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【三州統一編其の四】忠平開眼

 岩剣城の攻城戦は島津三兄弟にとり初陣であったとはいえ、単なる九州の南端の地における小城の奪い合いであったといえるだろう。だが局地戦だったにせよ岩剣城の戦いは、日本戦史に永久に残る事件だったこともまた事実である。

 

 開戦から七日が過ぎた九月十九日、いまだ戦で功なき忠平は叔父忠将とともに、岩剣城の支城である帖佐城の攻撃に回された。明朝期しての攻撃に備え将兵達には酒がふるまわれ、忠平もまたいつになく大酒を口にした。将兵達がようやく、忠平の様子がおかしいと気付き始めた時のことである。突如として忠平は盃を地に叩きつけた。


「父上は何故おいに戦をするなと申すか! おいを臆病と侮ってのことか、ならば是非もなし今から帖佐城にのりこんで、敵兵を一度に皆殺しにしてくれよう」

 明らかにろれつが回らない口調である。足元もおぼつかなく、泥酔しているとしか思えない。

「若殿お控えあれ」

 驚いた様子の忠将が、すぐに忠平を正気に戻そうとした。

「忠将おまんも、おいを臆病と言い切るのだな、こんおいの刀で斬れぬもんはなか」

 忠平は不意に抜刀し二度、三度振り回したかと思えば、よろけてそのまま地に大の字になった。


「若殿、なんたる不覚目を覚ましあれ」

 忠将は忠平を引きずるようにして姿を消してしまい、将兵達は驚き目を見張った。噂はその夜のうちに間諜を通じて岩剣城の良重の耳に入った。


「なんと、敵の若大将はかほどにうつけか」

 良重は間諜の知らせを聞いて驚き、またかすかに笑みをうかべた。

「はっ帖佐城を囲む敵の将兵達の間には、動揺が広がっております。殿今こそまたとない好機でありまするぞ」

「夜襲か」

「左様でござる」

「よしただちに帖佐城に伝令を出せ。今宵夜襲をかける。敵の本陣からよく見えるところに、うつけの御曹司の首をさらしてくれようぞ」

 

 その夜深い闇の中を帖佐城の城兵達は、音を消して敵の陣地を目指して動いた。やがて丸に十字の籏が風に揺らぐ様が薄くぼやけて見えた時のことである。左右の草原がかすかに動めいた。と、次の瞬間凄まじい轟音とともに、人馬が折り重なるようにして倒れた。種子島銃の一斉射撃だった。


「何事だ、伏兵か」

「敵じゃ、しかも種子島銃とかいう恐ろしい兵器じゃ」

 帖佐城の城兵達は種子島銃の噂は聞いていたが、実際の戦場でその桁違いの威力を知るのは初めてといってよい。日本戦史上、鉄砲が実戦使用された記念すべき瞬間だった。

「よし敵は混乱している。皆我に続け」

 様子を見守っていた忠平はただちに馬上の人となり、槍をふりかざして敵の中へ斬りこんだ。種子島銃の一斉射撃で動揺している帖佐城の城兵達を忠平は、初陣とは思えない勇猛さをもって蹴散らした。はるか晩年忠平は自ら記した惟新公自紀のなかで、

『陣中の軍兵を率い、足を止めず駆け入りて方々に追い散らし、数千の敵を討ち滅ぼし、大利を得』

 と懐かしく振り返っている。

 

 この光景を見た忠将は目を見張った。初陣の忠平は獅子がたてがみを広げたかのごとく凛々しく、鮮やかすぎるほどの武者ぶりである。

「若殿に遅れるな、敵兵一人たりとも城に生かして帰すな」

 島津兵達は忠平に続いて、帖佐城の城兵達を斬りまくった。城に逃げ帰った者わずか十数名、忠平と島津兵の大勝利である。大酒に酔ったとみせかけ、敵を城から誘いだすため忠平と忠将がうった大芝居が、見事功を奏したのである。

 

 これが後に日本国はもとより遠く明、朝鮮にまで名をとどろかせることになる島津忠平、後の義弘の戦場での初采配となった。



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