第百二十四話
森の中を歩くこと二十分くらい。タニアの言ういい場所に着いた。
「ここだよ。どう?いいでしょ?」
「ほんとだ。いいとこだね」
そこは小さな川の河原だった。周りは開けていて日当たりが良くて明るい。
「じゃああたりを索敵してくるよ。リュウジたちは準備よろしくね。十分くらいで行ってくる」
そう言って森の中に入っていくタニア。
ニーナと一緒に準備を進めておこう。
「まずは、椅子と机を出してっと」
リュックサックから折り畳みの椅子三脚と机を出して組み立てる。
「ニーナ、僕は火を焚くから手伝って」
焚火台を取り出して焚き付け用の細かい木材に生活魔法で火を点けていく。火が大きくなってきたら炭を放り込む。端っこのほうに薬缶を置いて湯を沸かしておく。
「はい、わかりました。私は、食材の準備をしてますね」
取り出すのは湯を沸かす鍋と食器類だな。あとは食材だ。
「何が食べたい?」
「うーん……あ!パンに具材を挟んだのがいいです。中身はお肉で!」
サンドイッチね。じゃあ使うのは、オーク肉と葉野菜くらいかな?あとは、バターか。粒マスタードがあったらよかったんだけど、めっちゃ高くて、買うのを断念したんだよね。大匙いっぱい金貨一枚なんて手が出ないよ。
オーク肉の塊と野菜を取り出して、ニーナにお願いして野菜を洗ってもらう。豚肉の上位互換のオーク肉はベーコンくらいの塊に切ってからちょっと厚めの薄切りにしてもらい、焚火で温めたフライパンで焼いていく。
ニーナは、丸パンの真ん中に切れ目を入れてもらい焚火の隅のほうで温めていく。フライパンのオーク肉がじゅうぅぅと美味しそうな音を立てて縮んでいくのを見ながら塩胡椒をパラパラとちょっと濃いめに振りかけておく。冒険者は肉体労働なので基本的に塩は濃いめが多い。というかこの世界は機械がないので人力が基本。だから食堂はどこも味付けが濃いめだ。僕は、地球では血圧が高くて味付けは減塩だったから最初は塩分が濃くてびっくりした。今はもう慣れたけどね。自分も体動かしてるし、若くなってるし前よりはかなり健康的だと思う。
「ニーナ、パンがあったまったからバター塗って野菜挟んでくれる?もうすぐ肉も焼けるよ」
「わかりました。うふふ、美味しそうな匂いです」
嬉しそうにパンに言われたとおりに動いてくれるニーナ。そこにタニアが帰ってきた。
「ただいまっと。周りは大丈夫。あー、いい匂い!おなか減ったよー」
焼けた肉をパンに挟んだらサンドイッチの出来上がり。それぞれのコップに飲み物を注いだら完成だ。
「さあ、食べよう!いただきます」
「いただきます!」
「おいしそー!」
丸パンは日持ちさせるためにカッチカチに焼かれている。でも水を含ませた布でくるんでちょっと置いてから炙ってやると比較的柔らかくなって食べやすくなる。最初は水を掛けて焼いてみたり、水の分量を間違えてべちゃべちゃになったのもいい思い出だ。色々と試行錯誤して美味しく食べれるようになるととてもうれしい。
「あー美味しかった!」
「ごちそうさまでした!また作ってくださいね、リュウジさん」
「これぐらいのならいつでも」
食べ終わった後の洗い物は、タニアがやってくれる。「作ってもらったからそれぐらいは当然だよ」って言ってた。
「リュウジー、水出してー」
タニアは魔力がないから魔法が使えない。
「はいよ」
僕は生活魔法で桶に水を溜めていく。この桶なら三個くらいは満タンにできる。ニーナがやるとワイン樽で十個は軽く満タンにできるみたいだ。ニーナがいればお風呂に水が張れるな。風呂桶を作ったら是非やってもらおう。
襤褸布で食器を洗っていくタニアを見ながらニーナと一緒に机と椅子を片付ける。洗い終わった食器はこれまた襤褸布で水分を拭き取って纏めてリュックサックへ仕舞う。
「よし!終わりっと。じゃ、冒険再開しますか」
またタニアを先頭にして森の中を進んでいく。段々と森が深くなっていっているように見える。
「タニアー、ほんとに帰れるよね?」
帰れるかちょっと心配になったから聞いとこう。ニーナも隣で頷いてるのがわかる。
「大丈夫だよー。任せといて!」
こっちに振り返って右の親指を立てて言い切ったタニア。自信はありそうだ。
「ほんとに大丈夫なんでしょうか?」
「まあ、ああ言ってるんだし自信がありそうだから任せてみよう」
ちゃんと帰ってこれました。さすがタニア。なんの迷いもなく確りと入口まで戻ってこれたよ。何か期待して人がいたら申し訳ない。何もありませんでした。でも、あれから二、三匹の大蟻の群れを二回見つけることができ、ちょっと苦労したけどちゃんと狩ることができた。今日の収穫は、オーク、ゴブリン少しと大蟻六匹だった。
街に戻ってきて組合で素材を買い取ってもらい、ちょっと遅くなったので今日は夕食を屋台で済ませようってことになったので宿へ帰る道すがらいろいろと買って帰る。
「じゃあ二人ともお休みね。また明日頑張ろう」
「はい、おやすみなさい」
「明後日、あいつが来るといいな、リュウジ」
「うん、そうだね」
おやすみーと部屋に入っていくタニアとニーナ。
今日も金は結構稼げたし、明日も蟻退治頑張ろうかね。
今日も深森迷宮で大蟻を狙うつもりだ。数は多いほうがいい。ただし無理はしない方針で。
「よーし!今日もあたしに任せなさい!いっぱい探すぞー!」
タニアはやる気満々だなぁ。
「私も頑張りますよ!」
ニーナも鼻息が荒いな。この迷宮はオークの肉も手に入るし、お金も稼げるし悪いところがないな。
まだ探索しているところが迷宮の浅いところだからそんなに強い魔物もいないし、気を付けるのは大蟻の群れくらいかな。
「気合が入ってる二人には悪いけど、ほどほどにしておこうか。蟻もたくさんいると怖いんだよね?」
「んー、ニーナがいれば十匹くらいの群れなら何とかなりそうだけど……素材が取れなくなっちゃうともったいないか。でもま、そん時は諦めればいいでしょ」
「そうですね。私もそう思います。いけるところまで頑張ってみませんか?」
「うーん……」
確かにニーナの火球ファイヤボールであれば、倒すだけなら問題ないのか。最近は魔力を込めた火球でも発動までがかなり早くなってるしなぁ。
「わかった。でも、無理はしないこと。怪我だけで済めばいいけど、死んじゃったらそこまでだからね」
ニーナとタニアは笑顔で頷く。ゲームみたいに生命力とかレベルとかあったら目安になるんだけど、無いからなぁ。ん?でも神の加護みたいなのはあるよな?僕には女神アユーミル様からもらった才能ギフトがある。それがあるなら何かほかにもありそうだ。
だからニーナたちにも何か才能が埋もれているかもしれないし、もうすでに発現している可能性もある。ここで無理してそれが台無しになるのはもったいない。きっと無理する場面は別にあるはず。
「よし、じゃあ今日も頑張っていこうか!」
「……火球ファイヤボール!!」
ニーナが魔力を多めに込めた火球を放つ。僕とタニアは剣で戦う準備だ。
火球が飛んでいく先には大蟻の群れ。十五匹ほど。
見つけたときは五匹だったのが、戦い始めようとしたら近くに群れがいたのか合流されてこんな数になってしまった。
「炸裂!」
ニーナが気合を込めて叫ぶと飛んでいた火球が花開くように破裂した。合言葉は何でもいいらしい。前は爆発だったかな?叫ばなくてもできたら相手を吃驚させることができそうだけど、まだできないみたいだ。
こちらに気が付いて向かってきていた大蟻の群れに綺麗に咲いた火球が降り注いでいく。
「前の方にいたのはあれで死ぬかな。残りは……四匹か」
あの火球で十一匹の大蟻を倒したのか。すごいな、ニーナ。
「ほら、ぼさっとしてないで行くよ、リュウジ」
火球の炎にやられて引っ繰り返った大蟻を乗り越えて生き残ったやつが進んでくる。
「ま、一人二匹なら何とかなるでしょ、だけどなるべく早く助けに来てよ!」
「おう。頑張ってよタニア。なるべく早く行くようにする!」
いつものように盾を前に構えて剣を提げて走る。タニアは右手にショートソード、左手にダガーを逆手持ちにしている。左手のダガーは盾の代わりだそうだ。二刀流か、かっこいい。
僕とタニアは左右に分かれて対すると、ちょうど二匹づつ分かれてくれた。
「この間と同じ戦法でいってみるか」
二匹同時に攻められると厳しいが、そうなったら触角を狙ってみるか。
幸いにも縦列で向かってきているから前のやつを一撃で!
体を左に振ってフェイントをかけると面白いように引っかかる。体重を右にかけて向かってきた頭を左手の盾で弾く。見えた関節に剣を叩きつけるところんと頭が落ちた。
「がっ」
よしっと思ったら、なにか黒い塊が飛んできて僕にぶつかって弾き飛ばされてしまった。
なんだ!?なにがおこった!?
飛ばされた方を見るとどうやら後から来ていた大蟻が、倒した蟻の体にぶつかって弾き飛ばしたのか!
急いで起き上がると右手が軽い。あれ?剣ショートソードがない!やばい!
見える範囲に剣がない!?前を見ると目一杯まで開かれた大蟻の顎が!
「うわっ」
間一髪、仰け反って避けることができた。蟻、速いな!
どうにか転がって間を空けようとしたけど、蟻の素早いこと。何度か避け続けてたら突然蟻の態勢が崩れた。何が起こったか分からないが、チャンスだ。
急いで起き上がると、右の方にキラリと光るものが見えた。剣があった!だけどちょっと遠いな。蟻の方を見ると立て直してこっちに向かってくる。
ここはいったん盾で防ぐしかない。
「んなくそっ!」
体の前で盾を構えて、頭を下げて突進してくる蟻に合わせるように軽く右に飛ぶ。狙ったとはいえ、上手い具合に弾かれて転ばないように何とかバランスを取り着地する。
ぃよし!狙い通り剣のすぐ近くにきた!急いで手に取り構える。やっと蟻を確りと見る余裕が出来た。
ああ!さっきのは、ニーナの魔法だったのか!腹に空いた穴が焼けている。
剣があれば大丈夫。もう遅れは取らない。早くタニアの援護に行かなきゃね。
サクッと手負いの大蟻を倒し、タニアの援護に走る。
「悪い!手間取った」
「やーっと来たか!あたしもう限界!」
タニアは額に髪を張り付かせて息が荒い。相当へばってる。
「あとは任せろ!」
「おねがいっ!がんばれ!」
タニアとニーナのお陰で二匹の蟻も動きが鈍くなってる。これなら問題なくいけそうだ。
「はっ!」
盾と頭がぶつかる鈍い音を聞きながら、ニーナの援護ももらって頭と胸の関節を切り離すことを二回繰り返す。
コロンコロンと頭が転がって胴体も引っ繰り返っている。最初に倒した二匹もリュックサックに入れて計四匹。一匹につき大銀貨三枚だから大銀貨十二枚だ。
「はー、怪我がなくてよかったなぁ。ニーナ援護ありがとう」
「いえいえ。リュウジさんが飛ばされたときはちょっと焦りましたけど、上手に援護できました」
にこっと笑うニーナ。うーん、可愛い。
「ね、早いけど帰ろうよ。あたし疲れちゃったよー」
よほど疲れたのか、珍しくタニアが地面に座り込んでいる。僕も疲れたよ。
「よし、じゃあ帰ろうか。タニア、歩ける?」
「うん。でももう戦闘は勘弁だよ。んじゃ、あたしについてきてね」
「オークぐらいだったら任せてよ」
「私もまだまだやれますよ」
まだ、お昼くらいだけど今日は稼げたしね。気を付けて帰ろう。




