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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第四章 『この異世界で』
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第12話 『揺れる大地』

 中庭。


 闇を纏う黒の剣、光を放つ白の剣がぶつかり合う。

 身を切り裂くことはなく、何度も何度も刀身がぶつかり合っていた。


 「聖剣の類似品を使ってこの程度か」


 「…! あなたはいったいどこまで…」


 「話すつもりはない」


 お互いに決定打はない。

 先ほどからただ剣をぶつけあっているだけだ。


 「――時間稼ぎが目的ですか?」


 黒騎士に殺意がない。

 これだけ剣を振るっているのに殺す気が全くないというのはおかしな話だった。


 「さあな。それより本気をだなさないのか?」


 「本気…ですか」


 確かにまだ全力で戦っていない。

 それは全力を出すと宮殿に危険が及ぶからという理由もあるが、なにより本気を出していないのは黒騎士も同じなのである。未知数の実力を持つ敵に自分の手の内を見せるというのは躊躇いがあった。


 「――やはり貴様はお前は最強ではない」


 全力を出さずにいるルシウスを見て黒騎士は冷たい声を放った。


 「ええ。あくまで呼ばれているだけなので」


 「…それもおかしな話だよ。お前は最強と呼ばれるに値しない男なんだから」


 「なにを――」


 「考えても無駄だ。お前が強いのは外側だけ。ただ目を背け続ければいい」


 その瞬間、何の前触れもなく大地が揺れた。


 「……あなたの仕業ですか?」


 何一つ動じていない黒騎士。

 彼がこの地に地震を起こしたのは疑いようのないことである。


 「ああ、もう終わりだ。そして始める」

 

*****

 

 宮殿前。


 「この男」


 もう十分以上は殴り殴られを繰り返していた。相変わらずアーバーに傷はないのだが、彼には不可解に思う点があった。


 「…加速している?」


 十分前のガルノとは速度違っている。


 「あぁ…? ああ、そうか無意識に使ってたかぁ! んじゃ、もう本気出していいよなぁ!? 俺のアビリティ使ってもいいよなぁ!?」


 どう考えても正常な思考能力を失っている男は、ようやく立ち止まった。

 そして、ある言葉を口にする。


 「血よ、巡れ!!」


 血液が、ガルノの体内を循環する。

 普段の数倍もの速度で血が体内を駆け回る。


 「これだ、これ。この感じだ…」


 静かになったと思えば、またがるのは楽しそうな笑みを浮かべた。

 その次の瞬間、


 「――そろそろ終わりだ」


 無数の赤い槍がアーバーを貫いていた。


 「ガ、ハッ…」


 アーバーの口内で溢れた血が、地面に吐き出される。


 「なにを…」


 状況を理解できていない。

 体のあちこちに今までなかった槍が突き刺さっている。


 「鮮血槍。その槍は俺が撒き散らしてアンタについた俺の血だよ、オッサン」


 「血を操るアビリティ…か…」


 「ご名答」


 血液操作。

 それこそがガルノのアビリティ、《ブラッドビースト》。

 彼は自分の血液を自在に操ることができる。好きなように固化させられるので、武器の生成も可能だ。

 この力によってガルノはアーバーに付着させていた自分の血液を操作して、彼の全身にいくつもの槍を突き刺した。


 「ほら、これで終わ――」


 「…まあ、効かんのだがな」


 アーバーが全身に力を入れると鮮血層は砕け散り、地面に落下した。


 「は?」


 今の槍による攻撃でアーバーは倒れ、止めを刺すだけ。ガルノはそうだと思っていた。

 固めたガルノの血液の強度は相当なものだ。普通の剣など目ではない。筋肉に力を入れただけでへし折れるなんてはずはないのだ。だというのに、アーバーは平然と、いとも容易くそれをしてみせた。


 「おいおいおいおい…。――やっぱりアンタおもしれぇなぁ!?」


 「――――」


 「穴だらけなのになんでそんな平気なんだぁ?」


 「貴様が何をしたところで無駄だ。私の筋肉はお前の攻撃をことごとく凌駕する」


 「理由になってねぇぇよぉぉぉ!!!」


 「――ふむ。様々な者達から変人と言われる私だが……自信をもって私より貴様の方が変わっていると言える」


 見方から敵にまでアーバーは変人だと言われているのだが、本人にそんな自覚はない。行っていることは普通だし、喋り方だって普通だ。けれど周りは違うのだと言われる。

 しかしそんな彼でも自信をもって目の前にいる男が自分よりおかしいと声に出来た。


 「いいねぇ! 変わってるっていいことじゃねぇかぁ!? そこら中にうじゃうじゃと群れてる馬鹿な奴らとは違うってことだろ!?」


 「まあそうでもあるが、貴様の場合はそういった大衆よりも、人間という生命として根本から異なっているように見えるがな」


 狂気的な笑いを浮かべていたガルノの表情が固まった。


 そして無になる。


 「――人間、ね」


 今まで狂ったようなテンションだった彼の面影がどこにもない。別人のように静かで冷たい様子だ。


 「なぁ、オッサン。質問だ。俺が人間に見えるか?」


 「見えんな。先ほど言った通りだ」


 即答であり、ガルノが予想した通りの回答だった。が、アーバーの言葉をそこで終わらずに続いた。


 「しかし、だ。貴様から見て私は人間に見えるか?」

 「あ? ……まぁ、見えねぇな」


 体に無数の穴が開いて、筋肉がすごいからと平然としてる男なんて人間じゃないだろう。少なくともガルノはそんな人間を見たことがなかった。


 「だろう? けれど私は人間。お前も人間なのだろう?」


 「何が言いてぇんだ?」


 「つまり私の……いや違うな。他人の言葉など気にするな、ということだ」


 「――――」


 出し抜けに放たれたその言葉は、ここ数年間で初めてガルノを呆然とさせた。

 そして彼は吹き出すように笑いだした。


 「ハッ! アンタいい奴だな。そんなこと俺に向かって言ってきたのアンタで二人目だよ」


 もう何年も前か覚えていない。

 だが確かに覚えている。彼が言ってくれたのだ。人々から恐れられている黒い騎士が、その無機質な声で言ってくれた。救いとなる言葉を口にしてくれた。


 「あぁ、懐かしいな…。そうだ。俺はあいつのために動くことにしたんだ」


 収まっていく。

 喰らえと促してきた内なるモノが、消えていく。


 「…オッサン、気をつけろよ。今からやばいこと起きるみたいだから」


 「警戒するなど、急な変化だな」


 「俺はこのクソな国がクソほど嫌いだけど、アンタみたいな人は好きだからな。できれば死んでほしくないんだ」


 「――――」


 言葉遣いは相変わらずな気はするが、表情と雰囲気は変わっている。まるで中身が別人に成り代わったのかと思うほどの変化だ。


 「…ほら、来やがった」


 大地が揺れた。

 

*****

 

 「あなた、魔術を…」


 マーネは困惑していた。

 魔術戦において、バミラ王国宮廷魔導士である彼女にはそれなりの自信があった。長年生きてきた分だけの知識と力があるのだ。並みの魔術師などには負けない。

 だが、このメイアという魔術師には一切の魔術が通じない。いや、それ以前に魔術を放つことができない。


 「ええ、無効化できるわ」


 アヤトの無効化とは別種のもの。

 彼女はマーネが魔法陣を作り出した時点で、それを無効化している。


 「…全て反転させているのですか?」


 「まあそれしかないでしょ。私は耐魔法体質じゃないから」


 「どれだけの…」


 一体どれだけの才能を有しているというのか。


 魔術には文字を用いる。特殊な力のこもった文字だ。これを組み合わせ、意味のある順に並べ、円で囲むことによって魔術を発動させるための魔法陣というのは完成される。

 上級の魔術になれば使用する文字数は増えていくし、複数の層を重ねていくことになる。

 例を挙げるとネイトスが使用していた火球を放つ魔術、《ファイア》は一重の約百五十文字。アナの《エンチャント・ライトニング》は二十の約三百五十文字だ。

 彼らは魔術を使用するたびにこの量の文字を使用した魔法陣を組み上げなければならない。戦闘の際は、文字の配列を全て記憶した上で瞬時にそれを脳内から引っ張り出さなければならない。普通に考えれば無理なのだが、脳内に魔法陣を保持しておく特殊な記憶法がある。端的に言うと、その記憶法は魔法陣を魔術名に押さえ込み、脳内に保存しておくというもの。つまり魔術名は魔法陣をしまう引き出しなのだ。魔術を使う際に魔術師が魔術名を口にするのは、引き出しから魔法陣を引っ張り出すためなのである。


 マーネのように魔術名を口にしないのは、文字の配列を感覚的に把握している上級魔術師達だ。どんな魔術師でも努力すれば彼女のようになれるわけではない。魔法陣を感覚的に覚えて作ることができるのは、単純に才能の問題になってくる。


 が、これ以上のことをやっているのがメイアだ。


 魔術文字には全てついになる文字がある。

 片方が陽であるなら対になるものは陰という具合に、打消しの効果が存在する。要するに相手の魔法陣に含まれた魔術文字と全て対になるように作られた魔法陣をぶつければ相殺が可能なのだ。

 しかしこれは一瞬に魔法陣を見て、配列を読み取り、真逆の文字で作成した魔法陣を作成するということになる。そんなことを一瞬で行うなどまずできない。バミラ王国一の魔術師であるマーネですら不可能だ。なぜなら一目で魔術文字の配列を読み取るなんて人間の目ではできないからである。

 さらに言えばマーネの使用している《ホーリーレイ》は四重の千文字。これを瞬時に読み取り反転魔法陣を作るのは人間よりも高位の存在であっても難解。そのはずなのだ。


 「魔法は通じないわ。私の目は四重魔法陣程度なら一秒もかけずに読み取ることができる。構築も一瞬。それにあなたのお得意の《ホーリーレイ》、読み取られないようにいくつか配列を変えて種類を作ってるようだけど全部記憶したわ。一発たりとも撃たせない」


 「――――」


 正直なところ勝機がない。

 魔術を封じられてはマーネに出来ることがない。


 「決着ってことでいいのかしら? どうせもう何もできないでしょ? 素直に諦めてくれると嬉しいんだけど」


 「…なぜですか? 敵である私を殺さない選択肢はおかしいと思いますが」


 「簡単よ。私たちは基本的に無意味な殺しはしないように決めてるの。まぁ、私たちというかあの人がそう言ってたからそうしてるだけなんだけど……とかいう話してたら始まっちゃったわね」


 大地が揺れる。

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