第14話 『イアン』
「で、兵を集めろと」
「…そうです」
王国最強の騎士は王の間にて、黒騎士との先ほどのやり取りについて報告していた。
「ルシウス。お前は敵の言葉を信じろというのか?」
直属の上司であるバリオンドから向けられる視線は鋭かった。
「落ち着けバリオンド。確認すべきことは別だ。ルシウス、黒騎士の言うことは信じられるのか?」
「少なくとも私には黒騎士が嘘を言っているとは思えませんでした」
「根拠は?」
「根拠たるものはありません。しかし彼は我々の知らない地下への階段について知っていました。信憑性は皆無ではないはずです」
そこまで聞いたルハドの判断は早かった。
「だな。バリオンド、早急に動ける騎士に戦闘態勢を命じろ。ルシウスはアーバーとマーネをこの場に戻らせろ。これからの動きに備えつつ、状況の確認する」
「…御意」
不満はあるようだが、了承したバリオンドはルシウスと共に外へ向かう。
「そして、レザドネア家の娘一行だが…。場合によってはお前たちも戦闘に――」
ちょうどその時、王の間の入り口付近で唐突に爆破が起きた。付近にいたルシウスとバリオンドが吹き飛ばされ壁に打ち付けられた。
「………」
全員があまりにも急に変化した状況を理解するまでに時間を有した。
「――さーて、めんどくさいから適当の壊したが…まあ許せよ」
破壊された入り口付近に漂う煙の中から全く悪びれている様子のない男の声がした。
「…どいつもこいつも人の家に穴あけまくりやがって。今度はなんだ」
ガルノを含めて二か所目。ルハドも流石にうんざりである。
「意外と冷静だなぁ…。つまんねぇ」
「黙れ。さっさと姿を見せろ」
「…いいぜ、とくとと見やがれ」
男は自らの手で煙を切り裂いた。
そして姿をあらわにする。
「ご機嫌麗しゅう。ほら、オレ様の姿だ。ご覧あれ」
引き裂かれた煙の真ん中に立っていたのは黒い蝙蝠のような翼の生えた男だった。
「…変わった眼をしているな」
「だろ? オレ様も好きじゃないんだが、オレ様がオレ様である以上は仕方ないって話だ」
左目に黒目は存在せず、『ⅩⅤ』という文字が刻んであった。明らかに普通ではない。
「それで? 何者だ貴様は」
「何者かって言われてもな。オレ様はオレ様だ。まぁ、地下の住人ってところか」
「地下の住人だと?」
「それが言い得ているだろうな。多分こんな国ができる前からオレ様はここの地下にいるぞ」
「――名前は?」
「名前? 名前か…。フィーラン……いや、イアンだな。オレ様の名前はイアンだ。テメェら人間の小さい脳みそに刻んでおけ」
翼のあえた男は自らをイアンと名乗った。
「…なんか口調が安定しねぇが……どうでもいいな。それより、だ」
イアンの瞳は急に動きアヤトを中央に捉えた。自分に視線を向けられているのだと、アヤトには即座に分かった。
「本当に会いたかったぜ。呼んでも来てくれないからちょっと寂しかったんだぞ?」
笑顔のイアンは、友人に接するように親しげに話しかけてくると、ゆっくりとアヤトに向かって歩み始めた。
「――おい、アヤト。そいつはお前の知人なのか?」
「ち、違います…」
王の問いに対しての答えは当然ノ―だった、
だが、
(なんなんだ…この感じ…)
胸の奥がざわついていた。
理由は不明だが、アヤトは落ち着くことができなかった。そして彼は生まれて初めて生物単体に対してに恐怖を抱いている。
「いやぁ、会えてよかったぜ――」
肩に手が乗せられている。
エレナでもロザリエのものでもない。男の手。冷たい人の手が顔の近くにあるのがわかる。そして、人間の口が耳元にあるのもわかる。
「――オレ様の半身」
「っ……!」
アヤトは手を払い、すぐにそこから離れた。
(いつの間に後ろに…)
誰も反応できていなかった。
そばにいたエレナもロザリエもレイも。誰一人としてイアンの動きが見えていなかったのだ。
「おいおい、逃げるなよ。オマエもオレ様を求めてたんだろ? だからここに来た」
イアンは笑う。
この彼は笑みで近くにいたエレナたちは理解した。この男は邪悪であると。
「エレナ様…。少々お下がりください…」
レイは剣を抜き、エレナの前に立った。
ロザリエも弓を構えると、イアンとアヤトの間を塞ぐように位置取った。
「あなた、何…?」
ロザリエはつがえた矢の先を向けて問う。しかし返ってきたのは想像もしない返事だった。
「お前こそなんだ。その耳のとんがり。気持ち悪い人間だな」
「………」
ハイエルフを知らないのならまだわかるが、エルフを知らないというのはこの世界の住人としておかしなことだった。古来から存在する種族の一つである。それを知らないのは…
「…無知にもほどがないかしら?」
「ハッ! そうだ、その通りだ。オレ様は無知なんだよ。正解だ。商品を二つやろう。プラス10ポイントと……爆発だ」
「バカね」
ロザリエは魔力壁を展開して、イアンが何らかの方法で発生させた爆発から身を護った。
「ほぉ、面白いな。それがここの魔法か」
「残念。魔法の前段階…よ!」
矢が放たれた。
距離はとてつもなく近い。外すなんてありえない距離だ。矢先は人間の急所である心臓目掛けて突き進んでいる。
が、
「――残念、当たらない」
「え……」
矢が何もない空間で壁にぶつかったかのように弾かれた。マナとの関わりが強いエルフである彼女はわかったが、魔術による干渉ではないことは確かだった。今の瞬間で一切周囲の魔力…マナは動いていなかったのだ。魔術を遣えばマナは必然的に動くはずだというのに。
「オレ様の体に矢だとかの遠距離系の武器は無意味なんだよ。それより邪魔なんだ。そこを退け。――確定」
その最後の一言をイアンが薙ぎ払うように手を振ったのと同時に口にした瞬間、ロザリエの体から血が噴き出し、アヤトの横を通過して壁にまで吹き飛ばされた。
「ロザリエ!!」
エレナが大声で名前を呼ぶも返事はない。
「っ…!」
レイはロザリエのやられ方を見て理解した。
イアンという男はゼノスと同じだ。立っている次元が違う。敵わない、と。
「怯えてるな。それはいい恐怖だ。女騎士。オレ様を攻撃しないのは正解だよ。格上の相手に喧嘩を売らないってのは実に正しい」
剣を構えたまま動かないレイをイアンは笑った。嘲笑った。
「貴様…っ!」
「あぁ、いい顔だ。怖くて仕方ないんだろ?」
「黙れ!!」
黒器の能力を発動させ、レイはイアンに接近した。
彼女の黒器の能力。それは相手から知覚を奪うというものだ。音も熱も何も感じられなくなった相手を一時的に無に追いやることができる。代償として5秒力を使っただけでも息が切れるほど体力を消耗するが、強力な能力だ。
この力をイアンに向けて使用した。2秒だ。それだけあれば距離を詰めて攻撃を開始するには十分である。
「死――」
「惜しいな」
まだ1秒しか経過していない。だというのにイアンは当然のように動き出した。
「体に干渉してきてるようだけど無駄だ。オレ様は動ける」
「貴様…!!」
悪魔のような笑みを浮かべる男はレイの振るった剣をいとも容易く片手で掴んだ。すると彼はまじまじとその黒器を観察し始めた。
「んー、この黒いのオレ様は知らないな。触った感じだとカタストロフの――」
一閃。
イアンの立つ場所を一筋の光が切り裂いた。
ルシウスの攻撃だ。
「ちっ…。危ねぇな」
黒器を離したイアンはギリギリで彼の攻撃を回避していた。
「どいつもこいつも邪魔しやがって」
「………」
正直なところルシウスは驚いていた。まさか今の奇襲が躱されるとは思ってもいなかったのだ。
「――あー、なるほど。オマエが一番この中で強いな? いい目を持ってるし、その剣もただの剣じゃない。でもオマエ…」
イアンの口元が歪む。
「…弱いな?」
「………」
ルシウスは無表情を貫き、剣の切っ先をイアンの方へ向けたままだ。しかしイアンは一層笑みを深めた。
「あははは! オレ様好みの人間だよオマエは! 頑張って動揺を隠してるあたり可愛いなぁ、おい」
「……あなたは…」
「――確定」
警戒は怠っていない。だが、いつの間にかルシウスの眼前には顔を覗いてきているイアンがいた。
「相手をしてやりたいが、後回しだ。半身と話がしたいんでな。しばらく大人しくしておけ……臆病者」
耳打ちされたルシウスはイアンを切り伏せようとした。しかし既に彼の姿は近くにはなく、アヤトの背後に立っていた。
「ほら、オレ様とのご対面だ。喜べよ半身」
「あなたは…なんなんですか…」
「だーから半身だって言ってるだろ。オマエの」
「知らない。僕は、あなたのことを知らない…」
そう、全くもって知らない。だというのに、
――呼んでいる。アレはオマエだ。
内側にいる何かが騒がしい。
「みたいだな。といってもオマエの中にいるオレ様はいても3分の1程度だろうし仕方ないか」
ゆっくりと手が伸ばされてくる。
アヤトはとっさにそれから逃れるように動いた。
「…逃げるなよ。面白くできないし、めんどくさいだろ…って、ほらめんどくさいじゃねぇか」
レイがイアンの前に立ちはだかった。
「私は…まだやられていない」
「ビビってるくせに粋がるなよ。殺して…」
直後、背後から放たれた矢がイアンの見えない壁に弾かれて足元に落ちた。
「あー、意識外から攻撃しても効かないのね。爆弾魔の時は効いたからいけると思ったんだけど…」
血だらけのロザリエが矢をつがえながら立ち上がる。
「私も…あなたを逃すわけにはいきません」
ルシウスも揃い、3人はイアンを囲むように位置についた。
「本当にめんどくさいな。こっちは何万年かぶりの戦闘なんだぞ? あれだな、愉しむ前にもう殺すか。どうせ世界なんだから人間なんて腐るほどいるだろうし」
イアンの気が立ってきているのが声音でもわかる。
3人があいてをしようとしている間に、アヤトはイアンの方を向きつつ下がっていく。
するとエレナがアヤトの名を呼んだ。
「アヤト、リンクを使いましょう。4人で協力してあのイアンという人物を倒します」
4人で戦えば勝率は上がるだろう。だが問題がある。
「でも、リンクをしても片腕が…」
「はい…。ですが、影は使えます。最低限の援護をしましょう」
「……うん。わかった」
気は乗らないが、リンクをすることを決意した。アヤトはエレナと手を繋ぐ。




