第百三話
マットレスが売れないと分かったリッツモルさんは、「ほかに何かありましたら是非我が商会で!」と言い残して自分の寝台に帰っていった。
「私の番なので行ってきますね」
最初はシアさんとニーナだったな。
「何事もないといいな」
「そうですね」
「この辺りはまだ森の中だし、町に近いし街道沿いだからあんまり襲ってはこないんじゃないかな?あたしが来たときは、んーと、あと二日くらい行ったあたりが危なかったと思うよ」
あと二日行った処か。じゃあ、赤の牙と合流した後になるからちょっとは安心かな。
「よし、寝るか、タニア」
「そうだね」
ニーナが焚火の傍に二つの椅子を持っていく姿を見てから、テントの中に入る。タニアはもう寝息を立てている。
「寝るのはやっ」
鎧を着たまま静かに横になる。革で出来てるけどエアマットだから勢いよく座ったりすると弾むんだよね。襤褸布の束を枕にして横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。
体が揺れる気がして目を開けるとタニアの顔が見えた。
「リュウジ…、あ、起きた。交代の時間だよ」
「ふぁ~、わかった。お疲れさんタニア。お休み」
タニアが、ニーナの隣で横になって目を閉じたと思ったらもう寝息を立てている。相変わらず寝つくのが速いくて羨ましい。
「さて、頑張って見張りますか」
テントを出て剣を持って焚火の所に行くとスレインさんが椅子に座っていた。
「スレインさん、よろしくお願いします」
スレインさんとはあんまり話したことがないな。どんな人なんだろう。
「ああ、よろしくなリュウジ」
スレインさんは二十代前半だったか。今の僕からしたら先輩だな。役割柄、タニアとはよく話しているのを見かける。
「しかしおまえ、いいものもってるなぁ。この椅子といい、あのまっとれすとかいうのもいいな。こんな楽な野営なんて初めてだよ」
まっとれすはシアたちに取られちまったけどなと笑いながら、座っている椅子を撫でながらしみじみ言っている。
「気に入ってもらえてよかったです。僕の故郷から持ってきたものだからこの辺りでは珍しいみたいですね」
焚火に薪を継ぎ足しながら話してみると、とても気さくでいい人みたいだ。暁の風とはゴブリンの巣で一緒に戦ったから大体知ってたけど皆性格が良くて良かった。
「リュウジの故郷?どこにあるんだ?」
「僕の故郷は凄く遠いところなんです。もう帰ることは出来ないんですけどね」
さすがにあっちのことは話せないからなぁ。
「そうか…すまん、悪いこと聞いたな」
「もう納得してますから大丈夫ですよ」
きっと神殿でアユーミル様に会えば、向こうのことも多少は教えてくれると思う。
「そうか、リュウジも大変だったことがあるんだな。困ったことがあったら言ってくれ、俺でよければ力になるからな」
「それは心強い。ありがとうございます。その時はよろしくお願いします。スレインさんも困ったことがあったら言ってくださいね」
「ああ、その時はよろしく頼む。」
それから、とりとめもないことを話しながら周囲を警戒していると、次第に夜が明けてきた。
「よし、夜が明けてきたな。リュウジ、湯を沸かしてくれ。朝飯の準備をしよう」
「はい、了解です」
朝ご飯は、パンとチーズらしい。だから、自分たちでスープを作るんだって。スープといっても沸かした中に干し肉を刻んで入れるだけの簡単なものだ。味付けは干し肉の塩だけ。だから薄くて美味しくない。
このままじゃあ美味しくないから、食材をちょっと足して美味しく食べれるようにしてみようか。何かあったかな?リュックサックを持ってきて手を突っ込む。
「スープを美味しくするには…野菜か?出汁か?」
そうだ、野菜だ。根菜が良い。イメージは豚汁だな。そうと決まれば、何があるかな?
「お、大根みたいなのがあったな。人参みたいなの、キャベツみたいなのもあったか。よいしょっと」
まな板や皿もあったので一緒に取り出して、魔法で水を出して野菜を洗い皮をむいて銀杏切りにしていく。
「おはよう。何してるの?」
「おう、おはよう。悪いな起こしちまったか」
起きてきたのは、ルータニアさんだった。さらに、ニーナとタニアも目を覚ましたみたいだ。
「おはようございます、リュウジさん。お疲れさまでした」
「おはよー、何か手伝おうか?」
「おはよう、ニーナ、タニア。それじゃ悪いけど干し肉を切ってくれないかな」
「はい、わかりました」
「あたしは、薪を集めてくるよ」
ニーナが腰からナイフを抜いて、干し肉をスライスしてくれる。リュックサックから揚げ焼き鍋フライパンを取り出して油を少し垂らして切った野菜を軽く炒める。
「塩胡椒を軽く振って…鍋に入れて、と」
湯気が立ってきた鍋に炒めた野菜を入れて、ニーナが切ってくれた干し肉も入れる。
あとは煮込むだけだ。干し肉が柔らかくなったら味見をしよう。塩が足りないような気がする。
「おっはよう!ん~、こんなに眠れるなんて嘘みたい!」
朝からテンションが高いのは、シアさんだった。
「おはようございます、昨日はシアさんが使ったんですね」
「そうなのよ!また貸してねリュウジ君!」
「今日の夜は私が使うんですからね!シアはその次!」
「ルーだって最初に使ったじゃない」
ルータニアさんも使ったんだ。シアさんが最初でルータニアさんが二番目だったからちょっとしか使ってないんだね。
「ルーもシアも使ったんだから今日の夜は俺たちが使う番だな」
「あ、ライルも起きたんだね」
「おう、お疲れだったな。スレイン、リュウジ。いい匂いがすると思ったらスープ作ってんのか。旨そうだな」
ライルが鍋の蓋を取って中を確かめている。
「おはようございます。パンとチーズを人数分貰ってきましたよ」
ガウラスさんが両手いっぱいにパンとチーズを持ってきてくれた。パンは一人一個だけどその一個がかなり大きいな。チーズは塊だ。自分たちでスライスするか、熱で溶かしてパンに乗せて食べるみたいだ。
「ありがとうございます。机の上においてください。もうすぐスープができると思います」
スプーンで少し掬って味を確かめるとちょうどいい感じの塩加減だった。干し肉って凄い塩が使ってあるんだね。
セトルの町で購入した木でできたお玉で出来たスープを注いでいく。皆にいきわたった所で朝食だ。
「赤の牙って今日の昼頃合流だったよね。ライルの話聞いてるとなんだか心配になって来るな」
ノルエラさんだったっけ。癇癪持ちで怒ると暴力を振るうと言ってたけど。
「ああ、そうだったな。まあ、癇癪起こさなけりゃ普通だからそんなに心配すんなよ」
「じゃあ、なるべく怒らなくてもいいように付き合わないといけないわけか…ライル、幼馴染なんだよね?任せたよ?」
「やっぱり俺かぁ。そうなるわなぁ…ん。わかった、俺がやってやるよ。どうにもならなくなったらリュウジも手伝ってくれよ」
ライルで駄目だったら僕が間に入ってもどうにもならないような気がするが…できるだけ頑張るか。
「みなさん、食べ終えましたか?そろそろ出発したいと思います」
僕たち護衛の様子を見にリッツモルさんがやってきた。この商隊の責任者なのにフットワークの軽い人だな。
「おう、こっちは準備完了だ。いつでもいけるぞ」
ライルたちはもう準備ができたのか。出したものをさっさと仕舞ってしまおう。
「僕たちも大丈夫です」
竈は崩しておくけど、火を焚いたところは残しておく、だったかな。
赤の牙との邂逅が何事もないといいなぁ。




