぎる。
「いやいやいや、ちょっと落ち着こう、ね、ニーナ。落ち着いて」
何とか理性を総動員してニーナを剥がす。理由を聞いてみよう。
「駄目ですか…?」
「駄目じゃない…けど、ちょっと待って」
一旦、ニーナを落ち着かせて話を切り出す。
「ニーナ、急にどうしたんだ?何をそんなに焦ってるの?」
ベッドに並んで座り優しく聞く。
「…リュウジさんも私も冒険者ですよね?」
「うん、そうだね」
「だからいつかは大怪我をしたり、死んでしまったりすることもありますよね?今までもありましたよね?リュウジさんは剣士なのでその確率が私よりも高いですよね?」
「そうだね」
出会って間もない頃に角ウサギが魔物化した奴にやられたな。あとゴブリンの強制依頼のときにも死にそうになったなぁ。
「私はリュウジさんのことが大好きです。こんな気持ちになったのは初めてなんです。今までも好きな人がいたこともあったんですけど、その時とは違って、リュウジさんがいなくなることを考えると、もう…もう胸が痛くて…苦しくて…」
そこまで想われるのは嬉しいけど、ちょっと情緒が不安定だなぁ。
「大丈夫だよ、ニーナ。僕もニーナことが大好きだし、死なないように頑張るよ。怪我することもあるけど必ず生きて帰ってくるからさ。一緒に女神様にもお願いしに行こう」
下を向いて胸の前で手を組むニーナを優しく抱きしめる。
「大丈夫。ニーナを置いて逝ったりしないから」
「…絶対ですよ?」
ニーナも僕の背中に手を回してぎゅっと抱き着き、顔を胸に擦り付けてくる。
「あ、鼻出てない?」
小声で冗談めかして聞いてみる。
「!?出てないです!」
弾かれたように上を向くニーナの唇を僕ので塞ぐ。吃驚して目を見開いたけどすぐに閉じる。そのまま舌を出してニーナの唇に沿わすとニーナも舌を絡めてくる。
「ん…」
ニーナから吐息が漏れ、後ろに倒れていく。
「優しくしてくださいね」
「ああ」
外はもう暗くなっている。部屋には燭台の明かりで薄暗いなか、ニーナの綺麗な身体が幻想的に、時に激しく、蠟燭の頼りない炎で照らされ揺らめいていた。




