プロローグ
剣で斬られ、鞭で打たれ、棒で叩かれ。
火で炙られ、氷漬けにされ、雷撃を叩き込まれ。
下卑た笑いに晒されながら、この世の責め苦を一心に受ける少女が居た。
父親は笑いながら拷問を受け、やがて加減を間違えたらしい犯人たちに原型を留めぬほどツブされた。
母親は父親の前で凌辱され心を壊し、やがて用無しとして無造作に首を斬られた。
兄は不幸にもショタ趣味の男どもの手で凌辱され、そして拷問された。
それを見て、瞳に憎悪を燃やす少女は、兄も同じだと思っていた。
――母に似ている穏やかを持つ兄が、母と同じように壊れないという保証はどこにも無かったのに。
やがて、少女も兄も悲鳴を上げ過ぎて声も出なくなった頃。
少女に、バチバチと帯電する棒が叩きつけられ――
少女の記憶は、そこで途切れた。
■
大変、という声を聴いた。
このままだと約束を守れないわ、とあたしたちの現状に不似合いな明るさで言う声に、あたしはなんでもっと早く助けてくれなかったんだ、と噛みついた。
あたしの訴えを聞こえていないようにスルーして、声はしばらくぶつぶつと考え込んで。
――それから……それから、どうなったんだっけ…?
■
「ここ、どこ…? ――あたしは、だれ?」
呆然と呟いて、自分の名前すら判然としない事にまた愕然とする。
…そんな有様であったので、あたしは自分が今どこに居るのかなんて、全然分かっていなかった。
その時、ガチャガチャと金属音のする…鎧、だったか、を身に纏った男性が通りがかって、反射的にあたしはしゃがみ込む。
「…ん?」
ぼんやりと霞掛かって碌に記憶を引っ張り出せない頭でもなんとか、こういう格好をしているのは治安維持のための衛兵が主である、という知識を引っ張り出した時、ぱちり、とその男性と目が合った。
「侵入者だ!」
「っ!?」
目が合った、と思った瞬間にそう叫ばれ、思わず肩を竦めて硬直する。
「捕らえろー!」
「ええっ!?」
逃げだす暇もなく、そのままがっちりと腕を掴まれて、あたしはよく分からないまま、建物の中に連行されてしまった。
そして、屋内…詰め所というらしい、衛兵たちが待機する場所での尋問の結果、あたしが立ち竦んでいた場所が、見知らぬ国の見知らぬ貴族街の、聞き覚えの無い子爵家の敷地の中だった事を知った。
名前すら分からない、国の名前を並び立てられても1つも聞き覚えが無い、年齢も分からない(一応見た目的には12歳程度に見えるそうだが)。
通貨の単位すら知らない少女を訝しみつつ、しかし衛兵たちは無情にも「身元不明の記憶喪失者」とだけあたしの身元を判断し、スパイの疑惑もあるという事であたしは牢に入れられた。
完全に犯罪者扱いではないためか、それなりに快適な牢屋生活を過ごして数日。
突然、あたしが敷地に不法侵入したという子爵家の当主が、あたしを訪ねてきた。
「ふむ…キミ、うちに来なさい」
じろじろとあたしを遠慮なく観察した後、第一声でそんな事を言い放つ子爵。それは決定事項なんだろうか。
「私の娘が、丁度キミとよく似た背格好をしているのだよ」
その情報とあたしになんの関係が、と、当時のあたしは呑気に首を傾げていた。
それからの日々は、今思えば悲惨の一言だった。
自由を奪われ、虐げられる日々は、どれだけ続いただろうか。
記憶を全て失っていたあたしは、それが歪んでいるとも知らず、ただ拾われた恩を返そうと一途に働いていた。
――それが変わったのは、子爵家が犯罪により取り潰しになった時だった。
■ ■ ■
あかい液体と、虚ろに光を失った眼球。
命じられた買い物から帰ってきたわたしの目に飛び込んできたのは、そんな現実離れした光景だった。
――ああ。
あたしは、この光景を知っている。
赤い血の池
打ち捨てられた「父親だったもの」
自分を焼け焦がす炎
甚振られ悲鳴を楽しまれる、自分と兄
次々とフラッシュバックする光景に、眩暈がする。
もういやだ、と絶望した
自分や兄を貫く痛みが恐ろしかった
血はもう見たくないと泣き叫んだ
死にたいと懇願した
なのにあいつらはあたしを弄び続けた
ずっと、ずっと…