第3話 記憶喪失の少女と、少年の成長
クローバーを拾ってから1か月と少しが経った頃。
町を歩いていたあたしは、路上で呆然と立ち竦む少女を見つけた。
漆黒と言っても差し支え無い真っ黒な髪と瞳を持つその少女の顔に浮かぶ表情は、「どうして自分はここに居るのか」とでも言いたげな、困惑に満ちたもので。
…あたしもそうだったな、と思い出して、もしかしたら、と彼女に声を掛けた。
「あなた、どうしたの?」
「……え?」
「迷子?名前が分かれば家族の所に送っていけると思うのだけれど」
「……わたし、の…名前…」
頭がはっきりしていないのか、これが素なのか、いまいち反応が鈍い少女を前に、あたしはゆっくりと待つ。
こういう子は、急かしても良い事は無い。
「わから、ない」
その答えに、ああ、と思う。
この子は、記憶喪失だ。
前のあたしと同じで…今、あたしが探していた人材。
「そう…。…じゃあ、私のところに来ますか?」
「…?」
「私と一緒に居れば、あなたの過去を知る人に会える…かもしれません」
「…いく」
■
女の子は、無事にあたし預かりになった。
「……おい、しい…」
もてなしにと出したバニラアイスを幸せそうに食べる彼女に、クローバー共々頬が緩む。
まあ、あたしの場合はクローバーに合わせてるだけで、内心じゃバニラアイスを餌にすれば訓練に効率的かも、なんて計算したりしているのだけど。
「そういえば、名前も考えてあげないとですね」
「……お願い…します」
ぺこり、とアイスを食べながら頭を下げた少女に笑顔を向けて、あたしは堂々と考え込んだ。
クローバーみたいに意味を込めるにはあたしの知識はまだ少ない。そっち方面はまだ触ってなかったから、ちっちゃい頃…まだ、普通に幸せに暮らしていた幼い頃の記憶…それを頼るぐらいしかストックが無いのだ。つまりはネタ切れ状態、という訳で。
髪が黒いからクロ?流石に安直すぎる…。黒…黒…
「――バニラ、っていうのはどうだ?」
は、と顔を上げると、クローバーの顔が側にあった。
茶色っぽい、日の加減によっては黒にも見える彼の瞳は、不安そうに、照れ臭そうに揺らいでいて。
…今、もしかして。悩むあたしに、助け船を出した?
「いいですね!!」
「のわっ」
テンションがいきなり急上昇したあたしに、クローバーが驚く気配がする。
ふふ、予想通りの反応。わざと機嫌の良い様子を見せてして欲しい事を刷り込む作戦、上手く行くといいのだけど。
…まあ、今は少女の方かな。
「あなたもそれでいい?」
「……ん。わたしは…バニラ」
「決まりね!」
少女…バニラを満面の笑顔で撫で、くるりとクローバーに向き直る。
「ありがとうクローバー!私、嬉しいわ!!」
興奮したようにぐいっと顔を近づけると、彼は途端にあわあわと顔を赤くした。
「リッ…リカ!近い!!」
「あら」
距離の近さは当然わざとである。
盾になってもらうには、恋情を抱かせるのが一番簡単だから、ね。
■ ■ ■
バニラの面倒を見るようになって、2ヶ月が経った。
彼女にあたしに都合の良い常識を密かに仕込む一方で、クローバーがあたしに溺れるように、依存するように密かに仕向けて行く。
クローバーの件は、教育が済んだバニラにも途中から協力してもらいつつ、じわじわと進めている最中だ。
まあ、バニラの教育はまだまだ最低限で、あたしの言う事は絶対に守った方がいいものである、と刷り込めたぐらいだけれど。
あの子はかなり素直だったので、教育もとても楽が出来た。
「リカ…今日のクロの様子…」
相変わらずぼそぼそと喋るバニラから報告書を受け取り、頭を撫でる。
「ありがとう、バニラ」
気持ちよさそうに目を細める彼女の姿は、まるで可愛らしい猫のよう。
あたしは「この姿を並みの男が見たらでれでれするんだろうなあ」と思うだけだけど…まあ利用しようにもバニラは演技が苦手だし、そう簡単には気を許さないように教育したのはあたしだし。
やはり諜報や暗殺が彼女向きの仕事のようだ、とあたしは自分の思考にそう結論を出した。
『今日のクローバーは、部屋の中を無意味にうろついたり、かと思えばいきなり訓練室でがむしゃらに剣を振り出したり、かなり不安定な様子だった』
『聞こえた独り言や行動から察するに、リカが忙しそうなのが寂しいようだ』
ああ、これは――
『「バニラばっかりズルいよなあ…」などの呟きも聞こえた』
『至急、対策を講じる事を提案する』
教え込んだ固い言葉の裏に、バニラの仲間を案じる柔らかい気持ちが透けて見えて、あたしは微笑んだ。
今日の報告は、とてもいいものだったな、と、あたしは思う。
順調に、懐柔は出来ているんだな、と実感した。
慎重に丁寧に、「あたし」に溺れさせる…その計画は、きちんと少しずつ進んでいる。
さて、と。
バニラの優しさも見えたし、とりあえずは計画通りにクローバーをつっつきに行こうかな。
想い人が忙しそうでしょんぼりしてたら夜も更けた頃ににこにこ笑顔で想い人本人が自室に突撃してきた末無防備に接触しながら雑談されて理性の耐久試験にぶっつけ本番で挑む事になったクローバー少年の明日はどっちだ()
Q.クローバーを煽ってどうするのさ
A.想いが深まった頃に長期で離れて依存させる
Q.というかイケメンに自分で距離詰めて逆に絆されたりしないの?
A.主人公が狂ってるから無いです(断言)
私の文章力で表現出来ているかは不安ですが、主人公は主人公なりに狂ってます。
具体的に言うと、いたいけな少年少女を利用する罪悪感は無いです。というか罪悪感のみならず、恋愛感情とかも無いです。想いを寄せられても内心では眉1つ動かさないです。
その辺り、まともな感情は大体「地獄」に置き去りにしてきたし、本人にその自覚もあります。
表現出来ているかは不安ですが(二回目)