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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第四章 『この異世界で』
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第16話 『消えつつある』

 瓦礫の下。

 アヤトは下敷きになっていた。


 「…く……」


 『アヤト…』


 「大丈夫…みたいだね…」


 『はい…。黒衣のおかげ、ですね』


 痛みはあるが、黒衣のおかげでアヤトの体はほぼ無傷だった。しかし身動きが取れない状態だ。


 「どうする?」


 『そうですね…。影はここが暗い上に、無機物には無力なようなので使えませんし…』


 抜け出す手立てが二人には存在しなかった。


 『…困りました』


 「…うん。とりあえず誰かが瓦礫をどけてくれるのを待つしか――」


 ――待つのか?


 また、声が聞こえた。


 ――また誰かが助けてくれるのを待つのか?


 また、声は入り込んでくる。


 『アヤト?』


 「――また、僕は…」


 視覚を得たというのに視界は暗い。

 ひたすらに暗い。

 まるで資格など得たところでお前は変わらないのだと言われているようだった。


 「僕は……」


 「僕は何もできてません、ってな」


 「…!?」


 声が聞こえた瞬間、アヤトは何かに首を掴まれて瓦礫の中から引き上げられた。

 そのあとすぐに瓦礫の上に放り投げられたアヤトは、顔を上げて自分を助けた人物の顔を確認した。


 「いやいや、なるほどな。ようやくわかったよ。なんでオマエの中が見えにくいのか」


 アヤトを瓦礫の下から救ったのは味方の誰でもなく、黒い蝙蝠のような翼の生えた男――イアンであった。


 「オマエ、オマエの中にいるオレ様に好かれてるな?」


 アヤトを覗き込むイアンはまたわけのわからないことを口にした。


 「オレ様はわがままだからなぁ。誰にもオマエみたいな歪みを抱えた奴を取られたくないわけだ。ああ、納得した」


 「あ、あなたの…目的はなんなんですか?」


 「目的? これといってないさ。ただオマエの中にいる分裂したオレ様を吸収しようかと思っただけ。それが終わってからのことは特に考えてない。多分いつも通り趣味に勤しむだけだ」


 「趣味…?」


 「そう、オレ様の趣味は人間に負の感情を孕ませることなんだ。だから精々この世界にいる人間を苛め抜いてやるよ」


 「殺すん…ですか…?」


 「場合によってはな。殺すのが面白ければ殺すし、別のことやった方がいいならそっちをやる。恋人とかはいいぞ? 男の方が目の前で見るに堪えない程無残に殺されたら女は泣くし、女が眼前で正気を失うほど犯されたら男は怒り狂う。他にもいろいろあってバリエーション豊かだ」


 「……なんで、そんなことをするんですか?」


 「だから言ったろ。趣味だって。まぁ、なんでそれが趣味なんだって聞かれたらオレ様の好きなものが不安定な負の感情で、嫌いなものが不変だからだ。変わらないってつまらないだろ。人間とか何年たっても根本が変わらない。オレ様の嫌いなものはいい例だ。だから世界とかは好きなんだぜ? 時間さえ経過すれば常に変化があるからな」


 「それは人を殺す理由にはなってない…ですよ…?」


 「同じこと聞いてくるなよ。オレ様は人間は嫌いだけど、人間の負の変化は好きだから虐めるし殺す。それだけの簡単な話だ。理解したか?」


 「――――」


 わかってはいた。微塵もイアンの言葉が理解できないのはわかっていたんだ。


 『アヤト、話を聞くだけ無駄です』


 「…うん。そうだね」


 アヤトは瓦礫の上で立ち上がった。そして、その瞳で敵を見据える。


 「――僕はあなたを倒します」


 「へぇ、その理由は?」


 「あなたが悪だからです」


 「ああ、なるほど。単純な話だな。オマエみたいな空っぽの奴が言わなければきっと心に響くいい答えだっただろうな」


 イアンは悪魔のように……笑った。


 「………え?」


 「なに驚いてんだよ。わかってるんだぜ? 別にオマエ自身はオレ様のことなんとも思ってないって」


 「…………」


 「どうでもいいんだよな? 悪だとか。オマエ正義の味方ってわけでもないんだから。オマエがオレ様を殺したがっているのは、そうだな…」


 悪魔のような男はニヤつきながらアヤトを見つめる。しばらくしてから答えは出された。


 「…やらなくちゃならない。劣等感とかじゃなくて、代わりにやらないといけないっていう義務感みたいなのがオマエの行動理由ってところか?」


 「っ……」


 『この人は……私と同じ…』


 エレナは察した。彼は自分も持っている……いや、正確には『持っていた』目と似た目を持っているのだと。


 「そこにオマエの意思はない。空っぽだからな。ただあの人がやってたから僕もって感じだろ。……そう、死んだあの人は世界に『必要』、だったんだろ? 自分と違ってなぁ」


 「………」


 「どうした? 声も出せないみたいだなぁ。いい感じに怯えた顔してるぜ、オマエ」


 アヤトは一歩下がる。そぁそイアンは逃がすまいと一歩前に出た。


 「ははっ! 可哀想だなぁ。無意味で何もできない空っぽの存在って。オマエ何のために生きてるんだよ」


 「僕は…ぼく、は……」


 元の世界で何度も考えてきたことを、今まで誰にも口にされてこなかったことを、対に問われた。

 だが、彼が出せる答えなど……


 「…言葉攻めってカッコ悪いわね、あなた」


 動いたがれきの下からロザリエが起き上がる。

 なんとか魔力壁を作り出して瓦礫から身を護っていたのだ。


 「お、無事だったのか耳長。でもあともう少しだから邪魔するなよ。殺しちまう」


 「それはできないわね。昔から大人しくしてるっていうのが苦手なのよ、私は…!」


 矢を一本手に握ると、つがえることなく彼女はそれを持ってイアンに突進した。


 「《エンチャント・ブラスト》…!!」


 進行方向に出現させた魔法陣をロザリエはくぐる。これは風を体に纏わせる付与魔法だ。よって、矢と同様にロザリエは上昇した。


 「射っても当たらないなら、直接刺せばいいって発想か! いいねぇ、懐かしい! 特別だ。いいもん見せてやるよ」


 「くらえ…っ!」


 ロザリエは懐に入り、イアンの胸に矢を突き立てようとする。

 しかし、イアンは矢を無造作に掴んだ。


 「…! あなた、これ…」


 目を見開くロザリエ。驚いたのはイアンが矢を掴んだことではなく別のこと。

 矢を掴んでいる彼の手が、アヤトと同じ黒衣によって包まれていることだった。


 「…アヤトと同じ」


 「そうそう。『悪魔の衣』だ。『黒衣』だとか『魔の衣』って呼ばれ方もされてたな」


 「なんで使えるのよ…」


 「そりゃオレ様の力だからな。言ってるだろ? あいつはオレ様の半身なんだ。同じ力を使っててもおかしくはないだろ?」


 「………」


 ロザリエにはいまいち阪神というところがよくわかっていないのだろう。無言だった。

 けれど、アヤトはそこで理解した。


 「――声が…」


 あの声ことが、イアンの半分なのだと。


 ――オマエは、無意味なんだ


 また、囁かれる。

 言葉の刃物を突き立てられる。



 『おかしい…。聞こえていない? 私の声がアヤトに届いていない…?』


 先ほどから何度もエレナはアヤトに対して声を発しているのだが、応答がなかった。行動理由について触れられた時からずっとだ。イアンの言葉に反応しているのに、エレナの声には反応がない。

 つまり彼女の声はアヤトには聞こえていないということになる。


 『まさか…』


 明確な原因がわからない。

 だが、心当たりがある。


 『私の存在が――』


 予兆はあったのだ。

 ここに来る前から。

 そして先ほどリンクをした時に薄々察してはいた。


 『――消えていっている…?』


 エレナという少女は、少年の中から消えつつあった。

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