第百十七話
誤字報告ありがとうございます!ものすごく有り難いです。
「おおー!森だなぁ!」
「わー、森ですねぇ!」
地面にできた階段を降りると、目の前に光が見えた。その光の中に進んでいくと目の前が森だった。
上を見上げると青い空があって雲まで浮かんでいるのが見える。風も吹いていてここが迷宮の中だってことを忘れてしまいそうだ。そうだ、帰り道は大丈夫だろうか。
後ろを振り返ると小高い丘になっていてそこに今出てきた穴があった。よかった。帰ることはできそうだ。でも…
「これは…間違いなく、迷うな。地図を描かないといけないか」
森には道らしきものはなさそう。強いて言うなら獣道みたいなのはあるけど、これじゃ見落とすよなぁ。
「この辺りならあたしがわかるから大丈夫」
「タニアを信じるよ?」
「それは絶対信じてない顔!」
「まあまあ、取り敢えず行きましょう。今日はどれくらいここにいる予定ですか?」
ニーナの言葉で僕とタニアはそれもそうだと我に返る。
「今はまだ朝の二回目の鐘くらい?」
「そうですね。朝一番の鐘で出発でしたからそれくらいだと思います」
ということは、今は朝の七時過ぎってことか。
「じゃあさ、昼の二回目くらいまでにしようか。帰る時間のこともあるから」
「そうだね。それでいいと思う。最初は無理しない方がいい」
タニアがちょっと真面目な顔で森の方を見ながらそう言った。因みに迷宮内の時間の流れは外とほぼ一緒らしい。違うと面倒くさいから有り難いね。
「よし。じゃあ早速迷宮探索だ」
三人で目の前の森を調べながら進んでいく。ここにはどんな獣や魔物がいるんだろう。あ、タニアなら知ってるか。
「ねえ、タニア。ここにはどんな魔物がいるの?」
「ん?ああ、あたしがあったことあるのは、狼、ゴブリン、オーク、蟻、蟷螂、蛾、蜘蛛とかかな?ここには昆虫の魔物がたくさんいるよ?」
「昆虫かぁ。でかいんでしょ?」
「うん、蟻でもあたしの腰くらいの大きさがあるよ。蟷螂なんかだと三メルチくらいのやつも見たことあるし、蜘蛛なんかはびっくりするくらい大きいのもいるって話だよ」
ここまでの冒険で出てこなかったけど、とうとう出てきたか昆虫の魔物が。これは気を引き締めないと危ないな。地球の昆虫が人間くらい大きくなったら絶対恐ろしいからな。
「でもね、強い奴はもっとずっと奥のほうにいるからあたしたちが探索できるような場所にはほぼ出てこないはずだよ」
「いやー、あの時もそう言われながらホブゴブリンと当たったからなぁ」
あの時は死んだと思ったからなぁ。よく生き残ったと思う。
「そういや、そんなこともあったねぇ」
「そうですね、そんなこともあるかもしれないので、気を引き締めておきましょう」
ニーナは可愛いなぁ。頭撫でておこう。
「あ、ちょ、リュウジさん、突然なんですかっ!?」
突然撫でられたからか、顔を真っ赤にしながら狼狽えるニーナ。しばらく撫でてたら耳や首まで真っ赤になって俯いてしまった。でも、はふぅってなんだか嬉しそうな溜息が聞こえるから大丈夫だろう。
「と、とにかく、うくく…この辺りには、ぷぷ、敵はいなさそうだよ。っ、あはは」
何がツボに入ったのかわからないけど、タニアが笑いを堪えながらニーナの背中をバンバン叩いていた。
「ごめんニーナ。なんだか無性に撫でたくなったんだ」
「もう!行きますよ、二人とも!」
ニーナが照れ隠しなのか、一人でずんずん歩いて行ってしまう。さっき危ないって確認したばっかりなのに。
「待ってよ、ニーナ。危ないよ」
「リュウジさんのせいですからね!突然はやめてくださいね?」
上目遣いで恨めしそうに見てくるニーナ。この顔も可愛いなぁ。…いやいや、きりがないからな。この辺でやめとこう。
「わかったよ。ごめんニーナ。いいかどうか聞いてからにするよ」
もう一度ニーナの頭をポンと叩いて終わりにする。
「で、タニア。どっちに行けばいいかな?」
ちょっと進んだところで獣道が三方に分かれているところに出た。
「ん。このまままっすぐ進んでいくとさっき言ってた町に着くはずだよ。あとの二つはわかんないね」
「分かんないって、来たことあるんじゃないの?」
何回か来たことあるって言ってたよな?
「そうなんだけどさ、なぜか道が変わったりするんだよ。多くの人が歩いた道は変わらないことがわかってるんだけど、通る人が少ないと道が勝手に消えたり、出来たりするって言われてるよ」
「そんなことがあるんだ…それってさ、森が迷えって言ってるみたいだな」
「そうですね。ちゃんと帰れるか心配になってきました」
ぱっと見、普通の森に見えるから迷宮だってこと忘れそうになるな。道ができたり消えたりするのかぁ…まるで誘ってるみたいで、意思があるように見えて怖いなぁ。
「新しくできた道を進んでいくとどうなるの?」
「大抵は、魔物がいるね。何にもないこともあるけど」
「じゃあ、わかないほうに進んでみる?迷宮の町にはいかないほうがいいよね?」
馬車の中の話だと、あまり近づきたくはない感じだな。
「んー。まあ、別に怖いことはないし、ちょっと気を付けてれば問題ないと思うよ。あたしも行ったことあるし。でも、宿屋とかご飯とか外よりも高いけど迷宮の中にあるんだからある程度はしょうがないんじゃない?」
「きっと私たちにはわからない苦労があるんでしょうね。私も値段が高いのは仕方がないと思います」
「そうか、そのうち行ってみようか。暫くは日帰りでいこうか。んじゃ、右の道に進んでみよう」
ここからは、ちゃんと盾を構える。タニアも弓を肩から降ろしてる。ニーナも杖を背中から手に持っている。
「いつも通り、あたしが先に行くからね。ちゃんとついてきてよ」
「はい」
「頼りにしてるからね」
タニアは僕たちの十メートルほど前を慎重に進んでいく。僕とニーナは極力足音を立てないように気を付けながらゆっくりとついていく。
久しぶりにタニアの索敵モードを見たけど、やっぱり凄いもんだなぁ。普通に歩くよりもやや遅いくらいでするすると進んでいく。
「久しぶりにタニアのあれ見たけど、やっぱり凄いな」
「凄いですよね。私もできるようになるでしょうか」
「いつかは出来るようになりたいけど……うーん、タニアを見てるとどうにも出来る気がしないんだよね」
「私も出来る気がしません。タニアさんがいてくれてよかったですね」
ほんとにそうだ。この世界で安心して冒険できるのはタニアによるところが大きい。
「ちょっと!今、真剣なんだからお喋りは無しで!背中がムズムズするし…もう」
小さい声で喋ってたのに聞こえたのか。褒めてたからかちょっと照れてるし。ニーナと顔を見合わせて微笑んだ後、黙ってついていく。
突然、前を行くタニアが止まった。背中のハンドサインも止まれと戦闘準備を、だ。
「ニーナ」
「はい」
僕は剣を抜いて盾をしっかり構えて、ニーナは杖を両手で握り締めながら足音を立てないようにタニアのところまで行く。
「あそこ。ゴブリンがいる。おそらく三匹」
タニアが指さした方を見ると、木々の向こうにゴブリンが三匹何かを探していた。食べ物でも探しているんだろうか。
「あたしとニーナで一匹ずつ。残りの一匹をリュウジで」
ニーナと二人で頷いて、戦闘態勢を整える。戦闘は久々だ。でも毎日素振りと走り込みはしていたから体は鈍ってないはず。剣を握る手に力を入れる。
「じゃあ行くよ」
「私もいきます」
ニーナが呪文を唱え始める。これは炎矢だな。僕も詠唱を聞いて魔法の種類がわかるようになったんだ。ニーナの魔法限定だけど。
ニーナが唱え終わって放てるようになったのを見計らって、タニアが矢を放ち、続いて炎矢が飛んでいく。僕は、それを見てから盾と剣を構えて走り出す。
「うおお!」
声を出してゴブリンの注意を引き付ける。タニアとニーナに狙われた二匹はもう倒れていた。
「流石だなぁ。僕も負けないぞっと!」
ゴブリンはもう何度も戦ったから大体の行動は覚えている。仲間がやられたときは、激高してやみくもに武器を振り回してくることが多い。
今も二匹が倒れたのを見て地団太を踏んで怒ってる。あ、僕に気が付いて手に持った棍棒を振り回しながら向かってくる。
本当は避けるのがいいんだろうけど、暫くやってなかったからここは盾で弾く練習をしておこうかな。
「ギィギャアァア!」
ゴブリンが叫びながら棍棒を振り下ろしてきた。力と体重が乗る前に盾をぶつけるイメージで!
「はっ!」
いいところで弾けたのか押し込まれる感じも無く、盾を持つ手に衝撃があってゴブリンの足元も動きでよろけているのが分かった。
「い、あぁ!」
ここ!
一歩踏み込んで剣を下に構えてたからそのまま切り上げる。
「ギャグッ」
振り上げた剣は、ゴブリンの左腕を根元から斬り飛ばした。倒れて動かなくなったゴブリンに止めを刺しておく。
「久々だったけど結構動けたな。よし、魔石を取り出すか」
剣に着いたゴブリンの血を拭って鞘に納め、今度は剣鉈を腰から抜いて心臓の辺りを裂く。
「あったあった」
剣鉈で魔石を穿りほじくり出して燃やすための穴を掘ろうとするとタニアに止められた。
「ここは迷宮の中だから焼かなくてもいいんだよ。そのままにしとけば地面に吸収されるから」
ゴブリンの討伐証明部位を切り取って、あとはそのまま放置でいいみたい。
「ふーん、不思議だねぇ」
「不思議ですねぇ」
「不思議だよね。でも、そういうもんだって納得するしかないんだよね」
タニアの言う通りそう言うもんだって思っとけばいいか。
「じゃあ、これはこのままにして、次行こうか」
動きも確認できたし、生活していくために稼がないとね。どんどん行こう!




