第11話 『ぶつかり合う者達』
中庭、噴水前。
ルシウスは噴水の前に佇む人影に接近して、知り合いにでも話しかけるように声をかける。
「どなたですか?」
「――――」
影は振り向く。
「…変わった格好ですね」
振り向いたのは仮面をつけた男だった。
体の形がよくわかる装甲の薄そうな黒と灰色の鎧で身を包み、腰には下半身を覆うようなマントが付けられている。
そしてなにより印象に残るのは、頭髪。仮面の男の髪の色は黒かったのだ。
「あなたが噂に聞く黒騎士ですか?」
仮面をつけた黒い髪の騎士。
この男の格好は情報の人物と類似していた。
「――――」
黒髪の男は、仮面の隙間から無言で見つめてくるのみである。
「生気を感じない瞳ですね」
男の瞳を見たルシウスは素直に思ったことを口にした。
どう考えても初対面の人物に対して失礼な言葉ではあるが、その辺りを相手が侵入者だとか関係なくまったく気にしないのが、バミラ王国最強の騎士と呼ばれている男である。
「それで、そろそろお答えいただけますか?」
変わらず優しく、明るい声音で問いを重ねる。
「――私はお前たちが黒騎士と呼ぶ者だ」
大してようやく口を開いた黒騎士は冷たく、暗い声音で問いに答えた。
「やはりそうでしたか。ではここで捕らえさせていただきます。抵抗の度合いによっては斬る可能性もあるので、できれば抵抗しないでいただけると助かります。
確認が取れたのならそれで会話は終了だ。
ルシウスが鞘から抜いた剣は美しく、人など斬ったことはないのではないかというほどに輝いていた。
「――――」
男の瞳は武器を持ったルシウスを前にしても変わらず冷たかった。
「構えないということは大人しく捕まってくれるんでしょうか」
「…そんなわけがないだろう」
黒騎士は自分の正面へと手を伸ばす。するとどこからともなく黒色の剣が出現し、彼の手の中に収まった。
「黒器…ですか?」
「――――」
無言ではあったが、彼の手にした剣は黒い霧のようなものを纏っていた。普通の剣ではないことは明白である。
「お前は邪魔だ。ルシウス・ラッドロール」
「ええ、あなたたちのような肩を邪魔するのが私の仕事です」
そう言ってルシウスが瞬きをした次の瞬間、黒騎士は彼の目の前にいた。
数メートルはあった距離をほんの一瞬で縮めたのだ。
しかし、ルシウスは動じない.
「攻撃しないのですね」
「――お前はリカルドと同じ『目』を持っているだろう」
「――――」
今回はルシウスの方が黙り込んだ。
「――なぜ知っているのですか?」
彼の表情から余裕がなくなっていく。
「説明する義理はない」
「そうですか。なら…」
ルシウスは躊躇いなく剣を振るう。
が、黒騎士はそれを当然のように手に持つ黒器で受け止めた。
「お前と争うのは今日じゃない。大人しくしていろ」
ルシウスは剣を弾かれると後退して、黒騎士との距離をとった。
「そうはいきませんよ。ここは陛下の住まう宮殿ですから」
逃げることはない。王国騎士としての使命を全うする。
「ここで斬らせていただきます」
最強の騎士ルシウスは剣を構えた。
*****
「いいぞ…いいぞいいぞいいぞ!! いいぜ、オッサン!! 最高だ!!!!」
全身血だらけだというのに、ガルノは立ち上がりながら歓喜の声を上げる。
「あったまってきたよなぁ!?」
狂ったように笑う男を、おっち着いた様子で全裸の男は眺めていた。
「不死、か…。その体質と性格…私の想像以上に狂っているらしい」
ガルノと違い、アーバーはほぼ無傷だった。
一見、アーバーが有利にも見れるがそうではない。ガルノには不死性がある。これを突破しない限りは何度でもこの狂人は立ち上がる。
「そろそろ本番だ!! 殴り合おうぜぇ!!」
「……いいだろう」
「最っ高だ―――ッ!! 最高の返事だ!! いいぜ、やろうぜ! 殴り合いしようぜぇぇぇぇぇッ!!!」
ガルノのテンションは既にアヤトと戦闘していた時の比になっていない。王国騎士団三隊長の実力が四増異常に高かった喜びによって、興奮が彼の中で止まらないのだ。
「ふむ。貴様が満足するまで相手をしてやる。我が筋肉にひれ伏せ」
アーバーは強く踏み込み、ガルノへと拳を繰り出す。
笑みを浮かべたそれを食らい、殴り飛ばされたガルノは城壁に体を打ち付けられた。
「カハッ…!!」
骨が砕けた。だが笑っている。
全身の骨が折れていようが、彼は笑っている。
楽しくてたまらない。
笑みが絶えない。
「喰らう! アンタは俺が喰らう!!」
約三秒で骨折を治したガルノは壁から抜け出すと、アーバーに向かって走り出した。
「無駄だ。力が足らん」
アーバーは先ほどと同じように拳を繰り出す。ガルノは拳に今現在出せる渾身の右ストレートをぶつける。ここ最近で一番の速度と威力だろう。アヤトの黒衣だって貫通が可能かもしれない。
しかし、砕けたのはガルノの方だ。
「痛ってぇぇぇぇ!!!」
使い物にならない程にガルノの右腕は潰れている。いや、潰れていた。
「、でも治るんだぜぇ!?」
ガルノは完治後すぐに姿勢を低くし、アーバーの懐に侵入する。
「死ねぇ!!」
そこから連打。高速で何度もアーバーの肉体を殴りつける。
だが、
「無意味だ」
アーバーに動じる様子は微塵もない。
冷静にガルノの頭を殴り、地面に叩きつけた。
「我が肉体は、鋼鉄よりもはるかに硬い」
「みたいだなぁ!?」
テンションが頂点へと達している狂人は食い気味に言葉を放つ。もう楽しくて楽しくて脳の処理がおかしくなっている。
「…あぁ…、滾る、漲る、昂るぜ!!!」
狂人は自らの血液を周囲にまき散らしながら立ち上がり、歩みを再開する。
*****
展開される複数の黄色の魔法陣。
マーネが杖を地面に打ち付けるとその魔法陣から白い光がメイアに向けて放出された。
「魔法陣の複数展開。しかもこれ全部が《ホーリーレイ》なんだから驚きだわ」
しかし、光はメイアにあたることはなかった。
メイアを囲むように存在する透明の壁に阻まれたのだ。
「…魔力壁。流石の強度ですね。普通の魔術師のものなら容易く割れていますよ。あなたの魔力操作の才能はおそらくエルフに匹敵する」
魔力壁。
自分の魔力を利用して壁を生成したもの。
これは魔法陣などを利用しない単純な魔力操作であり、魔術師が魔術を習う前に学んでおくべき基礎の基礎だ。
練度、オドの量によってその強度は変化するわけだが、マーネの放った攻撃系魔術である《ホーリーレイ》を複数耐えるなど異常だ。
「知らないわよ」
そっけない返事をしたメイアは指を鳴らす。
すると彼女の背後にどこからともなく光の槍が出現し、マーネ目掛けて放たれた。
だが、メイアと同時に彼女に槍があたることはない。彼女もまた攻撃を魔力壁で防いだ。
「魔法陣の展開もせず、指を鳴らしただけで魔術を発動させる…ですか」
「あなたも魔法名を言わずに魔法を発動させてるじゃない。大した差はないでしょ?」
「ありますよ。魔術名を我々魔術師が口にするのは脳内に記憶として保管している魔法陣を引き出すためです。だから呼ばずとも魔法陣を記憶している私は魔術名を口にしません。しかし、あなたの魔術はそれとは違う。原理に逆らっている。まず魔法陣が発生しないというのがおかしい」
「へぇ、どうでもいいわ。そんなこと」
再びメイアが指を鳴らすとマーネの立つ付近の地面が、彼女を両サイドからつぶすように突き出る。
手法は変えた。けれど結果は同じ。
魔力壁に防がれる。
「無駄ですよ。私の魔力壁は魔術的攻撃でも物理的攻撃でも防ぎきれます」
「みたいね。あなたの瞬間魔力放出量はとんでもないわ」
そう言うメイアは実につまらなそうな表情をしていた。
実は今彼女は機嫌が悪かったのだ。大体アーバーの局部を見たのが主な要因である。
「――尋ねたいことがあるのですが、いいでしょうか」
あまりやる気のない薔薇色の髪の女性を見るマーネは不意にそんなことを口にした。
「なに?」
メイアは拒否することなく聞き返す。
別に彼女を殺すことが目的ではないので、拒否する理由もなかったのだ。
「あなた方の目的は何なのですか?」
「えらく直球ね。残念ながら私は知らないわ。聞かされてないから」
「聞かされていない…ですか」
「ええ、どうでもいいもの。私は役に立てればそれでいい。まあ聞かされていたとしてもあなたに教えることはないけど」
自分の爪の伸びを確認しながら、適当に答える。
敵と相対している侵入者だとは全く思えない態度だ。
「リーダーは誰ですか? あの男性とあなただけではないのでしょう?」
「まあそうね。二人だけじゃないわよ。私たちだけじゃ結界を感知されずに通過できなかったし」
躊躇いはなく、興味もないといった様子で彼女は返答していく。
人数が知られたところで何の痛手でもない。
「私たちを導いてくれてるのは、あなたたちが黒騎士と呼んで恐れる人よ」
「そうですか…。また彼が…」
黒騎士。
十数年前にも彼はバミラ王国を訪れていた。
マーネの記憶にはよく残っている。
「ああ、そういえば前にあの人ここに来てたわね。ま、それはいいとして…」
メイアは天を見上げ、地を光を届ける太陽の位置を確認した。
「随分と素直に情報を口にしてくれるのには何か理由がありますか?」
あまりにも素直に情報を吐き出すメイアが、マーネには不思議でならなかった。
「別に? ただ言っても言わなくても結果は変わらないから答えているだけ。あの人強いもの。アビリティを使って本気を出せば、この国程度だったら一人で落とせるわ」
「――最強の騎士がいたとしても?」
「勝つわ。だって彼が最強なんだから」
愛する黒騎士は誰よりも強い。
最強である。
彼女の中でそれは揺るぐことのない確定事項だった。
「さて、そろそろ時間だし。ガルノの方も決着つくだろうから、こっちも終わらせましょ」
メイアは妖しく笑った。




