第百八話
「よし、それで行こう」
お昼過ぎの休憩時間にライルとノルエラさんと僕の三人で集まって話し合いを行った結果、僕が一番いいと思った案を話したら皆同じ考えだった。
「やっぱりそれが一番いいね。私もそう思ってたんだ。一番人数が多くて均衡のとれたライちゃんたちが先頭がいいし、私たちが真ん中の方が前でも後ろでも援護しやすいからね」
「後ろは後ろで大変だからな。しくじるなよリュウジ」
「分かってるよ。俺は頼りないけどニーナとタニアがいるからな、大丈夫だ」
「何言ってんだ、お前がいなきゃ二人の実力が発揮できないだろ。それにお前は頼りなくなんかないぞ」
「ほう、ライちゃんにそこまで言わしめるとは、リュウジ君、うち赤の牙に入らないか?」
「入りませんよ。僕の仲間はあの二人です」
「くぅー、聞いたかライちゃん!私も言われたい!」
「はいはい、わかったよ。お前んとこのバックスだったか?に言ってもらえ」
「あいつじゃだめだ!ライちゃんがいい!」
「んなっ!何言ってんだ!?」
お?ノルエラさんもライルのこと憎からず思ってるのか?しかし、ノルエラさんって癇癪持ちだって言ってたけど、全然そんな風には見えないな。ただ、年齢にしては言動が幼い気がする。ライルに対してだけだが…
「ライちゃんがいいんだっ!」
「おれはお前の仲間じゃねぇ!仲間に言ってもらえ!」
あ!そんなこと言ったら…!
「ううぅ……ライちゃんのバカぁ!」
ノルエラさんは一言吠えてから持っていた杖でライルを殴り始めた。あ、蹴りが出た。これがノルエラさんの癇癪かぁ。結構すごいなぁ。
「ばっか!お前…やめろって!…この!」
おお!ライルが殴りかかっていたノルエラさんを抱きしめた!?
「んにゃ!?」
抱きしめられたノルエラさんから変な声が出たと思ったら、顔がだんだん真っ赤になっていき、抱きしめられながらもライルを叩いてた手が、背中にまわされてノルエラさんの動きが止まった。
「おおー。さすがライル。ノルエラさんが止まったぞ」
「リュウジ…お前も見てないで手伝ってくれてもいいんだぞ?」
「あー、今見てて思ったんだけど、僕には無理だな。」
っていうか、ライル以外は無理っぽいなぁ。
「ノルエラさんももうライルと組んじゃえばいいのに」
それが一番手っ取り早いと思うんだけどなぁ。
「俺はそれでもいいんだけどよ、うちにはもうルータニアっていう魔法使いがいるからなぁ」
ノルエラさんのほうを見てみると、輝くような笑顔でライルを見ていたが自分にも仲間がいたことを思い出したらしく腕を組んで考え込んでいた。
「じゃあさ、私とそのルータニアさんを交換したらいいと思う」
ノルエラさん、変わる気満々じゃないか。
「いや、仲間とよく話し合ってからにしてくれ。お前の一存だけじゃ駄目だろ」
「うー。わかった。よく話し合ってから考えてみる」
ノルエラさんすっかり恋する乙女だ。上目遣いでライルを見つめている。
「よかったなライル、人数が増えそうじゃないか。で、何の話してたんだっけ?」
ノルエラさんとライルを見てると面白いなぁ。
「明日からの布陣の話だろ。リュウジまでそんなこと言うとは…しっかりしてくれ、頼むからよ」
「悪い悪い。そうだったな。しかし、ライルはなんでノルエラさんと組んでないんだ?」
幼馴染で二人とも冒険者になって、なんで一緒のパーティじゃないんだろう。
「蒸し返すな……あいつが先に冒険者になっちまってよ、俺がなったときにはもう他の人と組んでたんだよ」
「ってことは、ライルとしてはノルエラさんと組むつもりだったんだ」
「ああ。まあ…そうだったよ。小さいころから一緒に遊んでたし、その頃から今と変わらずしっかりしてたしガキ大将だったからな。憧れがあったっつっても嘘じゃねえな」
ライルの初恋か。面白いが、あんまり揶揄うのもかわいそうだしな。
「よし、仕事に戻るか。明日からより気合入れないとな」
「おう、頼むぜリュウジ」
それから次の日までは何事もなく過ぎて行った。
「それでは出発します。護衛の皆さん確りやってください。期待してますよ」
リッツモルさんからの激励の言葉を貰って出発となった。道の先は木が少なく明るくなっている。もう少し行けば草原が見えてくるらしい。
「さあ、僕たちも持ち場に行こうか」
「はい、最後尾ですね」
「前で盗賊が出たら絶対後ろにも出てくるからね。リュウジ、確りね」
動き出した馬車たちを見送りながら最後尾でついていく。暫くは草原が続いて段々と山間に入っていく道だそうだ。草原の向こうが山なんてあんまり見たことがない景色だなぁ。
「ここまで街道を歩いてる間は、ほとんどというか全く襲撃が無かったなぁ。一回くらいは何かに襲われるかと思ってたのに」
「森には沢山動物や魔物がいるけど、餌もたくさんあるからね。ゴブリンなんかが一か所で増えて巣を作れば別だけどさ」
僕の感想に両手を後ろ頭で組んだタニアが答えてくれる。
「じゃああのムサット村や森狼が出たカルート村?だったっけ?なんかは珍しい依頼なの?」
「いや、それなりにある依頼だよ。カルート村は畜産してたでしょ。だから森狼が出たんだと思うよ」
「ああそうか。簡単に餌が手に入ればそっちに行くな」
「そう言うこと」
僕たちは、一番最後尾で喋りながら歩いていく。周りは森を抜けて草原が広がっているから、風が吹き抜けて気持ちがいい。ニーナの髪が風に揺られて陽の光でキラキラしている。
「ニーナ、リュウジ、もうすぐ山道に入るから気を付けて。あたしはちょっとスレインの所に行ってくるよ」
「わかりました。行ってらっしゃい」
タニアはやっぱり頼りになるな。こういう時だけじゃなくて戦闘時にも大活躍してくれる。冒険者って感じだな。
「ニーナ、僕達も警戒しておこう。タニアほどは出来ないけど、やらないよりはいいよね」
「そうですね!私も周りをよく見てみます」
こういう草原って小型の動物とかいそうなんだけどな。
「あ、角ウサギがいた。あれはどこでもいるんだなぁ」
草の間から角ウサギの特徴の角が見えている。
「え?どこですか?…あ、ほんとですね。」
「狩れるといいんだけどな。タニアがいたらよかったのに」
タニアなら弓でやれるからなぁ。
「今は諦めましょう。また機会がありますよ」
「何を諦めるの?」
ニーナと諦めるかと肩を落としていたらタニアの声がした。
「お、タニアおかえり。いや、角ウサギがいたのが見えたからさ、タニアがいれば弓で仕留められたのにって」
角が見えたところを指さすとタニアは弓を構えて放つ。
「よし!当たった。ちょっと行ってくるよ」
タニアはすぐに角ウサギを持ち帰って血抜きをして、今はリュックサックの中だ。あれからさらに二匹仕留めて血抜きを済ませてある。
「夕飯が楽しみだね。リュウジ、ちゃんと焼いてくれよ」
タニアとニーナはとっても嬉しそうだ。僕は商隊の人から軽く注意されてしまった。まあ、仕事に関係ないことしてたら怒られるか、反省。
「分かってるよ。また怒られるといけないからちゃんと仕事しよう」
「え?今日はここで野営何ですか?まだ昼過ぎですけど…」
「僕もさっき聞いたところなんだけど、最初から決まってたみたいだよ」
ここは草原と山間の境目みたいな場所で、街道の所々にある休憩スペースだ。ここで休憩して山に入っていくのかと思ってたら、今日はここで明日まで待機だって言われたところだ。
「あー、そうだったそうだった。あたしがこっちに来た時も反対側で昼過ぎから休憩して一晩経ってから出発だったよ。この道、抜けるのに二日かかるんだけど、ちょうど真ん中あたりに休憩場所があるんだ。今から入ると間に合わないからね」
タニアがセトルの町に来た時のことを思い出したらしい。
「なんだ、これから気合入れないとって思ってたからなぁ。なんだか気が抜けちゃったよ」
「ま、気持ちを入れ替えて角ウサギでも焼いてよ」
「わ、賛成です!」
休憩場所の周りは開けてるから馬車を真ん中に置いて、僕たちはその両側と後ろで警戒に当たる。だから今日はテントは立てずに交代で寝る。
「じゃあ、焚火用の穴掘って準備しようか。ニーナとタニアで薪と石拾ってきてくれる?」
「わかった。行ってくるよ」
タニアとニーナが集めてきてくれる間に焚火の用意をしてしまおう。まず軽く地面を掘ってから比較的太くて燃えにくい種類の薪を二、三本並べて置く。その上に並べた薪よりも細めのものを井桁状に置いておく。その中に麻紐を解したものを入れておく。
「リュウジー、拾ってきたよ」
「ありがとう、ニーナとタニアは石で竈を作ってくれないか?」
二人が持ってきてくれた焚き付け用の細い枝を短く折って、井桁に組んだ中に入れてあった麻紐の上に置く。で、井桁の周りに薪を立てて置けば準備は終わり。あとは火を点けるだけだ。
「指先にともれよ炎、点火トーチ」
呪文を唱えると指先に炎が灯る。いつ見ても不思議だな。指が熱くないし、息を吹きかけても消えにくいし。
「ここから…」
ターボライターの炎をイメージすると赤色で蝋燭みたいだった炎が、青く勢いのある炎に変わる。これでも指は熱くないんだ。
持ってきた石で竈を組んでいたニーナがそれを見て目を丸くして驚いている。
「なんですか?その炎。青い炎なんて見たことないです」
「凄いでしょ。ニーナが魔法は想像力だって言ってたからやってみたんだ」
これが出来るんなら色々出来そうな気がする。流水の魔法をシャワーみたいに出来そうだしね。
「そんなことはいいから、早くウサギ肉を焼こうよ。竈は出来たよ」
「ありがとうタニア、ニーナ。でももうちょっと待って。また麦を炊くからさ」
「お。あれか!じゃああたしがウサギの下ごしらえするよ」
「私もやります」
リュックサックからテーブルと椅子や包丁、まな板、皿なんかを出していく。
「じゃ、よろしく。僕は火を見ながら麦を洗ってるよ」
焚火に火を点けて、その横で野営鍋ダッジオーブンに水をためてシェラカップに三杯分の麦を軽く洗って、水を適量入れて火にかける。この鍋には長めの足がついてるからそのまま焚火の上に置くだけだ。
「リュウジー、あれ出してー。味付けるやつー」
タニアが手をウサギの血で真っ赤にしながら呼んでいる。あ、塩胡椒忘れてた。
「はいこれ」
「これでもいいけど、もっと美味しくなる奴だよ」
美味しくなる奴?…あ、アウトドアスパイスか。
「ごめん、こっちね」
襤褸布で手を拭ってからアウトドアスパイスを持って嬉々として戻っていく。襤褸布は焚火の中に放り込んでいく。
薪を足しながら火を調整していると、二人が鉄串にウサギ肉を刺したものを持ってきて火の周りに刺していく。今日は串焼きか、いいね。
辺りはもう夕暮れだ。結構時間がかかったなぁ。時間がかかるのは焚火だな。熾火になるまでどうしても時間がかかる。ガスバーナーって偉大だ。
そんなことを考えていたら肉の焼ける匂いと麦飯が炊きあがったいい匂いがしてきた。さあ、食べよう!




