第2話 捨てられた少年
「リカ様」
信奉者…手駒の1人からの呼びかけに、さっと猫を被って振り返る。
ちなみに、リカは偽名だ。
「様はやめてくださいと…あら、どうしたんですか?その子」
この図書館の館長である彼に首根っこを掴まれ、猫のように大人しくぶら下げられている少年の姿に、あたしは目を瞠ってみせた。
「うちの玄関先で震えているのを職員が見つけたのですが、親に捨てられたと本人は主張しているのです」
この町にはそんな事をするような親は居ないはずですが、と言いたげな顔で説明する館長に、少年は涙目で首を振る。
「母さんも父さんも、俺をいらないって言っていなくなったんだ!」
そう叫ぶ子供の姿にあたしは――好都合だと内心でほくそ笑んだ。
「そうですか。では、うちの子になりますか?」
「リカ様、それは!」
館長は、あたしに(洗脳でとはいえ)心酔し、あたしの計画に全貌は知らないまでも加担しているという自覚を持って加担している。
弱点を増やすのはよくない、と言いたかったのか、この何も知らない子供を巻き込むのか、と言いたかったのか。
その通りだ。普通なら情が移ってか弱い子供が切り捨てられない弱点となるのは避けるべきだし、館長のような善人からすれば、子供を巻き込むのも許容し辛いだろう。
「大丈夫です。私が守ればいいのですから」
だから、あたしはこう言ってのける。
そうすれば――
「俺なら、自分の身は自分で守る」
この子なら、そう言ってくれると思った。
「…そうですね。申し訳ないけど、それが一番いいかもしれません」
白々しくそう言って、少年の真っすぐな瞳と目を合わせる。
「あなたは…そうだ、あなたの名前は?」
「……名前は捨てた。だから好きに呼べばいい」
今思い付いた、という様子でそう問いかけると、彼はそう言い捨てて目を逸らした。
「そう…。じゃあ、クローバーはどう?」
にこり、と笑顔でそう提案すると、少年は戸惑ったように目を瞬かせた。
「あなたの名前、クローバーっていうのはどうですか?」
名前が無いというのなら、新しく付ければいいでしょう?と、聖女のような顔で微笑みかける。
「幸運を呼ぶと言われる四つ葉のクローバーですね? いささか安直かもしれませんが、良い名だと思いますよ」
「安直とか言わないでくれます!?分かりやすくていいじゃないですか!」
館長、ナイスアシスト。安直なのはぶっちゃけわざとだ。こうやって砕けた所を見せれば…。
「…う」
「「う?」」
「うわああんっ!」
「えっ」
突然の泣き声に館長が固まったのを尻目に、予測出来ていたあたしはふわりと少年…クローバーを抱きしめる。
「大丈夫、いっぱい泣いていいよ」
穏やかに、安心させるように、母性を感じられるように。
クローバーの渋い緑色の髪をそっと撫でて、穏やかに声を掛ける。
ぎゅ、と握り締められたあたしの服が、計画の成功を物語っていた。
■
翌日、訓練を始めた。
もちろん訓練は厳しく、そしてその後は甘く。
自分だけではなく、あたしも守りたくなるように。
1週間後には、あたしを守りたい、と告げる少年の姿があって、それはもう嬉しかったものだ。
それ以上に、思い通りになっていく世界への愉悦も、あったけれど…ね。
あの子を拾う前から、考えてはいたのだ。
傷ついた子供たちを、あたしの手駒として育て上げる計画。
根が良い図書館長には反対されそうなので話した事は無かったのだけど、彼は良いタイミングで良いものを連れてきてくれた。
クローバーが落ち着いたら、本格的に育成に乗り出すのもいいかもしれない。
…ああ、そうだ。常識も歪めておかないとね。あたしの身の安全が一番優先されるべきもので、そのために人を殺してもなんとも思わないように調整しないと。あと、あの子整った顔立ちしてるし、ハニトラとかも出来るようにしたいなあ…流石に欲張りすぎかな。
うーん…。いちいち洗脳するのは面倒臭いし、ちょっと確実性に欠けるなあ…。洗脳が解けたら危なすぎる。
貴族の奴隷になってた時のあたしみたいな、常識まで綺麗に抜け落ちた記憶喪失の子とか、どっかに落ちてないかしら。