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第7話 館長の変化と、「地獄」の接近

20/5/15 報告が来ていた誤字を修正したついでに、改行などを微修正しました。

クローバーとのデートから数日後。

「マスター、本日のご報告にあがりました」

いつも通りのユーヌの声に、あたしは小説を読む手を止めた。

「ええ、いつもありがとう。…要点は?」


「は。まず…図書館長に若干不審な動きがございます」

「――洗脳が解除された?」

「…ええ。様子からしてそのようだ、という報告が」

細かい事はあちらの資料ですね、と、ユーヌは平均的な厚さの束を指差す。


「そう…。なら、館長に対する警戒を強めて。決して単独で監視せず、本部への報告も定期的かつ慎重に。私たちを裏切るような行動をするようなら、即座に無力化を。殺害を視野に入れても構わないわ」

「承知しました。シスとカトルを任務に付け、現地の平構成員にも留意するよう伝えます。よろしいですか?」


シスは6、カトルは4という意味のコードネームだ。シスは隠密監視に特化した少女で、カトルは隠密監視と速やかな無力化が得意分野の少年である。シスは戦闘能力は(同僚と比べると)低いものの生存能力は非常に高く、カトルは若干戦闘能力よりだが生存能力も高いバランス型。それぞれの性格的、戦闘スタイル的な相性も悪くない。


「ええ、それでよろしく」

頷くと、ユーヌは「失礼します」と断って魔道具で通信を始めた。

本部で待機しているだろうシスとカトルに連絡を取っているのだろう。




……彼女が使っている通信機のような、こういう魔道具の類も、あたしが集めた研究者が開発したものだ。…不死の体のそれとは分野が違うので、あたしはとりまとめのために多少顔を出すだけだったけれど。


ちなみにだけど、バニラは魔道具班とは割と仲が良いらしい。

隠密系の任務という形で彼らの作ったものを使用する機会が多いからか、使用者という作成者としてそれなりに話す事もあるようなので。

同じ意味で、闇影のナンバー持ち…ユーヌやシスなど、数字の意味を持つ実力者たちの事だ…が意見書を提出したりもしているらしい。闇影の子たちはまあ、直接顔を合わせて関わるのは流石にしていないようだけれど。そこはバニラが例外なのだ。


なお、クローバーはあたしが研究者たちと関わる事にいい顔をしない事もあって、普段から関わろうとしない。

正直に言って、「リカ」としては…つまりは演技上の性格としては、という事なのだけど…「不死の体」なんて欲望の塊を実現しようとしている場に、好いてくれているしそれを悪くは思っていない(という設定なのだ、一応)人を近づけたがりはしないだろう、という面からあまり良い顔をしないだけなんだけどね。

つまり、今となっては…研究が成功に終わった今となっては、そうする意義は薄い。……まあ、彼がその辺りの変化に気づくのがいつになるかは、解らないけど。




「――それは本当ですか?」

信じられない、と言いたげなユーヌの声に、あたしは物思いに耽っていた脳を現実に呼び戻した。

「…どうしたの?」

「は。館長が、自ら毒を飲んだそうです」

「あの館長が?」

「…はい。たった今、緊急報告としてシスが連絡してきました」

シスが確認したのなら……デマ――勘違いとは言い難いだろう。

なら、あたしのするべき事は。


「バニラに蘇生薬を持たせ、現場に急行させなさい」

「承知しました」

「追いかける形でも構わないから、ディスも出動させて。館長から全てを聞き出しなさい、と命令を。そのためならばあらゆる手段を許可します」

「…しょ、承知しました」

ディス…10の意味を持つコードネームで、尋問・拷問が大好きだと公言している異常な女だ。

彼女の言動はあたしのトラウマを抉られるので普段は関わりを持たないようにしているが…館長を相手にするなら致し方ない。

彼女は、「あらゆる手段を使って」「全てを聞き出せ」と言われたら、本当にありとあらゆる手段を用いて、生い立ちから黒歴史まで全身詳らかにしてみせる。

……そう言い切れるだけの実績が、ある。



うーん、本当にあっさり全部聞き出したな…。

ディスが書いたという報告書をバニラから受け取りながら、あたしは内心で微妙な気分になっていた。


「ええと…大丈夫?」

「……あんまり…」

顔が真っ青になっているバニラに、ディスの尋問風景を見てしまったんだろうな、とあたしは察する。


「まあ、今回はあたしがあらゆる手段を使っていいから、って言ったからね。いつもより酷い光景になってたと思うよ」

無理しないでね、とは…今まで頼んできた事には無茶な事もあったし、言えなかったけれど……正直、あれは無理をしてもどうにもならないので体を休めるのを優先した方がいいと思う。


「……あれって…やっぱり…特殊…?」

「全開なディスとか特殊じゃなきゃなんだと」

あたしの味わった地獄を序の口だと豪語して実際それが誇張ではない事を示す手口を見せつけてくるやつだよ?

「……そう…」

考え込むように黙り込んだバニラの顔がまだ青いのは一旦置いておいて、あたしは報告書に目を通し始めた。


最初は一応、流し読みして細かい事はバニラに聞こう…と思っていたのだけれど。

――これが真実だというのなら……あたしが出なくて良かったと思うべきなのか、顔を合わせるだけであたしを行動不能に出来る者が近くに来ているのだろう事を恐れるべきなのか。

……それとも。半ば諦めていた復讐を果たす機会がやってきた事を、喜ぶべきなのか。

館長の洗脳が解除される少し前に、客を装ってあたしの引き渡しを要求してきたという集団の特徴をじっくりと読み込んで、あたしはぶるりと身を震わせた。


…ああでも、ディスと…館長なら。もう、あいつらをボッコボコにしに行ってるかもしれない。

そう考えると、なんだかすっとした。


とりあえず、バニラかクローバーには護衛に付いてもらおうかな。事情を知ってる仲間が居る、っていうだけでも心構えは結構変わるものだし。



「――失礼します。ディスが館長から聞き出した邪教集団の元へ向かったと…」

「それなら放っといていいわよ」

慌てた様子で入ってきたユーヌに、やっぱりね、と思いながらさらりと言葉を返す。

「どうせドゥとかカトルとかも引きずって行ってるだろうし…でも、そうね。相手が私の予想通りなら、運び手は必要かもしれないわね」

あいつら、確か入れ替わり立ち替わりで50人ぐらいは居たし。

「しょ、承知しました。ユイットを出動させればよろしいでしょうか」

「ええ。それでいいわ」

ちなみにユイットは8の意で、その名をコードネームにしているのは物や人の輸送に都合の良い魔法が使える男だ。…そういえば、バニラが短縮して「ユイ」と呼ぶものだから、そのたびに微妙な顔をしていたっけ。





「……じゃあ…わたしも…戻る…」

「待って、バニラ」

そう言って立ち去ろうとしたバニラを、あたしは思わず引き留めた。


「ごめん。…側に、居てほしいの」

平静を装っていても、やっぱり怖いのだ、あたしは。

家族を壊して笑っていた、あの悪魔のようなやつらが。



「……。クロ…呼ぶ…?」

「え、なんでクローバー?」

素できょとんとすると、何故かバニラがジト目になった。


「弱ってる…マスター……クロ…喜ぶ…」

「……あー…」

なるほど、好きな人が弱みを見せてくれて嬉しい、っていう心理ね。

「でも、今は1人にはなりたくないからなあ…」

バニラがクローバーを呼びに行く僅か時間とはいえ、今1人になるのはちょっと…ねえ?



「あ、一緒にクローバーに会いに行けばいいのか。…あれ、バニラ?」

いつの間にか色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざったような、奇妙な表情で固まっていたバニラにあたしは首を傾げる。

「っあ、うん。なんでも、ない」

「…そう?」

今のは、なんでもない、って顔じゃなかった。

それは解っていたけど……だからといって、今問い詰めるのが良い事だとも思えなかった。


「だい、じょうぶ…クロのとこ…行こう…?」

だから。

ぎこちなく笑って、大丈夫だと言うバニラに。

「…うん。エスコート、よろしくね」

あたしは、彼女の様子には気づかないふりをして…あたしもなんでもないふりをして、そう言うしか無かった。

リカは、痛みを恐れて、不死の体を求めているのです。

また全てを奪われるのを恐れて、世界征服に乗り出しているのです。

前向きに動いてこそ居ますが、その原動力は「恐怖」という後ろ向きなものなのです。

その恐怖の元凶が迫ってきていたら、リカでも調子は狂うのです。

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