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【三州統一編其の二】初陣

 薩摩大隈国境には、島津氏同様、戦国大名として独立を目指す豪族蒲生氏の居城が延々と続いている。本城が蒲生城。支城として岩剣城、松坂城、北村城、帖佐城等である。天文二十三年(一五五四)九月、蒲生家主蒲生範清は、大隈領内において親島津派の肝付兼演の加治木城を強襲した。対する島津貴久は姶良にある岩剣城に押し寄せた。陽動作戦により蒲生軍をおびきだし、一気に殲滅せんとするのが島津側の作戦だった。

 

 島津軍は幾つかに分かれ、岩剣城を取り囲むよう布陣する。すでに各隊万全の体制を整えた九月十一日夜更け、丸に十字の軍旗のもと、本陣には島津一族の重だった者達のみが残った。日新斎島津忠良、島津貴久、そして島津義辰、忠平、歳久の兄弟である。いずれも都に近い土地にでも生を受ければ、天下すら狙えたかもしれない戦国随一の器量といっていいだろう。


「皆よい面構えをしておる。さすがは薩摩武士じゃ」

 島津貴久は、三人の息子達の顔をしみじみと見た。

「敵は今、加治木城を攻略している最中である。我等がここにあること知れば、必ずや押し寄せてこよう、その時こそ決戦とわしは思っておる。じゃが油断はできん、所詮戦は融通無碍なるもの、我等今ここに集えども、明日再び生きて会えるとも知れん。決してぬかるな、まずは出陣に先立ち一献とらすとしよう」

 貴久は三人の息子に盃を与えた。


「父上、初陣の前に尋ねたいことがあります」

 口を開いたのは忠平だった。

「父上と叔父上の力により、ようやく薩摩の大半は我等島津のものとなり申した。されどこの先大隈、日向と欲っするは野心ではありませぬか、戦続ける限り田畑は荒れ、他国の者の怨恨買いまする。いったい、いつまで戦することとなるのでありましょうか」

 貴久は、しばし睨むように忠平の顔を見た。青白く、一見すると女性のような顔つきである。乱世に生きる者として、忠平は優しすぎると貴久は常々思ってきた。幼い頃より兄弟で喧嘩しても、必ず負けて泣くのは忠平だった。


「よいかよく聞け忠平、戦はおいとて望むところではない。されどおい達が薩摩一国程度の支配で満足していたら、今眼前の敵である蒲生、日向の伊東、肥後の相良等はいずれ力つけ我等抗する術失うこととなろう。そげんことにならんためには城を築き、堀を深くし、田畑を広げ、士卒をたくましゅうし、然るべき後他国に力広げねばならぬ。しかと胸に刻んでおけ」


「なれば、戦終わることはないのでございましょうか」

「忠平、おはんは戦を恐れているのか」

 隣に座っていた義辰が声を荒げた。

「そいは違いもうす、我等戦続けるは勝手。されどそいでは民、百姓が苦しみもうす。初陣に先立ち、おい達がこれから戦することの意味をば、確かめたかっただけでごわす」

 忠平は青白い顔を、かすかに紅潮させて兄に反論した。

「おやめ下され兄上達、見苦しゅうごわす」

 制止に入ったのは三男の歳久だった。


「まずは落ち着けお前達、戦を前に仲間割れしていては勝てる戦も勝てん」

 貴久の背後で様子を見守っていた日新斎忠良が、三人の中に入った。忠良は他の者とは異なり鎧、甲冑は付けず僧体をしている。太く濃い眉、大きな目、全身がかなり毛深く、六十を過ぎてもなお強い精気が伝わってくる。


「貴久おはんも今日はもう休め。わしは孫達と話したいことがある」

 貴久が忠良に一礼して座を後にすると、忠良は三人の方を見て一度深いため息をついた。

「今は争っている時ではない。眼前にある岩剣城は、三方を切りたった崖に囲まれた山頂にある。三人のうち、いずれかは死するやもしれぬ」

 歴戦の将忠良の言葉に、三人は一瞬表情を険しくした。


「まずは義辰に聞こう、いかにして眼前の城落とすべきか」

「されば兵糧攻めがよろしいかと、岩剣城の周りに蟻のはい出る隙間もないほどの包囲をしき、敵が屈するまで我等いかなることあろうとも、ここを動かぬが最良の策かと」

「お言葉なれど兄上、左様な消極的な策は薩摩武士にふさわしゅうないかと、将兵一丸となり攻めに攻めてこそ、活路見出せるものと忠平は思いまする。それがしを臆病とそしられるなら、明日の先陣をつとめてごらんにいれもうす。兄上は後方にて、それがしが敵を打ちやぶる様とくと見物あれ」

「なんばいうちょっとか、おはんに先陣などつとまるわけがなか!」

「まあ両者とも静まれ。歳久そなたならなんとする」

「はっ、されば調略が第一かと、敵方の将の幾人かを策をもって、我等の側に寝返らせるのです」


 忠良は三人の言葉を一々うなずきながら聞いていた。

「よう申した。おはん達一人、一人、各々そいでよか。義辰わしは幼い頃より、おまんには三州の将たる材徳が備わっているとみていた。一軍の将たる者、たとえいかなる事あろうとも、不動の姿勢を保つが大事。忠平よ、お前は平静穏やかではあるが内に強靭な闘志秘めたること、わしにはわかる。案ずることはないぞ、そなたは決して臆病などではない。ゆくゆくは慈悲の心をもった名将となろう。常に家臣、領民いたわる心忘れるな。さすれば皆そなたのために、喜んで命を捨てるであろう。歳久よ、そなたは残念ながら武勇においては兄達に劣るであろう。じゃがそなたには知略がある。知略をもって常に兄達を助けよ。よいか誰も死んではならぬぞ、一人でも死ねば島津の家は滅びるであろう。そなた達が死ぬくらいなら、こん老骨が喜んで死のう。よいか今の言葉終生忘れるでないぞ」


「しかと胸に刻みまする」

 長兄の義辰が頭を下げると、他の二人も頭を垂れた。去り際忠良は、ふと思いだしたように忠平に声をかけた。

「そいと忠平、先ほどのことであるが、我等戦終わる時は戦乱を鎮める仏が世に降臨する時と心得よ。新たなる世は必ず訪れる。そん時まで戦い生き続けよ。そして仏は戦場にもおる。仏がおる限り島津は滅びん、仏見失うときこそ我等滅びる時と思え」

「仰せの言葉、忠平終生忘れません」

 と答えたものの、若い忠平には仏というものが今一つ理解できない。忠平が忠良の言葉の意味を知るのは、はるか後のことである。


  夜が深くなる頃、忠平は不意に寝所から起き上がり岩剣城の方を仰ぎ見た。闇の中、断崖絶壁の頂に浮かぶ岩剣城は、自らを死へと誘っているかのようにも思える。むろん忠平は、戦場の血の臭いをまだ知らない。



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