転生したら王子になっていました 年末記念短編〜孤児院の裏リーダー〜
今年最後のアップは、本編では語られなかった、リレンになる前の絹川空と親友の物語です!
絹川空。彼が従えてきた子たちの中でも、一際特別だった人物だ。
今年で十八歳になる彼ーー綿貫悠は黒い服を見に纏い、大きな写真の中で優しい笑みを浮かべる空を眺めていた。
その目には涙が溜まっており、彼と空が深い仲であったことを物語っている。
空は、孤児院にいた悠が十歳の頃に九歳で入ってきた。
この孤児院は十四歳まで入れるが、九歳で入るのは珍しい。
自己紹介の時に浮かべた笑みには邪気などは一切無く、とっても純粋だった。
それは、彼を奴隷側として扱うことに抵抗を覚えるほどだった。
暗黙の了解なので悠にはどうにもならないが。
空はとっても気配りのできる人物だった。
奴隷生活に絶望していた子たちに希望を持たせ、仲間を邪険に扱う主人側は、得意の会話術で完膚なきまでに叩きのめす。
彼の地位が上昇するのにそう時間はかからず、五年が経つ頃には、空の名を知らぬ者は孤児院にいなくなっていた。
そんなある日、孤児院に激震が走る。
食事の時間を半分にするというのだ。
食べるのが遅い子は、満腹になるまでに時間ギリギリまでかかっている。
半分にされたらその子は満足に食べられないまま仕事をしたり、勉強をすることになるのだ。
即座に年上五人による子供会議が開かれることとなった。
そこには空が奴隷側代表として参加し、会場の端っこにひっそりと陣取っていた。
「どうするんだ?あのババアは絶対やるぞ」
牧野真也が嫌悪感丸出しで吐き捨てる。
彼は悠の一学年下であり、悠の次に年上だった。
ババアというのは、この孤児院の支配者である沖野美沙を指す。
一度決めたことは曲げない主義で、子供たちからはかなり嫌われていた。
「食べるのが遅い子がいるってのを切り札に出来ないかなぁ?」
おっとり系男子、田辺涼が首を傾げる。
「馬鹿か。そんなこと言ったら、食事の量を減らすとかいう方向に持ってかれんだろ」
スポーツ系の華原陽が低い声で呟く。
「あり得るわ。あの性悪女ならね」
唯一の女子参加者、江原麻耶が目を伏せる。
その後も延々と話し合いは続けられたが、一向に結論は出ない。
そんな時、声を上げたのが空だった。
「なら、俺が話しますよ。手はありますから」
不敵に微笑む空に、疲れた四人は縋り付くしかなかった。
「頼んだぞ、会話の魔術師」
「絶対勝ってねぇ?」
「失敗は許されねーぞ」
「みんなの思いを伝えてきて」
みんなからの期待の言葉を聞くと、空は優しい笑みを浮かべる。
しかしこの時、暗い笑みが混ざっていたのに気づいたのは悠だけ。
違和感を覚えた彼は2人きりになった時に尋ねてみた。
「空、どんな手を持っているんだ?」
「何も持ってないよ? ただ眠かったから」
どうやら眠かったため、早く話し合いを終わらせたかっただけのようだ。
「じゃあどうするんだよ。負けは許されない」
「負ける気は無い。最後に勝つのは俺だよ」
自信満々に言うと、空は自室に戻っていった。
大丈夫なのか?あいつで勝てるのか?
悶々とした気持ちを抱えて過ごすこと八日。
お茶を淹れてくれた空に聞いてみる。
「いつ行くんだ? あと二日でルールが変わるぞ?」
「今日の夜さ。もう準備はバッチリ」
黒い笑みを浮かべた空に安堵する。
その様子なら失敗は無さそうだ。
夜の十時頃、隣の部屋から物音が聞こえた。
空はこれから戦いに行くのだ。
ただ、たった一人で行かせるのは、悠の心情的に許せない。
こっそり空の後をついていくと、彼は美沙の部屋のドアをノックした。
「入りなさい」
凛とした声が闇に呑まれた廊下に響く。
紛れもなく美沙の声だ。
「失礼します」
空は優雅に一礼して入室した。
悠は閉じられたドアに耳を当てる。
「夜遅くに何かしら。手短に要件を」
「美沙さんと交渉しに来ました」
やや食い気味に答える空。
部屋の温度が数度下がった気がした。
「交渉って‥‥食事時間のこと?」
「ええ。僕たちは大いに不満がありますから」
あれ、まだ空は本心を隠している?
悠は一人首を傾げた。
空は本心を隠している時は『僕』を使い、素の時は『俺』を使うのだ。
最も、本人は気づいていないようだが。
「そう。何が不満なのかしら」
「美沙さんのように食べるのが遅い人もいるのに、時間を短くしようとしている点です」
その言葉に二人の人物が目を見開いた。
一人は部屋の中で呆然とする美沙。
ーーどうしてその情報を今言った?
もう一人はタイミングに疑問を持つ悠。
動いたのは勿論、美沙だった。
「私のように‥‥それをどこで‥‥」
「このバカげた仕組みを作ろうとした理由を突き詰めていくうちに分かりました」
理由と今の情報と何の関係がある?
悠はますます混乱していた。
「美沙さんが今回の仕組みを作った理由。それは俺たちの遊ぶ時間を増やそうとしたからですね。そこに悪意は全く無かった」
いや、むしろ悪意増し増しだと思うんだけど。
悠の混乱は止まらない。
「美沙さんは幼少期、ご飯の時間が長かったことで遊ぶ時間が短くなった。それはご飯を残してはいけないという正義感から来たもの」
空が謳い上げるような口調で話し出す。
思わず、ドアに限界まで体を近づけた悠。
推理に驚愕していたのだ。
「だから、この孤児院のみんなにはそのような思いをして欲しくないと思ったんですよね。だから食事の量を変えるとは言わなかった」
もう我慢の限界だった。
悠は無意識のうちにドアをノックしていた。
「悠くんね。入っていいわ」
美沙は何故、悠だと分かったのか。
それは彼の誠実さを美沙が知っているから。
決して、一人で奴隷側の人物を戦わせにいくような真似をしない誠実さ。
美沙は意外と子供を知り尽くしている。
性格や行動パターンまでもだ。
だが、空の推理に夢中になっている悠はそのことに気づかず、空の方が察した。
入室した悠は空の横に並び、口を開く。
「ですが、この孤児院はすでに完璧です。食事の時間を削らなくとも遊びの時間は十分ですし、ゆっくり食べられると一部の子からの評判は高いんですよ?」
悠がキーワードにしようと思っていた言葉。
それは深く美沙の心を抉った。
「そう、そうだったの‥‥じゃあ、私は悪人ね。みんなが気に入っていた食事の時間を短くしようとしてたんだもの‥‥」
すると、空がゆっくりと美沙に歩み寄った。
「ちゃんと説明すれば大丈夫ですよ。この孤児院の完璧ともいえるシステムを作ったのは美沙さんなんですから」
優しい微笑みを浮かべる空に、驚いた表情をする美沙。
空がこちらに向かってウインクをした。
何かフォローをしてやれということなのだろうと察した悠は、美沙に歩み寄る。
「俺は嫌いじゃないよ。説明されたら美沙さんの思いは伝わった。だからちゃんと説明して、みんなに納得してもらおうぜ」
唇の端を吊り上げて笑って見せると、美沙さんは立ち上がり、悠たちの頭を撫でた。
「二人ともありがとうね。今度はあなた達にルールを決めてもらおうかしら」
悪戯っ子のように微笑む美沙を見て、空は眉をひそめる。
「僕が決めたルールなんて全員嫌がるでしょ」
「空。本心じゃないことは分かってるぞ」
肩を叩くと、空は目を見開く。
悠の前では見せたことのない表情だ。
「何、驚いたような顔してんだよ。俺には見分ける術があるからな。一発だ」
「えっ‥‥俺にそんな癖があるの?」
空はマジマジと悠を見つめる。
驚きが隠せないといった表情だ。
「私も分かったわよ」
美沙が黒い笑みを浮かべた。
(この人は笑みの種類がコロコロ変わるな)
悠は頭の片隅でそう思う。
「え、何?教えてよ。俺、不安なんだけど」
「何が不安なんだ?不安要素あるか?」
悠が訝しげに問いかけた。
「交渉の時とかに見破られないか。俺の存在価値なんてそのくらいだろ?」
この言葉の一人称は俺。
つまり、空の本心ということだ。
それに気づいた悠は思わず空を引っ張たく。
パンという乾いた音が部屋に響いた。
「お前の存在価値はそんなんじゃねぇ。勝手に思い込むな。お前は、いなくちゃいけない人になっているんだよ」
悠の本心だったが、空は笑顔で頷くのみ。
その笑顔は儚く、今にも壊れそうだった。
「眠いから、僕はもう寝るね。お休み」
「そっ‥‥」
咄嗟に名前を呼ぼうとしたが、声が出ない。
空から、全てを拒絶するようなオーラを感じたからだ。
勿論、眠いというのは空の本心ではない。
悠と美沙はただ見送るしかなかった。
翌日、食事の時間はそのままにするという旨が美沙から伝えられ、子供たちは歓喜した。
空は美沙を見事に言いくるめた英雄としてみんなから尊敬されることになる。
だが、褒められようとも、讃えられようとも、空の表情にはいつもあの拒絶オーラが混ざる。
しかも、みんなが優しくすればするほど、そのオーラは濃くなり、『僕』が多様された。
悠はその様子を遠目から眺めるだけ。
裏を返せば、そうすることしか出来なかった。
そして空が伯母に引き取られたと聞いたのは、この日から三日後のことだった。
あの笑顔は別れの寂しさを必死に隠した空なりの誤魔化しの笑顔だったのだ。
そう気づいた時にはもう遅く、空は孤児院を出た後だった。
悠は言いようのない悔しさに打ち震えた。
「空を主人側にしたかったのに。俺たちと同じ立場になって欲しかったのに!」
空はもういないため、ただ慟哭するしかない。
抜け殻のようになった彼の元に、美沙から一通の手紙が渡される。
差出人を見た悠は表情を歪ませた。
差出人は他でもない、空だったからだ。
自分が初めて友達になりたいと思った人。
たった一人で悪に立ち向かう勇気があった人。
そして、恐ろしく気配りが出来る人。
そんな空からの手紙。
悠は慌てたように封を破り、便箋を開く。
美沙は雰囲気を察して退出していった。
『我が一番の主、悠へ。
宛名を見てびっくりしたでしょ?
主なんて書いてあるとは思わないだろうし。
悠は、俺が会った人たちの中で、両親の次に俺のことを見てくれていたと思う。
だから伯母が引き取ってくれると分かった時、とても寂しくて、悲しかった。
悠と別れるなんて耐えられなかった。
でも、もうこれは俺でも覆せない。
だから、悠と思い出を作りたかった。
二人だけの特別な思い出を。
だからあの時手を挙げて、俺が立候補した。
奴隷側の俺を、主人側である悠はほっとかないだろうと思ったからね。
本当は‥‥凄く不安だった。
わずか八日で交渉材料を見つけられるのか。
交渉が通じる相手なのかどうか。
悠が付いてきてくれるかどうか(笑)。
だけど、その心配は杞憂だったわ。
美沙さんはいい人だったし、悠もしっかり付いてきてくれたし、もう大成功。
内心ガッツポーズしてたよ。
‥‥別れたくないなぁ。
別れる時、面と向かったら、号泣しそうで恥ずかしいから、こういう風にさせてもらった。
最初で最後のワガママだと思って。
また、いつか会える日まで。
あなたの友、絹川空 』
「ああああああああっ!」
悠は手紙を読み終わると床に崩れ落ち、そばにあったクッションを強く抱きしめる。
水滴がいくつも落ち、クッションを湿らせていくが、悠にとってそれはどうでもよかった。
悠が床を叩くと同時に、一発の雷光があたりを色白く染め上げ、天気は雨になった。
屋根から滴り落ちる水は、取り止めとなく悠の目から零れる涙のようであった。
そこから悠は三時間あまり、泣き続けた。
もう涙が枯れ果てるのではないかと思うほど、涙を零した。
やっと悲しさから立ち直った悠は窓の外を見て呟く。
「絶対また会おうな。空が会うのを躊躇うくらいの人物になってやるよ」
決意した彼の顔を、夕日が紅く照らす。
燃える心を表すかのように真っ赤な夕焼け。
雨上がりの瑞々しい光景が、悠の眼前には広がっていた。
ーーこの別れから四年後、空と悠は永遠に引き裂かれることになるのだが、そのことを悠は、まだ知らない。
明日は新作も投稿されますので、そちらも是非よろしくお願いいたします。
来年も銀雪をよろしくお願いいたします。
皆さま、よいお年をお迎えください!