第百十二話
「おはようございます。リュウジさん、タニアさん」
目が覚めると上からのぞき込んでいる笑顔のニーナがいた。
「おはよう。早いねニーナ」
時刻はまだ明け方だろう。空が明るくなってきている。昨日はテントは立てずに焚火を囲んで地面にマットを敷いて三人で並んで寝たんだ。地面に直接かマットレスを出すかって聞いたら、ニーナとタニアもマットレスがいいって言ったんでタープは立てずにグランドシートを敷いた上で外套に包まってね。寒くもなく暑くもなくちょうどいい気温でよかった。
「おはようニーナ。リュウジ。よっ、と」
タニアは掛け声をかけてぴょんと起きて、うーっと伸びをしている。
「リュウジさん、火を熾しておきましたよ。お湯も沸いてます」
ニーナは、ほんとに早く起きたんだな。
「ありがと、ニーナ。じゃあ朝ご飯を作っちゃおうか。手伝ってくれる?」
「はい!」
朝食は、配給された硬い黒パンとしょっぱい干し肉と自分たちで買ってきた根野菜でスープを作ろう。味付けは塩胡椒だけだ。塩は少な目で胡椒はふつうの量にしよう。
「ニーナは野菜を切ってもらえるかな。僕は干し肉を切って少し火を通しておくよ」
「わかりました」
タニアはトイレに行くって言ったから、ついでに薪拾いをお願いした。節約できるものはやっとかないとね。
揚げ焼き鍋フライパンにラードを少々落として溶かしたら、短冊状に切った干し肉を入れ軽く焼いてから水を目分量てきとうに入れて蓋をして蒸し焼きにする。
「煮て戻すとあんまり美味しくないからさ。ちょっとやり方を変えてみたんだけど…上手くいくかなぁ」
「干し肉は硬くてしょっぱいですもんね。美味しくなるといいですね」
蓋を開けてみると干し肉は元よりも少し膨らんで表面にいい焼き色がついていた。
「おお、いい感じにできたか?」
「うわっ、いい匂い!美味しそう!」
ちょっと遠くにいたはずのタニアが蓋を開けたらすごい勢いでこっちに来た。
「うおっ、…吃驚したぁ。驚かさないでよ、タニア」
「だって、いい匂いがしたんだもん。ね、何作ったの?」
揚げ焼き鍋フライパンの中を覗き込むタニア。ニーナも一緒になって覗き込んでいる。
「まだこれからだよ。干し肉って硬いだろ?ちょっとでも美味しくできないかと思って蒸し焼きにしてみたんだ」
「これを入れてスープを作るんですよ」
「へー、いいじゃん、いいじゃん!そのまま食べても美味しそう!」
確かにそのまま食べても美味しそうに見える。でも味付けなんてしてないからきっと薄い塩味だぞ?
「じゃあ、一個食べてみる?」
スプーンで一個だけ掬ってタニアに差し出す。
「いいの?やった!」
そのままパクっと食べる。
「あっ」
それを見たニーナがちらっとタニアを見てから、じっと僕を見つめてきた。なんだ?……あ、そういうことか。
「ニーナも食べてみる?」
もう一個掬って差し出すと、いい笑顔になったよ。よかった。
「はい!」
「美味しい!」
「ほんとですね!美味しいです」
美味しいんだ、これ。どれどれ、自分でも一つ摘まんで口に入れてみる。
硬かった干し肉だったけど、蒸し焼きにしたら結構柔らかくなっていて、塩味もちょうど良くなっていた。
「ほんとだ。美味しいね」
「早く、スープを作りましょう」
ニーナとタニアに急かされて水を張った鍋の中に具材を入れていく。焼いた干し肉を入れて煮立たせてからニーナに切ってもらった野菜を入れて灰汁をとっていく。最後に塩胡椒を足して味を調えたら出来上がりだ。
「よし、できたよ。食べようか」
三人でいただきますと手を合わせてから食べ始める。硬いパンをナイフで切ってスープにつけて柔らかくする。
「硬いのはやっぱり美味しくないなぁ」
「そうですね。柔らかいパンってまだありますか?」
ニーナが言った柔らかいパンなんだけど、僕からしたらこれも硬いと思うんだよなぁ。見た目は前世のフランスパンで、外側の硬さはそれよりも硬いんだけど、中は同じくらい柔らかいんだ。柔らかいって言ってもフランスパン程度だから食パンに比べれば硬いんだよね。
「発酵させれれば違うんだけどなぁ。酵母なんてどうやって作るかわかんないからなぁ」
確か林檎なんかの果物を発酵させればよかったと思うんだけど、はっきりとした作り方を知らないから手が出せないんだよなぁ。
「柔らかいパンの作り方を知ってるの?」
後ろから声をかけられた。この声は、ルータニアさんかな?
「どうしたんですか?ルータニアさん」
「いえ、皆さん、おはようございます。用事はないんですけど、こちらからいい匂いがしたので見に来ました」
右の頬に手を添えてにっこり微笑みながら首をかしげるルータニアさん。ほんわか美人さんがこれをやると見惚れてしまうなぁ。
「食べますか?あと一杯分くらいはありますよ」
そう声をかけると、タニアが吃驚した顔をしている。
「あたし、お替りしようと思ったのに…」
そうだったのか。じゃあどうするかな?
「あはは、私はいいですよぉ。皆と食べたので。それはいいとして、リュウジさん、柔らかいパンの作り方です。知ってるんですよね?」
「知ってはいますけど、詳しくはわからないんです。ただ、酵母菌を使って、さらに試行錯誤すればできるかもしれないです」
発酵時間とか水の分量だとかどこで酵母菌を入れればいいとか細かいところがわからないからね。
「コウボキンですか?なんですかそれ?」
ルータニアさんは
「僕が知っているのは、消毒した瓶にリンゴなどの果物をすりおろすか、切って水と砂糖を入れて涼しいところに放置しておくってことくらいかな?それでできるかどうかはわからないけどね」
「それだけ知ってればできるんじゃない?あたしなんてコウボキンも知らないよ?」
「そうですね。私も知りませんでした。それをつかってパンを作ると柔らかくなるんですか?」
ニーナが本当にそんなのができるんですか?って言いたげに聞いてくる。
「うん、そうだね。ニーナたちには信じられないくらい柔らかいパンができるはずだよ」
「ええ!食べてみたい!リュウジ作ってよ!」
タニアが勢い込んでお願いしてくる。
「作ってあげたいのはやまやまなんだけど、時間と物がないから今はできそうにない、ごめんよ」
「じゃあ!フルテームについたら私も手伝いますから作ってくださいっ、リュウジさん!」
ルータニアさんまで食べたいのか…ニーナも目をキラキラさせている。タニアなんて足踏みして「んーっ」て言いながらくるくる回ってるよ…めっちゃ期待してるなぁ。
「そこまで期待されるとやってみたくはなるけど…できる保証はないよ?それでもいい?」
「いい!作ってリュウジ!」
「お願いします、リュウジさん」
「私も食べてみたい!ライルにも言っておくからね!」
ルータニアさんは飛び跳ねながら暁の風のいるほうへ行ってしまった。
「いや、ほんとに出来るか分からないよ?できても美味しくないかもよ?」
「それでもいいから、作ってみてよ。あたしたちが知らないことを知ってるのがリュウジなんだから。期待してるからね」
なんだか変な方向に話が進んじゃったなぁ。ほんとに良く分からないんだけど時間が出来たらやってみようかね。
「パンを作るにも、まずはフルテームまで無事に着かないとね」
「ここからの道は大変なんですか?」
「ここからもそんなに危険なところはないよ。あとはひたすらこの街道を進んで行くだけ」
朝食を食べ終わって後片付けも済んで、今は装備を点検している。まだ朝早いんだけど気候は暑くもなく寒くもなくちょうどいい。しかし、さすがに風呂に入りたいし、鎧も洗いたいし洗濯もしたいな。僕は汗かきだから自分が臭くないか心配になる。ニーナとかは汗臭いとかは全くなくて逆に良い匂いがしてるんだけどなんでだろ?
「あー、風呂に入りたい。ねえタニア、フルテームってお風呂屋さんとかってある?」
セトルの町にはなかったんだよね。お湯で体を拭くだけだからすっきりしなくて。慣れるかと思ったんだけど、やっぱりお風呂に入りたいなぁ。
「ああ、あるよ。確かにお風呂屋はある。その風呂屋は相当古いらしく、なんでも大昔にいた勇者が作ったって話を聞いたよ。あたしは行ったことないけどね」
僕のほかにも来た人がいるんだ。ってそうか、ニーナもタニアも勇者まよいびとを知ってたんだからそう言うこともあるんだな。
「ダメ元で聞いてみたけど…早くフルテームに行きたくなったよ。着いたらすぐに行きたい!」
あと一日でつくんだ。さあ、今日も張り切っていきますか!




