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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第四章 『この異世界で』
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第15話 『立ち上がる王』

 エレナは光の粒子となり、アヤトの体に入っていく。そして彼は視覚を得た。

 その一部始終を見ていたイアンは感心したような声を漏らす。


 「ほぉ、禁忌じゃねぇか。そんな使途に狙われそうなもん使ってるとは、流石オレ様の半身だ。しかーもそんな衣まで着ちゃってまぁ」


 値踏みをするように、じっくりとイアンはアヤトの姿を観察していた。


 「レイさん。僕たちも…」


 「リンクはしたな?」


 「あ、はい。しました」


 「なら逃げろ」


 「……え?」


 レイが背中越しに言ってきた言葉は予想もしていなかったものであった。


 『レイ、何を…』


 「アヤト。エレナ様を頼むぞ。ここは引き受けるからなるべく遠くへ行け」


 「ま、待ってください! どうして急に…」


 「…………」


 「レイさん……」


 言われずともわかった。リンクしたアヤトがいたところで何も変わらないのだ。

 イアンには勝てない。


 「身を呈して逃がすって? 健気だなぁ。あはははは!!」


 イアンの笑い声は王の間によく響いた。


 「でも逃がさねぇよ。どこまで逃げようが俺は絶対に追う。オレ様は人間なんかに負けない程度には強――」


 「――はぁ…。騒がしい」


 「あ?」


 ため息をついてイアンの言葉を遮ったのは玉座に座るルハドだった。


 「騒がしいって言ってるんだよ。人様の家で好き勝手やりやがって」


 不機嫌そうな顔のルハドは椅子から立ち上がった。


 「バリオンド。もう動けるな?」


 「はっ。先ほどは油断していました。申し訳ありません」


 「それはどうでもいい。それよりもマーネのところに行って俺の言葉を伝えろ。『結界を内側にいる者全てを出られなくするのに変えろ』ってな」


 「――王よ。あなたの避難は…」


 「知らん。さっさと言いに行け。早くしないと王権限で騎士団長やめさせるぞ」


 「……御意」


 バリオンドは一度頭を下げると出口へと駆けた。


 「行かせてやってもいいけど、邪魔したくなっちまうのが性分なんだよなぁ…」


 「させねぇよ。やれ、アーバー」


 「――了解」


 「……!!」


 そこでイアンは気付き、振り向いた。

 しかし、


 「オマエいつの間、に…っ!?」


 最初に視界に入ったのは拳。

 全裸の巨漢の拳はイアンの顔面に命中して、体ごと吹き飛ばした。彼はルハドの横を通って壁に衝突する。

 全裸のアーバーの陰部を見たロザリエが悲鳴を上げたが、今の状況からして些細なアクシデントである。


 「いってぇな…。なんだ、あの全裸人間」


 「どうだ? 強いだろ、俺の騎士は」


 「テメェ自身は弱いくせに粋がってんじゃねぇよ」


 まさか殴り飛ばされるとは思ってもみなかった。


 「あーあ。あいつ行かせちまったし、近いからまずオマエ殺すか」


 「やれるもんならやってみろ」


 「…調子に乗んなよ」


 「お互いな」


 「――! クソが…っ」


 挑発気味の口調のルハドにイアンは怒りを覚えたようだが、アーバーが隣に立ったのを見てすぐには行動を起こさなかった。


 「…わかった。わかったぞ。オマエが一番邪魔だ。なんでかは知らんが、今のオレ様じゃ力押し出来ないのはわかる」


 「ほう、どうやら我が筋肉を恐れているようだな」


 「筋肉は恐れてねぇ。効率的な考え方をした結果だ、全裸野郎」


 「なるほど。では大人しく投降するのか?」


 「するわけねぇだろ。やり方を変えるだけだ。――確定」


 笑みを浮かべたイアンはまた「確定」と口にした。

 次は何が起こるのかと全員が構えていた時、ロザリエの長い耳がピクリと動いた。


 「…! みんな早く逃げて!!」


 いち早く異変に気付いたのはロザリエだった。気付けたのは彼女の聴力がよかったからだろう。しかしすでに遅い。


 「ほら、石の雨だ」


 天井が崩れ落ちた。

 

*****

 

 階段を上り、光が見えた。

 天の光だ。

 彼は地下牢から地上に戻った。


 「よぉ」


 「…ガルノか。無事のようだな」


 出口には仲間の一人であるガルノが立っていた。


 「相手がよかったからな。それよりもどうした? なんか様子が…」


 「気にするな。今やることに変わりはない」


 「そうかい。お前が効くなって言うなら聞かねえよ。…でもなんかあったら言えよ」


 「………ああ」


 黒騎士とガルノの付き合いはそれなりに長い。外では常に仮面を被っているが、声音だけでガルノは黒騎士の感情をある程度把握できる。だから今の彼がよくない状態なのはわかる。


 「シュバルツ様―!」


 「メイ――」


 言い切る前にメイアが黒騎士に抱き着いた。黒騎士は一瞬倒れそうになったが、何とか立て直す。


 「――メイア。怪我はしていないか?」


 「はい! 問題ないです! シュバルツ様もお怪我は?」


 「私も大丈夫だ。…とりあえず二人とも無事のようで何よりだ」


 黒騎士はメイアの頭の上に手を乗せて撫でてやった。すると彼女は頬を赤らめて、嬉しそうに微笑んでいた。


 「あーあー、そいつの前だとメスの顔になるなぁ。いつもだったら……」


 「う、うるさい! 変態半裸男!!」


 「誰が変態だ。こんなの超える変態さっき見ただろうが」


 「あ……、なんで思い出させるのよ…。ちょっと気分悪くなってきた…」


 メイアにはあの全裸の巨漢は色々と刺激が強すぎた。


 「気分が悪いようなら、転移で…」


 「だ、大丈夫です! 全然まだやれます」


 「そうか。無理はするな」


 メイアが何によってダメージを追っているかなど知りもしない黒騎士は純粋にメイアを心配しているわけだが、全裸の男を見て気分が悪いなんて理由を愛している男性に彼女が言えるわけもなかった。


 「なんやかんや、楽しそうだよなぁ。あんたら」


 「――ギーノ。君も無事のようだな」


 「ま、あの塔壊すだけだったからな。そんなんお茶の子さいさいよ」


 弓を持つ男、三人目の黒騎士の仲間――ギーノも合流した。


 「にしても直接会うのは久々だねぇ。本当は『イーター』殺す時に会うはずだったのに」


 「ああ、劔の魔人が出てくるのは予想していなかったから仕方がない」


 本来ならイーターを倒す際に合流していたのだが、ゼノスの出現で話が変わってしまった。目的はすんなりと果たせたので、結果としては良かったのだが。


 「で? 四人そろったけど、これからどうするんだ?」


 「あの悪魔を殺す。それだけだ」


 ガルノの質問に黒騎士は端的に答えた。


 「ははっ! いいねぇ、わかりやすい」


 「……殺せるのか? 一瞬しか見えなかったけど、相当やばいだろあいつ」


 「それは百も承知だ。だが殺さなければ目的が達成できない。それに使えるかはわからないが、幸いルシウスがいる。戦力で言えば申し分ない。問題は……」


 黒騎士は宮殿の方へと目を向ける。


 「…特異点、だな」

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