第百二十八話
結局徒歩で行くことにして、七日分の食糧やらポーションとか薬品などの買い出しを終えて本日は解散になった。
「リュウジたちの宿は、空きがあるか?」
ガルトが真剣な表情で聞いてくる。
「確かあったと思うけど、一緒に行って聞いてみようか」
「ああ」
真剣な表情で聞いてくるから何事かと思ったけど、宿を変えたいだけだった。確かにいつまでも組合で待ち合わせってのも面倒臭いしね。同じところだったらそのほうがいい。
みんなで宿まで帰って聞いてみるとあと一部屋空いてるとのことだった。
「よかったですね、ガルトさん」
「ああ」
ガルトは、嬉しそうに微笑んでから宿を引き払ってくると言って今の宿へ。
「そういえば新しく見つかった迷宮は、自由に入れるの?」
立ち入り禁止になってないといいけどな。組合の調査が終わるまで入れませんって可能性もあるし。
「大丈夫だと思うけど、今から組合行ってミレナさんに聞いてみる?」
「ガルトが帰ってきたらそうしようか」
って言ってたらガルトが現れた。荷物は背嚢一つだけだ。
「あ、ガルトお帰り。部屋に荷物置いたら組合に行こう」
「わかった」
ガルトは背嚢一つだけだったからか、すぐに出てきた。
「んじゃ、いこっか」
四人で組合に行くと、時間的なものかとても空いていた。受付を見るとミレナさんと見たことのある受付嬢が座ってたので迷うことなくミレナさんのところへ行く。
「あら、皆さんお揃いで。こんな時間にどうしました?」
ミレナさんは優しく微笑んで、耳をピコピコ動かしている。機嫌がよさそうだなぁ。
「明日から半島に新しく見つかった迷宮に行こうと思ってるんですが、行っても入れますか?」
僕が話した瞬間、ミレナさんの笑顔が固まり耳の動きもピタッと止まった。
「なんか、まずいこと言いました?」
「いえ……そうですね、あの迷宮に行きたいのですか……あの、あまりお勧めはしません」
「え?なんで?あたしが聞いた話だとそんなに危険はなさそうだったんだけど」
「ええ、危険はあまりないんですが出てくる魔物が骸骨スケルトンや腐肉人グールといった死霊系みたいなんです。ですので慣れていないと大変かもしれません。臭いも酷いですし」
スケルトン!グール!やっぱりいるんだ!実物が見てみたいもんだ。
「なんでリュウジさんはそんなに目をキラキラさせてるんですか?」
ばれないように、俯いてたのに下から見上げてきたニーナにワクワクしてるのを見られてしまった。
「ぅえ!?そんな顔してた?…いやあ、そういうのは初めて見るからさ」
「あ…そ、そうでしたか…」
後半を小声で言うと、ニーナも僕の境遇を思い出したみたいでごまかそうとしてる。話題を変えよう。
「お勧めしないってだけで、行ったら駄目じゃないんですね?」
「そうですが…その、装備や道具を色々と準備をしていってくださいね。骸骨や腐肉人は単体ではそんなに強くないですが、数が多いと大変なことになる時もありますから」
ミレナさんは本当に心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫ですよ。ガルトも入ってくれたし、今まで以上に出来ると思いますから」
僕がそういうとミレナさんの表情がさらに曇ってしまう。
「ガルトさんが入った組パーティは、皆さんそう仰っていました。それでああなってしまったので…」
ああ、そうか。今までのことがあったか。ミレナさんは申し訳なさそうにガルトを見つめていた。
「大丈夫ですよ。行ってみて危険だったらすぐに撤退しますから。引き際を間違えることはしません」
今までだって安全マージンは十分にとってたからな……とってたよな?思い返してみると…あまり自信がないなぁ。ま、できる限りは取ることにしよう、当たり前か。
「必ず帰ってきてくださいね。待ってますから」
ミレナさんはガルトさんを見つめながら呟く。んー?…そういうことかぁ。
「まあ、少なくともガルトは大丈夫だと思いますよ」
「え?あ、いえ…その…皆さん無事に帰ってきてください…」
猫みたいな外見なので顔色はわからないけど、耳を伏せて俯いてしまった。きっと今真っ赤になってるんだろうなぁ。
「ありがとうミレナさん。気を付けて行ってくるね」
ミレナさんに手を振って別れる。
「組合ここの酒場で軽く打ち合わせしよう」
ミレナさんからいい情報が貰えたので皆で話し合っておいたほうがいいな。
「んじゃ、何か頼もう。すいませーん!」
タニアがさっそく給仕のお姉さんを呼んであれこれ注文し始めた。
「しかし、出てくる魔物が死霊系か。骸骨に腐肉人って言ってたよね。あとはどんなのがいるのか知ってる?」
タニアが頼んだ料理やおつまみをみんなでつまみながら打ち合わせる。
「よく聞くのは幽霊ゴースト系だね。死霊とか嘆女とかね。こういうのには神聖系統の魔法が特攻だし、聖水もよく効くよ。あ、あとは炎系の魔法か、ね?ニーナ」
幽霊の類は怖いし物理攻撃が効かなさそうなんで面倒臭そうだな。
「そうですね。神聖系統ほどではないですけど有効ですね」
「じゃあ、新しい迷宮に行ったらニーナに頑張ってもらおう」
「あ、そういえばさ、リュウジの剣って魔石が嵌めれるって言ってたよね。あれ買わないの?なんだっけ、魔石に魔力を込めるやつ」
錬金術用の道具か。そういえばそんなこともあったなぁ。セトルの町では買わなかったんだっけ。
「そういえば……忘れてた。ニーナ売ってるとこ知らない?」
「錬金術の道具屋さんですよね。わかりますよ」
「じゃあ、明日行かない?」
「行きます!」
勢い込んで返事をしたニーナはとてもいい笑顔だ。
「二人はどうする?」
タニアとガルトに聞いてみる。
「行くわけないじゃん!馬鹿リュウジ!」
なんで罵られた?
「俺もいい」
「二人で買い物よかったねー、ニーナ」
「はい!」
あ!二人で買い物ってデートか。全く意識してなかった。タニアに罵られるのも仕方ないか。
「リュウジの剣の炎の魔石で魔力を纏わせられたら死霊系も斬れそうだよね」
「そうだといいね。ゴブリンの魔石も結構あるし、ニーナに頼めば魔力を籠めてくれるしね」
「任せてください。私の魔力がなくなるまでやりますよ!」
ニーナの魔力がなくなるまでやったらどれだけ出来るんだろう。
「一個の魔石にどれぐらい魔力が入れれるんだろうね」
「やったことないのでわかりませんが、大きさ的にはそんなに入らないと思いますよ」
ゴブリンの魔石は、一般的なビー玉くらいの大きさだ。形も球状でぱっと見黒っぽいビー玉に見える。こればっかりはやってみないことにはわからないな。
「よし、魔石のことは二人に任せよう。で、あたしは迷宮に入ったら罠を探しながら偵察だね」
職業が盗賊シーフのタニアは、迷宮とか人混みの中とか得意分野だから大いに活躍してもらおう。
「俺は、いつも通りでいいか?」
「そうだなぁ、骸骨や腐肉人なんかの物理攻撃が有効な敵に対してはいつも通りで問題ないだろうから、それ以外の時は僕とニーナで対処かな?」
ガルトの武器なら骸骨なんて一撃だろう。あの戦斧だもんな。盾でもいけちゃうかもしれない。
「食べ物もなくなったし、今日はこれくらいにして明日から迷宮用の準備をしよう。出発は魔石ができ次第になるかな?」
結構頼んだのに気が付いたら全部無くなってる。
「そうだね。ニーナ、明日は楽しんできてね」
「もちろんです!」
仕事の準備なんだけどな…ニーナが嬉しそうだし、まあいいか。
錬金術用の道具屋にやってきた。名前は…擦れててよく見えないな。
「以外に普通な外見だな」
もっとごちゃごちゃした、なんだか怪しい雰囲気の店を想像していたんだが。
「そうですか?セトルのお店もこんな感じでしたよ?」
扉を開けて中に入ってみると外見とは違って何に使うのかよくわからない色々な道具が、壁の棚や陳列棚に所狭しと並べられていた。
「おおー、すごい数の道具だなぁ。それっぽいなぁ」
「うわぁ、凄いですね。何が何やらさっぱりわかりませんが、凄いですねぇ」
「いらっしゃいな。今日は何をお探しですか?」
「うわっ、吃驚した」
突然後ろから声をかけられた。おかしいな?まだ何となくだけど、気配を感じることが出来るようになってきたはずなんだけどなぁ。
「私も全然分かりませんでした」
ニーナも吃驚している。声をかけてきた人は、若くはないが綺麗な女性だ。
「あの、魔石に魔力を込める道具ってありますか?」
「ええ、ありますよ。ちょっと待っててくださいな」
女性はそう言うと右側の壁の棚にある箱形のものを持ってきてくれた。
「これがそうですよ。説明しましょうか?」
「ぜひお願いします」
ニーナと一緒に店主の説明を聞く。
「これは、箱形の魔力付与器ですね。まず蓋を開けて魔石を中に入れ、蓋を閉じて箱の両側を手で挟み込んで魔力を流すとここにある宝石が光りますので、光が消えるまで魔力を流してください。光が消えたら中の魔石全てに魔力が充填されています」
「流す魔力の強さはどの位まで大丈夫なんですか?」
ニーナの魔力はかなり多いし、最近は一度に出せる限界がかなり多くなっているそうだ。
「そうですね。あまり急激に流しますと中の魔石が粉々になることが確認されていますので、程々がいいと思います」
「わかりました。どうします?リュウジさん。私はいいと思いますが…」
今のでわかるのか。程々って人によって違わないかな?まあニーナに任せよう。
「それはいくらなんですか?」
ここにあるほとんどの道具には値札が表示されてない。今まで見たこともない道具だし、全く見当がつかないからちょっと恐ろしい。
「これは、金貨二枚と大銀貨三枚です」
それくらいなら買ってもいいかな?この剣が使える間はこれからも使うだろうしね。
「わかりました。ください。あ、現金の持ち合わせがないので組合で引き出してからまた来ます」
「ありがとうございます。冒険者組合の口座ならこの場で取引できますよ?」
「え?出来るんですか?じゃあお願いします」
すごいなこの冒険者証。そんなことも出来るんだ。
冒険者証を渡すとカウンターの向こうから小さな水晶球を取り出し、冒険者証をその球の上にかざすと水晶球が一瞬光る。
「はいありがとうございます」
返してもらった冒険者証を首にかけて鎧の下に仕舞う。店主は羊皮紙を取り出して何かを書き始めた。
どういう仕組みなんだろう?聞いてみようかな。
「これってどうなってるんですか?」
一瞬何を聞かれたかわからなかったのかキョトンとした顔を見せた店主さんだったが、僕が水晶球を指さすと軽く説明してくれた。
「この水晶球は冒険者組合から貸し出して貰っているんです。これに組合証をかざすとその人の情報が日時と一緒に一時的に保存されるので、何をいくらで購入したかを書いてそれと一緒に後から組合に行けば代金を貰う事が出来るんです」
ほかにも商業組合からのもあるんですよと言って同じ水晶球を見せてくれた。間違えないんだろうか?
「へぇー、凄いですね。でも同じ水晶球に見えますが…」
「時々間違えますが、間違えるとかざしても光らないのでわかるんです」
専用なんだ。すごい魔道具だなぁ。すごいのはこの冒険者証もだな。これにその人の情報が刻んであるってことだもんなぁ。魔法って凄い。
「リュウジさん、そろそろ行きましょう。早く試してみましょうよ」
なぜか、ちょっと不貞腐れた顔をしたニーナに袖を引っ張られた。
「ああ、じゃあ行こうか。ありがとうございました」
「こちらこそ。またいらしてくださいねぇ」
購入した魔力付与器をリュックに仕舞って宿へ帰る。ニーナは早く使いたくてうずうずしてるようだ。繋いだ手を引っ張って早く帰ろうとしてる。かわいいなぁ、もう。




