第百二十話
あれから三日が過ぎた。今日は、ガルトを誘って四人で昼ご飯に行こうという話になっている。
依頼は昨日まで深森迷宮に通い、オークやゴブリン、大蟻ジャイアントアントという僕の腰くらいの体高で体長は二メートル近くある大きな蟻も狩ることができた。
大蟻は、防具の材料になるのでちょっと高く買い取ってもらえる。普段は群れていることが普通で、単体で見かけることは珍しく、僕たちは運よく一匹だけいるときに遭遇し、サクッと倒すことができた。
ただ魔法などの火を使って倒すと素材が使い物にならなくなっちゃうってことだった。頭部や胸部はそれはそれは硬くて、体を繋いでいる節を狙わないといけないし、弓や剣で倒す必要があるのが面倒くさかったなぁ。遭遇した時、ニーナが炎矢ファイヤアローの詠唱を始めたらタニアが焦って止めてたのが印象深かった。
兎にも角にも、大蟻が結構な額(なんと大銀貨三枚!)で買い取ってもらえたので懐があったかくなった僕たちは、ちょっといい物でも食べに行こうかってなってね。その時に組合で偶然に会ったガルトを誘ったら、ミレナさんの勧めもあり一緒に行くことになったんだ。
「タニア、その美味い店ってまだなの?」
どこの店にしようかって話しをしたら、タニアがいいところがあるよって紹介してくれた。今は四人でそこに向かってるところだ。随分と海のほうへ来た。
「もうすぐだから、黙ってついてくるように」
「どんなところですかね?楽しみですね!」
僕を見上げて嬉しそうにほほ笑むニーナ。はぁー、もう、可愛いなぁ。僕はニーナの頭を優しくポンポンしてガルトに話しかける。
「突然で悪かったね。でも一緒に来てくれて嬉しいよ」
「気にするな」
言葉だけ聞くとかなり不愛想に聞こえるが、その表情は優しい。僕でも見上げるくらい背が高いから迫力があるんだけど、根はやさしいんだろうということがよくわかる。
「ガルトさんは、嫌いな食べ物ってありますか?」
「ない」
ニーナとガルトだと身長差がすごいことになってるな。ニーナの身長が百五十センチくらいで、ガルトが僕よりも頭一つくらい高いから、二メートルを超えてるはず。
二人が並んで歩いてると大人と子供みたいだ。
「着いたよ。『海鮮料理 金の皿亭』。ちょっと高いけど、海鮮料理ならここが一番だよ!」
連れてこられたのは襤褸くもなく、華美でもない普通の食堂だった。
「ここ?普通の見た目だなぁ」
「食べてみればわかるよ!さあさあ!」
にっこりいい笑顔のタニアに促されて扉をくぐると、昼食には時間が遅いのか、流行ってないのかわからないが店内に客の姿はなく、カウンター席が六人分と四人掛けのテーブル席が四個あった。なんだか懐かしい感じの風景だなぁ。なんだろ?
「なんだか懐かしい感じがするなぁ。うーん……あ!そうか!あっち日本の店に似てるんだ…」
インテリアの感じとか、テーブルとイスの造り、テーブルに備え付けの調味料入れ……カウンター越しに見える天井からの作り付けの戸棚。久しぶりに見たからすぐに思い出せなかった。
店内を眺めていたら店員さんが応対に来てくれた。
「いらっしゃいませ!四人様ですか?机席と並び席がありますが、どちらがいいですか?」
「机席で!」
タニアが元気よく答える。
「かしこまりました。空いているお好きな席へどうぞ」
応対の仕方もそっくりだ。この店始めたの、絶対に日本人だな。
眺めのいい窓際の席に落ち着くとすぐにさっきの店員さんがお品書きと書かれたメニューと食前酒だろう薄めたワインを持ってきてくれた。
「決まったら呼んでください」
「はーい」
タニアがまた元気よく返事をしている。この店に来てから随分と機嫌がいい。
「うー、何食べようかなー」
メニューは二部あったので隣に座っているガルトと眺める。
「なになに…焼き魚定食に煮魚定食、おお!刺身定食もある!定食にはスープとパンが付きますって書いてあるな。魚にパンか……米が欲しいところだなぁ」
「コメ?コメとは?」
僕がメニューを見ながら独り言を呟いていたのか、ガルトが米のことを聞いてきた。
「ああ、僕の故郷の主食のことだよ。麦とかといっしょの穀物だな。炊くとおいしいんだ」
「リュウジさん、ここに麦飯もありますって書いてありますよ」
「ほんとだ。よし、刺身定食を麦飯で頼もう」
備え付けてある調味料にはなんと!醤油っぽいものがある!匂いを嗅いでみると間違いなく醤油だ。生臭くないから魚醤じゃなさそう。この街で醬油が買えるのか?店員さんに聞いてみるしかない!
「みんな、注文決まった?」
「決まりました。焼き魚定食にします」
「あたしは煮魚ね」
「焼き魚」
振り返ると店員さんと目が合った。
「お伺いしますね」
さっとテーブル横まで来て小さな黒板を構える。黒板に白墨チョークで注文を書いていくスタイルらしい。
各々注文を伝えるとちゃんと復唱までしてくれる。醤油のこと聞いてみよう。
「すいません。これって醤油ですよね。僕も欲しいんですがどこで仕入れているか教えてくれませんか?」
「醤油?ですか?ああ、ソイ油のことですか。店長に聞いてみないとわからないので聞いてきますね」
そういって奥に戻っていく店員さん。
「リュウジさん、そのソイ油って美味しいんですか?」
ニーナも何ですかって聞かないで、美味しいんですかって聞いてくるようになった。だんだん染まってきたね。
「うん、僕が思ってるのと一緒だったら料理の幅がすごく広がると思うよ。ほぼ万能調味料だな」
「そりゃあぜひ売ってもらわないと!」
タニアが勢い込んで言ってくるが隣にいるガルトは何が何やらさっぱりだろう。不思議そうな顔をしてる。
「僕らは冒険の途中で食べる食事を大事にしてるんだ。だってどうせ食べるなら美味しいほうがいいでしょ?」
「そうだな」
「だから、できる限り良いもの、美味しいものを探してるんだ」
「リュウジさんの作るご飯は美味しいです」
「そうそう。あたしも前は干し肉とパンだけだったけど、|ここに入って《リュウジとニーナに会って》からはね、もう前には戻れないなって思ったよ」
「そうか…」
「お待たせしました!」
店員さんが注文した料理を運んできて、それぞれの前に置いてくれた。
「ごゆっくりどうぞ。あ、先ほどのことなんですが、店主に聞いたら、樽で在庫があるのでどうぞということでした」
「ここで作ってるの?」
タニアが不思議そうに聞いている。この店に来たことがあるんだよな?違うのかな?
「そうです。他に卸すほど作ってはいないそうですが、こつこつと作り溜めているそうで倉庫にいっぱい樽があるそうです」
「タニアは来たことがあるんじゃないの?」
「ああ、あたしも二度目なんだよ。その時は塩だけで食べたし、この調味料は知らなかったから使わなかったんだ」
確かに見たこともないものを使うより良く知ってるものを使うか…
「それでは、お勘定の時にでも声をかけてくださいね。ごゆっくりどうぞ」
店員さんは笑顔を振りまきながら定位置だろう所に行ってしまった。言われた通り会計の時に聞いてみよう。
「さあ、頂こうか。刺身なんてもう食べれないかと思ってたけど…」
目の前に置かれたのは大きな四角いお盆に乗せられた木の器に盛られたメインの刺身と付け合わせ。小鉢には葉野菜の漬物とサラダ。さらに蓋がされたお椀を開けるとふわっと香る味噌の匂い。味噌の匂い!!
「味噌汁だっ!」
「うわっ、吃驚したぁ。どうした?リュウジ」
思わず叫んでしまった。だって味噌汁だよ?もう飲めないと思ってたのがいま、目の前にある。そりゃあ叫ぶよ。
「あ、ごめん。これも僕の故郷のものだよ。みんなのにはないの?」
タニアたちのお膳には味噌汁ではなく、出汁が香るスープが付いていた。
「これが美味しんだよ。ニーナ、飲んでみてよ」
タニアに促されて一口口に含むと、ニーナの目が見開かれた。
「美味しい!何ですかこれ?見た目通りあっさりしてるのに鼻に抜けるいい香りと魚の旨味が頭の天辺まで駆け抜けていきます!」
なんかニーナが食レポしだしたぞ?
この世界には旨味っていう概念がないんだろう。これは間違いなく日本人が作った料理だな。
「これっておかわり出来るんですよね?もっと飲みたいです!」
目がキラキラしてるニーナは汁を飲み干しておかわりしていた。
僕も食べよう。ニーナとタニアを見てたらたまらなくなってきたし。
刺身は何の魚だろうか。マグロがあれば最高なんだけどな。赤身と白身の魚の刺身だ。見た感じは新鮮でとても美味そうに見える。
先ずは赤身から。空いている小皿があったからそこに醤油を垂らす。あ、ソイ油だったっけ。さすがに山葵はないみたいだ。
僕のお膳には箸が付いていた。よく分かってるな。その箸で赤身を一切れ摘み、ソイ油をちょんとつけて口に運ぶ。
「ああ……、美味い……。ふぅ」
口一杯に広がる前世と相違ない醤油の味と香り。ついため息が零れる。そこからはもう夢中で食べたよ。ご飯が麦飯だったのがちょっと残念だった。
気が付くと、味噌汁を飲み干し、手を合わせていた。
「リュ、リュウジ…泣くほど美味かったのか?」
「大丈夫ですか?リュウジさん」
タニアとニーナから心配そうに声を掛けられて初めて自分が涙を流してることに気が付いた。
「うん。そうだね…懐かしくて、ね。大丈夫だよ、ニーナ」
「大丈夫か?」
ガルトも心配してくれたらしい。あ、そう言えば、ガルトをパーティに誘うためにここに来たんだった。まあ、もうちょっと浸らせてもらおうかな。




