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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第四章 『この異世界で』
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第17話 『黒い柱』

「そろそろ壊れそうだな。ひとまずオマエはどいてろ」


 矢を掴んでいる近距離で、イアンはロザリエの腹部目掛けて拳を振るった。


 「っ…、危ないわね」


 寸前のところで魔力壁を生成して防御をした。これによって拳が直接触れるのは回避できた。…あくまで直接はだが。


 「確定」


 「、が、ァッ!?」


魔力壁を貫通してロザリエは衝撃を腹部にくらう。吐血するには十分な威力だった。 


 「な、んで…よ」


 「オマエじゃオレ様の『アルカナ』は到底わからねぇし、理解もできねぇよ」


 ロザリエはそこで気を失ってしまった。


 「こういう奴を絶望させるのも面白いんだよなぁ…。まぁでも今回は殺すか。いい着火剤になってくれ」


 ロザリエの首を掴んだイアンはアヤトの方を向いた。


 「おい、半身。今からこいつの首から上を吹き飛ばす。オマエの目の前でな」


 「や、やめろ…っ」


 「えー? どうしようかなぁ。どうせそれも人を救わないといけないって思ってるから出た言葉だろ?」


 「違う…っ! ロザリエは僕の…」


 「ぶはっ! と、友達だって?! おいおい、この世界は人間様に迷惑しかかけられない人街でも友人なんてできるのかよ。この耳長はよほど優しかったんだなぁ」


 「……ぁ…」


 「そうだよ。迷惑かけてしかねぇだろ? 目が見えない。右腕がない。だから一人じゃ何もできない」


 「………ぅ…」


 「誰かに助けてもらわないと生きていけないんだもんなぁ!? 死んだ方がみんなのためになるんじゃねぇかぁ!?」


 言葉を発さずとも彼は内側を見て、言葉を投げつけてくる。一番鋭い言葉を何度も何度も突き刺してくる。


 『アヤト!!』


 エレナの声は届かない。

 どれだけ叫んでも彼には届かない。


 「――触れるな」


 「な、」


 視認するよりも早く、低い声と共に黒き剣によってロザリエを掴むイアンの腕が切断された。


 「あー、遅すぎて忘れてたぜ。いたな、オマエ」


 腕を切り裂いたのは突然現れた黒騎士だった。

 

*****

 

 黒騎士は手から離れ倒れそうになるロザリエを一旦支えて、ゆっくりと地面に下した。


 「黒衣ごと切断…。やる気が出たみたいだな。でもオマエどっちかというとこっち側っぽいし、やるだけ不毛だと思うんだが」


 「黙れ」


 イアンが戦う意思などなくても黒騎士はお構いなしに黒器を振るう。


 「おっと危ねぇな。オーケーオーケー。今は気分がいいから一対一で相手してやるよ、同類」


 本来したかったこととは違うが、自分好みの展開にはなってきているのでイアンは機嫌がいい。


 「なーにが同類だ。こいつとお前じゃ何もかも違うだろうが」


 「ええ、そうね。全てが足りないわ。シュバルツ様の足元にも及ばない。比べるのすらおこがましい」


 「いや、そこまでは言ってねぇよ」


 「――――なんだ。仲間なんているのか」


 今度も気づかないうちに接近を許していた。

 手の甲に獣の牙のような模様が刻まれた男、そして浮遊している薔薇色の髪の女が両サイドにいる。


 「ガルノ、メイア。この男は異常だ。油断はするな」


 「ま、みりゃわかるわな。普通の人間は翼なんて生えてねぇし。てか、こいつアヤトと同じ服着てるな」


 「確かに同じね。すごい硬いんでしょ?」


 「そうそう。お前の付与魔術使った俺の拳でも貫通出来なかった」


 「――――」


 イアンは新たに現れた二人のことを順に見た。一瞬だ。どちらも三秒程度しか見ていない。


 「…ふーん。どっちもオマエに心の底から感謝してるらしいぞ。命を捧げてもいいと思ってるぐらいの感謝だ。よかったなぁ、黒いの」


 二人の観察を終えたイアンは最後に黒騎士の方を見てそう言った。


 「こいつ欠落姫みたいに内側が見えてるとか、そんな感じか?」


 「そうなんじゃない? 別に見られたところで痛くもかゆくもないけど」


 「だな」


 「――――」


 三人の中で黒騎士だけはイアンを見据えたまま無言だった。


 「…そんでその噂の欠落姫とアヤトがいるわけなんだが……」


 ガルノは座り込んだままのアヤトに目を向ける。


 「苦しそうね。あの子」


 「みたいだな。あのままでいいのか?」


 「あれは……」


 「あのままにしとけよ。面白いもんが見られるぞ?」


 「テメェに聞いてねえよ。俺は――」


 「――確定」


 笑いながらイアンが何かを振り払うように手を振った瞬間、ガルノの胴体が避けて血を吹き出した。


 「んー、絶望のリアクションってのは女の方が面白いからな。男の方は即死させても構わないだろ」


 ロザリエに最初にやったのとは別物だ。殺傷能力が違う。今のでガルノの方は間違いなく死んだはずだ。イアンはそう思った。


 「で、誰を殺したって?」


 「――――」


 血だらけではあるが、ガルノは当然のように喋っている。

 イアンにとっては想定外の事態だった。


 「ガルノ。能力はわかったか?」


 「わからねぇ。どこぞの円卓の騎士の黒器と似たような奴かと思ったけど別物だ」


 「見えない刃を飛ばすってだけじゃないでしょうね。天井崩してるんだから」


 三人はもともとこうなる予定だったかのようにイアンの能力についての考察を始めた。


 「…なるほど。そいつを人柱にして能力を割り出すのか。頭のおかしい奴らだな」


 「いや、勝手に俺のこと殺して人柱にしたのお前だけどな」


 アビリティ持ちとの戦闘は相手の能力がわからない初見の状態ではとても危険なのだが、ガルノは体質のおかげで死なない。敵のアビリティを判明させるために人柱にするのは確かに有効な手である。とは言ってもそれを前提として動いているわけではない(彼の性格上、真っ先に殺されることが多いが)。今回はたまたまそうなっただけだった。


 「わけがわからないのならわからないでいい。メイアは下がって支援に徹しろ。ガルノは俺と接近戦だ」


 「わかりました」


 「あいよ」


 二人は黒騎士の指示を受けて即座に行動を開始した。その様子を見てイアンは口元を歪める。


 「黒いのが死んだら二人ともいい顔してくれるんだろうなぁ…」


 恍惚とした表情で口にした状況が光景が訪れることをイアンは強く望んでいた。


 「バカ言ってんじゃねぇよ。そいつは死なねぇよ。強いからな」


 だといいな?」


 片腕だけになっていようとイアンは余裕の表情を崩さない。勝てるという絶対的な自信があるのだ。


 「ほら、始めようぜ。さっさとしないとオレ様の半身が――」


 時間稼ぎをしていたわけではない。

 もうやれることはやったのだから、今を楽しもうとしていた。

 そして時が経過して、とうとう成った。

 思っていたよりも早く、イアンの見たかったそれは出来上がった。


 「――AAAAAA……」


 漂うドス黒い空気。

 誰も気づかないうちに、アヤトたちがいた場所には黒い光がそびえ立っていた。

 

*****


 『アブソリュート』


 情報が脳内に入り込んでくる。

 初めてリンクをした時と同じだ。


 『原初の人間』


 『ゼロの剣』


 『特異点』


 『セフィロト』


 『オメガ』


 『希望の鎖』


 一切の抵抗が許されない。

 ただ情報の渦の中にいるだけ。

 もう意識さえ…


 『――ギア』


 暗転。

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