第百一話
それからさらに五日経って、護衛依頼当日になった。
今日までにこの町でお世話になった人たちに挨拶は済ませておいた。その時のことはまた機会があれば語りたいと思う。ただ、皆非常に残念がってくれたし、帰ってこいとも言ってくれた。この町には一年もいないのに有り難いことだ。
集合場所に着くと商隊は準備万端で、一緒に依頼を受けた冒険者たちの一組がいた。
「おはようございます、よろしくお願いします。」
先ず商隊の責任者の人に挨拶しよう。商隊の責任者はランドウズ商会のリッツモルさんというまだ若い人だった。
「初めまして。ランドウズ商会のリッツモルです。フルテームまでよろしくお願いします」
「こちらこそ。精一杯護衛しますのでよろしくお願いします」
少し話したところによると、リッツモルさんは三十二歳でランドウズ商会の行商部門の責任者の一人だそうだ。
「リュウジさんは冒険者にしては珍しく礼儀正しいですね。私たちにとってはとても有難いです」
「そうですか?僕はこれが普通なのでよく分かりませんが…」
他の冒険者はもうちょっと荒々しいけど、あまり悪い人はいない気がする。
「この町の冒険者の皆さんは比較的温厚で荒い人はあまりいませんが、ほかの町だともっと粗野な人たちがたくさんいますからね」
そうなんだ。フルテームに行ったら周りに気を付けよう。
「それでは仕事に戻ります。何かあったら遠慮なく言ってください。道中の護衛、よろしくお願いいたします」
軽く会釈して周りで動いている人に指示を出していくリッツモルさん。出来る人って感じだなぁ。
「じゃあ、僕達も他のパーティに挨拶しにいこう」
「はい」
「まだ一組来てないみたいだけどどうしたんだろうね」
タニアが周りを見ながら不安そうに呟く。
「まだ、時間的にちょっと早いし、待ってれば来るんじゃない?あ、あの人たちかな?」
商隊の最後尾辺りに冒険者がいる。あれ?見たことある感じがするぞ?
「おお、リュウジじゃないか!お前たちも港町に行くのか。よろしくな!」
こっちを向いていた戦士の格好をした人が手を挙げて僕の名前を呼ぶ。
あれはライルだ。暁の風か。久しぶりだなぁ。
「ライル!お前たちも受けてたんだな。もう一組はまだなのか?」
暁の風は、ゴブリンの巣討伐で一緒に戦ったパーティだ。
筋肉達磨で戦士ファイターのライル、線は細いがしなやかな筋肉が付いている戦士のガウラス、ひょろりとした弓を扱う野伏レンジャーのスレイン、背は小さいがスタイルのいい魔法使いのルータニア、スレンダーな見た目で素早い剣士フェンサーのシアの五人だ。
「まだ見てないな。どんな奴らが来るんだろうな」
「ライルたちも知らないのか」
「お前らもいい加減に名前をつけろよ。リュウジたちって呼びにくいだろうが」
それは三人でも話したことがあるんだけど、人数がもうちょっと増えたら考えようってことに落ち着いたんだ。
「まあ、あと一人二人入ったら考えてみるよ」
「そうかー、この町じゃあなかなか難しかもしれんな。田舎だからよ、みんな知り合いと組むことが多いんだ」
ライルたちと話していると出発の時間になったみたいでリッツモルさんが呼びに来てくれた。
「ライルさんとリュウジさん。そろそろ時間です。準備してください」
まだ一組来てないんだけどいいんだろうか。
「リッツモルさんよ、もう一組はどうしたんだ?」
「ああ、ちょっと遅れて合流するとのことですよ」
遅れてって…大丈夫なんだろうか。
「パーティ名はわかりますか?」
これはガウラス、冒険者なのに相変わらず丁寧だな。
「はい、赤の牙です」
赤の牙か、みんなパーティ名がかっこいいなぁ。
「あー、あいつらかぁ。まあ、あんたらが問題ないならこっちは何も言わねえけどよ」
「知ってるの?」
ライルが、あいつらならしょうがないって感じで納得していた。
「おう。赤の牙ってな、ノルエラっていう魔法使いが頭リーダーなんだけどよ、ちょっと変わってんだ」
「変わってる?」
「四人パーティなんだが前衛が一人で後は魔法使いが三人なんだ」
「あ、私聞いたことあります。結構有名なパーティですよね?確か、あまりいい評判を聞かなかったと思うんですが」
ニーナは聞いたことがあるらしい。
「そうです。依頼達成率はいいんですが、前衛の扱いが酷いって話ですよね」
ガウラスが荷物を背負いながら話を引き継ぐ。僕達の荷物はリュックに仕舞ってあるから準備はもう出来てる。
「まあ、どんな人たちかは、実際会ってみればわかるか。ライル、行こう」
「おう!これから七日間よろしくな!」
セトルの町の西門を出て西に向かう。フルテームは南西の方向なので途中の分岐で南方面へ進んで行く。半日経って今がその分岐の辺りだ。
「もう少し進んだら休憩を取ります」
商隊の人が後ろに向かって叫んでいる。結構のんびりしてるんだなぁ。ライル達は商隊を挟んで反対側を歩いている。馬車は二頭立てが三台だ。
「なんにもないねぇ。ずっとこの調子だったらいいんだけどなぁ」
「そうですね。この辺りは町に近いので獣や魔物はあまり出ないんですよね」
「そうだね。明日以降はちょっと気を張っておかないと駄目だからね、リュウジ」
隣を歩いているタニアとニーナはまだまだ余裕がありそうだ。僕も鎧を着てるけど大分慣れた。毎朝走ってたから体力が付いてきたな、きっと。
「赤の牙の人たちはいつ合流するんだろうね。時間が経てば経つほど難しくなると思うんだけど」
「さっき聞いてきたんだけど、赤の牙は、明日の昼くらいに合流するって。今は違う依頼をやってるらしいよ」
タニアが聞いてきた話によると、赤の牙はこの商隊の進行方向で違う依頼を受けているらしい。
「しかし、依頼中にトラブルが起きて合流できないことだってあると思うんだけどなぁ。そこら辺のことは考えるよなぁ、普通は」
「とらぶる?ですか」
ニーナがこっちを見て不思議そうな顔をしてる。そうか、トラブルが通じないのか…うーん日本語で言い換えると……何になるんだ?あ!これか?
「トラブルは、厄介事ってことかな?」
「厄介事ですか。それはあり得ることですね。でも、きっと間に合わせる自信があるんですよ」
「リュウジ、最悪なことも想定しておこう。あたし、ライル達にも伝えてくるよ」
「よろしく」
最悪を想定か。そうだなぁ、一番まずいのは合流できないときか。
この規模の商隊を護衛するのに僕達とライル達だけでやれるんだろうか。ちょっと少ないような気がするが…休憩の時にでも相談しておこう。
「ここで暫く休憩します。馬の世話が終わったら出発しますのでそのつもりでいてください」
街道の横が拓かれていて、馬車を三台止めてもまだ余裕がる場所で休憩になった。早速ライル達と相談しよう。
「あ、いた。おーい」
ライル達は、森側で円くなって休憩していた。
「どうした?何かあったか?」
「いや、特に何事もないんだけど、赤の牙のことだよ」
「ああ、タニアから聞いたぞ。明日の昼だってな。」
ライルは、それがどうしたって顔だ。
「もし合流できなかった場合の時のことを考えてるんだけど、ライルはどう思う?」
「ほぼ間違いなく合流できると思うぞ。あいつらなら大丈夫だろ」
「あれ?ライル、赤の牙のことよく知ってるの?」
「赤の牙っていうか…言ってなかったけど、俺、ノルエラとは幼馴染でよ。あいつは慎重な奴だからな。だから失敗しそうな依頼は絶対に受けない。で、依頼達成率が十割だ。だから明日の合流は大丈夫だ」
ライルの幼馴染なんだ。
「ライルと性格が全く違うじゃないか。仲良かったのか?」
「仲は良かったぞ、幼馴染だからな。性格は気にならなかったなぁ。俺は結構適当な方だから、いっつも怪我しちゃあ、もっと気を付けろって怒られてたよ」
暁の風の皆が初めて知ったみたいな驚いた顔をしている。
「お前、あのノルエラと幼馴染だったのか。なんで一緒に組まなかったんだ?」
驚いた顔のスレインが不思議そうに聞いている。
「だってよ、俺が冒険者になって暫くしてからあいつも冒険者になったって聞いたんだよ。そんときにはもうお前らと組んでたからな。それにあいつの評判聞いてると組まなくてよかったって思ったよ」
「え?ライルの幼馴染だったんだからそんなに悪い人じゃなかったんでしょ?」
ノルエラさんについて話しているライルの表情に悪い感情は見えない。
「あいつは悪い奴じゃなかったんだけどよ、ちょっと癇癪持ちだったんだよ。だから怒ると大変でな」
「ああ、宥めるのが大変な人か。それはちょっとなぁ」
「それだけじゃないぜ、癇癪持ちだっていったろ?怒ると人が変わってなぁ。暴力振るうんだよ。俺は頑丈だったから問題なかったけどよ」
げ。付き合いたくない人だ。なんでパーティ組めてるんだろう?
「ああ、それであの評判が…じゃあ、合流したら扱いに注意が必要だな。教えてくれてありがとな、ライル」
「じゃあ、合流したら全部ライルに任せたっ!」
「おいっ!そりゃあないぜ!」
タニアがライルの背中をバシッと叩いたところで休憩時間が終わったようだ。
「皆さん、出発します」
じゃあ、お仕事しましょうかね。どんな人かは大体わかったけど、実際に会ってみないとわかんないからな。明日を楽しみにしていよう。ちょっと話してみて無理だったらライルに丸投げだな。




