第百六話
「美味いな!」
今は赤の牙と合流して夕飯を一緒に食べてるところだ。夕飯の献立は、固いパンと塩味のスープに根菜を切って入れて小麦粉を練り千切って煮たものだ。それだけじゃあ寂しいので、肉串を一人当たり二本出してみた。
一足先に食べ終えた僕が、リュックサックに出したものをしまっているとノルエラさんが後ろから覗き込んできた。
「なんだ、魔力の波動があると思ったら、リュウジは、魔法鞄マジックバック持ってるのか。私も欲しいんだけどなかなか買えなくてね」
「お前の稼ぎならすぐ買えるだろうによ」
一緒に夕飯を食べていたライルが何で買わないんだと聞いている。
「私が欲しい機能のものがないんだよ」
僕のリュックサックは、中のものは時間も止まるし容量も大きいと思う。今のところ入らなかったものはないからね。
「どんなのが欲しいんですか?」
「とにかく、容量の大きい奴がいいんだ。時間停止はついてればいうことはないんだけど、とにかく容量の大きい奴がいいんだ」
「大きいって言ったってどのくらいのやつが欲しいんだ?」
「そうねぇ、とりあえずドラゴンが丸っと一頭余裕で入るやつかな?」
ドラゴン、いるんだ。そのうち遭遇できないかなぁ。間近で遭遇したら何もできずに殺されるだろうなぁ。いつか倒せるくらい強くなりたい。
「ドラゴン一頭って…そんな容量の魔法鞄マジックバックなんて売ってねえだろう」
「だから探してんのよ。相変わらず頭悪いわねぇ」
ライルの頭をポンポンと叩きながら、あっはっはと笑うノルエラさん。
「頭を叩くなよ!何回も言うが、もう子供じゃねえんだ!」
「あっはっは!ごめんごめん!」
今度はライルの背中をバンバン叩いている。なんだか非常に上機嫌だなぁ。
「こんな姐御、初めて見るよ。いっつもこうだといいのに」
赤の牙の前衛の男が、ため息混じりに呟いたのが聞こえた。
「え?いつもはどんな感じなの?」
「ん?いつもは眉間に皺寄せて難しい顔ばっかりしてるんだ。時には笑顔も見るけど、こんなに機嫌がいいのは初めて見るよ」
いつの間にかそばに来ていたタニアが、知り合いに聞くみたいに質問して、バックスも普通に答えている。タニアは周囲に溶け込むのが上手だなぁ。
「しかし、あんたたちの飯は美味いな!」
「そうだろ、そうだろ。こいつの作る飯は美味いんだ」
「そんなに美味いかな?適当に焼いたり煮たりしてるだけだぞ」
きっと、調味料のおかげなんだろう。僕にはアウトドアスパイスがあるからね。肉でも野菜でもこれをかければ大体美味くなる。こっちの料理は基本塩味が多い。中にはハーブを使っている店もあるけど、そういうところは大体行列ができてるか予約が取れないんだよな。
「それに、この机と椅子だよ。貴族じゃないのに何でこんなもんがあるんだ?いや、あるものは使うけどさ」
バックスは、テーブルをぽんぽんと叩きながら椅子に座って夕飯を食べている。この人は良く喋るなぁ。
「あんたは、文句ばっかり言ってんじゃないよ。まともに前衛もできないくせに」
固いパンをスープに浸して食べ終えたのは、赤の牙の魔法使いの一人でラッチャだ。背の低い女の人で年は若そうに見える。二十代前半ってところかな?こっちの世界の女の人は若く見えても寿命が長く人たちがいるから見た目はあんまりあてにならないことがある。
この背の低さで成人女性だったら、マーリさんみたいな草原の民っていう可能性もあるからなぁ。初対面の人に年齢のことは怖くて聞けない。
「てめっ!俺より年下のくせにはっきり言うんじゃねぇ!それに俺はしっかりやってるよ!」
あ、この人は見た目通りの年齢か。
焚火のところでノルエラさんたちと話し込んでいたライルが、こっちに来た。なんだろう。
「リュウジ、ノルエラが今日の当番やってくれるって話なんだけど、それでいいか?」
「代わりにやってくれるっていうなら、僕たちはいいけど…赤の牙の人たちも疲れてるんじゃないか?」
ニーナとタニアに確認のために顔を向けると二人とも頷いている。
「あいつが遅れたお詫びにやらせてくれって言ってたからよ。いいんだろうよ」
「じゃあ、お言葉に甘えようか」
「いいね」
「ありがたいですね」
タニアとニーナも嬉しそうだ。今日はゆっくり眠れるか、有難い。
「まあ、そうなるわな。」
「そうですね」
赤の牙の二人も異論はないようだ。
「そうと決まれば、野営の準備をしようか」
「そんでよ…あれ、また貸してくれないか?」
ライルが申し訳なさそうにマットを貸してくれと言ってきた。
「ああ、一枚でいいなら貸せるよ。それでいい?」
リュックサックからマットを一枚出すと「ありがてぇ」といって、ひったくるように持って行ってしまった。そんなに気にいったのか。この依頼が終わったら貸せなくなるけどどうするんだろうね。
「じゃあ、今日は三人で寝ようか」
「はい!リュウジさんは真ん中ですよ」
「ん?わかった」
なんで真ん中なんだろう。僕が真ん中だと寝にくくないだろうか。ニーナがいいならいいんだけど。
「よし、準備完了っと。もう寝ちゃう?」
「まだです。これから体を拭きたいのでもうちょっと後でもいいですか?」
「そしたら、僕もあっちで体拭いてくるよ」
「覗かないでよ、リュウジ」
「ライルじゃないんだから覗かないよ」
リュックサックから桶と手拭いを出して森のほうへ向かう。
「と、その前に湯をもらっていこう」
焚火によって湯をもらい、生活魔法で水を出してちょうどいい温度にして、体を拭こう。
「お休み、二人とも」
「おやすみなさい」
「おやすみー」
体を拭いた後三人そろって就寝する。三人そろって寝るのは何気に初めてだな。
「リュウジさん、眠るまでくっついてもいいですか?」
僕の右側にいるニーナが、小声で聞いてくる。タニアは…?もう寝てる!?それならば。
「いいよ。おいで」
「はい!」
ニーナは僕の腕を両手で抱きしめると僕の肩におでこをくっつけて目を閉じる。ニーナはとてもあたたかい。人の体温って安心するなぁ。
はい、おはようございます。リュウジです。昨日は何もしてませんよ?こんなところでは致しません。
あ、タニアが目を覚ました。今は太陽が昇った所かな?もう明るくなり始めてるところだ。
「おはよ。ん…、早いね」
「おはよう。あまり身動きが取れなくてね。早くに目が醒めたんだ」
僕の隣では、ニーナが幸せそうに寝ている。そろそろ起こして、朝ご飯の支度をしないとね。
「うわぁ、ニーナいい顔して寝てるなぁ。起こすのが可哀そうだ」
「ほんとに気持ちよさそうに寝てるね。でももう起こさないと。ニーナ、ニーナ」
右腕はニーナにしっかり抱え込まれているから左手でニーナを揺すって起こす。
「…んぁ?…はっ、おはよう…ございます?」
「あはははは、おはようニーナ。いい夜だったね!」
タニアに寝起きで揶揄われて真っ赤になったニーナは、目にも止まらないぐらい素早く僕から離れて髪を手櫛で整えてたよ。




