第百二十三話
すみません。お待たせしました。
「……火球ファイヤボール!」
ニーナが詠唱を終わらせて火球を放つ。僕とタニアは頷きあってからゆっくりと大蟻に近づいていく。
今回は炸裂する奴じゃなくてそのまま着弾し、大蟻を吹き飛ばした。手前にいた二匹は引っ繰り返って足を畳んで体から湯気が出てるから死んだんだろう。残りの二匹は大きな顎をガチガチと鳴らして威嚇してきてるからまだまだ元気だな。
「あたしは右のやつを」
「じゃあ僕は左だな」
後ろでニーナが、「二人とも、頑張ってくださーい!」と応援してくれる。彼女の役目は終わったので気楽なもんだな。
大蟻の武器は、ガチガチと鳴らしている大きな顎と硬い外殻だ。普通の弓矢だと形状も相まって弾かれてしまう。逆に弱点もある。弱点は、唯一柔らかい腹だ。でも腹からは蟻酸を出す器官があるらしいからそう簡単にはいかない。
「だから、頭と胸の間を両断するしかないんだよなぁ」
蟻って自分の体よりも大きなものを運べるから力はかなり強い。気を付けないといけないのは突進してきたときに引っ掛けられたり、弾き飛ばされたりするとかなりやばいことになる。想像するにバイクに轢かれるのと同じ感じ?
「わ!やべっ!」
考えながら走ってたら大蟻がもう目の前だった。顎を突き出し限界まで開いてる!
「リュウジさん!」
ニーナの叫ぶ声が聞こえた。
蟻の素早さを舐めてた。とっさに体を前に投げ出す。所謂前転、前回りだ。背中のほうからガチンッ!と大蟻の顎が噛み合う音が聞こえる。あんなのに挟まれたら千切れちゃう。
大蟻の攻撃をかわして起き上がり、追撃を考えてさらに左に転がってから立ち上がる。案の定さっきまで僕がいたところに大蟻が顎を突き刺すように頭突きをしていた。
今がチャンスだと思いながら頭と胸の間の関節部分を狙って剣を振り下ろす。
が、顎を引っこ抜いた大蟻の頭がこっちに向かってグリンッと動き、剣の横面にあたって甲高い音とともに軌道が変えられてしまう。
地面を強かに打ち付け手が痺れたが、剣を落とすことはなかった。確り握っててよかった。
しかし、硬いなぁ!外骨格の生き物は面倒くさい!
横に回り込もうとじりじり動いてみるが、大蟻は常に正面に僕が来るように動いてくる。
「うーん、どうしよう?」
大蟻と睨み合いをしながら打開策を考える。横に動くのはダメ。剣の攻撃は弾かれる。力いっぱい振ればいけるかもしれないけど、避けられたらさっきみたいになっちゃうし。
じゃあ、盾で弾くしかないかぁ。盾を構えて右のほうに突っ込んで大蟻の顔を横に弾けばそのまま関節を狙えるか。よし、それで行こう!
でも馬鹿正直に突っ込んでも対処されるから、フェイントをかけてみようか。
一旦左に体重をかけて突っ込む姿勢を見せてから右に方向転換!
僕の目論見通り大蟻はフェイントに釣られた。よしっ!上手くいった!
頭を左に振った大蟻は、体を戻そうと足を踏ん張りすぐに頭突きを狙ってきた。
「そこだぁ!」
その頭突きに合わせるように左手の盾で大蟻の頭を思い切り弾く。
ガンッ!という音とともに大蟻の首が丸見えになった。
「ふんっ!」
そこ目がけて右足を踏み込み、真上から一閃する。ガキッという音ともに結構な手ごたえがあり大蟻の頭と胸が切り離される。
コロンと転がった大蟻の顎がカチカチと鳴り、切り離された胸より下はビクビクと痙攣した後力が抜けるように崩れ落ちた。
「ふうっ」
大蟻が完全に死んだことを確認してタニアのほうを見る。タニアは素早い動きで大蟻を翻弄しているが、力が足りないからかダメージを与えられていない。被弾はしていないが、決定打がないから持久戦だな。さっさと終わらせよう。
「タニア!行くぞ」
タニアは声をかけるとこちらをちらっと見てニカッと笑う。意外と余裕があるなぁ。
タニアが戦ってる大蟻を見ると動きが悪い?タニアが目の前にいるのに違うところに攻撃したりしている。なんでだろ。
「ああ!触覚がないんだ」
大きな複眼の間にある触覚二本が半ばからなかった。タニアが切り飛ばしたのか。賢いなぁ。攻撃が通らないから僕が来るまで引き付けておいてくれたのか。
よく見ると前足の一本も先がなくなってる。それであんなに余裕そうなんだ。
僕が近づいていくとタニアは時計回りに九十度動いて大蟻の側面が僕の真正面になるように動いてくれた。
がら空きの側面に突っ込んで頭と胸の関節を狙う。足が邪魔なので下から切り払ってそのまま切り下ろす。先ほどと同じ手ごたえがあって頭がコロンと落ちる。こっちの大蟻はすぐに動かなくなった。タニアの攻撃が地味に効いていたんだろう。
「お疲れさん」
「ありがと!あたしじゃあどうしても攻撃力が足りないからさ、リュウジが来るまで待ってたんだ」
タニアが右手をあげたので、僕も右手でハイタッチする。
「私も!」
ニーナが近くまで走ってきて手を挙げる。僕とタニアはハイタッチする。
「さあ、リュウジ背嚢に入れて次に行こう」
タニアに急かされながら大蟻をリュックに収納する。燃やしちゃった二匹はそのままにしておく。これで大銀貨六枚だ。
「意外とすんなり倒せたね。ただやっぱり硬いよなぁ」
「うん、あたしの力じゃ攻撃が通らないね。弓でも無理じゃないかな」
「タニアさんの弓ならおしりを狙えばいいんじゃないですか?」
ニーナが不思議そうにしている。確かにおしり(腹のこと)を直接狙うことはできるだろうけど、おしりに矢が刺さっただけじゃ死なないんだよな、きっと。
「そりゃできるけど、そこが落ちても死なないと思うよ」
「そうなんですか?」
「確かに弱りはするだろうけど死なないんじゃないかなぁ。やっぱり頭を落とさないとだめだろうね」
「私も何か役に立てないですか?」
ニーナが、か。今でも十分な活躍してると思うけどなぁ。大蟻の素材のことを考えると火魔法は当てないほうがいい。……待てよ、炎矢なら最小限の傷で倒せないかな?素材に使うところは頭と胸くらいか。足も使うのかな?
「炎矢だったら…駄目かな?」
タニアに聞いてみた。
「炎矢かぁ。風魔法ならいいんだけどね。風斬ウィンドカッターなら問題なく切れるからさ」
「風魔法ですか……練習してみましょうか?」
練習すればできるようになるの?
「組合に使い手がいれば教えてもらえるだろうけど、今いたかなぁ?」
「でも、使えるならほかの属性も使えれば色々と重宝するね。でもニーナが使える属性って何があるの?」
「私ですか?今まで火魔法しか習ったことがないので使えるかどうかわかりませんが、やってみて出来たら儲けものですよね」
「そうだね、できたらすごいよ」
「はい!」
ニーナの向上心はすごいなぁ。僕も見習わなくては。
「ニーナの魔法は期待するとして、この後どうする?もうちょっと蟻探す?」
タニアが僕を見ながら聞いてきた。今の時間はお昼くらいか?腹減ったな。
「なんかおなか減ったからどっかで昼ご飯にしよう」
「そう言われてみれば、あたしも腹減ったな」
「私もです」
ニーナが自分のおなかに手を当てて微笑んでいた。
「じゃあ、休憩できる場所を探そうか」
「あたしに当てがあるからついてきて」
タニアがいい笑顔で歩き出す。こんな森の中でいい場所なんてあるのか?




