【プロローグ】薩摩の兄弟
薩摩の地は遠く都からしてみれば、まさしく異境といっていい。錦江湾をのぞみ、雄渾な桜島からの火山灰が容赦なく降りそそぐ。常に大陸からの風が厳しく吹きぬけ、土地は痩せこけていた。かっての剽悍な隼人族が支配し、島津治世およそ三百年の歳月を経た薩摩は今、新たなる時をむかえようとしていた。
時に天文二十三年(一五五四)のことである。広漠たる薩摩の大地を二人の騎馬武者が、颯爽とかけぬける姿があった。
「どうした忠平、もう疲れたがか、おいについてこれんか」
先頭を駆ける若武者は小柄ではあるが、色が浅黒く剽悍さが顔ににじみでている。
「なんのまだまだじゃ、兄さんには負けん」
対照的に後に続く武者は、色白で端正な顔立ちをしており、どこかおっとりしているようにも思える。後に戦国の世に島津の名を知らしめることになる島津義辰(後の義久)、忠平(後の義弘)兄弟である。時に義辰二十一歳、忠平十九歳。
やがて両者は夕闇が迫る頃、ようやく馬足を止めた。
「兄さん、さっきから気になっとたが、そん背中に背負ってる棒っきれみたいなもんはなんじゃ」
「おうこれか、これはな種子島銃というんじゃ、貴重なものなので今日は父上に内緒で持ち出してきた。ようく見ておけよ」
義辰は火縄に着火すると、銃口を天へ向けた。次の瞬間、忠平の耳をさくような轟音とともに、偶然銃弾が一羽の鳥に命中した。忠平はしばし驚愕し言葉を失った。
「すごかもんじゃ、誰がこげなもんを考えだしたんかのう」
忠平は火縄銃を手にし、驚嘆の声をあげた。ずっしりと重かった。
「南蛮という遠い異国の兵器だそうだ」
「南蛮? 唐、天竺の他に国があるんかいのう、いつかいってみたかのう、そげな遠い国へ」
忠平は好奇の目を輝かせた。
「うむ、こん世の中は、おい達が思っているより、はるかに広か。だがこの国は乱れ、皆狭い土地をめぐって争ってばかり。日の本どころか、こん薩摩でさえ豪族同士の争いが絶えない」
ふと義辰は遠く桜島を仰ぎ見た。
「忠平、おいも行ってみたい、そん南蛮とやらに。いつか、おい達の手で戦乱の世を終わらせることができたら……おいとおはんとで、こん日の本の動乱を鎮める魁となろうぞ」
義辰は忠平の手を強く握った。夕陽に紅く染まった桜島が、じっと両者を見つめていた。