第8話 『聞き覚えのある声』
「なんで私が…」
「まあまあ、いいじゃないの。友達でしょ?」
「はぁ……」
夜。
白銀の鎧をまとったレイは、フードで顔を隠すロザリエに連れられる形でいやいや王都へと繰り出していた。結局断らないあたり、本当に嫌々なのかは定かではないが。
「どこに向かっているんだ?」
「さあ? 適当よ。来たことないんだから」
「ならなんで外に出てきたんだ…」
目的もなしに出てきたのだと言うロザリエには呆れるほかなかった。
「ま、気にしないの。ただの気分転換よ、気分転換」
「気分転換だと?」
「そ。あなたなんか夕食の時から元気なかったでしょ? アヤトもなかったけど、あっちはエレナに任せるとして、私はあなたを元気にさせてあげる。感謝しなさい」
「……お前はよくそんなに元気だな。落ち込むべきじゃないのか?」
「落ち込むべきってあなたね…。確かに悔しいけど、下向いてるだけじゃどうしようもないでしょ? まだチャンスはあるんだから明日に賭ければいいの」
常に前向きであれ。
振り返る分にはいいが、決して下は向かない。
ロザリエが決めていることである。
「どうするか考えたのか?」
本人に自覚はないが、今のはロザリエを心配しての質問だった。
「ん、まあある程度はね。…対価が必要だっていうあの王の言うことはごもっともだわ。私たちがここまで来るのにもゼノスに対してイーター退治を手伝うって対価を支払ったわけだしね。…人間の世界に出たついでに見聞を広げるつもりだったけど、やっぱ生まれてから森に二百年近くこもってた弊害かしら。人の持つ常識っていうのが欠けてるわ」
王族であるロザリエは生活に何一つ不自由がなかった。さらに森から出ることを禁じられていた。育った環境の違う彼女が、人間の常識なんて知る由もない。そもそもの思考回路が異なっているのだ。
「……欠けているのなら補えばいい。それだけの話だ」
ロザリエは目を丸くした。
まさかレイが今のような台詞を吐くとは思いもしていなかったからだ。
「あなた少し変わった?」
「知らん」
「あら、そうですか」
ロザリエは嬉しそうに笑みを浮かべ、やや後ろを歩いていたレイに近づいて肩に手を回した。
「それじゃ、あなたたちが私の欠落を補ってよね」
「なぜ私が…」
「何言ってんのよ。私とあなた、アヤトとエレナ、それとアナも入れて私たち五人親友でしょ? だから困ったことがあったら支え合うの。っていうことで私のこと助けてよね」
「随分と都合がいい奴だな」
「細かいことは気にするな」
二人の少女は微笑みながら夜道を歩く。
友人らしく、共に歩む。
美しい光景だ。
価値あるものだろう。
しかし、
「――――久しぶりだな、黒器使い」
「っ…!?」
隣を通り過ぎた人物が発したレイにとっては聞き覚えのある声。
呟きを耳にした二人は、慌てて振り返る。
が、そこには誰の姿もなく、ただ歩いてきた夜の街路が存在するだけだった。
「まさか今のは……」
聞き覚えがあった。
忘れるはずもない声。
憎むべき敵。
「……いや、ありえない」
心当たりはある。だがその可能性はない。
当たり前だ。
死者は声を発さないのだから。
「なんだったの今の奴。声聞いただけで鳥肌立ったんだけど。しかももういないし…」
驚きは少なかった。それよりも、本当的に感じ取った恐怖の方があったからだ。
明らかに今のは普通の人間ではない。
「……嫌な予感がするわね」
*****
「おい、メイア。なんで転移させるんだよ」
暗い街の路地。
左手の甲に獣の牙のような模様が刻まれた男と、地に足をつけず浮遊する女性は言葉を交わしていた。
「バカなの? なんで前日に騒ぎを起こそうとするのよ。もう少し待ちなさい」
「つってもなぁ…。不完全燃焼なんだよ。あいつが殺しの命令だしてきたもんだからてっきり強い奴だと思ったんだけど、ただのスラム街の住人だった」
「私は聞いてなかったけど、一般人だったの?」
「おう。魔術も使えないスラム街に住んでた夫婦だよ。子供は残せって命令だったから残してきた。よくわからない命令だったけど……まあ、あいつのことだから何かしら意味があるんだろうな」
「でしょうね。私たちは別に考える必要はないわ。あの人のために働いておけばいい。…それだけでいいの」
「お前はちょっとあいつに固執し過ぎな気はするけどなぁ」
「それでいいのよ。あの人は私の全てだから」
「…そうかい。とりあえずあいつのとこ行こうぜ」
「ええ。あの人も下見終えてるでしょうし、合流しましょう」




