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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第四章 『この異世界で』
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幕間 『花畑』 前編

三章と四章の間のお話。

 やはり今まであったものがなくなるというのは怖い。それに気持ち悪い。

 つい昨日まで存在し、自分の意思で動かしていた腕が夢から覚めるとなくなっていただなんて気が狂ってしまってもおかしくない。

 それは彼も例外ではなかった。元々まともな精神状態ではない彼であっても……いや、まともでないからこそ逆にその傷は、広く、深かった。

 

 …大切なことを忘れてしまうほどに。

 

*****

 

 これは彼――アヤトが腕を失ってからしばらくした後。都市アクールから都市ランドルへと向かっている時の話。


 「よくこんなにすぐに新しい馬車が用意出来ましたね」


 「ああ、馬車が壊れたと伝えたらすぐに用意してくれたよ。本当に私にはもったいない部下たちだ」


 「…謙遜をしすぎでは? あなただからこそ優秀な方々が部下になっているのだと思うのですが」


 「そうです、エレナの言う通りです! ゼノス様だから私たちは部下として働いているんです!!」


 「――そうか。そう言ってもらえると嬉しいよ」


 馬車内でされた会話の中で目立ったものは特になかった。

 というのもアヤトの様子が腕を失って以降変わっているのが原因であった。

 現在の彼はただ窓から呆然と何も映っていないはずの瞳で外を眺めているだけだった。気力が全く感じられない。

 そんな彼に誰もどうやって話しかければいいのかわからなかった。…いや、一人だけは違った。唯一アヤトの様子を気にしていない人物がいた。


 「あー! ゼノス様! いっぱい花あります! お花畑です!」


 「…………」


 元気に声を上げたのはエスメラルダだ。

 父親として、無邪気であることは別にいい……というか見ていて大変微笑ましいのだが、できれば今は抑えていて欲しかったゼノスである。


 (というかいつも移動中刎ねてるのになぜ今回は起きているんだ…)


 間が悪いと思いつつ、可愛い娘の言葉を無視するわけにもいかないのでゼノスは応答した。


 「ああ、綺麗な花々だな。これほど多いのは初めて見た」


 「そういえばこの辺りは一面が鼻で埋め尽くされている場所があると有名でしたね。今は確か第二王女の所有地になっていると聞きましたが、場所自体は昔からあるようです。誰があれほど花を植えたのかは不明のようですが」


 「王女の所有地?」


 「はい。第二王女がその場所を大変気に入っているらしく王がその土地を自由にする権利を与えたとか。…ああ、でも王女の所有地と言っても第二王女の意向で誰でも見れるように解放されてるそうです」


 「……行ってみるか」


 「え!? いいんですか、ゼノス様!?」


 輝いた目を向けてくるエスメラルダから視線を外すと、ゼノスはロザリエに目を向けた。何も言わず無言でだ。


 「…そうね、行ってみましょう」


 「…? 王都へ急がなくていいのですか?」


 「いいの。もうゼノスたちとお別れだし思い出作りよ。それに気分転換になるだろうし行きましょ」


 誰の気分を転換するかなどわかりきったことだった。

 しかし、彼の心にソレで何か変化が起こるという確証はない。何となくアヤトという人物を把握しているつもりのゼノスだが、流石に彼のこれまでの生き方、育った環境を知らないため、思考回路を完全に理解できているわけがないのでわからないのだ。


 (…可能性はあるだろう。花は美しいからな。心を癒してくれる。…白黒にしか見えないから私もよくはわからないが、きっとそうに違いない。自分と花を信じるんだ私。アヤトくんは色々複雑だが、元気になってくれる)


 可能性があると希望的観測をしているゼノスだが、残念ながらそれは無理な話であった。

 なぜなら彼は肝心なところを失念していたのだ。


 アヤトは盲目である。

 

*****

 

 「はぁ…」


 馬車を降りてすぐのところでゼノスはため息をついていた。


 「ゼノス様、寝込まないでください。どれだけ馬鹿なことをやったとしても終わってしまってはどうしようもありません」


 「うん。主人にそんな辛辣に当たるメイドは世界中探してもお前ぐらいだよ」


 とは言ったもののヴァイオレットの言う通りである。アヤトの目について気付いたのはここに到着してからだ。

 アヤトが馬車が止まってから「僕は行っても見えないので皆さんで楽しんできてください」と言ってきた時の絶望感といったらとてつもなかった。王をやめようかと思ったほどである。


 「本当のことですから」


 「そうなんだがな…。まあエスメラルダだけで行かせてよかったのですか?」


 アヤトは今エスメラルダと二人で花畑にいる。


 「シェバートをエスメラルダの影に入れている。危険はないさ。それにいざとなればエスメラルダ自身が…」


 「いえ、そちらではなく。エレナ様とアナはよかったのかということです」


 「…アナはアヤトくんが腕を失ったことに責任を感じているようだし、エレナ嬢は椅子を押してくれる人物がいないと移動できないからな。エスメラルダに押させるのは申し訳ないという判断だろう。…いや、待て。それならレイ殿に任せればいいだけの話か」


 自分で言葉にしていて疑問が発生した。

 アナとアヤトがダメでも頼める人物はいる。となると彼女がアヤトのところに行かなかった理由が不明になる。


 「……おそらくエレナ様はわからないのだと思います」


 「というのは?」


 「どう接したらいいのかわからない、ということです」


 「リンクの契約者というのはお互いの考えていることがある程度わかると聞いたことがあるが…」


 「なら、わかるからこそではないですか?」


 「ええ、アヤト様の考えや気持ちがある程度わかるからこそ、どうしたらいいのかがわからない。そのようなところかと」


 「――お前は人の気持ちというのがよくわかっているな」


 「ゼノス様が鈍感すぎるだけかと」


 「…昔からそれ言われてる気がする」


 「では早く治してください」


 「はは、是非ともそうしたいよ」


 笑った後、ゼノスはアヤトたちが進んでいった方向を見た。


 「――まぁ、なんにせよエスメラルダに期待するほかないな」


 「そうですね。あの子の力を信じましょう」


 「ああ、あの子の癒しの力はすごいからな」


 「はい。頬を突いたときは疲労が吹き飛びます」


 「なに? そうなのか。私も帰ったら実践してみよう」


 なんてやり取りをしつつ二人は馬車の側から彼らが帰ってくるのを待った。

 それが二人に出来る唯一のことだった。

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